わたしが神様に、羽入が普通の女の子になってしばらく経った。
思ったよりも、羽入はみんなに溶け込んでいた。
基本的に羽入のキャラは猫をかぶっているときの私と似ている面も多いし、見ていただけとはいえ百年もの間部活メンバーと過ごしてきたのだ、それなりにうまく立ち回れるらしい。
今朝も、圭一が教室に入るなり沙都子のトラップが炸裂している。
「ぐっ、一段とスペシャルなトラップワークになったじゃねぇか、沙都子!」
「あらあら、私、何のことかわかりませんわよ。朝からついてませんわねぇ」
「てんめぇええぇえ~!!……いててて……」
腰をひねったらしく立ち上がろうとして呻く圭一に羽入が駆け寄る。
「あぅあぅ、圭一。大丈夫なのですか、さすってあげるのです」
「あ……あぁ、ありがとな。羽入のおかげで痛みが引いてきたぜ」
救われたような笑顔で羽入を撫でる圭一。
「あぅ……圭一、沙都子をあまり叱らないでほしいのです。沙都子は、圭一が二日間もお休みしたから寂しかったのですよ」
「む……そ、そうか……。羽入は優しいなぁ……沙都子、お前もちょっとは見習えよ!」
言われて沙都子はそっぽを向いてとぼける。
「なんのことですの? 沙都子は良い子でございますのことよ?」
その態度に圭一はいつものように沙都子を捕まえるのだが、羽入がはらはらしながら見ているのに気づいて、手加減したデコピンひとつで沙都子を解放した。
「く、悔しくなんかないもん。ふわぁあぁあぁん!」
「あぅあぅ、泣かないでください、沙都子。圭一も、ほんとは沙都子を好きなのですよ」
悔しさに泣き出す沙都子を羽入が慰めている。
……細部に違いはあっても、やっぱり圭一は圭一だし、沙都子は沙都子だ。
いつもの風景。
そこに私がいなくて、かわりに羽入がいるだけ。
けどすこし意外だったのは、あの悲観論者の羽入が、思ったよりもいろいろと頑張ってることだ。
たとえば、沙都子と一緒に買い物にいったときのことだ。
「やぁ羽入ちゃま、今日の晩ご飯はなんだい?」
いつもの私と同じように、羽入だけが特別扱いされて、挽肉を買った本人の沙都子は徹底的に無視される。
でも、羽入は笑顔で返す。
「今日は沙都子のお当番なので、沙都子に聞くといいのです♪」
「う……」
店主はちらちらと沙都子のほうを見ながらも、声をかけられずに押し黙る。
沙都子は傷ついた顔をしながらも、お金を払おうとして小銭入れを落としてしまい、お金が地面にばらまかれた。
「あっ」
小さな悲鳴にまわりの主婦たちもそちらに視線を投げるのだが、慌てて小銭を拾おうとするのが沙都子であるのを見て無視を決め込む。
……本当に、腹立たしい光景だった。
「あぅあぅ、沙都子、そっちにもいきましたです」
羽入がしゃがみこんで拾いはじめるなり、まわりの反応が一転した。
小銭を拾おうと身をかがめる主婦たち。
だが即座に羽入が一喝する。
「触るなッ!」
びくりと皆が身をすくめた。
「……あなたたちは、手伝わないと決めたのでしょう? ならば、そのまま動かないことです。僕はとっくにお怒りなのです。あぅあぅ」
そうして動けずにいる大人たちを押しのけながら小銭を拾い集め、沙都子に手渡すと振り向いて言い放つ。
「オヤシロ様は皆の和を重んじる神様なのです。村の子をいじめる者には、祟りが下っても知りませんのですよ?……あぅ☆」
その笑顔に思わず青ざめる人々を残し、沙都子の背中を押してその場を離れる。
「あ、あの……羽入」
帰り道、沙都子が申し訳なさそうな顔をする。
「いつも怒ってくださるのはありがたいですけれど、あんな態度ばかりとっていては、羽入まで、その……みんなに仲良くしてもらえなくなってしまいますわ」
そうよね……私だって、最初の頃はそうやって沙都子の運命に抗おうとしたことがある。
それが無駄な努力だと気づくまで。
羽入だって、それは知っているはずなのに……。
「なんのことなのです、沙都子? 僕は、オヤシロ様の巫女なので、オヤシロ様の意志を伝えているだけなのですよ☆」
ていうか、それ、あんたの意志よね……。
「沙都子はいつでも頑張ってるから、オヤシロ様は沙都子が大好きなのです。みんなは、それをわかっていないだけなのですよ☆」
羽入に撫でられて、すこしだけ頬を緩ませる沙都子を見て思う。
……無駄だとわかっている努力を、私が疎かにするようになってから、いったい何年経つのだろう。
ほんの僅かでも、沙都子の心を救ってあげたいっていう気持ちは変わらないはずなのに……。
「梨花……自分を責めないで。僕には沙都子の気持ちがわかる、それだけのことなのです」
千年も昔、村の皆に姿が見えていた頃、羽入はその角や髪の色からやはり恐れられ、遠ざけられていた経験がある。
そして、私といるようになってからも皆に見えず、無視されているのと同じことだ。
だから、村八分にされている沙都子の心境が余計に心に刺さるということか……。
それはともかく、羽入ちゃまって呼び方、無理がありすぎない?
