スプリンターズお姉さんに任せなさい   作:Lagavulin

2 / 8
作ったのは僕なのですが

 翌日の昼、律は次の合同練習の日程を確かめ、待っていた3人の方へ戻ってきた。今日は3人とも回復に充てる日だ。

 

「お待たせ。行こうか」

 

 ビリーヴは頷き、調理室の扉を開けた。

 約束の昼食は、ほとんど用意してあった。鶏の唐揚げと野菜の煮物、おにぎり。最後の卵焼きだけは、昼に焼こうと思って調理室を借りていた。

 律は支度を手伝うと言って、ついてきた。

 作業台に置いた卵焼き器を見て、彼が尋ねる。

 

「ビリーヴ、それ、難しいよね?」

「卵焼きですか?」

「うん。作るといつも、途中から炒り卵になるんだ」

 

 ビリーヴが袖をまくると、律も同じようにまくった。

 

「教えてもらってもいい?」

「構いませんが、お昼までにできるかどうか」

「炒り卵になったら、それは僕が食べるから」

 

 彼はもう、手を洗いに行っていた。

 デュランダルがエプロンを渡し、ライトオが卵を割るためのボウルを出す。ビリーヴは4人分の卵を溶き、味を調えた。

 

「最初は、僕がやりますね」

 

 卵液を薄く流し、少し待ってから巻いていく。

 律が隣へ来た。ビリーヴの肘のそばから、真剣に卵焼き器を覗き込んでいる。

 

「全部固まる前に巻くんだ」

「ええ。その方が、きれいにつながります」

「今のところ、もう1回見たい」

 

 火を弱め、次のひと巻きをゆっくり見せた。

 律は食い入るように見ていた。ビリーヴが焼けた卵をまな板へ移すと、すぐに顔を上げる。

 

「やってみてもいい?」

「はい。どうぞ」

 

 卵焼き器を渡すと、彼は教えられた通りに卵液を流した。

 待っている間も、目が離れないらしい。

 

「もう?」

「もう少しです」

「このくらい?」

「はい。端から持ち上げて」

 

 最初のひと巻きは、少し破れた。

 律が残念そうに声を上げるより早く、ビリーヴは次の卵液を示した。

 

「大丈夫です。次を巻けば、中に入りますから」

「そっか。見えなくなるんだね」

 

 律は慎重に続けた。

 隣からライトオが覗く。

 

「残りをすべて入れれば、1度で終わります」

「それをすると、僕の炒り卵になるよ」

 

 律が答えると、ライトオは卵の量を確かめた。

 

「経験済みでしたか」

「うん。取り返しがつかなくなった」

 

 今度の卵は、ちゃんと巻けた。

 ビリーヴが頷くと、律も大きく頷いて、最後の卵液を注ぐ。

 できた卵焼きをまな板へ移してから、ようやく息を吐いた。

 

「……どう?」

 

 ビリーヴは隣に立ったまま、形を確かめた。

 

「ええ。きれいに巻けました」

「本当だ。端までくっついてる」

 

 律は卵焼きを見て、それから3人を見た。デュランダルが少し離れたところで皿を出しているのに気づくと、そちらへも声を掛ける。

 

「デュランダル、見て。できたよ」

 

 彼女は皿を置き、まな板の前へ来た。

 

「見事です。我が君」

「最初、ちょっと破れたんだけどね」

「どこにも見えません」

 

 律は得意そうに笑った。

 ビリーヴは、その顔を横から見た。年上の人で、普段は練習を真剣に見てもらっている相手なのに、どうして練習以外ではこんなにフレンドリーで、面倒を見たくなるのだろうか。

 もし弟がいて何かに付き合うなら、こんな気分になるのかもしれない。

 

「切ってみてもいい?」

「少し冷ましてからにしましょう」

「うん」

 

 律は素直に包丁を置いた。

 デュランダルが彼のまくった袖を留め直すと、腕を上げて任せている。

 

「我が君。私の得意なことでも、何かお手伝いできれば」

「本当? じゃあ今度、買い物に付き合ってほしいな。新しいジャケットが欲しくて」

「ぜひ」

 

 デュランダルの返事に、ライトオも顔を上げた。

 

「走ることでしたら、私が」

「それも、お願いしたい。来週、職員の親睦会で少し走るかもしれないんだ」

「速くします」

「明日も歩けるくらいでね」

 

 ビリーヴは空のボウルを片付けようとした。

 律が先に受け取り、流しへ持っていく。

 

「洗う方は任せて。教えてもらったから、片付けは僕がやるよ」

 

