雄英高校入学実技試験当日。
この日、各会場の様子をモニタリングするために、雄英の教師陣は揃って専用のモニタールームへと足を運ぶ。
そこには沢山のモニターに加え、教師たちが座る椅子、そして受験者たちの点数を表示する別枠のモニターと、それを計測する専用のパソコンが設置してある。
今日の私のお仕事は、まさにこのパソコンで受験者たちの点数を計算すると言う、実に素晴らしい、全米が大泣きして興行収入が軽く10億円突破しそうな作業をすることだ。
「失礼しまーす」
「お。来たか」
本来は部外者立ち入り禁止な部屋に私が入ると、皆の視線が一斉にこっちに向く。
一瞬だけビクってなったけど、この部屋はより詳細に映像を見るために、敢えて部屋を暗くしてあるので私の細かな反応には気が付いていない…と信じたい。
「今日はよろしく頼むよ。鋼野くん!」
「えぇ…まぁ…最善はつくしますよ」
今回の受験者の総数は、もう数えるのも嫌になるほどの数で、当然だが普通の人間である私にそれら全ての点数を同時に計算するなんてのは絶対に不可能なわけで。
ならばどうするのかというと、計算自体は専用のAIが搭載された魔改造パソコンで行い、私は手動でそのフォローをすると言うわけだ。
なんでこんなことをするのかと言うと、実は去年、全ての計算をAI頼みにしてしまった結果、なんと細かな計算間違いが結構な数判明し、その時は雄英高校教師全員で改めて計算し直して徹夜地獄を見たと言う事件があったかららしい。
なので、今年は最初から人間の手を入れて少しでも間違いを少なくしようと言う試みとの事。
今更だけど、これって私じゃなくて校長がすればよかったのでは?
だって、校長の方が私なんかよりも遥かに頭がいいんだから。
「悪いね鋼野くん。本当が僕が出来れば一番なのだけど、僕は僕で校長として映像の方を注視しなくちゃいけないんだ。どれだけ優れた頭脳を持っていても、僕自身はたった一人だからね」
「もういいですよ。その辺は、ここに出向を命じられた時点で割り切ってるんで」
「そう言ってくれると有難いと。その代わりと言っちゃなんだが、ちゃんと今回の分は別として給料を計算しているから安心してくれ。勿論、ちゃんとイロを付けてね」
「ありがとうございます」
いや…ここで私が礼を言うのはおかしいか…?
あれ? そういや、ついこの間来たばかりの、世界一有名な新人教師はどこ行った?
「相澤先生。オールマイトはどこに?」
「あの人なら絶賛遅刻中だ。どうせ、どこかでまた敵退治でもしてるんだろう」
「マジですか…」
あの人…道すがらに人助けをしとるんかい。
まるでヒーロー版の社畜だな。
あの人の場合は私とは違って、自ら進んでやってそうだけど。
「どうせすぐに来るだろ。まだ開始までは時間はある。今はマイクの奴が講堂で説明会をしている真っ最中だからな。それまで、のんびりしてろ」
「はーい」
あの人が説明会を…ねぇ…。
ヒーロー科の受験って、いっつもこんなに仰々しいのか…?
普通科の方は、マジで普通の受験って感じだったけどな…。
「なーんか、騎呂ちゃんって妙に相澤君と仲がいいわよね~。なんで?」
「なんでと言われても…」
いきなりミッドナイト先生がやって来て、変なことを言い出したし。
別に私が誰と仲良くてもいいでしょうがよ…。
「なんつーか…気が楽なんですよね~…相澤先生と一緒にいると。変に気を気を使わなくていいっていうか…落ち着くと言いますか…」
自分で行っててあれだけど、マジでなんでだろうな~。
性格や趣味嗜好が似ているからなのかな?
「同じ女同士なのに、私には懐いてくれないわよね~…」
「懐くって…私は犬猫ですか」
「犬猫みたいに可愛いってことよ」
「それは…喜んでいいんですかね? それとも怒るべきなんですかね? ねぇ…13号先生」
「そこで私に振るんですか!?」
いや…だって、この場での数少ない同性キャラだし…。
そりゃ自然と話が振られて当然と言いますか。
「っていうか、ミッドナイト先生はグイグイ来るから苦手なんですよ…」
「え~!? そうだったの!? なら、プレゼント・マイクに嫌な顔をしてたのも…?」
「純粋にキャラとして苦手だから。悪い人じゃないのは知ってるし、嫌いでもないんだけど…」
なんつーのかなー…本能的な拒絶反応と言いますか…。
一緒にいたら確実に体力を根こそぎ持って行かれそうな気がすると言うか…。
「お前の、その反応は正しいよ。それが普通だ。俺もそうだった」
「さよですか…」
おふ…急に相澤先生に頭を撫でられたし。
やっぱ…落ち着くなぁ~…。
「とろけてる騎呂ちゃんの顔…やっぱ可愛いわぁ~…♡」
「鋼野なら、今でも制服を着て廊下を歩いていればバレないんじゃないか?」
「セメントス先生…冗談でも勘弁してください…」
実際にほら…隣でミッドナイトさんが目を光らせて私に雄英の制服を着せようとスタンバイしてるし。
流石の私にも大人としてのプライドがある。
どれだけ金を積まれても制服だけは絶対に着ないぞ。
なんて話をしていたら、いきなりドアが開いて、例のナンバー1ヒーローな新人マッチョ教師様が慌てて入って来た。
「すまない!! 遅れてしま…ってない…?」
「時間ギリギリですよ。早く座ってください」
「おぉ…そうだったのか。今度からは気を付けないとな…。では、失礼して」
って、よりにもよって私の隣に座るんかーい!!
