スプリンターズお姉さんに任せなさい 作:Lagavulin
翌日の昼、律は次の合同練習の日程を確かめ、待っていた3人の方へ戻ってきた。今日は3人とも回復に充てる日だ。
「お待たせ。行こうか」
ビリーヴは頷き、調理室の扉を開けた。
約束の昼食は、ほとんど用意してあった。鶏の唐揚げと野菜の煮物、おにぎり。最後の卵焼きだけは、昼に焼こうと思って調理室を借りていた。
律は支度を手伝うと言って、ついてきた。
作業台に置いた卵焼き器を見て、彼が尋ねる。
「ビリーヴ、それ、難しいよね?」
「卵焼きですか?」
「うん。作るといつも、途中から炒り卵になるんだ」
ビリーヴが袖をまくると、律も同じようにまくった。
「教えてもらってもいい?」
「構いませんが、お昼までにできるかどうか」
「炒り卵になったら、それは僕が食べるから」
彼はもう、手を洗いに行っていた。
デュランダルがエプロンを渡し、ライトオが卵を割るためのボウルを出す。ビリーヴは4人分の卵を溶き、味を調えた。
「最初は、僕がやりますね」
卵液を薄く流し、少し待ってから巻いていく。
律が隣へ来た。ビリーヴの肘のそばから、真剣に卵焼き器を覗き込んでいる。
「全部固まる前に巻くんだ」
「ええ。その方が、きれいにつながります」
「今のところ、もう1回見たい」
火を弱め、次のひと巻きをゆっくり見せた。
律は食い入るように見ていた。ビリーヴが焼けた卵をまな板へ移すと、すぐに顔を上げる。
「やってみてもいい?」
「はい。どうぞ」
卵焼き器を渡すと、彼は教えられた通りに卵液を流した。
待っている間も、目が離れないらしい。
「もう?」
「もう少しです」
「このくらい?」
「はい。端から持ち上げて」
最初のひと巻きは、少し破れた。
律が残念そうに声を上げるより早く、ビリーヴは次の卵液を示した。
「大丈夫です。次を巻けば、中に入りますから」
「そっか。見えなくなるんだね」
律は慎重に続けた。
隣からライトオが覗く。
「残りをすべて入れれば、1度で終わります」
「それをすると、僕の炒り卵になるよ」
律が答えると、ライトオは卵の量を確かめた。
「経験済みでしたか」
「うん。取り返しがつかなくなった」
今度の卵は、ちゃんと巻けた。
ビリーヴが頷くと、律も大きく頷いて、最後の卵液を注ぐ。
できた卵焼きをまな板へ移してから、ようやく息を吐いた。
「……どう?」
ビリーヴは隣に立ったまま、形を確かめた。
「ええ。きれいに巻けました」
「本当だ。端までくっついてる」
律は卵焼きを見て、それから3人を見た。デュランダルが少し離れたところで皿を出しているのに気づくと、そちらへも声を掛ける。
「デュランダル、見て。できたよ」
彼女は皿を置き、まな板の前へ来た。
「見事です。我が君」
「最初、ちょっと破れたんだけどね」
「どこにも見えません」
律は得意そうに笑った。
ビリーヴは、その顔を横から見た。年上の人で、普段は練習を真剣に見てもらっている相手なのに、どうして練習以外ではこんなにフレンドリーで、面倒を見たくなるのだろうか。
もし弟がいて何かに付き合うなら、こんな気分になるのかもしれない。
「切ってみてもいい?」
「少し冷ましてからにしましょう」
「うん」
律は素直に包丁を置いた。
デュランダルが彼のまくった袖を留め直すと、腕を上げて任せている。
「我が君。私の得意なことでも、何かお手伝いできれば」
「本当? じゃあ今度、買い物に付き合ってほしいな。新しいジャケットが欲しくて」
「ぜひ」
デュランダルの返事に、ライトオも顔を上げた。
「走ることでしたら、私が」
「それも、お願いしたい。来週、職員の親睦会で少し走るかもしれないんだ」
「速くします」
「明日も歩けるくらいでね」
ビリーヴは空のボウルを片付けようとした。
律が先に受け取り、流しへ持っていく。
