「ぅあー…?」
あれ…?
なんか見慣れない天井が…?
私はどこ? ここは誰?
「やっと目が覚めたか」
「え?」
段々とクリアになっていく脳に意識を集中させていくと、視界の端になにやら全身黒ずくめの無精髭野郎が。
「あ…相澤先生か」
「分からなかったのか」
「一瞬だけ…」
少なくとも、この不愛想全開の顔は朝一番から見るもんじゃないな。
色んな意味で心臓に悪い。
「騎呂。まさかとは思うが、昨夜はここに泊まったのか?」
「ちゃんと校長に許可は貰ってますよ」
「そういう問題じゃないだろ…」
じゃあ、どういう問題なんだよ。
相澤先生は、私が同じ学校の後輩で雄英の正式な教員じゃないからか、こっちの事を名前で呼んでくる。
別に私は気にしないが、友人でもなければ恋人でもない女の名前を呼び捨てにするのはどうかと思う。
この人に言っても詮無き事だろうけど。
「どんなに疲れていても、ちゃんと家に帰ってから眠れ」
「何か勘違いをしているようだから言っておきますけど、私だって何も好き好んで事務室のソファの上で寝てたわけじゃないんですよ」
「じゃあ、なんでそこで寝てた」
「単純に仕事が多すぎて終わらなかったからです。気が付いた時にはもう終電過ぎちゃってましたし…」
「だから、仕方なくココに泊まったと」
「その通りです。私だって、ちゃんと自分の部屋の自分のベッドで寝たいですよ」
確かに今の私は社畜な自覚はあるけど、だからと言って女を捨てるつもりは流石に無い。
どれだけチビでペッタンコでも、私だって立派な女の子なのだ。
そこだけは絶対に譲る気はない。
「相澤先生のご友人が持ってきてくださった書類の手直しをしていたら、予想以上に遅くなってしまったんです」
「…済まなかった。マイクにはちゃんと俺から言っておく」
「お願いします。あと、今度の書類の催告もしていただけると有難いです」
「任せろ。ちゃんとやっておく」
しっかし…未だに信じられないな…。
こんな真面目な人が、あんなお茶らけてる人と友人関係だなんて…。
なんでも、雄英高校時代に知り合ったらしいが…詳しくは知らない。
だって、その頃の私はまだ小学生だったし。
「それで? こんな朝早くから何の御用時で?」
「提出するように言われていた書類を持ってきた。一応、俺の方で誤字脱字などが無いかは確認しておいたが、それでも何か不備がある可能性も捨てきれん。軽くで構わないから見ていてくれると助かる」
「分かりました。そこの机の上に置いておいてください」
「分かった」
相澤先生はちゃんと期限を守ってくれるから本当に助かる。
しかも、間違いなども殆ど無いから素晴らしい。
これで、後はもう少しでいいから衣食住のうちの『衣』と『食』もちゃんとしていれば申し分ないのでは?
「しかし…お前も大変だな。『向こう』から雄英に引っ張り出されて事務仕事とは」
「今更言われても仕方がないですよ。それと、別にここには私とあなたしかいないんですから、無理してぼかさなくてもいいですよ」
「…かもな。だが、その歳で『公安』に所属していると気苦労も絶えないだろう」
「それを言ったら、私よりもっと若い『ホークス』はどうなるんだって話ですよ」
「アイツは完全に別枠だろう」
「確かに」
あの子もあの子で中々に悲惨な人生を送ってきてはいるが、そんなことを微塵も感じさせないぐらいに明るい。
気が付けば『公安所属のヒーロー』になってて、気が付けばナンバー3にまで上り詰めてるし。
新進気鋭の若手ヒーローのホープって言われてるのに、何故かまだ私に執着している節がある。
こんなチビ娘のどこがいいのやら。
「ところで、騎呂はもう今度の『入試』についての話は聞いたか?」
「入試? いえ…何も。でも、私には別に関係のない話では?」
「いや…そうか。まだ聞いてないか。もしかしたら、今朝の朝礼辺りで校長から言われるかもしれんな」
「随分と勿体ぶりますね。後で知らされるのならば、ここで教えて貰っても同じなのでは?」
「…そうだな。なら、教えてやるか」
おぉ…話の分かるお人だ。
これがマイク先生なら絶対に面白がって話してくれないのに。
「今度の入試、実はお前に実技試験の採点の計算を頼みたいと言っているんだ」
「あー…例のロボット狩りですか。まだ変わってないんですね…あれ」
「非合理的だと何度も進言してるんだがな…まだ変わる様子はない」
「今更、別のを考えるのも面倒くさいんでしょう」
「かもしれん。だが、それで有能な奴を落としてしまう結果になっては意味が無い。お前みたいにな」
「いや…私は最初からヒーロー科受けてないし…」
私は普通科一本で行くって決めてましたから。
「騎呂の個性は、準備と状況さえ整っていれば、これ以上無い程に強力無比だ」
「かもしれませんね。その『準備』を整えるのが大変なんですが」
単純に金が掛かりすぎるんですよ…私の個性は。
便利ではあるけど、同時に不便でもある。
しかも、初見のパッと見じゃ絶対に理解されないって言うオマケ付き。
お陰でこれまでに何度、無個性扱いされてきたことか。
そんなことを考えると、自然と子供時代の『嫌な思い出』に直結するので、すぐに記憶から消すように心掛けているが。
「ま…それぐらいなら別にいいですよ。どーせ、とっくにウチの上司には許可は取ってるんでしょうし。ちゃんと別枠で給料が支払われるのなら文句はありませんとも」
