羽入の話によれば、どうやら富竹と鷹野がそれぞれ偶然に圭一に出くわし、連続怪死事件について余計な話を吹き込んでしまったらしい。
それを気にしてレナや魅音に尋ねたとき、頭ごなしに否定されたことで不審を抱いた圭一は、新聞記事を調べようと興宮の図書館に行き、そこで大石と遭遇した。
お決まりの園崎家犯人説や村ぐるみの犯行を匂わせる言葉を聞かされた圭一が、それぞれの事件に関わりのある部活メンバーに対して疑念を持つようになるのにそれほど時間はかからなかった。
「あぅ……まだ表面上はみんなと会話してくれるのですが、時々、怖い目でレナや魅音を見ているのです」
まずいわね……でも、まだ綿流し前よ。
富竹と鷹野が死んで、自分が殺されるかもしれないっていう危機感が強くなる前なら、大丈夫かもしれない。
これまでの世界でも、魅音たちの隠し事に圭一がなんとなくの疑いを持つことはあったじゃない。
「そ、そうでした!……あぅ、僕がみんなの誤解を解くのです!」
そう言って羽入は、帰宅しようとする圭一のあとをついていった。
今日は魅音の都合で部活はなかったし、レナもダム現場に直行するらしいから好都合だ。
歩幅の違う圭一についていくのは、なかなか大変そうだった。
「……なんか用かよ?」
足音に気づいたのだろう、圭一が立ち止まり振り返った。
「あぅ……、け、圭一。一緒に帰りたいのです」
やや邪険な声を聞いて萎縮しながらもそう答える羽入。
「羽入の家は、こっちの方向じゃないだろ?」
「でも、一緒がいいのです。あぅあぅ、圭一……僕と、お話しませんか?」
「お話って……なんの話だよ?」
すこし圭一の口調が柔らかくなったように思える。
年下の女の子を怯えさせてしまったという罪悪感を覚えているのが顔に出ている。
「あぅ、圭一の好きな話でいいです。……僕に、聞きたいことはないですか?」
「聞きたいこと……、それは」
ある。
それでも、圭一は躊躇っていた。
すでに、大石から怪死事件の被害者の中に私の、いやこの世界では羽入の両親が含まれていることを聞いているのだろう。
両親を殺された子供に、何を聞いていいのか、と逡巡しているのだ。
「……悪いけど、早く帰りたいんだ。俺」
圭一が出した結論は、なにも聞かないということだった。
でも、それで悪循環に陥ってしまうのは私も羽入も先刻承知だ。
羽入は食い下がり、圭一の横に並ぶ。
「それなら、圭一の家に遊びにいってもいいですか? 僕は、圭一とお話したいのです」
がんばって笑顔をみせる羽入に、圭一はすこし迷いながらも頷いた。
とりあえず、第一段階突破か……五年目の祟りが起きる前である以上、圭一の危機感はまだ低い。
だから、ここまではなんとかなると思っていた。
難しいのは、この先だ。
「圭一、圭一は……レナや魅音と、喧嘩しているのですか?」
圭一はさすがに歩調を緩めて、隣を歩く羽入を見下ろす。
「喧嘩してるってわけじゃないさ……ただ、あいつらが俺に隠し事をしてるのが、ちょっと気に入らないだけだ」
「……隠し事、ですか?」
「ああ。別の人に聞いたから、もう知ってるんだけどさ……やっぱ、俺だけ仲間外れってのは気分悪いぜ」
よし、まだ見込みがある。
こうして心情を明かす以上、少なくとも羽入に対しては強い疑いや警戒の気持ちをもっていない証拠だ。
おそらく、事件に関係があるといっても沙都子や羽入については親兄弟を失った被害者だと認識しているのだろう。
信頼できる相手が一人でもいれば、ずいぶんましになるはずだ。
「あぅあぅ……圭一、それは、事件のことなのですね」
「……あぁ」
忌々しげに認める圭一。
「それなら……わかってあげてほしいのです。魅音もレナも、悪気があったわけではないのです、圭一に、雛見沢を嫌いになってほしくなかっただけなのです」
「……わかってるけどさ。でも、魅音が関わってるかどうかはわからないけど、園崎家ってのはやってもおかしくないんだろ。そういうこと」
圭一の言葉に、羽入はうつむく。
私たちにも、事件の真相全部がわかっているわけじゃない。
でも、いままで集めた情報から推理する限り……園崎家は、すくなくとも四年目までの怪死事件とは関係ないはずなのだ。
その前の誘拐事件なんかでは入江機関と結託している部分はあるかもしれないから、完全に無関係とは言い切れないのも確かだが……。
「五年目の祟りは誰だよ? 羽入か、沙都子か、それとも余所者の俺か?」
「圭一!」
吐き捨てるように言い募る圭一の腕を、羽入がぐっと引き寄せた。
「……圭一は、余所者なんかじゃないのです」
「え?」
圭一が戸惑いの表情をみせる。
「圭一は雛見沢の、みんなの、大事な仲間なのです。余所者だなんて悲しいこと……言わないでほしいのです」
羽入のいまにも泣き出しそうな目を向けられて、圭一は足を止めた。
いま圭一の胸には魅音や園崎家への疑念と、羽入の言葉を、大事な仲間たちを信じたいという気持ちが渦巻いているはずだ。
「羽入……、俺は」
「負けないでください、圭一。疑いたくなる気持ちはわかりますです、でも。僕はみんなを信じています。圭一は、僕を……信じてください」
それはこの世界で両親を殺されたことになっている羽入の言葉だからこそ、重みがある。
私がこの場にいたら、古手梨花だったら、圭一を説得できただろうか?
