「ふわぁ~…良く寝た…」
大きな欠伸をしながらベッドから起き上がる。
ここはいつもの事務室じゃなくて、雄英高校の保健室。
なんで私がここにいるのかと言うと…。
「なんかすみません、リカバリーガールさん。保健室のベッドを一つお借りして」
「別に構いやしないさ。普段ならお小言の一つでも言ってやりたいところだけど、アンタの場合はアタシたちが出来ない事を代わりにやってくれたが故の無茶だからね。流石に何も言えやしないさ」
「…ども」
「これからも、仮眠がしたくなったらいつでも来なさい。それぐらいだったらお安い御用さね」
「ありがとうございます」
と言うわけだ。
いつもなら、ある程度の眠気は我慢するんだけど、何故か今日に限ってはいつも以上に眠気が酷くって、仕方が無いからリカバリーガールに無理を言って仮眠をさせて貰っていたって訳なのです。
あのままじゃ仕事の効率もだだ下がりだったしね。
多少の時間のロスは覚悟の上で現状回復に努めたって訳ですよ。
「それにしても…」
「なんですか?」
「あの大人しかったアンタが公安に入った挙句に、気が付けばプロのヒーローになっていたとはねぇ…」
「成り行きですよ。成り行き」
実際、そうとしか言いようがない感じだったしね。
あの時の場面に私の意思は殆ど存在しなかった。
「アタシとしちゃ少々複雑な気持ちだよ。アンタの意思を蔑ろにしているんじゃないかって気がしてね…」
「それに関しちゃ今更ですよ。確かに、最初は色々と思う所はありましたし、心の中で文句を言いまくってましたけど…」
「今は違うと?」
「違うって言うか…割り切りました。もう、なるようにしかならないなーって。割り切りって言うよりは、諦めに近いのかな?」
「…そうかい」
昔、何かの本で読んだことがある。
『仕事を長続きさせるコツは、楽しい仕事をするのではなく、今の仕事を楽しむ努力をすることである』…と。
なので、私も私なりに公安の仕事を楽しむ努力をしているわけでして。
「とにかく、この間の入学試験の時みたいに無茶だけはするんじゃないよ? あの時のアンタ…脳にかなりの負担を掛けていたんだからね」
「大丈夫ですよ。頼まれたって、もうあんなことはしたくありません。校長も『流石に今回の事は本気で反省した』って言ってくれましたし」
「そうかい。それじゃ、ハリボーをお食べ」
「どもです」
あぁー…この味…懐かしいなぁ~…。
これ食べるのって何年振りだろ…。
「ところで、さっきから気になってたんですけど…隣のベッドに誰か寝てるんですか? カーテン越しにうっすらと点滴みたいのが見えてるんですけど」
「あぁ…あれかい。別になんてことはないさ。単に、入学早々に無茶をした生徒が寝ているだけだよ」
「へー…」
入学式って、マジでついこの間だよね…。
んでもって、もう怪我をして保健室行きって…。
「今年の新入生は荒れてますねぇ…」
「全くだよ。どれだけ薬や包帯があっても足りやしない…」
雄英高校はヒーロー養成学校だ。
故に、怪我などは日常茶飯事的な出来事ではあるが、それはあくまで怪我をする側の理屈であり、それを治す側としちゃ溜まったもんじゃないんだろう。
私の場合は普通科だったから、怪我とは無縁の学校生活を送ってたけどね。
仮にお世話になる時があるとしても、唐突に体調不良になった時ぐらいだ。
「「ん?」」
なんか廊下の方からドタドタって感じの五月蠅い足音が聞こえてきた…?
学校の廊下は走っちゃダメなんだって知らないのかな?
「リカバリーガール! 緑谷少年の容体は…!」
「ここは保健室だよ! 静かにおし!」
オ…オールマイト…?
