もちろん私も羽入にべったりってわけじゃない。
せっかく羽入のかわりをしているんだから、普段できないことをしなくちゃね。
……それに、羽入には言ってないけど、実のところ私は、自分の手で惨劇の舞台裏を暴くつもりだったのだ。
今回誰が暴走するのかはまだわからないけど、いつもの『古手梨花』が行けない場所をこの身体でなら調べて回ることができる。
羽入に任せてもいままでうまくいかなかったけど、『私が必ず殺される』理由を、なんとしても突き止めなければ。
昼間の授業中とかは羽入についていてもあまり面白いことがないので、その時間を利用して私は前から気になっていた場所を見て回ることにした。
まずは診療所だ。
お年寄りの多い待合室、スタッフが忙しそうに働く区画を通り過ぎて、階段の奥、偽装された地下への扉をすり抜ける。
地下の研究所については聞かされていたし、雛見沢症候群研究のために秘密裏の手術を受ける関係で麻酔を受けた状態でなら入ったこともあるが、こうして目にするのは初めてだ。
地下のわりには思ったよりも清潔な雰囲気だが、研究所なのだからそれは当然か。
あちこちの部屋に頭をつっこんで山狗の保安要員の姿や、最新の機器が並ぶ部屋、検体らしきものが並ぶ部屋などを確認する。
そして最後の奥まった一部屋、厳重に施錠された病室に、悟史がいた。
羽入から聞いてはいたけど……本当にいたのね。
この目で見てようやく実感できた。
私はひとりぼっちになった沙都子を見るたびに、やはり心のどこかで悟史を恨めしく思っていた部分がある。
沙都子を見捨てて逃げた、そんなふうに思わずにはいられなかった。
いくら悟史がここにいたという羽入の発見を聞かされても、それは私の疑念を戒めるために羽入がついた優しい嘘かもしれないと疑っていた。
でも違ったのだ。
悟史は雛見沢症候群が理性の堰を破った結果だとはいえ、沙都子を虐待していた叔母を撲殺し、入江に末期症状患者としてここに隔離されたというのが真実だった。
ごめん、悟史。
私は沙都子の兄としてのあなたを、疑ってしまっていた……。
沙都子のためにも、はやく病気を治して帰ってきてあげて。
一年近くも閉じこめられているせいか、すこし青白い顔をした悟史にそう謝る。
「…………あ」
と、悟史がかすかに目を開けて、私を見た。
まさか、気づかれた……!?
そういえば、末期症状患者には私の姿が見えるんだった!
「君は……、誰?」
悟史の声は思いのほか穏やかなものだった。
半分眠っていて意識が朦朧としているせいもあるのだろう。
私は梨花よ、古手梨花。
……覚えてないの?
「ふるで……古手……、ええと、羽入ちゃんの、親戚?」
あ、そうか。
この世界には古手梨花はそもそも存在しないんだった。
悟史が知っているクラスメイトの古手家頭首は、羽入になってるわけか。ややこしいわね。
「ここ……は……?」
……ここは病院よ。
あなたは、原因不明の高熱で倒れてここに運び込まれたの。
沙都子も心配してるから、早く退院できるようにゆっくりお休みなさい。
「……そう、だね。梨花、ちゃんだっけ……僕が治るまで、沙都子のこと……」
ええ、わかってるわ。
沙都子のことは任せて……あなたが退院したら、沙都子のトラップと部活のみんなで、手荒く歓迎してあげるから。
「むぅ……意地悪だなぁ……、あはは……ごめん、眠く……なっ……」
悟史はもう一度目を閉じて、そのまま意識を失ったようだった。
私は悟史の髪をそっと撫でると、涙をこらえながら踵を返した。
こんな形での再会はしたくなかったけど、とにかく悟史が間違いなく生きていることは確認できた。
きっと悟史は帰ってくる。
沙都子のところに、いつか帰ってきてくれる。
私が昭和58年6月の迷宮を抜けられれば、いつか必ず訪れるその日を目にすることもできるはずなのだ。
悟史……その日まで、おやすみなさい。
せめてあなたの夢が安らかなものでありますように。
あと、メイド服着せられてたことについては触れない方が幸せよね?
さて、これで連続怪死事件のうち、第4の事件については真相に確証が持てた。
結果は、私と羽入の推測どおりだったわけだ。
残り3件について、なにか知ることは可能だろうか……?
