召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦わせるお仕事を始めました〜 作:ookami2
「……、おい」
今度はロンジがようやっと声を出す。
「……で、コレは、なに……?」
「はあい☆」
ディーゼがふわと笑んだ。
「人類史上でも、かなり上澄みの方々の個人情報です」
「えーと、何の上澄みですかね?」
「罪」
「聞きたくなかったああああ!!!!!」
ムリエルがドン引いていた。あの落ち着き払ったムリエルすら、明らかに動揺している。
「……、まさか」
「その、まさかですう」
「ディーゼ……」
声が、怒りに揺れている。
「貴様……、いつからこれを」
「人間界の犯罪記録、昔から読むの好きだったんですよねえ」
「たいそうな趣味をお持ちで!?」
ロンジが叫ぶ。
「面白いですよお。天使より発想が柔らかい。さすが人間さんたちです、感心しちゃいました私」
「褒め方が最悪ゥ!」
「ディーゼちゃん……、まさか、
マヨイエルの声もぐらついていた。
「はい」
ディーゼが十五枚を扇状に広げる。
「地の底の底の底から蘇らせます」
「正気か!?」
誰かが椅子を蹴って立ち上がる。
「人殺し、食人鬼、テロリストなどというモノをこの神聖な領域へ招くというのか……!!」
「招くというより、直截雇用ですね」
「ふざけるな!!」
「一切ふざけてませんよ」
今度はディーゼも受け流さなかった。
「天使では悪魔に勝てない。なら、悪魔よりもっと、ずっと
一歩踏み出す。
「私たちは慈悲を知ってる」
つかつかと、さらに数歩。
「規律を知ってる」 「罪悪感を存じている」 「やってはいけないことをよく理解している」
賽が――十五の黒札が投げられ、紙吹雪のように宙を舞う。
「だから、その一線を越えられない」
この場の中央に悪魔のような天使の影。
周囲に、十五の人間が騎士の様に彼女を囲うように。
「でも、最初から
ディーゼが口元を歪める。
「悪魔が思いつくような卑怯なことを、さらに、その一歩先までやれる人間なら?」
そして。
「
彼女の銀白の瞳が妖しく輝く。まるで不謹慎な決め台詞かの様に彼女は言った。
「
どくん……と誰かの心臓の音がこの空間に響いた気がした。一瞬遅れて、それが自分のものだとロンジは気付く。
「…………………………………………、」
誰ももう、言葉を返せない。
ロンジは思った。狂っている……でも。
(……、理屈は分かる)
それが嫌だった。ケルベロス(の子供?)と、ルシファーをロンジは見た。
神の生首を見た。悪趣味にもほどがある……あれらを正義の味方が綺麗に殴り倒す絵は、もはやまったく想像できない。
「仮に!」
我に返ったムリエルが声を上げる。
「仮に、その者たちが悪魔へ通じる悪意……異常性を持つとしてもだ!」
ディーゼを見る。
「人間の魂だけでは、大悪魔どころか下級悪魔へまともに干渉することすら難しい!」
「はい」
「肉体もない! ならば、そいつらをどう戦わせる!!」
ディーゼが微笑んだ。
「器ならありますよお」
マヨイエルが目を見開く。わずかの間を置かず、ディーゼは会議室の外を指差した。
「先ほどの戦いで」
間。
「たーくさん、空きましたからあ」
そして数秒。意味を理解した者から……顔色が変わっていく。
「……、ディーゼちゃん」
マヨイエルの声が、氷点下の様に響く。
「それって」
「はあい」
「駄目」
珍しく。それは、あまりにはっきりした拒絶だった。
「それは、絶対駄目」
ディーゼは返さない。
ムリエルがゆっくり立ち上がる。四枚の翼が開く。
「貴様」本当に恐ろしい声。「
「そうでえす」
次の瞬刻。
轟音が轟いた。
ムリエルの側近たちが放った光の刃のようなものが、ディーゼの顔の真横をかすめて、背後の壁を貫通していった。
石材が砕け、派手に散る。
「ふざけるなディーゼエエエエエエエエエエエ!!!!!!!」
「うおあ、…………!!!!?」
空間が震え、ロンジは身をすくめる。
会議室の複数の天使が一斉に立つ。
光輪が強く発光し、何人かは武器へ手をかけていた。ロンジの全身から汗が噴き出す。
(おいおい、おおオオオオオイ……!!!!????)
