『襲撃』とは、極低確率で通常モンスターが強力なモンスターに変異して出現するイベントのことを指す。
出現する怪物の強さは軒並みその層域の推奨レベルよりも上に設定されており、推奨レベル通りのステータスで挑めば、まず負ける。
そのため序盤から中盤にかけては、起こらないように祈りながらダンジョン探索をする必要があった。
更にその中で、『鉱脈』採掘という作業の間は、大量のモンスターとの戦闘を何度も何度も繰り返すため、試行回数が増し、意図しない『襲撃』イベントが起こり易かった。
そして実に非情なことに、その時に発生したモンスターに倒されてしまうと、その周回中に手に入れた『魔晶石』含む戦利品の悉くを失う事になる。
この仕様にやられたプレイヤーは数知れず。
故に、多くのプレイヤーは採掘中の『襲撃』には、トラウマに近いものを持っていた。
しかし中盤以降になれば、『襲撃』時の特別なモンスターが落とす素材を求めて、むしろ起これと祈りながらダンジョン探索をすることになり、また別の意味で『襲撃』がトラウマになったりするが……それはまた別の話だ。
ではゲームにおける『襲撃』について説明したところで、こちらの世界での扱いを説明する。
現実世界になったこちらでは、『襲撃』イベントは交通事故くらいには起こり易い事故として認識されていた。
一つ、プレイヤーが一人ではない事。
基本的にソロプレイであった原作とは異なり、こちらでは同時に複数のパーティが同じダンジョン内に存在する。
当然、その分の試行回数は増加し、『襲撃』は起こり易くなる。
二つ、出現したモンスターが、そのまま留まり続けること。
プレイヤーが死んでダンジョンから追い出されれば、内部がきれいさっぱり再構築されるゲームとは異なり、『襲撃』で発生したモンスターは、誰かに倒されるまでダンジョン内に留まり続ける。故に、誰かが発生させた『襲撃』に巻き込まれるという事故が、小さい確率ながらも起こり得た。
勿論、対策はしてある。
『襲撃』の発生を察知し、通知するシステムが構築され、『襲撃』の発生したダンジョンには入場規制を行うなど、出来る限り被害者を減らす努力はされていて、『組合』が選出した熟練の冒険者によるパーティないし個人が即座に討伐に向かうなど、『組合』側も最大限の努力を行っていた。
が、それらはどれも『襲撃』が発生した後の対応でしかない。
巻き込まれるときには巻き込まれるものだ。
「んで、どーだったよ。誰かと連絡、取れたか?」
「一応、一人と、会う約束をした。それ以外は、まだ」
「仕方ねぇよなぁ、慎重に動かざるを得ないもんなぁ。正直俺ァ、まだ誰になら話していいか掴みあぐねてて、誰にも連絡出来てねぇぜ」
前の探索から間に一日の休息を取り、ユウジとタクマは再び洞窟系ダンジョンに訪れていた。
その間にユウジは早速信頼できそうな旧友の一人に会う約束を取り付け、タクマは個人的に『組合』で何か『錬金』関係のものを発見できないかと関連施設を巡っていたが、成果はなし。
まだそれほど焦る段階では無いのだろうが、いつタイムリミットが来るか分からない現状が、二人の心の中に不安のようなものを作り出していた。
「……あ?」
ふと、ユウジが足音に気付く。
人間のものだ。
背後から迫って来る。
一体何事かと、警戒しながら後ろを振り返れば、同業者であろう青年が、これまた同業者であろう女性を背負って、全力で走って来ていた。
「ごめんなさい!!」
そうして、謝罪の言葉を吐きながら、ユウジとタクマの間を通り抜ける。
「「ッ!!」」
一体何が起きたか、これから何が起こるか。
ほぼ同時に理解した二人は、即座に臨戦態勢に移行する。
ゲーム用語を借り、『トレイン』と呼ばれるその行為は、自身を追いかけるモンスターの標的を他人に押し付ける、冒険者として最大のマナー違反だ。
判断が非常に難しいところであるので、やったからといって特に罰則があるわけでも無いが、やったことが明るみに出れば晒し上げられ、社会人としても冒険者としても信用を著しく損なう。
そういう行為だ。
仮にやむを得ず行うにしても、その場に残って謝罪の他に説明や弁明、共闘などをするのが筋だが、今回はそれすらも無しだ。
「連中が最低か、それさえできない緊急事態か、どっちだと思う?」
「後者だろ」
ズズ、ズズと、先程から次第に強くなる振動を感じながら、ユウジが答える。
直後に現れ、狭い洞窟の通路を埋め尽くし、表面を削り取るように直進してきたのは───
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!』
「『
「冗談じゃねぇぞオイ!」
所々が錆びて赤茶けた鉄の鱗を持つ、ドラゴンと言うよりはサンショウウオやトカゲに似た風貌を持つそのモンスターは、今の二人にとって相性最悪。
十分な有効打となる魔法や、大槌のような武器を所持していない二人には、非常に厳しい相手だった。
「クソ、『襲撃』だったか! 気を付けろと言われた側からこれかよ!」
「どうする?」
「逃げる! 倒せなくは無いだろうがな!」
倒すにしても面倒が過ぎるし、危険すぎる、と。
そういうことだろう。
「オラァ!」
タクマの嵌めていたガントレットが光を放つ。
