羽入……。
あんた、ほんとに凶運の持ち主ね。
「あぅ? あぅあぅ、お褒めにあずかり嬉しいのです」
褒めてない。大凶のほうの凶運よ。
ひとつの世界でこれだけサイコロの1を揃えられるなんて、私にはとても真似が出来そうにないわ。
ガープスとかやってみる?
「ということは、まさか……あぅあぅあぅ」
そのまさかよ。
さっき、沙都子が買い物の帰り道で鉄平に会って連れていかれたわ。
「あぅう~! 鉄平が現れるとろくなことにならないのです!」
美人局のほうに出てきた場合もレナを暴走させるし、沙都子を連れていった場合も八方塞がりの状況に苛立ったレナや詩音が鉄平殺しを敢行してしまうのが常だ。
「と、とりあえず、沙都子を取り戻すのです!」
待ちなさい。
鉄平相手じゃリナの時みたいな正攻法は無駄よ。
いつかの私みたいに、ブザマに返り討ちにされるのがオチね。
「た、確かにあのときの梨花はブザマだったのです、あぅあぅ……僕は絶対、あんな間抜けな死に方はごめんなのですよ!」
……ふ~ん。
喧嘩売ってるの、羽入?
「あぅあぅあぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 梨花、僕に知恵を貸してほしいのです!」
と言ってもね……この世界で一度発症しかけたレナや圭一に話を持っていけば『1000秒あればイナフ!』って言われるだけだろうし、北条絡みで魅音に頼るのは全くの無駄。
どうしたものかしらね……。
「そんな……これで僕のハッピーライフは終わりなのですか!?」
まだ終わってもらっちゃ困るわね……。
仕方ない、危険は危険だけど、賭けてみる?
「と、言いますと……」
詩音に連絡をとりなさい。
確か鉄平は葛西に頭が上がらないはずよ。
そこを突破口にできればよし、詩音が暴走して鉄平を殺せば……ちーん☆ね。
「あぅ……ぼ、僕は詩音を信じるのです!」
で、羽入はすぐさま興宮へ向かったわけだけど……。
「はぁ!? 羽入ちゃま、正気ですかあ? なんで私が、悟史くんを苦しめてたあの甘ったれたガキンチョのために動かないといけないんですか!」
玉砕ね。……かわいそかわいそです。
「あぅう……、ま、まだまだなのです! 詩音、本当にそれでいいのですかっ!」
あら、結構しぶといわね。
「いいに決まってますよそんなの。沙都子の奴、悟史くんがいなくなったっていうのにお姉の部活で楽しく遊んでるらしいじゃないですか。あのちんぴらに躾けられれば、沙都子も少しは悟史くんの気持ちがわかるってもんです」
悟史の約束を思い出してないときの詩音は、沙都子を憎んでるといってもいいからね。
両極端というか、なんというか……姉の曖昧さをすこしは見習いなさいっての。
「詩音……鉄平に沙都子が壊されて、本当に悟史が喜ぶと思いますか?」
「え……、な、何を」
「悟史はどんなに自分が苦しんでも、沙都子を守ろうとしていたのです。確かに、沙都子はそれに甘えていたのかもしれません。悟史をあそこまで追いつめたのは、本当は沙都子だったのかもしれません。でも……」
羽入は、泣いていた。
ずっと見つめ続けてきた、見つめることしかできなかった悲劇。
「……でも、沙都子がそれを悔やんでいないとでも思うのですか、詩音!」
詩音の瞳が揺れた。
「沙都子は自分の弱さが許せずに、悔やみ続けてきたのです! 沙都子はまだ甘えていてもいい子供なのに、弱くて当たり前の子供なのに、誰もそれを許さない、誰より沙都子自身が許せずにいるから、悟史がいなくても笑顔で過ごしてきたのです!」
悲痛な叫びだった。
「……貴女にそれができますか? いいえ、この一年間できていましたか? いつか悟史が帰ってくることを信じて、その日のために笑顔でいることができたのですか?」
「それ、は……」
「答えなさい、詩音ッ! できなかったというなら、貴女が沙都子を甘ったれだなんて言う資格などありはしない、そんなのこの僕が許さないのです!」
顔を歪めた詩音が、泣き崩れる。
そう、詩音は信じてなどいなかった。
悟史は犠牲になった、殺されたのだと諦め、恨みや憎しみを募らせていただけだった。
悟史が戻ってきたなら、沙都子を蔑ろにする詩音を決して許しはしないだろう。
そのことに思い至らないのは、誰より詩音が、悟史を信じていないからなのだ……!
