タクマを沼に引きずり込んでから一週間と少し経った後。
ようやくユウジが最後の出勤日を終え、いよいよ自由の身になったので、ユウジとタクマは、早速ダンジョンに訪れていた。
「あー……行きたくねぇ」
「行くしかない。行くぞ」
そんな会話をする彼らの目前に広がるのは、上下左右を岩壁に囲われた迷路。
いわゆる、洞窟系ダンジョンと呼ばれる場所だった。
ユウジの事を考え、難易度はそこまで高くないものだ。
『魔晶石』あるいは『虹魔石』は、洞窟系のダンジョンから採掘できる。
というか、洞窟系のダンジョンのみからしか採取できない。
そして洞窟系のダンジョンは、数あるダンジョンの中でも最も数が多いものだ。
リツトの話が真であるとするならば。
『錬金』を進める上で『魔晶石』が大量に必要になるからこそ、こちらの世界に多く寄越された、という事なのだろうか。
だとすれば有り難い話ではあるが、それはそれとして、回収は非常に難しい。
「一応、ハンマーを使えば早めに終わる、という話だったが」
そう言ってユウジが取り出すのは、極めて一般的なハンマーとノミである。
その辺のホームセンターで買って来たものだ。
「こーゆー時にこそリツト君が何かスーパーアイテムを出してくれるモンじゃないのかね」
「素材が、足りないのだそうだ。どうしても、というのなら、冒険者向けに、販売されているモノを買え、とのことだ」
「マジかよ」
基本的に。
冒険者たちが冒険者用の装備を手に入れるには、『冒険者組合』と呼ばれる組織から購入することになる。
その価格は質によってピンキリだが、高いものでは億を超えることも珍しくなかった。
タクマであれば、そのくらいの貯金も無くはないが……流石に気が引ける。
「うへー……しゃあねぇ。今回はそれで行くかぁ。だが素材さえ集めれば、良い装備を作ってくれるんだな?」
「それこそ、今回の『魔晶石』が、それに当たるのだそうだ」
「マジかー……じゃあ、頑張るかぁ」
そう言って、二人してダンジョンを進み始める。
光源は、頭に着けるタイプの懐中電灯だ。
「さぁて、鉱脈は、と」
『魔晶石』を手に入れるためには、まず『鉱脈』を探す必要があった。
ダンジョン内に生成される、虹色の光が漏れる壁や岩がそれだ。
そこを何度も攻撃すれば、いずれ何かしらの『鉱物』が一つ出現する。
その『鉱物』のうち一種が、『魔晶石』と呼ばれる代物だった。
「……あったぞ」
「おぉ、随分と早く見つかったな」
迷宮を歩き始めて一時間。
ユウジが指差した先の壁が、虹色の光を漏らしていた。
『鉱脈』は難易度の高いダンジョンであればあるほど、深い階層に行けば行くほど見つかりやすい。
この程度の難易度のダンジョンの、歩いて一時間程度の場所にあるのは、運が良いとしか言いようがなかった。
「さぁて……採掘は……どっちがやる?」
「お前に任せる。戦闘がしたい」
「あいよ」
リツトが死んだ目で語っていたことだが。
『鉱脈』には厄介な二つの特性がある。
第一に、無駄に硬い事。
初心者であれば、たとえ一千回攻撃しても『鉱物』を手に入れることは出来ない。
タクマのようなベテランがやっても、一分以上は確実に必要だろう。
それぐらいには硬い。
第二に、怪物を引き寄せること。
『鉱脈』を攻撃している間は、常に怪物を引き寄せ続ける。
周囲のモンスターをあらかじめ狩り尽くしておいても、新たに生まれたモンスターたちがすぐに殺しに来る。
故に。
冒険者が『鉱脈』から『鉱物』を得ようとするときは、『鉱脈』を攻撃する班と、モンスターの対処をする班に分かれるのが鉄則だ。
というか、そうでもしなければ無理。
ユウジはぞっとした。
もし仮にタクマを巻き込んでいなかったら、俺は一人で両方やる羽目になっていたかもしれない、と。
……まぁ流石に、その時は別の仲間を頼っていただろうが。
「さぁて、いくぞ───?」
カァン。
小気味のいい音が洞窟に反響する。
「「「「「KYYYyyyyy!!!」」」」」
その数秒後にはモンスターの鳴き声が聞こえ始める。
鳴き声から判断するに、蝙蝠共のようだ。
更に数秒も待てば、黒い皮膜をはばたかせ、巨大な蝙蝠が暗闇の向こうから迫って来る。