もちろん部活においても、羽入は頑張っているのだけど……。
「あぅあぅあぅ……ま、また僕がビリなのです~」
基本的にこの子は私と違ってすぐ顔や態度に出るから、部活で不利なのは言うまでもない。
年の功とでも言うべきか、相手の手札の読みは意外と的確なので毎回ビリになるというわけでもないが、戦績は惨憺たるものだった。
それにしても、やっぱり参加しない部活はちょっと退屈ね。
みんなの手札を見て回って観戦するのも悪くないけど、すぐに飽きちゃうし……。
ん、いまレナがこっちをちらっと見たような……気のせいよね?
「あっははは、羽入、似合う似合う!」
「はぅ~、羽入ちゃんかぁいいよ~、おもちかえり~!」
「あぅあぅ、離してくださいレナ~!」
罰ゲームは、あえて参加したくないけど……。
でも、やっぱりそれも楽しそう。
羽入もいつもこんな気持ちで見てたのかしら。
そして羽入が一番頑張っているのは、宣言通り圭一への果敢なアタックのようだった。
お弁当のおかずは必ず一品、圭一の好きなものを入れるようにしている。
圭一は中学生男子としてはあまり好き嫌いなくまんべんなく味を楽しむほうだけど、やっぱり好みは味の強い肉系のおかずだ。
羽入の時代にはお肉なんてたまのお祝いに食べるだけだったから、わざわざ母の遺した料理本を見たりして味付けを研究しているらしい。
そういえば私が羽入に習ったのも、メインは煮物とかだったものね。
……待て、確かカレーも教わったけどあれはどこから仕入れてきたのかしら。
母のとは作り方が違ったわよね……?
「唐揚げいただき! く~っ、相変わらず羽入の味付けは絶品だぜ!」
「そう言ってもらえると嬉しいのです。あぅあぅ☆」
圭一の好みに合わせているから、圭一が喜ぶのは当然だ。
悔しいけど、羽入は当然ながら弟子の私より料理に関しては上だ。レナや魅音とも互角以上に渡り合える。
それにしても、さすが元人妻というべきだろうか、羽入はなかなかに積極的だ。
昼食や部活のときは必ず圭一の隣に陣取っているし、作った料理を圭一の家にお裾分けにいくこともあるからご近所のレナを差し置いて前原母とも仲がいい。
圭一に撫でてもらったときや予期せぬ場所で圭一を見つけたときなど、喜びの表現として抱きつくことも多い。
「そのへんは、うぐぅな感じなのです☆」
なるほど……。
じゃ、かわされて木に激突するのも時間の問題ね。
「あぅ……不吉なことを言わないでほしいのです、梨花」
ともかく、女の子に懐かれて悪い気はしないのだろう。
圭一も私のときよりも羽入を可愛がっているのは間違いないようだ。
買い物に行くと聞けば荷物持ちを申し出るし、部活でも弱い者同士で徒党を組むことも多くなった。
……なんかちょっとムカつく。
「圭一、圭一、ここ教えてほしいのです!」
「お、どこだよ。ああ、これか……これはな」
授業中、すこし頬を染めつつ『上級生のお兄さん』に勉強を教わりに来る羽入の乙女な風情といったら、それだけでご飯を3杯いけそうなくらいだったりするから多少許してあげなくもない。
ついでに向こう十年はこのネタでからかえそうだしね。くすくす。
「いっひっひ、圭ちゃんに羽入、授業中にまでおアツいことですな~?」
「羽入ちゃん、かぁいいよ~、目がきらきらしてるんだよ、だよっ☆」
「ちょっとお二人とも、勉強のお邪魔ですわよ。それよりもレナさん、私もここが……」
「沙都子ぉ~、どうしておじさんに聞かないのさ~?」
転校後早いうちから圭一と仲良しになったせいかレナや魅音も微妙に遠慮してみせているし、お子様のはずの沙都子ですら、羽入が圭一を好きということを当たり前のように感じ取っているらしかった。
このへんの戦略は見事というべきかしらね。
「でも、鈍感な圭一には通じているかどうか怪しいものなのです……あぅあぅ」
敵は手強いわね、羽入……くすくす。