文字通り、脳を限界まで酷使した入学式から少し時間が経ち、今日も今日とて私は雄英高校の事務室にて一人、黙々と作業をしているのでした。
(そういや…私の前にここにいた、私とは別の所から派遣されてた事務員の人…今はどうしてるのかな…)
当然ではあるが、私の前にもここで事務員をやっていた人物がちゃんといるわけで。
その人は私よりも少し年上な女性で既に既婚者。
外部から派遣されてきた人らしいが、去年の11月後半辺りから産休&育休の為にお休みしているらしい。
まぁ…これに関しては流石に何も文句は言えない。
同じ女として、出産と育児に集中したいって気持ちは理解出来るからね。
ま、私はまだ結婚もしてないし、子供もいないんですけどね。
それ以前に、誰かと結婚をすると言うこと自体が全く想像できない。
こんな、見た目完全に小中学生な私と結婚をしたがる相手は、まず間違いなくロリコン野郎確実だろう。
「あ…そういや…」
視界の端にチラッと入った桜の花びらを見て不意に思い出す。
そういや、今日は雄英高校の入学式じゃん。
ここに来る時間帯はいつも早朝だし、入るのだって裏口からだ。
校門とかの方は全く見てないから普通に忘れてた。
今日はまだ他の先生達にも会ってないし、それも忘れていた要員の一つかもしれない。
「…別にいいんだけどね」
子供達にとっては嬉し恥しな入学式かもしれないが、私からしたらいつもと変わらない普通の一日だ。
なので、入学式の事はすぐに頭の端の方に追いやって、再び作業に集中する。
(流石に今日は皆も忙しいからなのか、不思議と作業が捗るなー…)
作業量がいつもよりも少ないのも大きいかもしれないが、それにしても怖いぐらいに順調だ。
普段からこれぐらいだったら最高の毎日なのにな。
「ずず…」
手元に置いておいたコーヒーをゴクリとな。
あら…もう無くなっちゃった。
後でする小休止の時にでも淹れ直しますか。
(偶には…食堂でお昼を食べようかな…)
この調子で作業が続けば、かなりの余裕をもって午後を迎えられる。
久し振りにランチラッシュさんのご飯が恋しくなった。
思い出すと急にお腹が空いてきた…。
一応、ちゃんと朝ご飯(アンパンとパック豆乳)を食べてきたんだけどな…。
ボガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!
「な…なななななななな何ナニなに!?」
なんかいきなり凄い爆発音が聞こえてきたんですけどっ!?
まさか、めでたい入学式の日に
「そ…外から聞こえてきたよね…?」
にしても危なかった…。
もしまだコーヒーがあったら、確実に口から噴き出してパソコンにぶちまけるって言うギャグ漫画的な展開になってた…。
「……何あれ?」
慌てて窓から外を見てみると、グラウンドに体操服を着た子達がいっぱいいて、なんか体力測定みたいなことをやってた。
「えーっと…あれ? 今日って入学式だよね? 2年生や3年生が新学期早々から体育をやってる…ワケないか…ん?」
よく見たら、あの黒ずくめは…相澤さん?
確か、今年もヒーロー科の一年A組の担任をするって言ってたような…。
「ってことは、あそこにいるのは一年A組の子達? 入学式の日に何をしてるの…」
あー…さっきの爆発音の正体が分かったわ。
あそこにいる一年生の子たちの中に、爆発系の個性を持ってる子がいる。
あの爆発音が、あの子が出したものだったのね。
「凄いねぇ~…私みたいな地味極まりない個性とは大違いだわ」
他にも、氷を使ったり、電気を使ったり、凄い速さで走ったりとか、とにかく派手でウケが良さそうな個性が多い。
きっと、あれが今のトレンドって奴なんだろうね。
お姉さんみたいな古い人間には分からないや。
「丁度いいし、あの子達の見学でもしながら休憩しようかな」
若い子達が切磋琢磨しているのを見ながらする休憩ってのも悪くはない。
これもある意味、大人としての特権かもしれない。
「……ん?」
少し視線を下に向けると、どこかで見たことがあるよーな大きな影が気に隠れながらグラウンドを見てる。
(オールマイト…一体何をやってんのやら…)
今のアナタ、完全完璧に不審者だよ。自覚ある?
つーか、着ているスーツがピッチピチじゃないのよ。
あれ、いつボタンが弾け飛んでもおかしくないでしょ。
よく、あのサイズのスーツを見つけてきたな…もしかしてオーダーメイド?