第1の事件、ダム現場の件については犯人の行方以外調べるべきことは警察が全て調べてしまっているし、まだ報道規制もなかったので私もある程度のことは知っている。
おそらく発症していたと思われる犯人をこの研究所で確保したことはあり得るけど、当時の研究ではおそらく沙都子や悟史のように生きながらえさせることは不可能だったに違いない。
とっくに解剖されてしまっているだろう。
第2の事件、白川公園で起きた沙都子の両親の転落事故。
これは多少時間はかかるけど行って行けないことはなさそうだ。
でも行ったところで、現場を確認することくらいしかできないだろう。
……私の推測では、疑心暗鬼に駆られた沙都子が両親を突き飛ばし、不幸にも手すりが老朽していたために両親の死亡という結果につながったものだと思っている。
鷹野や山狗にあの時点で北条夫妻を始末するメリットはないと思うし、あの事故の直後、沙都子が発症の末入院していたのは事実だからだ。
第3の事件、私の両親については……これは、はっきりと鷹野と山狗の仕業だと思う。
母が私の処遇を巡って鷹野と言い争っていたのは耳にしたし、父もその剣幕に押されて研究への協力拒否に傾いていたからだ。
あの夜、見張っていた羽入は私と母が眠り込んでしまったあとで山狗が母だけを連れ去ったのを見ているから間違いはないだろう。
連れ去られた母にどんな運命が降りかかったかは考えたくもないが、おそらくこの世の人ではないはずだ。
4つの事件に共通するのは、手をくだした人間か被害者のいずれかが入江機関によって拉致、または入院を余儀なくされていること。
その意味ではやはりこの研究所と、その指揮をとる入江と鷹野こそがこの雛見沢連続怪死事件の黒幕だといっていい。
しかし、いくら考えてもわからないのは第5の事件。
昭和58年6月における富竹と鷹野、そして私の死なのだ。
調査部の富竹、山狗を指揮する鷹野が殺されることを考えれば入江に対する疑いも濃厚となるのだが、世界によっては入江が不可解なタイミングで睡眠薬を過剰摂取し自殺してしまう場合もある。
ほかの世界で私の死後に同じことが起きていないとは言い切れないから、入江が黒幕だと断定するのも難しい。
そして、入江にせよ鷹野にせよ、私を殺害する動機がないことは間違いない。
私は女王感染者であり、雛見沢症候群の研究にとって重要であるばかりか、子供を産む前に私が死ねば雛見沢じゅうの人間が発症の危機を迎えるはずなのだから。
やはり、最大の謎は、どの世界でも必ず起きていると思われる富竹と鷹野の変死ということになる。
私と羽入の推測は、奉納演舞の隙をついて祭具殿に侵入したことによって狂信的な村人が彼らを始末している……というものだったが、それにしては祭具殿の鍵をより頑丈なものに変えたり、鷹野たちに警告して山狗が二人を遠巻きに護衛している世界でも必ず起きているのが解せない。
鷹野と富竹の二人の監視は、最重要課題だろう。
……羽入が鷹野をあまり好きじゃないせいか、やる気のなさで尾行をほとんど失敗しているのが一番の問題か。
それに、私を殺すのはその謎の敵に限らないのだから話がややこしい。
鷹野と富竹に加えて詩音や圭一が祭具殿に侵入する世界では、魅音が暴走して喜一郎や私、ついでに沙都子までも地下祭具殿に監禁、拷問死させる。
レナが発症する世界では、持ち前の行動力で学校を占拠してクラスメイト全員を人質にとり、結局レナの示したタイムリミットを過ぎて包囲した警察の前で学校が爆破され、私もそれに巻き込まれて死んでしまう。
鉄平に挑んで返り討ちにされたのはこの際置いておくとしても、加害者も動機もバラバラなのに私は必ず死ぬというその運命だけが覆せない。
まさに推理不能の殺人劇だ。
仲間たちも、魅音やレナは暴走の可能性を考えると迂闊に頼れないし、再発の可能性が高い沙都子は巻き込みたくない。
結局、そう考えると私の味方になってくれそうなのは羽入と、雛見沢に来てから日が浅いせいか、ほとんど発症しない圭一の二人だけということになる。
まったくゲームバランスどうなってるのよ、責任者でてこい!
…… それから園崎本家や地下祭具殿、園崎組なども回ってはみたけれど、思うような成果は上がらなかった。
黒ずくめの狂信者が生贄の儀式をしてるなんてことまでは期待してなかったけどね。
いつもどおり、綿流しの夜までは平穏な世界が続くらしい。
どこかで5年目の祟りの相談をしているのだとしても、それが『いつ』『どこで』行われるかを知らないことには探りようがないのだ。
……はじめて、羽入が自分の無力を嘆く気持ちがわかった。
神様などといっても、たったこれだけのことしかできない。
私本人よりも行動範囲こそ広いが、人の心の中が読めるわけでもないし、過去になにが起きたか、未来に何が起きるかを知ることができるわけでもない。
それに加えて、この身体では目の前の運命そのものに干渉することさえできないのだ。
となると……勝負は、やっぱり綿流しの夜か。
いつもは奉納演舞があるから私の行動は大幅に制限されているが、今回は羽入にその役回りを押しつけたから自由の身だ。
すくなくとも、富竹と鷹野の死だけは真相を暴いてやる。
見てなさいよ……!
はやく綿流しの夜が来ればいいと願ったのは、この百年でも久しぶりのことだった。
でもそんな私を嘲笑うように、この忌々しい運命はまたひとつ意地悪を仕掛けてきたのだ。
「あぅあぅ、梨花……。圭一が、圭一の様子が、おかしいのです……!」
私がしばらく仲間達から目を離しているうちに事態は進行していた。
いままでの世界ではほぼ発症したことのない圭一が、急に不審な行動をとり、仲間に疑いの目を向けるようになっていたのだ……!