「……もうやめるんだ、鷹野さん」
石段の方から聞こえた声に、鷹野がはっと息を呑んで視線を投げる。
そこには、銃を手にした富竹ジロウが立っていた。
その背後から、野戦服に身を包んだ兵士のような男たちが現れ、サブマシンガンの銃口を鷹野以下の山狗たちに向けた。
急に、ヘリの音が遠く近くと響き渡り始める。
これは……いったい……?
「なっ……ジロウさん、どうして……!?」
昨夜死んだはずの富竹ジロウの出現に驚いたのは、鷹野たちだけではない、私もだ。
「羽入ちゃんと圭一くんが、発症前に僕を見つけてくれてね。君の作った治療薬で、どうにか小康状態を保っているんだよ」
富竹の眼鏡のレンズが、乾いた光を放つ。
「大石さんが僕を死んだと発表してくれたおかげで、自由に動くことができた……番犬部隊を呼ぶのには、少々時間がかかってしまったけどね」
「そんな……ッ!」
つまり、こういうことだ。
私が鷹野を追っている間、羽入は圭一の自転車で富竹の発見現場に駆けつけたのだろう。
そしてまだ目覚める前の富竹に沙都子用の注射を打って大石を呼んだ。富竹の身体には外傷があるから、大石を納得させて協力を要請したのだ。
富竹が祟りで死んだことにすれば、真犯人が尻尾を出すかもしれないとかなんとか理由をつけて……!
「山狗の隊員のほとんどは拘束した。小此木くんも、投降に応じてくれたようだ。……これ以上罪を重ねても、君にとって有利になることは何もない。投降してくれ」
そう言って、富竹はその銃口を鷹野に向けた。
「と……投降したら、私は、どうなるの……?」
「処断されるだろうね。子供たち4名を殺した罪と、そして雛見沢住人の殺人未遂犯として……それでも、投降してくれるなら僕は全力で君を弁護しよう」
しかし、それは死刑宣告に等しい。
せめて仲間たちが死ぬ前だったなら、言い逃れのしようもあっただろうが……、山狗は既に魅音、詩音、レナ、沙都子を殺してしまっている。
そしてこの状況、羽入と圭一に対する殺人未遂は確実。
富竹に対してもそうだし、羽入を殺せば滅菌作戦が行われたのはまた確実だから、上層部からの責任追及は厳しいものとなる。
……おそらく、鷹野に待っているのは裁判ですらなく、暗殺という結末だけ。
「あは……、あははは、あっはっはっは! なるほどね、そういうこと! これが、神の座に昇ろうとした不届き者に、オヤシロ様が下した神罰という訳ね!」
睨め付けるように羽入を見る。
「やってくれたじゃないの……たったひとりで、なにもかもひっくり返して」
「あぅあぅ……ひとりでは、ないのです」
羽入はぎゅっと拳を握りしめて、あふれる涙をぬぐおうともせずに視線を返した。
「僕は、みんなで越えたかった。悟史も圭一もレナも詩音も沙都子も梨花も魅音も、みんなで昭和58年6月の、その先に至りたかった。僕では力が足りなくて、みんなを救えなかった……でも、みんながいたから、僕はここまで辿り着けたのです!」
鷹野の表情が歪む。
驚き、苛立ち、そして……酷薄な笑みに。
「……そう。なら、あなたの最後の希望を打ち砕いてあげるわね」
くすくすと笑いながら、鷹野は引き金にかけた指に力をこめる。
銃口の先には、羽入を後ろにかばって立つ圭一の胸があった。
「やめるんだッ!」
……銃声は、重なって聞こえた。
「ふふ、残念ねぇ……ジロウさん」
にやりと笑い、鷹野が富竹の方へと向き直る。
そして、だらりと下げていた腕を無理矢理に上げ、富竹へと銃口を向けかけて……そこで、番犬部隊のサブマシンガンが火を噴いた。
無数の銃弾を浴びた鷹野の身体が踊るように跳ね、境内に沈んでゆく。
「くっ……、馬鹿なことを」
富竹の銃撃は、一瞬はやく鷹野の腕を正確に撃ち抜いていた。
圭一を狙った銃弾は外れ、見当違いの地面を撃っただけに終わった。
それで済ませようとした富竹の温情を無視して鷹野は、あえて死を選んだのだ。
それが負け犬の末路なのだとでも言いたげに。
残った鷹野の部下たちは武器を捨て、番犬部隊により拘束されていく。
羽入は運ばれていく鷹野の死体、それを沈痛な面もちで見送る富竹を見つめて肩を震わせていた。
「至れなかった……、僕は、あぅ、幸せな……みんなが揃った、未来に……ッ!」
泣き崩れそうになる羽入を、圭一が抱きしめる。
「いまは泣いていいぜ。でもな、羽入……未来には、これから至るんだよ」
「……け、圭一。でも、みんな……死んでしまったのです!」
それはあまりにも悲痛な声だった。
「わかってる。でもな、みんなが聞いてれば、きっとこう言うはずだぜ。自分たちが命を賭けて作った未来なんだから、胸を張れ……ってな」
……そう。
この未来を、最高の未来ではないからと貶めることは、この未来を拓くために戦った皆の命を無駄にすることと同じだ。
羽入はそれに気づき、圭一の胸で泣いた。
夜明けを迎えた雛見沢の空に、古手羽入の泣き声がこだました。
『もう、いいのですか……梨花』
ええ。
……もう、この世界には用はないわ。
圭一がいてくれれば、自殺なんてしないでしょ。
きっと幸せになれるわ、『古手羽入』は……そう思わない、羽入?