腰を落としたタクマが拳を放てば、光は衝撃波となって『
特段、ダメージが効いているようには見えない。
「それは?」
「『
「すごいな」
「それほどでも無ぇ! 15秒の待ちの他にもタメが要る!」
成程、先程の光が、そのタメとやらなのだろう。
であれば確かに、一瞬の行動が生死に直結するような戦闘の場面では、使い難いだろう。
が、こういった場面であれば、有効に活用できるようだ。
「今のうちに逃げるぞ!」
「ああ」
タクマの後ろに続いて、洞窟内を駆ける。
たまにタクマが『
「ひっ!?」
「あ」
「うわマジか」
なんと、辿り着いたのは袋小路。
しかもそこには、先程ユウジたちに『
どうやら考えることは同じだったらしい。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「謝るのは良いからまずは立ちやがれこの野郎! それで状況説明!」
地面に頭をこすり付ける青年を、タクマが一喝する。
「か、彼女が不意打ちで麻痺を食らって! 逃げようとしたらアレが出口の方に居て逃げて来ました!」
「よし、状況は理解した」
恐らく、『ローパー』や『ケイブスパイダー』の類にやられたのだろう。
どちらも人に気付かれぬよう接近し、麻痺毒を撃ち込むタイプのモンスターだ。
「君は戦えるか」
「槌使いです! 戦えます!」
「よぉし、んじゃあやるぞ!」
こうなってしまったからにはもう戦うしかない。
退路が無いのは痛いが、背水の陣と言えば何とかなる気がする。
「ユウジ! あの杭は持ってるな!?」
「ああ、10個だが」
リツトの作れるだけ作った『聖銀杭』を、ユウジは懐から取り出す。
「使っていくぞ!」
「了解」
早速、ユウジは『聖銀杭』の一本を『
すると『
「らぁッ!!」
そこにタクマの拳が突き刺さる。
強かに頭を打ち据えたその拳だったが、しかし『
青年の槌が入っても、ユウジの魔剣を受けても同様だ。
「ぬぅ……」
魔剣になったおかげで耐久力も切れ味も増したユウジの剣だが、流石に鉄には通用しないようだった。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOッ!!!』
時間にして約1秒ほどの硬直から抜け出し、再び『
それに合わせ、タクマと青年が拳と槌で抵抗し、ユウジが爪による攻撃を弾いて、タクマが衝撃波で吹き飛ばすが、その進行を食い止めるには至らない。
三歩歩いて二歩下がる、そんな様子だ。
「ユウジ!」
「ああ」
そうしてギリギリまで到達すれば、ユウジが再び『聖銀杭』を『
残り8本の『聖銀杭』が無くなるまでに、『
「……ぬぅ」
7本。6本。5本。4本。
杭の数は次第に減るが、しかし『
その鱗の表面には幾つもの亀裂が入り、しこたま頭部を殴られた結果、多少動きはふらついているようだったが、それだけだ。
「オイオイオイ、まだ倒れねぇのか!?」
いよいよ残り3本になっても、『
そんな中で、ユウジはふとあることを思い出す。
「青年」
「はい!?」
「見たところ、彼女は魔法使いのようだが。使えそうな呪文はあるか?」
「しょ、『
「そうか、なら───」
ユウジは『聖銀杭』で『
「そいつを掴め、それで動ける。少しだけだがな。それでその中に入った薬を飲め」
『分鬼のタリスマン』は状態異常の効果を減少させる。
麻痺の場合は、普段の20分の1の速度ではあるが、動けると、そんなことを言っていた。
既に食らった状態異常に通用するかは不安要素だったが……どうやら、どうにかなったらしい。
彼女の体が痙攣ではなく、意思のある動きをし始めたことで、ユウジはそれを察する。
「……成程、名案だ!!」
「『
「……は、い……」
ひどく緩慢な動きではあるが、動き出した彼女がユウジの道具袋を漁り、薬を飲むと、タクマに『
すると暫くして、急激にタクマの攻撃力が増大した。
「うっはー! 来たァー!!」
重厚な打撃音が『
『
これなら、行けるか。
ユウジが内心でそう思った瞬間のことだった。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「げっ!」
『
ドラゴンの代名詞、『
が。
「それなら、通る」
ユウジが魔剣を投擲する。
『
そして、さしものドラゴンと言えど、喉に剣を突き刺されて、ただで済むわけがない。
『GYOAAAAAAAAAAAAAッ!!』
苦悶に叫んだ『
そんな『
「よし! 一気に畳みかけるぞ! ユウジ! もう杭全部使っちまえ!」
「あぁ」
総攻撃。
倒れる『
「っしゃごらァ!!」
最後の一撃、そう言わんばかりの拳が、タクマから放たれる───その直前に、『
文字通り、真っ二つに切り裂かれた『
その死骸は角や鱗、心臓を残して消滅し、消えた死骸の向こうから現れるのは───
「『組合』の者よ。『襲撃』の情報を受けて、救助に……って、あら」
「…………ケイコか」
ユウジにとって、知った顔だった。
「運が良いのか悪いのか分からんな、こりゃ」
タクマの言葉に、心の中でユウジは同意を示す。
『組合』云々の話をしてすぐに、これとは。
好機ととらえるべきか、危機と捉えるべきか。
さぁ、どちらに転ぶだろうか。