天下のナンバー1ヒーロー様なら普通に有り得るな。
金なら腐るほど持ってるだろうし。
「つーか、入学式には出てないんかい」
どうして、相澤さんとオールマイトが入学式があっている最中であろう今の時間にグラウンドにいるのかは私には分からない。
でも、あの人たちにはあの人たちなりの考えってのがあるのだろう。
それに関して、私は深くは詮索しないし突っ込みもしない。
そんな野暮なことをして許されるのは、心の底から本気で気を許した相手か、もしくは小学生ぐらいだ。
少なくとも、私はどっちにも該当しないので、ここは大人しく静観を決めさせてもらう。
個人的にはいい余興になってるしね。
「がんばれよー…少年少女ー」
なんて言ってみたりして。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
放課後になり、作業もひと段落したので本日二回目の小休止中。
今は事務室ではなく、雄英高校敷地内に設けられた『教員用喫煙室』にて一服の真っ最中。
「ぷは~…」
タバコ…うめぇ~…。
体に悪いとは理解してるけど…やめられないんだよね~…。
「お前…タバコとか吸うんだな」
「あ…相澤先生」
これまた珍しいお客さん。
ここに来るのは大抵、スナイプ先生やヴラド先生、後は時々だけミッドナイト先生が来たりする。
因みにプレゼント・マイク先生は来ない。
音系の個性は喉が命だから、ある意味では当然なのだろう。
って、しれっと隣に座って来たし。
「そりゃ吸いますよ。私だって大人なんですから」
「確かにな。ってことは酒も…」
「飲みます。買う時は年齢証明必須ですけど」
「だろうな。お前の見た目じゃ、証明無しじゃまず買えん」
だから、私はいつも肌身離さず運転免許とかを持ち歩いている。
スマホとかは忘れても、これだけは一度も忘れたことが無いのが私の数少ない自慢だ。
「そういや、今日はグラウンドで一体何をやってたんですか?」
「見てたのか?」
「見てたって言うか、でっかい爆発音が事務室にまで聞こえてきて、自然と見てしまったと言いますか」
「爆豪のか…すまん。邪魔しちまったな」
「気にしなくていいですよ。今日はそこまで仕事は多くなかったですし。休憩がてらに窓から見学させて貰いました」
なんて言ってたら、もう一本吸い終わりそうだ。
まだ箱の中にあったよな~…っと。
「お前から見て、今年の一年はどう映った?」
「どう…と言われても…」
普通科出身の私にそれを聞きますかね…。
「まー…なんつーか…皆ド派手で大衆受けしそうな個性ばっかりだなーって思いました。私みたいな地味オブ地味な個性とは大違いだなーって」
「確かに派手ではある…が、今はまだそれだけだな」
「随分と手厳しいご意見」
「担任だからな」
「ふーん…」
担任だから…か。
「そういや、前にマイク先生から聞いたんですけど…」
「なんだ?」
「相澤先生って、去年のヒーロー科の生徒を一クラス丸々除籍にしたって本当ですか?」
「本当だ。あいつらには致命的なまでに見込みが無かったし、下手に在籍させ続けて、中途半端なままプロになって殉職なんてされても困るだけだ」
「切るなら早い方が良い?」
「そう言うことだ。もし仮に、お前があの場にいたとしても全く同じ判断を下してただろう。と言うか、お前なら俺以上に厳しい判断をしてたんじゃないかとさえ思う。公安なんていう、色んな意味で真っ黒な場所に高校卒業と同時に所属した騎呂ならな」
「言いますね…」
私って、そんなに厳しいイメージがあるのかな?
これでも一応、公安じゃ完全にマスコット枠みたいな扱いになってるんだけど…。
年下で後輩なホークスは普通に可愛がってくるし、目良さんを始めとした面々も廊下とかで出会う度にお菓子をくれたり、ジュースを奢ってくれたりするし、レディ・ナガンさんも私を持ち上げてぬいぐるみみたいに抱きしめてくるし、会長に至っては毎年のお正月にはお年玉をくれて、誕生日やクリスマスの日に何故かプレゼントを用意してたりする始末だし。
別にくれるのは普通に嬉しいし文句とかも言うつもりはないけど、これだけは言わせてほしい。
私は別にアンタの子供でもなければ、孫でもないっつーの。
今じゃ公安内での私の立ち位置は『事務員兼マスコット兼緊急時の臨時戦力』。
基本的には表舞台には立たないが、いざって時は矢面に立たされる。
「まぁ…確実に一つだけ言えることがあるとすれば…」
「すれば?」
「あの子達には、私やナガンさんみたいな『汚れ役』は絶対に似合わないってことぐらいですかね」
「騎呂…」
遠目で見てたけどさ、あの子達のなんともまぁ希望に満ち溢れた瞳。
学生時代の私が見たら、その眩しさで思わず蒸発してただろうな。
あの頃の私はかなりの陰キャ少女だったから。
「精々、あの子達が道を逸れないように導いてあげてくださいな。私みたいなブラック企業の社畜になったら終わりだぞーって」
「言われなくても、そのつもりだ。それとな…」
はにゃ…なんか急に頭を撫でられたし。
「余り自分を卑下するな。お前は本当によくやってるよ」
「正確には『よくやれるように必死に頑張ってる』ですけどね」
「それでもだ。お前の頑張りは常人じゃ中々に真似できない。正直、俺は未だにどうしてお前がヒーロー科じゃなくて普通科を受験したのか不思議に思っている」
「その理由は前にも散々言いませんでしたっけ?」
「言ったな。だが、それでも納得は出来んよ。お前の『ヒーローとしての実力』を知ってる身としては特にな」
「そういや…そんなこともありましたっけ…」
ヒーロー公安委員なんて場所にいれば、必然的に色んなヒーロー達と出会う機会が多くなる。
相澤さんもその一人だった…ここで再会するまでは。
「んじゃ、私はそろそろ戻ります。まだ仕事も残ってますんで」
「そうか。あまり無理だけはするなよ。また、リカバリーガールの婆さんに怒られるぞ」
「それは嫌だなぁ…気を付けます。それじゃ」
「あぁ」
さーて…なんか不思議と気分もスッキリしたし、ラストスパート…頑張りますかね。
そして…今日は自宅に帰って一人晩酌だー。
帰りにスーパーによって色々とおつまみ買って帰ろーっと。