なんかダボダボのコスを着てるけど…。
「って…あ!? 鋼野くん!? いや、わ…私はね…その…」
「いや。そちらの事情は全部知ってるし、聞いてますから。無理して隠そうとしなくていいですよ」
「あ、そう?」
雄英高校教師全員が知ってて、私だけが知らないってことは無いんですよ。
それぐらいは察せるでしょうが。
「そう言えば、君はどうして保健室に? まさか、またどこか体調を崩して…」
「違いますよ。単に仮眠をしに来ただけです。で、貴方が来る前に目が覚めた。それだけです」
「そ…そうか…それは良かった…」
まぁ…目の前で真っ白になったら、そりゃ心配もさせちゃうか。
今後はもう二度と、あんなことはする気はないけど。
「って言うか、そんなオールマイトこそ、どうしてここに? 扉を開けた瞬間に誰かの名前を言ってましたけど…」
「おっと、そうだった! その…なんだ。簡単に言ってしまうと、私の初授業で怪我人が出てしまってね…それで…」
「気になって見に来たと。って言うか、新任早々に何やってんですか…」
「面目ない…」
ヒーローとしては最強だけど、教師としてはまだまだド新人ってことか。
そりゃそうだ。
最初から、何でもかんでも出来たら誰も苦労なんてしない。
…
「そ…それでリカバリーガール。緑谷少年の様子は…」
「はぁ…ちゃんと応急手当はして、点滴もしておいたから。んで、それが全部入ったら日をまたぎつつ少しづつ活性化させていくしかない。分かってるのかい!? 疲労困憊な上に昨日の今日だよ!? こっちがどれだけ治してやりたくても、本人の体力が低下してちゃ一気に治癒してやることすらも出来ない!」
あー…完全にスイッチ入っちゃった。
ここからは完全にリカバリーガールのお説教タイム突入だわ。
こんなんじゃ、私も出たくても出られないじゃん。
なんか凄い重要そうなことも言ってるし…。
この人たち、ここに私がいることを忘れてないだろうな。
「全く…幾ら『力』を継承させた愛弟子だからって…あんまり
力…継承…あー…
「か…返す言葉もありませ…あ!? リカバリーガール! ここには鋼野くんが…」
「おっと。そうだったね」
「いや…あの…なんつーかですね…お二人とも忘れてません? 私がどこに所属してるのかって」
「「え?」」
この感じ…完全に忘れてたな…。
別にいいけどさ。
「こんなんでも一応は公安の人間なんですよ? それこそ、世間一般に全く知られていない情報ぐらいは普通に把握してますから。っていうか、私は…」
「そうか…そうだったね。すっかり忘れていたよ」
リカバリーガールは思い出してくれたか。
実際には忘れたままでもよかったんだけど。
「ま、あの時のオールマイトは気を失ってたから知らないでしょうけど」
「私が気を失って…? どういうことだい?」
ここでチラッとリカバリーガールの顔を見る。
すると、彼女は溜息を吐きながら一回だけ強く頷いた。
「私は全部知ってるんですよ。オールマイトがどうして、そんな姿になってしまっているのか。その原因と理由、そして『力』と『継承』…その言葉の意味も全て」
「なん…だって…!?」
ここにて初めて本気でオールマイトが驚いた。
そりゃそうだ。
ずっと一部の人間にしか知らせていない真実を、いきなり現れた私みたいな小娘が知ってるなんて言い出したんだから。
「…今から約五年ほど前…アンタが『奴』との死闘で大怪我を負ってしまった時、本当ならすぐにでもどこかの病院に運ばなくちゃいけなかった。けど、出来なかった」
「出来なかった…? しかし、私は…」
「オールマイト程に影響力の大きな人間が致命的な大怪我をして入院したなんて世間に知られたら、世の中は間違いなく大パニックになる。だから、アンタをマスコミ連中とかに全く知られる心配のない場所に運ぶ必要があった。それが…」
「公安の息が掛かった『特別病院』ですよ」
「特別…病院…?」
