スプリンターズお姉さんに任せなさい 作:Lagavulin
デュランダルは、律の服を買いに来たはずだった。
その律は今、試着室の中にいる。
手元には、次に試してもらうシャツが2枚。その次の候補が店員の腕に3枚。近くの棚には、まだ見ていない色があった。
「デュランダル、これで何枚目?」
カーテンの向こうから声がした。
「まだ4枚目です」
「もう4枚目とも言えるね」
「似合う物を選ぶには、比較が必要ですので」
カーテンが開いた。
薄い青のシャツを着た律が出てきて、袖口を少し持ち上げる。
「これは、ちょうどいいかも」
デュランダルは頷こうとして、返事を忘れた。
普段はジャージや、袖をまくったシャツで会うことが多い。サイズの合った物をきちんと着ると、体は相変わらず小さいのに、顔の印象まで少し違った。
店員が鏡の前へ案内する。律は自分の姿を確かめ、デュランダルを振り返った。
「どうかな」
「たいへん、よく」
少し声が上ずった。
律が首を傾げる。デュランダルは手元のシャツを店員へ預け、彼のそばへ進んだ。
「襟を、整えてもよろしいでしょうか」
「うん。お願い」
顎を上げて待たれると、いつも通りにできた。左右の襟を直し、肩の縫い目を確かめる。律はその間、目だけを動かして彼女を見ていた。
「慣れてるね」
「身だしなみも、騎士の嗜みです」
「自分のだけじゃなく、僕のも見てくれるんだ」
「もちろんです」
来月の研修で、律は短い報告をすることになっていた。長く着たジャケットの袖口が傷んできたので、その前に買い替えるという。調理室で律に頼まれてから、デュランダルは今日を空けていた。
朝、待ち合わせたときは、すべてお任せくださいと胸を張った。
今は、任されたことをありがたく思っていた。
「ジャケットも、合わせてみましょう」
店員に選んでもらった物を受け取り、律が腕を通す。デュランダルは背中側へ回り、襟が折れ込んでいないか確かめた。
鏡の中で目が合った。
「どう?」
2度目の質問には、すぐ答えた。
「格好よく見えます」
「見える、なんだ」
「いえ。……格好いいです」
律が笑った。鏡の中でも同じ顔が笑い、デュランダルは余計なことを言い足さないよう、口を閉じた。
店員が袖の長さを見ている間、律は腕を曲げたり伸ばしたりしていた。デュランダルは少し下がり、全体を眺めた。
「では、こちらと先ほどのシャツにしますか」
店員に聞かれ、律が頷いた。
デュランダルは、まだ試していないシャツを見た。
「ほかの色も、よろしいのでは」
「今日はこれにするよ。あまり増やすと、着る機会が追いつかないから」
それももっともだ。
彼女は残りの候補を丁寧に返し、律が着替える間、試着室の外で待った。
「デュランダル」
「はい」
「選ぶの、手伝ってくれてありがとう。1人だと、サイズが合ったところで決めちゃうんだよね」
「それでは、少々もったいないかと」
「今日、そう思った。自分でも、ちゃんと似合う物が分かった」
デュランダルは、閉じたカーテンへ少し近づいた。
「……お役に立てましたか」
「すごく。デュランダルに見てもらえてよかった」
返事をしようとして、頬が緩んだ。店員がそばを通ったので、急いで話しかける。
律が出てきたときには、デュランダルは両手にネクタイを持っていた。
「こちらも、合わせてみては」
「増やさない話をしたばかりだよね?」
「合わせるだけです」
律は笑って、鏡の前へ戻ってくれた。
*
買い物袋はデュランダルが持った。
店を出た通りには、休日の人が多かった。デュランダルは律を自分の内側へ寄せ、向こうから人が来ると、半歩前へ出て道を確かめる。
「我が君、少しこちらへ」
律が彼女の袖をつかんだ。
デュランダルはそちらを見て、つい足を止めた。
「持っててもいい?」
「ええ。どうぞ」
人混みの間を歩き出す。袖を引く力はほとんどなかったが、すぐ隣に律がいることは、見なくても分かった。
「今日は頼りっぱなしだな」
「よいのです。そのために、お供しました」
「じゃあ、休憩はお礼をさせて。何か食べたい物、ある?」
デュランダルは通りを見た。
少し先に、クレープの店があった。看板のいちごは大きく、生クリームも多かった。メニューを見ている間に、律も同じ方を向く。
「あれにしようか」
「我が君が召し上がりたいのであれば」
「デュランダルは?」
彼女は看板と律を交互に見て、小さく頷いた。
「……私も」
2人で列へ並んだ。デュランダルは律の分を選ぶためにメニューを見たが、先に自分の希望を聞かれた。
「いちごと、生クリームの物を」
「じゃあ、僕はチョコバナナにしようかな」
「そちらも、よさそうですね」
「少し交換しようか」
デュランダルは再び頷いた。
店の横のベンチに座り、2人でクレープを食べた。最初のひと口で、いちごと生クリームを同時に食べるのは難しかった。彼女がいちごの位置を考えていると、隣から笑う声がした。
「そんなに真剣に食べると、負けられない勝負みたいだ」
「崩したくありませんので」
「さっきの僕の襟より、丁寧に見てる」
「我が君の身だしなみには、より注意を払っています」
律は笑いながら、チョコバナナクレープを差し出した。デュランダルも自分の物を渡す。
彼がいちごの載ったところを見て、こちらへ向け直した。
「いちご、食べてないよ」
「どうぞ。いちばんよいところです」
「そんな、じゃあ半分くらいにするね」
律が生クリームといちごをひと口食べた。残ったいちごが落ちないか見ていると、彼は口元をほころばせた。
「こっちもおいしい。デュランダルがこれにしてくれてよかった」
彼女は、手に持っていたチョコバナナクレープを見る。
まだ、ひと口も食べていなかった。
「チョコバナナ、好きじゃない?」
「いえ。こちらも、いただきます」
律が食べた側をわざわざ避けるのも不自然で、そのまま端をひと口かじった。バナナと生クリームが甘かった。
返すとき、律は彼女の顔を覗き込んだ。
「気に入った?」
「ええ」
「次は、そっちにする?」
デュランダルは自分のいちごクレープを受け取った。少し考え、それから律を見た。
「次も、別々の物を選べばよいのではありませんか」
「確かに。そうしよう」
彼女は、ようやく自分のクレープを大きくひと口食べた。
帰り道、駅の前で律が袖をつかむ手を離そうとしたので、デュランダルは人の多い方を見た。
「ここも、混み合っています」
「うん。もう少しお願い」
律は袖を持ったまま歩いた。
学園へ戻ると、ビリーヴがトレーナー室にいた。買ってきた服を見せ、デュランダルに選んでもらったと話すと、彼女は律より先にデュランダルの顔を見た。
「よい買い物ができたようですね」
「ええ。たいへん」
律が買い物袋を片付けに行くと、ビリーヴが声を落とした。
「何と言われたんですか」
「何がです」
「帰ってきてから、ずっと嬉しそうなので」
デュランダルは襟を正した。
「……私に見てもらえてよかった、と」
「そうですか」
「自分でも似合う物が分かった、とも。買い物では頼りになったと仰って、それから帰り道では……」
ビリーヴは椅子を引いた。
「座って聞きますね」