が、この程度ならば、敵でもない。
特に苦戦するまでもなく、一撃一殺。
数秒と時間をかけることも無く、蝙蝠共を皮膜と牙に変えてゆく。
「……む」
次に来るのは、生命を持った岩石とでも言うべき怪物。
洞窟系ダンジョンの中で最も代表的かつ最も嫌われるモンスター。
『リトルロックシング』だ。
硬い。小さい。多い。重い。魔法も通りにくい。倒してもメリットがない。
色々と嫌な要素が多すぎる敵なので、初心者はコイツを嫌って洞窟系ダンジョンには寄り付かない。
だが、上級者にかかればただの雑魚でしかない。
ザクリ。
ユウジの剣戟が『リトルロックシング』を真っ二つに両断する。
後に残るのは、幾らかの丸い石だけだった。
「どうだ?」
その後も現れるモンスターを発見しては、瞬殺してゆくユウジ。
一通り倒しきり、一区切りついたかというあたりで、後ろを振り向く。
「あともうちょい」
タクマがノミを突き立てる岩壁は、最初と比べて明らかに漏れ出る光の量が増えており、あたかも限界であるという事を示しているかのようだった。
「……おっ」
直後、タクマがハンマーをノミに叩きつけた瞬間。
光が一際強くなり、キラキラと輝きを放つ物体が飛び出してくる。
持ち上げて光に当ててみれば、内部の色が何色にも変貌する。
「おぉ、『虹魔石』……じゃなかった、『魔晶石』だった。一発でビンゴだ」
「幸先が良いな」
『魔晶石』の入手率は、3割前後である。
それが一発で出たのは、確かに幸先のいい滑り出しであった。
もしかしたら、割とすぐに終わるのでは?
大人たちの脳裏に、そんな思いがよぎる。
しかしそんなものは普通に大間違いであった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!! 畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
「……体力が」
十数時間後。
二人のおじさんは自らが地獄の真っただ中にいることに気が付いた。
あれからダンジョンのより深い階層に潜り、より多くの『鉱脈』を叩き続けたが、しかしその上で集まった数は30と少し。
リツトに要求された150の5分の1である。
全く足りていない。
「幸先いいってのは何だったんだオラァ!!」
そう叫びながらタクマが蹴り飛ばすのは『ケイブドレイク』だ。
洞窟内に出現するモンスターの中でもかなりの強さを誇る竜の如きモンスターで、強力な毒を持つ。
今のユウジでは、一対一に持ち込んでギリギリ勝てるか否か、そのレベルのモンスターだった。
それらの群れを、単体で相手にしているのが、タクマだ。
「クソ、普通の探索だったら大豊作も大豊作だぞ、こんなものォ!」
ユウジたちの背負う荷物の中には、既に多量の『鉱物』が詰め込まれている。
金やら宝石やらまで含むそれらは、売れば数千万円は下らないだけの価値を持っているはずだった。
普通に考えれば、タクマの言う通り、大豊作も大豊作。
大量の釣果を得た釣り人の如くウキウキ顔で持ち帰り、家族に自慢できるレベルだ。
だが今はそうではない。
求めているのは『魔晶石』なのだ。
金でも銀でも宝石でもないのだ。
出発前にリツトは色々使えるから他の鉱物も取って来てと言っていたが、やはり本命は『魔晶石』なのだ。
「ユウジぃ!? あとどれくらいだ! どれくらいで取れる!?」
「もう少し、だ!」
ノミを振り続けるユウジがいっぱいいっぱいになりながらも答える。
流石に十数時間もぶっ通しでダンジョン内に居られる程度に、ユウジの体力は戻っていなかった。
「もう荷物もいっぱいだ! それ取ったらいったん帰るぞ!」
「そうしよう……む」
ユウジが返答した瞬間、虹色の光が一際強くなる。
「出たか!?」
「出た……が……ミ、ミスリル……!!」
「今じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ミスリル。
銀よりも白く、白金にも似た神々しい光沢を持つそれは魔法的に非常に優れた鉱物であるとされ、またその希少性から『組合』に持ち込めば非常に高値が付く代物だった。