 湯を出して、手早く道具を洗い始めた。

 ビリーヴは卵焼きの粗熱を確かめ、包丁を持つ。律の焼いた方を切ると、断面にはちゃんと層ができていた。

 

「トレーナーさん。こちらも、見てください」

 

 彼は水を止め、手を拭いてから戻ってきた。

 隣へ並んで同じまな板を覗き、出来栄えを喜んだ。

 

  *

 

 中庭のテーブルには、ライトオが皿を用意していた。

 律が弁当を運んでいくと、彼女は真っ先に卵焼きの箱を開けた。

 

「こちらが、トレーナーさんの焼いた分ですか」

「うん。ちょっと形が違う方」

 

 律の作った卵焼きは、一方の端が少し薄かった。

 デュランダルもその箱を見て、席に着く。

 

「では、いただきましょう」

「待って。ほかのおかずも食べてね。卵焼きだけ見られると、緊張する」

 

 律は自分で唐揚げを取り、ビリーヴにも皿を渡した。

 4人で食べ始めると、デュランダルはやはり最初に彼の卵焼きを選んだ。

 

「おいしいです」

「味はビリーヴがつけてくれたから」

「ですが、焼いたのは我が君です」

 

 律もひと口食べた。

 ふわりとほどけて、卵の甘さがした。いつも自分で作る物とは、ずいぶん違っている。

 

「本当だ。ちゃんと卵焼きだ」

「お家でも作れそうですか」

 

 ビリーヴに聞かれ、律は頷いた。

 

「忘れないうちに、もう1回やってみる。できたら写真、送っていい?」

「もちろんです」

「私にも、ぜひ」

 

 デュランダルが続けた。ライトオも頷く。

 

「完成しましたら、すぐに」

「食べる前に撮るよ」

 

 律は笑い、今度はビリーヴが焼いた方を食べた。

 厚さが均等で、どこを食べても柔らかい。

 

「やっぱり違うね。僕のは、端っこが少し固かった」

「あとは、慣れですよ」

「こんなふうに焼けたら、朝ごはんが楽しみになるな」

 

 ビリーヴは自分の卵焼きを見た。

 

「……次も、隣で見ましょうか」

「お願いしていい?」

「はい。よろしければ」

 

 律が頷くと、彼女は帰りに調理室の空き時間を確かめると言った。デュランダルが麦茶を注ぎながら、その顔を見ている。

 

「嬉しそうですね、ビリーヴさん」

「覚えていただけたら、嬉しいですよ」

 

 答えてから、ビリーヴは自分の皿へ目を戻した。

 律は唐揚げを1つ取り、彼女へ顔を向けた。

 

「ビリーヴ。お礼」

 

 差し出すと、彼女は律と唐揚げを見比べた。

 

「作ったのは僕なのですが」

「うん。それも、教えてくれたのも、ありがとう」

 

 ビリーヴは箸を取ろうとして、やめた。

 

「……では、ひと口だけ」

 

 少し身を屈め、唐揚げを受け取る。

 律は自分の食事へ戻った。向かいのデュランダルが、麦茶を飲んでからビリーヴを見る。

 

「いかがですか」

「おいしいです」

「ご自分で作られた物ですが」

「手前味噌で、恐縮です」

 

 ビリーヴは律を見ずに、自分の箸で次のおかずを取った。

 ライトオは卵焼きを食べ終え、おにぎりを選んでいた。海苔の巻いてある物と、胡麻のまぶしてある物を1個ずつ取る。

 

「私も、次は作ってみます」

「卵焼きを?」

「はい。練習すれば、さらに速く巻けます」

「火が通る時間は待とうね」

 

 律が言うと、ビリーヴも頷いた。

 昼食のあとは、4人で片付けた。律は空いた容器を重ね、ライトオが運びやすいように袋へ入れる。デュランダルが水筒をしまっている間に、ビリーヴは卵焼きの手順を書いて渡してくれた。

 

「巻く前に焦げそうなら、いったん火から外してください」

「うん。まだ慣れないからそうするよ。ありがとう」

 

 律は紙を丁寧に畳み、鞄へ入れた。

 帰りの廊下で、ライトオが明日の練習について尋ねてきた。律が走るときの靴を説明すると、デュランダルは休日の買い物の時間も確かめる。

 2人の話が済むのを待って、ビリーヴも隣へ来た。

 

「次の卵焼きは、僕が最初に味見してもよいですか」

「もちろん。ビリーヴ先生にお願いします」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。