『気づいていたのですね』
途中からね。
これはあなたの見せる夢の世界……。
いくつもの世界で失敗して、全てを投げ出してしまいそうな私を、もう一度奮い立たせるために見せた夢のカケラ……。
それが無駄な努力だと思っても足掻き続けること、それだけが運命を打ち破る力になるとこの世界の羽入が行動で示してくれたわ。
発症するはずのない圭一が疑心暗鬼に取り憑かれても希望を捨てず、レナが暴走する前に力ずくでも止める。
鉄平が現れても打てる手は全て打って、詩音や魅音の力まで借りて惨劇に立ち向かう。
見事なものだったわ。
わざと文句無しのハッピーエンドにしなかったのは、その結末だけは自分の力で見なさいってことじゃないの?
『結末までは決めていませんです。この世界の古手羽入は、本当の僕よりずっと頑張り屋さんですから、彼女次第ではハッピーエンドになったかもしれません。あぅあぅ☆』
くすくす、そうね。
羽入にしてはポジティブだから、見てて楽しかったわ。
……そういえば、真相はどうなの?
やっぱり敵は鷹野で、目的は雛見沢全滅なの?
『僕は鷹野が好きではないので、今回悪役をつとめてもらっただけなのですよ? 真相は梨花が自分の努力で知るべきことなのです、あぅあぅ♪』
はいはい、とびきりの意地悪をありがとう。
それじゃ、生き残る目もあるって見せてもらったことだし……はりきって次の世界に行きましょうか!
『はいなのです♪ 行きますよ、梨花……はにゅ~ん☆』
にやり。ちぇすとぉっ!
『はにゅっ!? 梨花ぁ~!?』
気がついたときには、梨花がいなくなっていた。
彼女はこの世界に見切りをつけて魔女になったのだろうか。
それとも、ほかの可能性を捜してまだ旅を続けているのだろうか。
ともかく僕は、梨花もオヤシロ魂もなしではループなんてできないし、圭一を残していくわけにもいかない。
このまま、この世界で生きていかなければいけないらしい。
園崎姉妹、沙都子、レナ、そして鷹野は行方不明として処理され、村の皆は鬼隠しに遭ったと噂した。
大石は僕たちに詳しい事情を聞きにきたけど、話してあげられないことも多く、結局は富竹の情報操作で煙に巻く形となった。
それでも、園崎家が関わっていなかったことだけは信じてくれたようなので、すこしは心が軽くなっただろうか。
雛見沢分校は賑やかな集団を失って一気に寂しくなってしまったけど、退院した圭一を中心にすこしずつではあるが笑顔と元気を取り戻してきている。
沙都子がいなくなったことで一人になった僕は、圭一の家でお世話になることに決まり、圭一は将来古手神社を継ぐことを公言してくれた。
……魅音がいれば、『へいへい、それってプロポーズぅ?』とか冷やかしてくるんだろう。
レナのお父さんは今でもあの家でレナの帰りを待っている。
酒浸りの毎日らしく、財産を使い果たしてしまわないかと心配だ。
園崎家は暫定的に茜が頭首代行を務めることになったそうだが、姉妹を亡くしてからお魎は塞ぎ込んでいるし、後継者不在はかなりの痛手らしい。
村の名物男である圭一を養子に迎えようかなんてトンデモ案も浮上しているそうで、僕としても油断できない。
入江は診療所を続ける傍らで雛見沢症候群の治療法確立を急いでいる。
それが済めば、つらい思い出の多いこの地を離れるつもりだと胸中を明かしてくれた。
…… 悟史は、まるで沙都子の死を感じ取ったかのようにあれから容態が悪化し、結局息を引き取ったらしい。
またひとり、仲間を失った……。
……これは決して幸せな結末ではないけれど、みんなが作ってくれた大切な未来。
けれと、叶うなら……、
梨花がいつか、本当のハッピーエンドに辿り着けますように。
……それだけが、僕の願いです。
<次回予告>
彼は、運命に抗う切り札だった。
彼は、惨劇を覆す扉の鍵だった。
少年の前に鬼が舞い降りるとき、遠く祭囃子が聞こえ始める……。
↓ひぐらしのなく頃に~鬼囃し編(圭羽)↓
https://syosetu.org/novel/429802/
千年の旅の果て……あなたに出会えて、良かった。