魅音の働きは私の期待どおり、いやそれ以上のものだった。
私は作戦の概要こそ盗み出してきたが、どうして鷹野がそんなことをするのかについては全く理解できなかった。
雛見沢症候群の研究に身を捧げている鷹野が、女王感染者を殺し雛見沢住民を暴走させる。
そう、暴走までなら、猟奇趣味の鷹野がやりそうなことだと納得したかもしれないが、研究そのものを道連れに皆殺し……というのは不自然だ。
「さすがに個人の趣味だけじゃ組織は動かないよ。鷹野が全てを掌握してるトップだとでもいうなら別だけどね。多分、雛見沢の全滅があってはじめて、責任をとらされる立場の人間がいるんだよ。派閥争いってやつかねぇ」
ある組織内部での不祥事や失態は、それが組織の存在そのものを脅かすほどのダメージでない限り、内部に損をする人間と得をする人間が生まれることになる。
また、外部と通じた者がいるなら組織へのダメージが甚大なものであっても構わない。
……なるほど、その理屈ならば鷹野と山狗が敵に回るのもうなずけるし、調査部の富竹を殺すことで一時的に情報を遮断、山狗側に都合のいい情報だけを流すことも可能だ。
「本当なら羽入に姿を隠してもらって相手をペテンにかける手も使えたんだけど……羽入の話によれば作戦決行は今日の深夜。時間がない」
私の暗殺は数日遅れることも多いのだけれど、今にして思えばそれは仲間たちの起こす惨劇に対して鷹野が様子を見ていた期間だったのだろう。
綿流し前に全ての不確定要素を羽入が潰してしまったこの世界では、タイミングをはかる必要など微塵もない。
「ってことで、次善の策で行こうか!」
作戦を伝え終わるとその場は解散。
皆はそれぞれ自分の家に帰っていく。
沙都子と羽入は裏山を通って、いくつかのトラップに必要な調整を施すと防災倉庫に戻った。
「……そろそろはじめますわよ、羽入」
食事を終えて電気を消すと、裏口の窓から抜け出して近くに身を隠す。
私の偵察でそちら側には見張りの山狗がいないことを確認済みだ。
この場に張り付いている山狗は6人。
作戦開始の時間が来ると同時に、4人が防災倉庫に突入、階段を駆け上がる音がした。
彼らはそこがもぬけの空であること、窓に縄ばしごがかかっていることに気づく。
あ、一人縄ばしごの罠にひっかかって転げ落ちた。
「今ですわ!」
裏山へと続く小径をダッシュする沙都子と羽入、見張りの山狗がそれを発見して追跡に入る。
大人と子供の足とはいえ、闇夜の中では地の利がある沙都子と羽入が圧倒的に有利!
裏山の入り口付近のトラップは、魅音の指示で無力化してある。
これは狩りなのだ、獲物は引きつけて倒す。
最初からトラップの巣に踏み込んだことを教えてはもったいない、というのだ。
いくつかのトラップは、バケツが飛んできたりする程度のものに差し替えており、鷹野の知る『沙都子のトラップ』の危険度を過小評価させるための罠になっていた。
「油断した相手にこそ最大の効果を発揮する、まさにトラップの真骨頂ですわ!」
その言葉通り、舐めきったまま罠の密集地帯に飛び込んだ6人はその全員がリタイア。
やがて裏山の麓に、指揮車と何台かのバンが停まるのが見えた。あれが今動かせる山狗の最大限の人数だろう。
たったの数十人で、この魔窟と化した裏山に踏み込むなど無謀の極み!
「いやいや、そう舐めたもんじゃないよ。いまは深夜だ、たいていの村人は眠ってるし、多少の銃声は誤魔化せる。こっちも慎重に行かないとね」
合流した魅音は、気絶した山狗の無線や武装を奪って全員に配布した。
そこからは序盤の罠で2割の隊員が脱落しながらも包囲網を狭めてきた山狗を、罠と奇襲攻撃の連携で各個撃破していく展開となった。
最初はそれも順調だった。
魅音の指示で部活メンバーは忙しく飛び回り、罠にかけるための囮をつとめたり、動きを封じられた山狗を鉈や金属バットで叩き伏せていく。
私も偵察に出ては、羽入を通じて山狗の進行ルートを魅音に伝える役回りを担当していた。
そうして、まともに動ける山狗の数は最初の半数を切り、もはや勝利は目前と言ってよかった。
だが。
「詩音さんっ!?」
山狗に拳銃の発砲許可が下りた瞬間、その天秤が大きく揺れた。
囮となっていた詩音が、背中からの銃撃を浴びて地面を転がる。
「くっ……逃げて、沙都子っ!」
苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がり、すでに山狗から奪っていた拳銃を構える詩音。
木々に身を隠しながらの必死の銃撃戦は、沙都子が逃げる時間を稼ぐには充分だったが、詩音はすでに囲まれて身動きがとれない。
「レナッ、大丈夫か!」
「わ、私は平気! 圭一くんは、魅ぃちゃんたちのところへ!」
同じことは、レナと圭一のコンビにも起こっていた。
