召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
空気が、また変質した。
「……、なん、だと…………」
誰かが呟いた。
「聞こえませんでしたあ?」
ディーゼが顔をそちらに向ける。
「
「ディーゼ!!」
ムリエルの声が飛ぶ。
それでも止まらない。
「我々は勇敢に戦った。規律を守りました。神の教えに従いまして、正々堂々と悪魔を迎え撃った。いやあ立派ですよねえ、最高に最善に天使らしい」
ディーゼが笑んだ。それは明らかに嘲弄だった。
「その結果がこれらです」
片手を広げる。
大神殿は半壊。
外には死体だらけで、死者の魂すらろくに流れない状態。
神は首を刎ねられた。天使の守るべき世界は――もはや終末世界そのものだ。
「神の教えを守って、神を殺された」
会議室の空気が凍てつく。
「それでもまだ、〝天使らしく戦いましょう〟って?」
「黙れえええええええええ!!」
一柱の天使が立ち上がった。
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「分かってますよ」
「善神様を愚弄するな!」
そこでディーゼの表情が変わった。
「愚弄?」
やたらに低い声だった。
「ぐろー……誰が、ですか?」
立ち上がった天使が怯む。
「私は神様を、馬鹿にしてるんじゃありませんよ?」
ディーゼは頭の上の光輪へ軽く触れる。
「むしろ、あなたたちよりよっぽど神様を信じてますよ、私、一介の能天使ディーゼは」
「……、何?」
「神様が守りたかったのは何です?」
いきなりの質問。返答はない。
「天使の誇り? 天界の儀礼? ……それとももっと別の何か?」
誰も、何も言えない。
「純潔?」
沈黙……答えたくても答えられない、なぜなら彼らには答えらしきものがないから。
「違いますよねえ」
それを受け、ディーゼは鼻を鳴らし、大卓の中央に浮かぶサイコロの幻影を手首を返して指した。
「
一言。
「神様が守りたかったのはこの世界。そこに生きてる生きとし生ける迷える命。だったら――」
銀白色の瞳が、今度は真っ直ぐムリエルを射抜く。
「
ムリエルは答えない。
だが、視線を逸らさなかった。
「……しかし、神が定めた秩序なくして、世界は成り立たない」
やがて、彼は言った。
「その秩序を破壊して救った世界が、果たして神の望んだ世界と呼べるのか」
「呼べますよお」
こっちは即答だった。
「なぜ言い切れる」
「呼んだ者勝ちだからです」
「貴様ァァァ!!」
別の天使が叫び、会議室に怒号が鳴り響く。
(せっかく多分? なんかいいこと言ってる雰囲気だったのに!)
ロンジは頭をがしがし掻いた。
ディーゼは微笑んでいる。
「冗談ですよお」
「今の場面でなんか一泊そういうの挟む必要ある!?」
「私、重たい空気苦手なんです」
「お前が重くしたんだよ!」
そして相変わらずムリエルだけは笑わない。
「……ディーゼ。お前の理屈は……危険だ」
「でしょうね」
「目的さえ正しければ手段は問わない。それを認めれば、善と悪の境界は消える」
「消えたら困ります?」
「当然だ」
「私は困りません」
また周囲が静かになった。さっきからマシンガンのように爆弾発言が飛び出し続けている気がする。
「なぜなら」
ディーゼが笑みを深める。
「善の定義なんて、最後に勝った側がいくらでも書き直せるからです」
「………………、」
ロンジは背筋に妙なおぞ気を覚えた。
この女……冗談で言っていない。
少なくともただの人間の自分にはそう思える。そういう凄みのようなものが、こいつには、ある。
「世界を救う。それこそが『正義』なんでしょう?」
「……、そうだ」
「ならあ、簡単じゃないですか」
芝居がかかった調子で両腕を大きく広げる。
「世界を救うためにやったことは、全部あとから善にすればいい」
「それは正義ではない」
ムリエルが言った。
「勝者の傲慢だ」
「同じですよ」
「違う」
「歴史書を読む人に違いが分かります?」
ムリエルは黙る。ディーゼが構わず続ける。
「私はねえ、正義という言葉には大して興味がないんですよ」
「お前、天使だろ……、」
ロンジが思わず口にする。
「天使ですよお」
「今一番言っちゃ駄目なこと言ったぞ」
「私が興味あるのは結果です」
声が少し跳ねるように、指折り数えていくディーゼ。
「明日も世界があるか」 「人間がちゃんと健やかに生きているか」
「天使が残っているか」 「悪魔に全部食われてないか」
一つずつ。
「そこだけです」
そして、ディーゼが自分の席へと戻る。
「そのためなら、私は天使らしさなんていくらでも捨てられます」
ムリエルが問う。
「
ほんの一瞬、ディーゼは黙った。
「神様が生きてたらとっても怒られるでしょうねえ」
――しかし、笑った。
「でもお」
大卓へ両手をつく。
「神は死んだ……ゴッド・イズ・デッドです」
その見透かすような目がゆっくりと舐めるように周囲を見渡して、そして彼女は自分のこめかみを指で叩く。
「お天道様はもう見てないんだから、ココ、いい加減柔軟にしろってんですよお」
「……………………………………………………………………、」
そして、真の静寂が訪れた。
誰も笑わない。ロンジですら、今度はツッコめなかった。
言葉使い自体は滅茶苦茶だ。好き放題にもほどがある。神の使いの天使が、神が死んだからルールなんて破れと言っている。
冒涜以外の何物でもない。
なのに。
(……、全部間違ってるとも、言えねえんだよなあ…………)
清と濁。あわせもつ者こそが、最も強い。それは人間の世界だろうが、ここだろうが、一緒じゃないのか?
