まぁ……以前から、思っていたことではある。
羽入の昔の話とかを聞けば、誰だってそう思うだろう。
その上、私のように羽入の存在が見える人がほかにいたら、羽入の普段の暮らしぶりとかを見ていてそう思わないはずがない。
何が言いたいかというと……羽入は、相当に運が悪い。
「深海魚、ですか?」
あぅ?と首を傾げる羽入。ほんと、色ボケしてるわね。
間宮リナよ。
今日興宮を調べて回ってるときに見かけたんだけど、あいつと鉄平が美人局だって、レナが気づいたみたいなの。
このままいくと、明日か明後日にはレナが『いつものように』殴り殺す展開になりそうだわ。
「あぅう……、それはまずいのです、僕は黒焦げバラバラなんてイヤなのです!」
まず発症しないはずの圭一が、たった二日親戚の葬式のために雛見沢を離れただけで発症するとか、どう考えてもありえない。
その上、そう間も置かずに今度はレナの惨劇フラグまで立つとは、不運の極みもいいところだ。
「梨花、他人事だと思って……僕は死にたくないのです!」
羽入がその気持ちをわかってくれるだけで私としては満足よ、と言いたいところだけど……。
ま、いつもよりタイミングが早そうだし、このままいくと最悪綿流しの前に学校占拠とかになりかねないわね。
そうすると真相を突き止める私の計画もおじゃんだし、ここは羽入に頑張ってもらって、惨劇回避といきたいところね。
「あぅあぅあぅ、この場合、どうすればいいのでしょうか……圭一に助けを求めるのはどうですか?」
うーん……圭一はやめといたほうがいいわ。
いまはおさまってるけど、一度は発症しかけたのよ。
生き死にの絡む修羅場に立ち会わせるのは、いかにもまずいでしょ。
「言われてみればそうなのです……で、では、魅音でしょうか?」
そうね、レナの親友だし……でも、レナが美人局に気づいたのって今日のことよ。
それを羽入が知ってて相談するっていうのも不自然だと思うけど。
「た、確かに……オヤシロ様のお告げです~っていうのも圭一とかには通じそうですけど魅音は、話の筋道が立ってないと力を貸してくれそうにないのです」
空気読めないからね……ここは、羽入が自分でなんとかするしかないんじゃない?
「ぼ、僕がなのですか!?」
力ずくでいまの羽入がレナに勝てるとも思えないけど、少なくとも羽入はレナにとって敵じゃない。
リナを殺してしまう前なら、説得は可能なはずよ。
「……わかったのです。僕がレナを止めるのです!」
で、翌日。
いつもの注射器や防犯スプレーを準備した羽入とともにダム現場に隠れて待っていると、予想どおりレナとリナの二人が現れた。
しばらくは穏やかに話していたふうだったのだがレナが美人局の話を持ち出したのだろう。
場の空気が緊迫して……一瞬の隙をつかれたレナが首を絞められ、私たちは慌てたのだが、さすがは鉈女と言うべきか、鉄パイプでリナの顔面を殴りつけて拘束から逃れた。
「あぅあぅ、形勢逆転なのです!」
んな呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。
このままだと殴り殺しちゃうわよ!?
「あぅあぅ、ここは時を止めて乱入するのです!」
ちょ、羽入!?
「ザ・ワールド! 不快~な劇の大盛り~♪なのです! あぅあっ!?」
あ…… ありのまま今起こった事を話すわ!
『羽入がゴミ山を駆け下りたと思ったらいつの間にかリナと羽入が倒れていた』
な……なにを言っているのかわからないと思うけど、私も呆れてツッコむ気にもならない……。
頭が痛くてしょうがないわ……。
神通力だとか超スピードだとかそんな超常的なものでは断じてない、もっと馬鹿馬鹿しいものの片鱗を味わったわ……。
「あぅあぅ……い、痛いのれすぅ……」
ま、要するに……オヤシロ魂を私が持っている以上羽入に時間停止なんて荒業ができるわけもなかった上、レナのところへ向かって駆け下りようとするその一歩目で足を滑らせて頭からダイブ、殴られる寸前のリナの顔面に頭突きをかます結果に終わっただけなんだけどね。
羽入……あんたのガッツ、見せてもらったわ!(ぐっ☆)
「は、羽入ちゃん……!?」
レナが鉄パイプを手にしたまま呆然と羽入を見下ろす。
「いったたた……な、なんだい、コイツは……?」
が、リナが起きあがるのに気づきすぐに鋭い目つきを取り戻した。
「そこ、どいて! この女、殺さなきゃ!」
鉄パイプを振りかざして叫ぶレナに、羽入はきっと視線を返して両手を広げた。
「レナ、やめるのです! これ以上やったら、引き返せなくなるのです!」
「なに言ってるの!? 私は、そいつに殺されそうになったんだよ!」
「そうだとしても、正当防衛になるのはここまでです。これ以上やればレナは人殺しなのです! 大事な仲間が手を汚そうとするのを黙って見過ごすなんて、僕には絶対できないのですよ! あぅあぅあぅ!」
羽入の必死の言葉に、レナがわずかに怯んだような表情を見せる。
がんばれ羽入!