「洗う方は任せて。教えてもらったから、片付けは僕がやるよ」
湯を出して、手早く道具を洗い始めた。
ビリーヴは卵焼きの粗熱を確かめ、包丁を持つ。律の焼いた方を切ると、断面にはちゃんと層ができていた。
「トレーナーさん。こちらも、見てください」
彼は水を止め、手を拭いてから戻ってきた。
隣へ並んで同じまな板を覗き、出来栄えを喜んだ。
*
中庭のテーブルには、ライトオが皿を用意していた。
律が弁当を運んでいくと、彼女は真っ先に卵焼きの箱を開けた。
「こちらが、トレーナーさんの焼いた分ですか」
「うん。ちょっと形が違う方」
律の作った卵焼きは、一方の端が少し薄かった。
デュランダルもその箱を見て、席に着く。
「では、いただきましょう」
「待って。ほかのおかずも食べてね。卵焼きだけ見られると、緊張する」
律は自分で唐揚げを取り、ビリーヴにも皿を渡した。
4人で食べ始めると、デュランダルはやはり最初に彼の卵焼きを選んだ。
「おいしいです」
「味はビリーヴがつけてくれたから」
「ですが、焼いたのは我が君です」
律もひと口食べた。
ふわりとほどけて、卵の甘さがした。いつも自分で作る物とは、ずいぶん違っている。
「本当だ。ちゃんと卵焼きだ」
「お家でも作れそうですか」
ビリーヴに聞かれ、律は頷いた。
「忘れないうちに、もう1回やってみる。できたら写真、送っていい?」
「もちろんです」
「私にも、ぜひ」
デュランダルが続けた。ライトオも頷く。
「完成しましたら、すぐに」
「食べる前に撮るよ」
律は笑い、今度はビリーヴが焼いた方を食べた。
厚さが均等で、どこを食べても柔らかい。
「やっぱり違うね。僕のは、端っこが少し固かった」
「あとは、慣れですよ」
「こんなふうに焼けたら、朝ごはんが楽しみになるな」
ビリーヴは自分の卵焼きを見た。
「……次も、隣で見ましょうか」
「お願いしていい?」
「はい。よろしければ」
律が頷くと、彼女は帰りに調理室の空き時間を確かめると言った。デュランダルが麦茶を注ぎながら、その顔を見ている。
「嬉しそうですね、ビリーヴさん」
「覚えていただけたら、嬉しいですよ」
答えてから、ビリーヴは自分の皿へ目を戻した。
律は唐揚げを1つ取り、彼女へ顔を向けた。
「ビリーヴ。お礼」
差し出すと、彼女は律と唐揚げを見比べた。
「作ったのは僕なのですが」
「うん。それも、教えてくれたのも、ありがとう」
ビリーヴは箸を取ろうとして、やめた。
「……では、ひと口だけ」
少し身を屈め、唐揚げを受け取る。
律は自分の食事へ戻った。向かいのデュランダルが、麦茶を飲んでからビリーヴを見る。
「いかがですか」
「おいしいです」
「ご自分で作られた物ですが」
「手前味噌で、恐縮です」
ビリーヴは律を見ずに、自分の箸で次のおかずを取った。
ライトオは卵焼きを食べ終え、おにぎりを選んでいた。海苔の巻いてある物と、胡麻のまぶしてある物を1個ずつ取る。
「私も、次は作ってみます」
「卵焼きを?」
「はい。練習すれば、さらに速く巻けます」
「火が通る時間は待とうね」
律が言うと、ビリーヴも頷いた。
昼食のあとは、4人で片付けた。律は空いた容器を重ね、ライトオが運びやすいように袋へ入れる。デュランダルが水筒をしまっている間に、ビリーヴは卵焼きの手順を書いて渡してくれた。
「巻く前に焦げそうなら、いったん火から外してください」
「うん。まだ慣れないからそうするよ。ありがとう」
律は紙を丁寧に畳み、鞄へ入れた。
帰りの廊下で、ライトオが明日の練習について尋ねてきた。律が走るときの靴を説明すると、デュランダルは休日の買い物の時間も確かめる。
2人の話が済むのを待って、ビリーヴも隣へ来た。
「次の卵焼きは、僕が最初に味見してもよいですか」
「もちろん。ビリーヴ先生にお願いします」