「校長の事だから、その辺の事はしっかりと考えている筈だ」
「でしょうね。それに関しては普通に信用してますよ」
こっちとしては、お給金さえ貰えるのならば問題はないのですよ。
金は天下の回り物ですから。
どんな聖人君子も、今の世の中じゃ金が無ければ生きてはいけない。
それが世知辛い現代社会の悲しい現実なのだ。
「そう言えば騎呂。お前…朝食はどうする気だ。ここに泊まってたんなら、食べる物なんてないだろう。購買部が開くにはまだ時間があるし」
「その辺は普通に我慢しますよ。多少の時間のずれぐらいは無問題です」
「はぁ……ほれ」
「お?」
なんか相澤先生から例の10秒チャージなゼリーを貰った。
しかもアップル味。
「念の為と思って二個持って来てたんだが…まさか本当に役立つとはな」
「くれるのですか?」
「あぁ。何も腹に入れないよりはマシだろう」
「確かに」
んじゃ、遠慮なく頂きますか。
あー…これ食べるのも久し振りだなー。
公安に入った頃は良く食べてたけど、最近じゃすっかりカロリーメイトにはまってたし。
結局、相澤先生が時間になって部屋を後にするまで色んな事を話し込んだ。
一人が好きな私の筈なのだが、何故かこの人と一緒の時は不思議と苦にはならない。
それはきっと、私と彼が似た者同士だからなのかもしれない。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
職員室で行われる教職員たちの朝礼。
私は別に雄英の教員でなければ、厳密には関係者とも言えない。
『元関係者』と言った方が正しいだろう。
それなのに、なんでか私がここに派遣された次の日から朝礼に参加させられている。
なんでも、リカバリーガールが『こうでもしないと、ぶっ倒れるまで仕事をし続けるから』だそうだ。
私の事をなんだと思っているのだ…と言いたいが、ハッキリと否定も出来ないのが悲しい。
こんな私に誰がした。
「…と言うわけで、今度の実技入試は公安から来てくれている鋼野騎呂さんにも手伝って貰うことになったのさ! 君も大丈夫かな?」
「私の事なら、お気になさらず。上にも既に話は通してあるのでしょう?」
「勿論さ! 君の直属の上司…公安委員長は二つ返事で了承してくれたよ! 『精々こき使ってあげてください』ってね!」
「…そうですか」
あのババア…好き放題言いやがって…!
見てろよ…今年のゴールデンウィークには溜まりに溜まった有休を一気に使って休んでやるからな…!
私がいなくなったことによる仕事の遅れで存分に苦しむがいい…!
「では最後に…皆に紹介したい人物がいるのさ!」
紹介したい人物? 誰だ?
このタイミングってことは、新しい職員でも入るのか?
「その顔…何も知らないって感じだな」
「え? 顔に出てました?」
「思いっきりな」
隣にいるヴラド先生に普通にツッコまれてしまった。
そんなに私ってば顔に出やすいかな…。
自分では、ちゃんとポーカーフェイス出来てるつもりなんだけど。
「仕事をしてくれるのは有り難いが、偶には外の情報にも目を向けた方が良いぞ」
「肝に銘じておきます」
外の情報…ね。
私も一応は公安の人間だから、その辺はちゃんと気を付けてるんだけど…。
最近は自覚するレベルで根を詰めてたからな…。
なんとかして暇な時間を作って情報収集とかした方が良いかも。
「では、入って来て欲しいのさ!」
「失礼します!」
おや? この無駄に大きな声量は…どこかで聞いたことがあるような…って?
あの無駄に濃い顔とムッキムキな巨体は…まさか…。
「本年度から、このオールマイトがウチの職員として配属されることになったのさ! 彼はヒーローとしては間違いなくプロ中のプロではあるが、教師としては間違いなく新人! 色々と教えてあげて欲しいのさ!」
おいおい…冗談でしょ…?
あの天下のナンバー1ヒーローのオールマイトが雄英で教師をするとか…これマスコミ連中が絶対に黙ってないだろ…。
委員長も、私に一言ぐらいあっても良かっただろ…!
(いや…あの人の事だから、絶対にワザと私にだけ言ってないって可能性があるな…)
恐らく、ホークスや目良さんを始めとした面々は絶対に知ってたでしょ…!
あんのクソババアがぁ…今に見てろよ…!
「それじゃあ、オールマイトからも一言お願いするのさ!」
「はい!」
うっ…本当に声がデカいなぁ…。
只でさえ体もデカいんだから、声ぐらいはもう少し抑えてくれてもいいじゃん…。
「何の因果か、こうして母校である雄英で教師をすることになって、実はかなーり緊張してるんだ! なので、皆には色々と聞くことも多いかもしれないが、その時は出来るだけ優しく教えてくれると助かる! これからよろしく頼むよ!」
それ…普通は隣にいる校長が言うべき台詞なんじゃないのか…?
本人が言うのはどうなのよ…。
「彼が本格的に授業に参加するのは、今年の入試が終わってからになる。と言っても、もう入試は目と鼻の先なんだけどね。君たちもそのつもりでいてくれると助かるのさ!」
なんつー存在感の塊みたいな新人が来てるんだよ…。
しかも、よりにもよって私が派遣されているタイミングで…。
孤独を愛する私には、色んな意味で最大の天敵だな…。
仕事の時以外は決して話しかけないようにしよう。
私個人は、別にオールマイトと会ったことも話したことも無いから大丈夫…だと信じたい。