「あ……あーっはっはっは、いいお友達じゃないかい!」
「あぅっ!?」
「羽入ちゃん!」
一瞬だった。
リナが背後から羽入に組み付き、細い首に腕を回す。
リナが両腕に力をこめれば、非力な羽入は一瞬で首を折られてしまうだろう。
「さあ形勢逆転だクソガキ、さっさとその物騒な得物を捨てな!」
高圧的に叫ぶリナに、レナの顔が歪む。
鉄パイプを握りしめ、歯噛みする。
「なめてんじゃあないよッ、こちとらくぐった修羅場の数げぶぁっ!?」
羽入がぐりんと振り向いた瞬間、さっきレナに殴られた顔面を角が強打して悲鳴をあげるリナ。
痛みのあまり羽入を離してしまっている。
「痛い痛い痛い痛い!」
「あぅあぅ、大変なのです! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
あぅあぅ言いながら羽入はようやく思い出したのかスカートのポケットから取り出したものをリナに向けた。
「そ、そういえばこれがあったのです! えい☆」
「ひぎゃあぁああぁああぁあ!?」
催涙スプレーだ。
目に入ると激痛が走るアレだが、そのうえ顔面に開いた傷にしみるだろうから相当痛そう……。
「あぅあぅあぅあぅ、怖いのです怖いのです!」
「やめてやめてやめて、んぎゃあぁあ~~!?」
リナがのたうち回って暴れるのが怖いのか、羽入はひたすら悲鳴をあげながら顔面めがけてスプレーをかざし続けている。
……酷い。
「や、やっと動かなくなったのです……あぅあぅあぅ~」
激痛のあまりリナの意識が飛んだらしく、羽入は涙目でその場にぺたんと座り込むと安堵の息をついた。
なにかゴキ扱いされているリナがちょっぴりだけど可哀想だわ……。
「は……羽入ちゃん、今のは、ちょっとむごいと思うかな。……かな」
あのレナですら思いっきり引いているのだが、口調や表情からすると羽入のあまりのマヌケっぷりを目の当たりにしたせいで、さきほどまでの憑き物が落ちたらしい。……やれやれだぜ。
「羽入ちゃん、ありがとう……あのままだったら、レナ……」
あの後、気絶したリナを縛ると大石を呼び、殺されかけた話を正直に話して連行してもらうことになった。
事情を聞くためにレナの父を拾ってそのまま興宮署に行くらしい。
レナはパトカーに乗る前にいつもよりはすこし弱々しい笑顔を見せて羽入に礼を言った。
「あぅあぅ、仲間のために頑張るのは当たり前なのです! 困ったことがあったら、僕や圭一たちにお任せなのですよ~☆」
明るく胸を張る羽入に、レナは一瞬ぽかんとしていたがすぐに笑い出す。
「あは……あははは、あっははは、そうだね、本当にそうだね!」
こうして少々強引にではあったが、レナの惨劇フラグは未然に回避された。
羽入は確かに頑張ったと思う。
特別な力なんてなにも使わずに……私に、いつも諦めてしまういつもの私に、ここまでのことができだだろうか?
「梨花、それは違うのです」
え?……どういうこと?
「僕はいつも、梨花の後ろで惨劇を見ていることしかできませんでした。梨花のように動ける身体があればと何度思ったことでしょう。いまの僕は、それができるのです。今までの悔しさがなければ、僕だって足がすくんで出ていけなかったかもしれません。そうしたら、目の前でまたレナがあの人を殴り殺すのを見ていただけでしょう……それだけは、イヤだったのですよ……」
見ているだけの無力な自分を、羽入がこれほど悔いていたとは知らなかった。
それが今の羽入を動かしている。
私にも、その力があったらと思うわ……。
「梨花にできないことが僕にできるように、梨花にだって僕にできないことができるのです。梨花……大事なのは、決して諦めない心です。梨花にしかできないことが、絶対にあるはずなのですよ」
羽入……そうね、肝に銘じることにするわ。