「……わかりましたよ、羽入ちゃま。なら、あの男の始末、私に任せて貰いますよ」
「あ、あぅ?」
ようやく泣きやんだ詩音はそう言って立ち上がると、羽入に背を向けて駆け出していた。
「ま、待つのです詩音! 始末しちゃダメなのです! あぅあぅ!」
はい、惨劇フラグゲット。ちーん☆
「ちーん☆じゃないのです梨花ぁ! これじゃいつもとおんなじなのですよ!」
賭けに負けたってことでしょ。
……まぁ、羽入の世界の終わりは見届けてあげるわ。
私は詩音を追うから、羽入は魅音に死体の始末を匂わせておいて。
明日からは、詩音と、それから魅音にもなるべく接触しないことね。
多少は長生きできるかもしれないわ。
結局、こうなるのよ。
もうすぐ終わる、全部終わる。
……そう、ひぐらしのなく頃に。
「り、梨花……」
途方に暮れた羽入の視線を振り切って、私は詩音を追った。
発症レベルが高くなると、足音を聞かれるから詩音に近づきすぎないように気をつける。
詩音の行動は迅速だった。
葛西を拾って雛見沢へ向かい、葛西のツテで鉄平の兄貴分に当たる男から呼び出しをかけさせる。
夕闇の迫る中、詩音は北条家にほど近い林の中の小径で待ち伏せた。
葛西は小径の入り口に車を停めて見張りをさせている。
「私がやるんだ、私が悟史くんのために、あの男を……!」
詩音は息を潜めながらも低い声で呟き続けている。
手にしているのは私もどこかの世界で喰らった覚えのある違法改造スタンガンと、大ぶりのナイフだった。
「……来た!」
小径の向こう、北条家の方向からスクーターに乗った北条鉄平がやってくる。
詩音は身を沈めて、藪の隙間から飛び出すタイミングを窺っていた。
「はぐっ!?」
木と木の間に張った黒い紐にひっかかって、鉄平が派手に転倒する。詩音の仕掛けた即席の罠だ。
地面を転がる鉄平へと、詩音は素早く駆け寄っていった。
バチッ、と電流の流れる音。
私は一瞬顔を背けた。
あのスタンガンを最大電圧にすると、心臓の弱い者なら一瞬で死にかねない。
これが、羽入のあんなに頑張った世界の終わりなのね……。
と、自分の足元に転がってきたものを見て愕然とする。
それは、詩音のスタンガンだった。
「あ、あぁあ……!」
「なッじゃあ、ワレェエエッ!」
振り返ると、襲いかかってきた詩音を蹴り倒したらしい鉄平が吠えていた。
詩音はナイフまでも取り落とし、慌てた様子で立ち上がろうとしている。
……あれ?
詩音はレナには劣るが、なかなかに優秀な殺人鬼のはずだ。
これまでの世界でも悟史との約束のために、沙都子を守ろうと鉄平の殺害を決行したことはあった。
そして、油断している鉄平に返り討ちに遭うのは非力な私だけだったはずだ。
「ッるぁ、ダラズがぁあッ!」
不明瞭な叫びとともに、立ち上がりかけた詩音の腹に蹴りが決まる。
「げ、はっ!」
地面に転がった詩音めがけ、怒りにまかせた蹴りが何度となく叩きこまれる。
そこでようやく、私は目の前で起きている事態の真相に気づいた。
詩音は、発症していない……!
考えが極端に走りすぎるきらいのある詩音は、別に雛見沢症候群におかされていなくとも自分が正しいと思えば人殺しくらいは肯定してしまう人間だ。
今回は羽入に言い負かされた悔しさと、自分の悟史への誠意を証明するためにこの凶行に走っただけで、発症していない……。
ということは、他者を傷つけることや自分の限界以上の力を引き出すことに遠慮や躊躇というものを一切失う、発症者特有の『強み』を持っていないことになる。
つまり……、いまの詩音は多少腕が立つだけの単なる少女。
荒事に慣れ、怒りで我を忘れた鉄平を相手にするのは荷が重すぎるのだ!
「ッじゃごるぁあ!!」
詩音はもはや身体を丸めて致命傷を避けることしかできていない。
このままでは、最悪の場合詩音のほうが殺されかねない。
どうしよう、どうしよう、だ、誰か呼びに……、ダメだ、圭一の家も魅音の家も遠すぎるし、今の私じゃ事情を話すこともできない!
「ぁぅぁぅぁぅぁぅあう……!」
と、その声に振り向いて私は凍り付いた。
「なッ……!?」
鉄平も同様だっただろう。
なにしろ、その視線の先には……鉄平のスクーターに乗ってまっすぐ突っ込んでくる古手羽入がいたのだから!