が、今欲しいのは『魔晶石』であった。
物欲センサーとは恐ろしいものである。
「クソ、帰るぞユウジぃ!! 合わせろ!」
「了解、した!」
一息に、タクマが『ケイブドレイク』共を蹴散らす。
倒すには至らないが、しかし強力な攻撃はその包囲網を確実に破り、脱出経路を作り出した。
その中を、荷物を引っ掴んだタクマとユウジが走り抜ける。
そうして十数分も走り続けて、漸く二人は息の吐ける場所まで辿り着いたのであった。
「あー……マジでミスリルじゃねぇかよオイ。これ一つで百万は稼げるぞ」
「まぁ、一応、素材にはなるだろう」
「そりゃあそうだがよぉ……」
手の中でミスリルを弄びながら、残念そうにタクマは言う。
「『魔晶石』が1つにつき2~3万だぞぉ? これが『魔晶石』30個分とかにならねぇのか?」
「ならんだろう。仮にミスリルを売った金で『魔晶石』を買うにしても……買うに、しても……」
小売価格は増えているだろう。
そんなことを言おうとしたユウジだが、その途中で言葉が切れる。
とある事実に気が付いたからだった。
「………………なぁユウジ。今俺さぁ、スゲー嫌な想像したんだけど」
「安心しろ。俺もだ」
「念のため、俺達の思ってることが一緒かどうか、確認しておくぜ? ……これさぁ……多分だけどよぉ、『組合』の連中……知ってるんじゃね? 『錬金』のこと」
「だと、思う」
冒険者は基本的に、『組合』……『冒険者組合』に属する。
そうしなければ武器を手に入れる事が難しいし、ダンジョン内で手に入れた素材を、金に換えることも難しいからだ。
装備を買い、モンスターを倒し、素材を『組合』に売り、装備を買う。
これが冒険者たちの基本的な動きである。
ユウジとタクマも、かつてはこうして金を稼ぎ、金を使っていた。
何ならタクマは現在進行形だし、ユウジもそうなる予定だ。
そしてそのサイクルに、疑いを持つことさえなかった。
しかし、『錬金』の真の使い道を知った二人には、その『組合』の動きが、『錬金』を知っている側の人間と同様のものだと理解できる。
「だって、やってることの本質自体は変わってねぇもんな? リツト君と」
冒険者を雇い、素材を収集し、それで作った装備を提供する。
違う事と言えば、規模と金銭の有無程度のものだ。
「決めつけは、すべきでない。が」
どちらかと言えば、怪しい。
特に怪しい点は、素材の外部流出が殆ど無い事だ。
金持ちのコレクターが見た目の良い素材を冒険者に個人的に求め、自宅に飾るなどすることはなくはないが、基本的に『組合』に売った素材は、『組合』の倉庫に消え、その後の行方は分からなくなる。
ついさっきユウジが提案しかけたような、冒険者から買った素材をそのまま売る、なんてことは、少なくとも『組合』は絶対にしない。
また、私的なダンジョン産の素材の取引の類は『組合』どころか法律が禁じている。
なんなら先ほど挙げた金持ちへの売却なども、本来ならば禁じられている行為であるのだ。
ただ色々と抜け穴はあり。
加工された武器類とかアクセサリーならセーフ、だとか。
自分用に持ち帰ったりする分には問題ない、だとか。
そういう抜け穴を利用して、『私はただ冒険者を護衛としてウン億円で雇っただけです。その過程で得た素材を貰ったりしましたが、ただ譲渡するだけなら大丈夫ですよね?』みたいなことは出来たりした。
今まではそれらの全てに対し、色々と事情があるのだろうな、と。
他に売る先も無いし使い道も無いので、何か俺らには想像もつかないような面倒な事情があるんだろうなと思考放棄して『組合』に素材の類は売却していたが。
今になって思えば、その事情とは、『錬金』なのではないか?
「……可能性は、否定できんな」
「仮にそうだったとして……敵か? 味方か?」
もしかしたら、『組合』も『聖剣』を作ろうとしている可能性も、無くはない。
無論、その逆の場合もだ。
「分からん。情報が無さすぎる」
「……一応、リツト君にも話を聞いてみるか」
「そうしよう」
重い荷物を持ちながら、二人は地上へ向かう。
その表情には、若干の緊張感が浮かんでいた。
だんだん評価平均下がると凹むよね