隠れていた場所が離れていたために分断され、レナにできるのは持ち前の冷静な判断力で圭一を退却させることだけだった。
「わ、私は沙都子を連れ戻してくる! 羽入は圭ちゃんと合流して!」
単独行動は危険だと判断した魅音がそう指示を出して、司令所となっていた山小屋を出る。
そして、人の手で作動するトラップが使えなくなった状況下では、山狗の包囲はさらに迅速なものとなっていく。
このまま運命は潰えるのかと思われたが、皮肉な形での反撃が始まった。
「上等じゃん、てめぇらみんなブチ撒けてやるぅうッ!」
多少の銃撃など気にせずに発砲の中を駆け抜け、至近距離からの銃撃で山狗を屠る詩音。
そこにはもはや、人殺しへの禁忌も躊躇もない……。
発症だ。
生命の危機が、鬼の血を継ぐ彼女にそれを呼び起こしてしまった。
「あはははははは、もう遠慮しないよ! 死ね、死ね、みんな死んじゃえぇッ!」
常人とは思えぬ速度で闇の中を巧みにすり抜け、鉈で次々に山狗の腕や首を刈り落として瞬く間に血に染まっていくのはレナだ。
すでに発症寸前まで行っていた彼女がこうなるのは、時間の問題だったといっていい。
「こっちの被害も甚大だ、お前は良くやった。……だが、ここまでだな」
魅音は沙都子と合流した直後、小此木の分隊と出くわしてしまっていた。
「……さ、沙都子に手を出さないで」
銃を向ける小此木たちに向かって両手を広げ、沙都子を庇う。
「魅音さん!?」
「沙都子……あんたのために、今まで何もできなくてごめん。私が園崎じゃなければ……もっと素直に、助けてあげられたのにね……」
「み、魅音さんは、いっぱい、助けてくださいましたわ……学校は、魅音さんの部活は、私にとってかけがえのない居場所になりましたもの」
沙都子の言葉に、魅音はかすかに微笑み、そしてきゅっと唇を引き結んでから叫んだ。
「沙都子、走れぇぇえ!!」
瞬間、小此木達の放った銃弾が魅音へと殺到する。
一発たりとも通すものかと、両手を広げたまま魅音は駆け出して……、直後、額への一撃を受けてその場に打ち倒された。
小此木は軽く瞑目すると、小さくなっていく沙都子の背中を部下達に追わせた。
「ふふふ、どうやらここまでね。……いま、レナちゃんと詩音ちゃん、魅音ちゃんを仕留めたって連絡が入ったわ。沙都子ちゃんも追跡中。全滅は、時間の問題かしら……?」
一方、圭一と羽入は逃げ込んだ古手神社の境内で、待ちかまえていた鷹野たちに銃を向けられていた。
羽入を背後にかばう圭一は、すでに肩に銃弾を浴びたらしく顔色が悪い。
「あなた一人が死ねばそれで済むのに、お友達みんなと、山狗にも最低でも10人は死者が出ているのよ。申し訳ないとは、思わないのかしら……?」
「あぅあぅあぅ……た、鷹野に言われたくないのです。鷹野は、僕を殺したあと、雛見沢の人を皆殺しにするつもりだったくせに、何を言うのです!」
圭一を支えて泣きながら、それでも鷹野を睨みつける羽入。
「あら、知っていたの……? どこから情報が漏れたのかしら……くすくす。いえ、あなたの情報源は決まってるわね、オヤシロ様の巫女なんだもの!」
冴え渡る月光に、鷹野の怜悧な嘲笑が浮かび上がる。
「鷹野……! 梨花も、僕も、お前なんかには負けないのです!」
「りか? うふふ、まだほかにお友達がいるのかしら?……その子も探し出して、始末しないといけないわねぇ……」
悔しい。
いま、この瞬間に何もできない自分が悔しい。
この世界の記憶を引き継げば、次の世界はもっと有利に戦えるだろう。
羽入が見せてくれた数々の奇跡は、この先の私を支えてくれるに違いない。
だけど、この世界を……羽入があんなに頑張ってここまで辿り着いたこの世界を失ってしまうことが、悔しい。
あの場所にいるのが古手羽入でなく、古手梨花だったとしても、私にはなにもできない。
それでも、舞台にさえ上がれずに羽入と圭一の最期を見守ることしかできないいまの自分が悔しかった。
羽入はきっとこの百年、いまの私と同じく身を引き裂かれるような後悔を味わってきたんだろう。
「あら……、残念ね。沙都子ちゃんが捕まったそうよ。追いかけっこはもうおしまいね……どうかしら、羽入ちゃんの出方次第では、沙都子ちゃんだけは助けてあげてもいいんだけど?」
無線機を手にくすくすと笑みをこぼす鷹野。
羽入がなにか言おうと口を開いたが、
「……って言いたいけど、もう射殺しちゃったみたいなのよね。ホント、ざぁんねん。くすくすくす! ふふふ、ふっ……あっはっはっはっは!」
いたぶるような笑い声に羽入は耳をふさぎ、圭一はバットを振りかざす。
「てめえっ……!」
「前原くんとも、これでお別れね……さようなら」
そして鷹野が冷笑とともに、圭一の胸に銃口を向けた。