スプリンターズお姉さんに任せなさい 作:Lagavulin
借り物競走の観客席に、応援が3人来ていた。
ライトオはスタート地点を見ている。デュランダルは律のジャージの襟を直している。ビリーヴは、まだ走っていない彼へ水を勧めていた。
「そんなに本格的な競技じゃないよ」
律が言うと、3人が同じ顔でこちらを見た。
「勝負ではあります」
ライトオが答えた。
学園の職員たちが集まる親睦会だった。担当のウマ娘たちも応援に来ていて、普段は走りを見ている側の大人が、今日はグラウンドへ立っている。
律と同じ組には、年の近い同僚もいた。彼は3人に囲まれた律を見つけ、手を振った。
「朝倉、すごい応援団だな」
「うん。みんな来てくれた」
「負けられないじゃん」
律は苦笑した。ライトオが隣へ立ち、彼の腕を軽くつつく。
「練習した通りに」
「分かってる」
「前を見て、腕を振って」
「うん」
「終わったあとは、よく休んでください」
ビリーヴが付け加えた。
デュランダルは律の背へ手を添え、スタート地点の方へ送り出す。
「我が君のご活躍を、しかと見届けます」
律は3人へ手を振った。
並んでみると、同僚たちは誰もが自分より背が高かった。日頃から走っている人もいる。先ほどの同僚が、軽く屈んで笑い掛けてきた。
「お姉さんたち、心配そうに見てるぞ」
「担当だよ」
「知ってる」
遠くでデュランダルが、こちらへ大きく頷いた。会話の中身まで聞こえていないことを、律は願った。
ルールの説明は短かった。途中の机で紙を1枚引き、書かれた物を借りてゴールする。人を指定された場合は、その人と一緒に来ること。
スタートの合図が鳴った。
律は前へ出た。ライトオに教わった腕の振り方が、思ったより自然に出た。隣の同僚より少し先に机へ着き、紙を引く。
『頼りになる人』
律は顔を上げた。
3人とも、まだ応援していた。
紙を持ってそちらへ向かうと、ライトオが最初に前へ出てくる。
「何が必要ですか」
律は紙を見せた。
デュランダルが読んだ。ビリーヴも読んだ。
3人が、こちらを見た。
「……あの」
律は紙と3人の顔を見比べた。
デュランダルが胸へ手を当てる。
「我が君」
「お急ぎですよね」
ビリーヴはそう言いながら、すでに水筒をベンチへ置いていた。ライトオは律のそばへ寄り、両腕を少し開いた。
「最速でお連れします」
「走るのは僕だから」
その間に、後ろの同僚が観客席から帽子を借り、ゴールへ向かっていった。
律は自分の紙をもう一度見て、顔を上げた。
「3人とも、来て」
返事は待たなかった。
律が走り出すと、3人ともすぐについてきた。ライトオが隣に並び、デュランダルが反対側へ来る。ビリーヴは少し後ろにいた。
「トレーナーさん、そのままの速さで」
ライトオが言った。彼女は前へ逃げなかった。今度は本当に、律の隣を同じ速さで走っていた。
デュランダルもビリーヴも、歩幅を合わせていた。
誰にも抜かれず、4人でゴールを越えた。
係の職員が紙を受け取り、3人を見て、笑いながら頷いた。
「なるほど。これは頼もしいね」
2着だった。
律は息を吐き、振り返った。3人とも余裕のある顔をしていたが、全員こちらを見ていた。
「ありがとう。助かった」
「……3人とも、ですか」
デュランダルが尋ねた。
律は頷いた。
「誰か1人って書いてなかったから。3人とも頼りにしてるし」
ビリーヴが自分の口元へ指を当てた。ライトオは紙を受け取った職員の方を見て、すぐに律へ戻した。
「あの紙は、持ち帰れますか」
「次の組でも使うかもしれないよ」
デュランダルは係の職員へ、丁寧に尋ねに行った。
*
休憩場所へ戻ると、3人が次々に感想を述べた。
ライトオは最初の走りがよかったと言った。ビリーヴは、最後まで前を向いて走れていたと言った。デュランダルは、その2つを受けて大きく頷いた。
「立派なお姿でした」
律はタオルで顔を拭いた。拭き終えても、すぐには下ろさなかった。
「……応援してもらうって、こういう感じなんだね」
「いかがですか」
ビリーヴが少し身を乗り出した。
「嬉しい。ちょっと恥ずかしいけど」
3人は互いを見た。
デュランダルが椅子を寄せ、律の前で膝を揃える。
「もっと、お伝えしましょうか」
「それは、ちょっと待って」
律は笑って、タオルを下ろした。
「でも、ライトオのおかげで、最初は本当に走りやすかった。練習しておいてよかったよ」
ライトオの姿勢が、すっとよくなった。
「次も、お教えします」
「うん。またお願い」
ビリーヴが彼の飲み物を持ってきた。デュランダルは借りてきた椅子を日陰へ寄せる。
律が礼を言うと、2人とも、当然のことをしたような顔で頷いた。
ただ、デュランダルは椅子の脚を直す必要がなくなっても、しばらく近くにいた。
「我が君。お渡ししたい物が」
差し出されたのは、例の紙だった。
もう使わないので、記念にどうぞと言われたらしい。
律が受け取ると、3人がその手元へ集まった。
「3人で来てもらったんだから、3人の物だね」
「切り分けますか」
ライトオが尋ねた。
「言葉が途中で切れちゃうよ」
「では、複製を」
「部屋へ貼っておこうか。みんなが見えるところに」
ビリーヴが頷いた。デュランダルも賛成し、ライトオは丁寧に紙を律へ戻した。
親睦会の終わりに、律は景品の小さな箱をもらった。中には焼き菓子が詰め合わされていた。
「部屋で食べよう。4人で」
校舎へ向かう途中、3人は景品の中身について相談した。ビリーヴがお茶を淹れると言い、デュランダルが皿を出すと言い、ライトオは箱を運ぶ役を引き受けた。
律はその横を歩き、少しだけ脚を伸ばした。
「思ったより走ったなあ」
ライトオがぴたりとこちらを向いた。
「必要ですか」
何が、とは聞かなくても分かった。
律は自分の脚を見た。痛いわけではない。ただ、今日くらいは任せてもよいかもしれなかった。
「……部屋まで、お願いしてもいい?」
景品の箱が、デュランダルへ渡った。
ライトオは律の前へしゃがみ、背中を向けた。
「どうぞ」
律は少し迷ってから、彼女の肩へ手を置いた。背負われると、いつもより目の位置が高くなった。ライトオは軽々と立ち上がる。
「重かったら言ってね」
「軽量です」
最初に抱き上げられた日と、同じ返事だった。
デュランダルが前を歩き、ビリーヴが律の鞄を持つ。ほかの職員に見られていると思うと少し恥ずかしかったが、ライトオがあまりにも当然のように歩くので気が紛れた。
「楽だなあ」
律が小さく言うと、彼女は背中越しに答えた。
「今後も、遠慮なく」
校舎の前で、先ほどの同僚と会った。彼は立ち止まり、背負われている律を見て、それから3人を見た。
「頼りになる人、まだ返してないんだ」
律が答える前に、ライトオが言った。
「常時、お貸しできます」