「そ。一見すると普通の病院。だけど、その実態は関係者以外絶対立ち入り禁止な超禁忌指定地区。もし無断で入ろうとすれば問答無用で公安の名の元に強制逮捕で強制収監。馬鹿なマスコミ連中を遠ざけるにはもってこいの場所だった」
はぁ…なんか流れで当時の話すことになっちゃったし。
別に、もう時効だろうし大丈夫か。
「当然、運ぶ時も細心の注意を払った。普通の大型車両に偽装した特別救急車を手配し、そこにオールマイトを運んだ。勿論、医療スタッフだって公安が厳選に厳選を重ねたメンバーで構成されていた」
「そして、その特別救急車の運転手を務めたのが…」
「当時、まだ公安入りたてだった私って訳です」
「は…鋼野くんが…私を病院に…!?」
あーあ…とうとう話しちゃった。
もーしーらねっと。
「あの時はマジで二重三重の意味で驚きまくりましたよ。あのオールマイトがとんでもない大怪我をしてたし、あの頃はまだ雄英高校を卒業したばかりの19歳の事務員見習いの小娘に、そのナンバー1ヒーローを無事に病院まで運ぶって言うとんでもない仕事を任されたんですから」
当時の事は、まだ昨日の事のように覚えている。
常日頃から皆に笑顔を振りまいていたヒーローが、苦悶の表情を浮かべながら血の海のど真ん中に倒れていたのだから。
「ったく…プロヒーローとしての初仕事が、大怪我で倒れたオールマイトを病院まで運ぶって…プレッシャー半端じゃなかったんですからね? ハンドル握る手とかめっちゃ汗だくだったし」
「そうだったのか…。まさか、君が私の命の恩人だったとは…」
「そんなもんじゃないですよ。私はただ貴方を運んだだけ。実際に救ったのは医者の先生達ですから」
「だとしても、君が私を病院まで運んでくれたから、今の私がある。希望の光を繋げられた。ありがとう…鋼野くん…! 君には…どれだけ感謝しても、し足りない…!」
はぁ…こうなると思ったから言いたくなかったんだよ…。
あのナンバー1ヒーローから頭を下げられるって、すっごい申し訳ないんだからね?
もし、この光景をサー・ナイトアイさんとかに見られたら、なんて言われるか分かったもんじゃない。
「んで、私のベッドの隣にいる子が『次の継承者』ってことでいいんですか?」
「あぁ…その通りだ。まだまだ未熟だが…いつの日かきっと、私以上に強く…大きくなってくれることだろう」
「…そうですか」
ま…私は別にどうでもいいんだけどね。
表舞台でキラキラと輝く子達と、裏方一直線な私とじゃ住んでる世界が違いすぎるし。
これから先も接点なんて殆ど無いだろう。
それが一番だし、そうであることを祈っている。
「それじゃあ、そろそろ戻りますよ。まだ仕事残ってますし」
「そうかい。また、いつでも来な」
「はーい」
なんとか強制的に話を切り上げられた。
これでやっと愛しの事務室に帰れる…。
「ちょっと待ってくれ、鋼野くん」
「はい?」
ベッドから出て、保健室の扉に手を掛けた所でオールマイトに引き留められた。
今度は一体何ですか…。
「君のヒーローネーム『ライダー』と言うのを聞いて少し過去の事件を調べてみたんだが…もしかして君は…」
なんだろう…妙な胸騒ぎが…。
早く出たいけど、場の雰囲気がそれを許さない…。
「あの…『成田の奇跡』の関係者なのか…?」
あー…やーっぱ…それかー…。
ですよねー…。
「関係者なんてもんじゃないよ。その子は…騎呂は、あの事件のど真ん中…事件解決の最大の功労者だったんだ」
「やはり…」
「その子の必死の頑張りのお陰で、何百人もの人命が救われた。あんたの偉業にも全く引けを取らない大偉業さね」
「えぇ…全くです…!」
あぁ~…もぉ~!
なんで2連続で私の黒歴史を掘り返そうとしてくるかなぁ~!
「もうマジで行きますから。お邪魔しました」
「あ…鋼野くん!」
今度こそ強制的に話を切り上げて保健室を出た。
何なのよ今日はもぉ~…!
はぁ…こんな時は飲むに限る。
うん。そうだ。そうに違いない。
今日も帰りに缶ビールとおつまみを買いまくって、思いっきり飲んでやろう。
それがいい。それがいいとどこかの誰かがそう私に語り掛けてくるから間違いない。