ついさっきまでは議論だった。
今は違う。彼らからは本気で本気の殺気が出ている。
「撤回しろ」
一人の天使が言った。
「今すぐだ」
「死者への冒涜だ!」 「神聖なる天使の肉体を、罪人の巣にするだと!」
「貴様、それでも天使かあああああああ!!!!!」
「…………、」
マヨイエルも口をつぐんでいる。温厚な彼女が、ディーゼを庇うそぶりすらもない。
怒っている。
怖がっているのではない。
……本気で。
「ディーゼちゃん」
「……、」
「それは違うよ」
ディーゼは初めて、少しだけ黙った。ロンジは思う。
さすがに。これは俺でも引くかもしれない。やらかしてるどころの提案ではない。一般日本人的にもそれは『無し』だ。
が、次の瞬間。
「では」
ディーゼが口を開いた。妙に涼やかな声だった。
「聞きます」
怒鳴り声が止まる。
「皆さ……ん」
銀白髪の天使は、ゆっくり会談場を見回した。
「今日、あわせて結局何人死にました?」
誰も……またも、身じろぎしない。
「千?」 「二千?」 「もっとですか?」
無音が――落ちる。
「じゃあ明日は?」
「……、」
「それで一週間後は?」
「……、」
「悪魔がもしも世界を取ったら?」
ディーゼの声だけが響く。
「人間界で何人死にます? 天使は何人残ります? 今日死んだ人たちが、守ろうとしたものは、いくつ残るんでしょうか」
一人の天使が勢いよく噛みつく。
「だからといって……!! 死者を!! 死者を辱めていい理由にはならない!!!」
「そうですねえ」
即答。
相手が詰まる。
「辱め、です」
ディーゼ自身が認めた。
「冒涜です。最低ですよ最低」
彼女はもう笑わなかった。
「私も、綺麗な方法だなんて……一言も言ってません」
ムリエルが顔をしかめる。
「ならば――」
「であらば、今、選んでください」
ディーゼの語気が強くなり、この場の空気が張りつめる。
「死んだ同胞の尊厳と」
一方と。
「その同胞が命を賭けて守ろうとした世界」
もう一方。
「あなた方は、一体どちらを守るんですう?」
――当然だが、即答する者はいない。
「両方は無理ですよ?」ディーゼが断言する。「今、その余裕は我々神の子にはないのですから」
「………、」
「
ムリエルを見つめる。
「ちなみに、私は、世界の方を取りますねえ」
一触即発だった空気が、少しだけ変わった。
怒りが消えたわけではない。
ただ――論点が、変わった。
(こいつ……うめ、え………………!)
ロンジは冷や汗でぐしょぐしょになりつつ、ディーゼを見やる。口八丁だがとんでもな交渉術だ。マヨイエルも今の二択共棲で怒りを忘れている。
「死者の……尊厳を捨てるのか」
ムリエルが問う。
「捨てます」
「簡単に言うな」
「だから簡単じゃないですよお」
ディーゼの声が少しだけ冷たくなる。
「でも、難しそうな顔をして言えば、犠牲が減るんですか?」
「……、」
「私たちは今日まで、綺麗なものを全部守ろうとしてきた」
神に秩序。誇りと慈悲。そして純潔。
「その結果……」
ディーゼが壊れた壁の方を見る。
「一番大きいものを失いかけてる」
世界。
「私はもう……今後順番を間違えません」
ムリエルの拳がかすかに震えている。怒りではなく葛藤にみえる。
ディーゼが彼の方に一歩近づく。
「世界が残れば、弔えます。墓も作れるし、名前も残せる。あと、罪にだってできる」
つまるところ、
「私を裁くことだってできる」
と、ディーゼが護衛の目の前にまで進んだ。彼女のうるんだ瞳がムリエルを見上げる。
「でも世界がなくなったら、何も残りませえん」
静寂。
「だから」
ディーゼは胸に手を当てた。
「責任が必要なら、私が取りますよ?」
会議室が少しざわついた。
「ディーゼちゃん……、」
マヨイエルが呟く。
「死者の冒涜も禁忌も神への不敬も、全部ぜーんぶ、私の名前でやればいい」
そして。
「この戦いに勝ったあとに、どうぞ好きなだけ裁いてください」
ロンジはディーゼを見る。
さっきまでと同じ女なのに。今度は少し違って見えた。ふざけているだけではない、狂っているだけでもない。
(……、こいつ)
本気だ。
自分が悪者になることまで……最初から計算に入れてやがる。
「私は」
ディーゼが言う。
「正義のために行われる悪は、全て善だと思ってます」
ムリエルの眉が動く。
「完璧な詭弁ですけどね」
「自覚はあるのか」
「そりゃありますよ」
そこでディーゼが肩を揺らした。
「で?」
一瞬前までの重い空気を、ナイフで切り割くように。
「だから何です?」
ロンジの背筋がぞくりとした。
ハッタリだ。詭弁と暴論。でもこの女は、全部分かった上で前へ進んでいる。なんて推進力だ。
「…………、」
ムリエルは長い沈黙の末、椅子へ座りなおした。
「……、まだ、認めたわけではない」
「はあい」
「術式として成立するか確認する」
「ふむふむ」
「失敗すれば即座に中止だ。そして死者の遺体使用については……私の監督下に置く」
「ええー」
「そして」
ムリエルがディーゼを睨む。
「責任を取ると言ったな」
ディーゼは笑った。
「もちろん」
「それを忘れるな」
「ムリエル様こそ」
さらりと返す。
「世界が残ってたら、ですけどね」
「最後に余計なことを言うな!」
怒号。
そしてとうとう張りつめていた空気が、ようやく少しだけ緩んだ。
ロンジは深く息を吐いた。
(……、こいつ、今のを突破するのかよ。ぱねえな……)
……そして。
まだ話は終わっていなかった。
「それで」
ムリエルが言う。
「その天使の肉体と罪人の魂を、どう定着させる」
「そこなんですよねえ」
ディーゼの視線がゆっくり。本当にゆっくりと、ロンジへ向く。
(え、なに)
「純粋な善の肉体と、純粋な悪の魂……」
(嫌な予感しかしない……なんで、こっち見るの?)
「その間に必要なのは」
ディーゼがロンジを指差した。
「
「……、…………、」
「善にも悪にも大して執着がなく、大義より自分の生活。世界平和より自分の欲望」
「美少女のおっぱいを見たら思想とか使命とか一瞬で忘れそうな」
「そこまで言う!?」
「純度百パーセントの俗物が必要なのです!!!」
「誰が純度百パーセントだァァァァァッあああああ!!!!!!!!!」
ロンジの絶叫が、大神殿に響き渡った。