他にも空いてる席は…無いですね。はい。
「おや? 君は…」
「…ども」
別に自己紹介とかしなくてもいいよね?
向こうだって、こんなチビ女の事なんて歯牙にもかけてないよね?
「相澤くん。この子は迷子か何かかい?」
「違いますよ。昨日、話したでしょう。公安から出向いて貰ってる事務員がいるって。それがこいつですよ」
「えぇ!? この少女が!?」
「鋼野騎呂…これでも、れっきとした24歳です」
「そうだったの!? 重ね重ねごめんね!? てっきり飛び級的な子だとばかり…」
飛び級なんてのはフィクションの中だけで、現実にはそんな制度は…無いとは言い切れないけど、非常に極稀なケースだけですよ。
少なくとも、私はそんな優秀な人間じゃない。
「こんな子が公安にいたとは…しかし、事務員と言うことは君はヒーローでは…」
「いや、一応プロヒーローの資格だけなら持ってますよ?」
「持ってるんだ!?」
「雄英高校卒業とほぼ同時に公安にスカウトされて、『いざって時の為に~』的なことを言われて半ば強制的にプロヒーロー資格を取得させられました。でも、私はあくまで事務員であり、ヒーローは単なる副業。資格取ってからもヒーロー活動なんて殆どやってませんしね。世間的な認知度なら相澤先生よりも遥かに下ですよ」
「しかも雄英の卒業生!? そうか…とうとう雄英から公安に行く子も出るようになったのか…」
相澤先生はアングラでやってるってのもあって、表社会じゃそこまでだが、裏社会じゃ中々の有名人だ。
一方の私は、表でも裏でも微塵も有名じゃない。
だって何もやってないから。
ただの事務員に何を期待してるんですかって話ですよ。
事務作業なら喜んでしますけどね。
「って言うか、公安からスカウトって…それは相当に凄いことなんじゃないのかい?」
「そうなんですか? 私の主な仕事は事務作業全般なので良く分かりません」
分かろうとも思わないけど。
「因みにヒーロー名は?」
「…………騎兵ヒーロー…『ライダー』…」
当然だが、これは私が自分で名付けた訳じゃない。
ウチの委員長がいつの間にか勝手に名前を付けて、勝手に登録してた。
勿論、事後報告。
私は現場でヒーロー名を名乗ったことは一度も無い。
だって私は、ペーパードライバーならぬペーパーヒーローだから。
「ライダー…? ん~? どこかで聞いたことがあるような…?」
「多分、私の個性を知って、そこからストレートに名付けたんですよ。安直と言うか、なんと言うか…」
ほんとさ…名付けられた方の身にもなれってのよな。
『ライダー』って名付けられた日の夜、私は悔しさと羞恥心で枕を濡らした。
「もしかして、君はあの事件の…」
オールマイトが何かを言いかけた…その時、部屋のドアが開いて説明会から戻って来たプレゼント・マイクさんが戻って来た。
「おーっす! 待たせちまったナー!」
「誰も待ってねぇよ。で、どうだった?」
「どうもこうもねぇよ! どいつもこいつも辛気臭い顔してリアクションが悪いのなんのって! こーゆー時は、例えガッチガチに緊張してても大声を張り出すもんダロ!?」
「知らんわ。お前基準で話すな」
「相変わらずシヴィー!!」
割と普通に仲いいんだな…この二人。
こうして話してるのを見てると実感する。
「んじゃ、ここからは楽しい楽しい…実技試験のお時間だぜ!」
さーて…私も気合入れてやりますか。
指をポキポキ、首もポキポキと鳴らして本気モード…っと。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
実技試験、無事に終了。
と言っても、私はずっとパソコンと睨めっこしてたから、詳しいことは何も知らないけど。
「………………」
「は…鋼野くん!? 大丈夫かい!? 試験中、目にも止まらぬ速度でキーボードを叩いてたけど…」
オールマイトが私を心配して体を軽くゆすってるけど、今だけはマジで止めて欲しい…。
あぁ…燃え尽きたぜ…真っ白にな…。
めっちゃ久し振りに本気の並列思考やったわ…。
頭が締め付けられるように超痛い…。
「騎呂…本当に大丈夫か?」
「…………」
もう声を出す気力も無いので、口パクで返事をする。
相澤さんなら、これでも私の言いたいことは分かってくれるだろう…。
「校長。俺が騎呂を保健室まで連れていきます」
「よろしく頼むよ、相澤君。仕方がないこととはいえ、鋼野くんには相当に無茶な事をさせてしまったね…。僕も頭脳労働派だから、彼女が今回してくれたことの偉業と苦労は痛い程理解出来るのさ…」
そういや…校長もソッチ系のキャラだったっけ…。
なんてことを考えてたら、相澤さんが私の事を抱きかかえてくれた…。
お姫様抱っこじゃなくて、まるで父親が幼い娘を抱きかかえるみたいな格好だけど…。
「え~? 相澤君が騎呂ちゃんを連れて行くの? 別に私でも…」
「いや、アンタはさっき思いっきり拒絶されてたでしょうが」
相澤さんの鋭いツッコミ。
やっぱ、この人はツッコミ属性持ちだな…。
「…相変わらず、お前は軽すぎだな。ちゃんと食ってるのか?」
「それは…お互い様…でしょう…」
「少しは喋れるようになったか。では、お先に失礼します」
こうして、私は相澤さんに抱えられて保健室に直行するのでした。
安心したら眠くなってきたわ…。