いや……いくつもの世界に飽いていた私は、圭一までもが疑心暗鬼に駆られたことに呆れ、嘆き、失望していただろう。
何もせず、圭一によってもたらされるだろうこの世界の終わりを眺めて、不味いワインに逃避するだけだっただろう。
「は……、はは、そうだな。そうだよな」
圭一はいつもに比べれば弱々しいものではあったが、笑みをみせた。
「俺は、羽入を信じる。……ごめんな、心配かけて」
そう言って、羽入の髪をくしゃっと撫でる。
「圭一! あぅあぅあぅ……」
羽入は涙目のまま笑顔になり、ぎゅっと圭一にしがみついた。
……これは、奇跡と呼ぶほどのことじゃない。
圭一の状態はまだ手遅れにはほど遠い、沙都子と同じL3にすら至っていなかっただろう。
でも、そこから引き上げたのは羽入だ。
いまの羽入にはオヤシロ様としての力はなにひとつない、いつもの古手梨花と同じこと。
……つまり私にも、あれはできることなのだ。
できるのに、しなかった……そういうことなの、羽入?
「圭一はやっぱり、僕の大好きな圭一なのです。あぅあぅ」
「お、おいおい。あんまりくっつくなよ、村の人に見られたらそれこそ鬼隠しもんだぜ」
焦って真っ赤になる圭一は可愛いけど……やっぱりムカつく。
あ~あれよ、きっと圭一は羽入の胸に反応してるのよね。
私だったら抱きついてもこんな反応しないもの。
だから気にくわないというか、腹立つのよ。うん。
「じゃあ、圭一の家にいくのです。そしたら、抱きついても平気なのです♪」
「え、いや、そりゃあ……そうだけどさ。な、なんか、まずくないかぁ!?」
「気にすることないのです。さぁ行くのです圭一、本能のおもむくままに!」
二人は手をつないで、その場を去っていった。
なにか馬鹿馬鹿しくなったから、圭一の家まではついていかなかった。
何があったかは知らないけど……楽しかったみたいね。
「素敵なひとときだったのです~……あぅ☆」
ともかく、このことをきっかけに圭一と羽入はますます仲良くなった。
いや、あれは仲良しというよりも……らぶらぶだと言っていい。
なんというか、二人の間に甘い雰囲気が育まれているのを感じる。
「あぅあぅ、圭一の視線がなんだかくすぐったいのです。このままだと僕はいけない女の子になってしまいそうなのですよ~☆」
この……浮かれてるんじゃないわよ。
忘れてるんじゃないでしょうね、圭一が惨劇を起こさなくたって、綿流しが過ぎればあんたは殺されるのよ?
「そ……そういえばそうだったのです。あぅあぅ、せっかく圭一とらぶらぶなのに……」
ほんとに忘れてたのね……こんな状態で恋愛とかできるわけないでしょ。
私がそういう気分になれない理由、わかった?
「あぅあぅ、せめて思い出に、あんなこととかこんなこととか……」
ちょっと待てぇいっ!
ひぐらしは一応、18禁指定だけは回避してるんだからね!?
「……も、もちろん冗談なのですよ。あぅあぅ」
うわ……思いっきり目が泳いでるわよ。
こいつ、本気で実行する気だな……。
「梨花。圭一の症状はいまは落ち着いていますが、なにがきっかけで悪化するかわからないのです。僕は、圭一の支えになってあげたいだけなのです」
待てやコラ、真顔でお泊まりセットを用意しながら言うことか!?
「やれやれ、またうるさいのがやってきたのです……いらつく背中を見せるのです」
窓辺でグラス片手に黄昏るとか、私の十八番をとらないで! とらないでぇ!