それが……ロンジにはどうも居心地が悪かった。
「……分かった」
やがてムリエルが深く息を吐いた。
「あら?」
「お前の『主張』は十分に聞いた」
「嬉しいですねえ」
「嬉しくはない」
「……何かあります?」
「具体案を言え」
ディーゼの薄笑みが一瞬にして止まった。
「……、はい?」
「ここはお前の主義思想を披露する演劇の舞台ではない」
ムリエルが卓を指で一回叩く。
「お前は『人間』を使うと言った。ならば聞こう。お前は人間の『何』を『どう』使うつもりだ?」
「……、」
「人間の兵器などでは、悪魔の身体を損壊できはしない。英雄召喚も不確実。そもそも人間は寿命は短く、腕力も神性も乏しい。それでも人間の『何か』が悪魔をも上回ると言うのなら」
ムリエルの目がディーゼを天使の矢のように射抜き返す。
「この場で証明してみろ」
ロンジはうなずいた。
(おお、ちゃんと話を戻してきたな……)
ディーゼに散々引っ掻き回されても、この男は感情だけで否定しない。
思想への反発と、戦術として使えるかは分けている。その上で、刺してくる。そして言ってることは完全に正論だった。
そして――対するディーゼは俯いていた。
彼女の肩が震えている。
「……、ディーゼちゃん?」
マヨイエルが心配そうに呼ぶ。
ロンジは第六感的にまたおぞましい予感がした。
次の刹那。
「くっ……、ふふふ」
笑い声。
「ははっ」
ディーゼが顔を上げる。
「くハハハハハハハハ母は母はハハハハハハハははははハハハ波派は母はハハハ葉はハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
今度こそ。今までで一番楽しそうに彼女は笑っていた。隠すとか隠さないとかじゃないくらいの大笑い。
ムリエルの顔が固まる。周囲の天使も呆気に取られている。マヨイエルはドン引いてる。
「……何が、おかしい…………?」
「ごめんなさあい。いやあ、
「何を」
「私の本題ですう」
ぱちん。
ディーゼが指を鳴らした。すると卓の上に、十五枚の黒い板――カードのようなものが出現した。
「……、何だ、それは」
「候補者リストです。まあ、まだ本決まりではありませんが」
「……候補者?」
「はあい」
それぞれのカードには文字が書いて……いや黒いカードに赤い文字がうねっている。
まるで水槽の中に寄生虫がうごめいているように、非常に気持ち悪い絵面だ。
そして――よく見ると、非常に不穏な文字がすべてのカードに踊っていた。
大量殺人
銃乱射 無差別殺傷
人肉嗜食
誘拐 倫理冒涜
殺人
テロル大量殺傷 国家転覆 民族浄化
奴隷売買
虐殺 死体収集加工
人体実験
宗教犯罪 異端審問
暗殺
拷問
独裁 毒殺 魔女狩り
……他にも無数の死因? 罪状? 誰が誰をどうやって殺したとか……殺害人数がどうとか、とにかく不穏な文言が並んでいるのが分かる。はっきり言って、ヤバい感しかなかった。呪いの御札かなにかか?
会談室ではしいん……と耳鳴りのような『無音』が染み渡っていた。本格的に、空気が終わっていた。