「んで、どういう知り合いなんだ、そこ」
「ちょっとした縁だ」
「ちょっとした縁としか言いようが無いわね」
互いに剣を鞘に戻しながら、同じことを言う。
「……
「ご紹介に預かった神薙ケイコよ。今は見ての通り、『組合』お抱えの冒険者やってるわ」
そう語るケイコの装備は、武家出身という割には西洋騎士風の軽鎧だったが。
所々に『組合』のマークが刺繍された蒼い布があしらわれており、確かに彼女の所属が何処であるのか、一目で分かるようにされていた。
「へぇ、ユニオンフォースってやつか」
ユニオンフォース。
直訳して組合の力、或いは組合の軍。
『組合』の中でも有数の実力者たちが集められた、『組合』の暴力機関。
『襲撃』の対処や、罪を犯した冒険者の処分を担う、ゴリゴリの武闘派集団だ。
そして目の前にいる彼女も、その例には漏れないのだろう。
既に弱っていたとはいえ、『
「ええ、その認識で間違いないわ。で、貴方は……」
「黒橋タクマだ。そこのユウジ君の友達をしてる」
「……黒橋タクマさん、ね。どっかで聞き覚えがあるわね。どこかしら」
「追剥を何回も突き出したからそれだろ」
「ああ、多分それ」
「えぇ……」
数いる冒険者の中には、冒険者を狙う輩も居ないことはない。
ダンジョンの入り口付近から上層付近で待ち伏せ、戦利品や装備を奪うのだ。
そういった連中は追剥と呼ばれ、厳罰の対象となっている。
そんな連中の集団をユニオンフォースでもないのに何度も何度も返り討ちにしては『組合』に突き出していることで、タクマは「またコイツか」的な感じに覚えられていた。
「それから、そっちのお二人は?」
「あ、
「
「『襲撃』じゃ仕方ないわよ。貴方たちもそう思うでしょう?」
申し訳なさそうに自白する二人に、ケイコはそう告げ、二人に同意を求めた。
ユウジとタクマは互いに目を合わせると、同時に頷く。
「まぁ、流石にな」
「出来ることなら『すみません』じゃなくて『逃げてください』って言ってほしかったとこだけどな。そー咄嗟に判断できることでもねぇだろ。最後は一緒に戦ってくれたし、責めたりはしねぇよ」
「あ、ありがとうございます……!」
ユウジもタクマも、30を超えた立派な大人だ。
特に人死にや怪我が出たわけでも無いのに、年若い二人にそんな重圧をかける必要もあるまい。
……なんか年寄り臭いこと思ってる気がするな。
ユウジとタクマはなんか勝手に精神的ダメージを受けた。
「まぁでも、俺ら以外だったらマジで殺されたりもあるかも知れねぇからな? 今みたいな状況だったにしても、説明まではちゃんとしろよ?」
「はい、すみません……! 今後は気を付けます……!」
「そうしてくれ」
実際、『トレイン』は冒険者の間では、やったら即座に殺されても文句を言えないレベルの所業であるとされている。
今回は色々と事情が事情だったのでこうして許すムードになっているし、そうは言われても本当に殺す人間なんてまずいないが、本当に殺す奴や脅迫して奴隷契約みたいなものを迫る連中も、居ないことはない。
やらないに越したことなどないのだ。
「んじゃあとりあえず、俺達はこれからももう少し彼女と話すことがあるとして、君たちはここで解散って事でいいんだけど……戦利品はどうする? 要るか?」
「いっ、いえいえ! どうぞどうぞ! 持って行ってくださいよ!」
「討伐に協力はしただろう。分けても、文句は言わんが」
これも冒険者同士のマナーだ。
共闘して倒したモンスターの素材は、互いに納得できるように分配する。
まぁ勿論、いざこざは起きたりもするが。
……ちなみに、ケイコの取り分はない。
とどめを刺したのは確かにケイコだが、貢献度が足りなさすぎた。
「この角とか、どうだ」
「と、とんでもない! だいたい御二方のおかげですし、その、迷惑料という事で!」
「特別な道具の類も使わせちゃったみたいですし……」
「……へぇ、特別な道具?」
シンイチの発言に、ケイコが反応する。
そうして、一体何を使ったんだ、と言わんばかりの表情を二人に向けた。
「遺跡系で見つけた杭みたいな奴だ。敵を止められる」
「もうすべて使い切って、無いが」
「ふぅん……ま、いいわ。そういうのもあるでしょ」
遺跡系ダンジョンは、様々なアイテムが発見される。
だからこそ、何か特別なアイテムが発見されても、何ら不思議ではない。
錬金釜も、元々は遺跡系ダンジョンから発見されたものだったりする。
「……あ、あとタリスマンな。返してくれ」
「あ、は、はい!」
ユイの差し出したタリスマンを、タクマが回収する。
「んじゃ、素材は俺達が貰っていくって事で良いな?」
「はい! 有難うございました!」
「本当に、本当にありがとうございました! いつかこのお礼は必ず!」
と、そう言って、二人は去って行った。
連絡先を聞き出しておいても良かったが……まぁ、今回は見送るとしよう。
「さて、と。で、彼らにはああ言ったけど、どうする? 積もる話とかあるか? あったとして、ここで話しておいてくれよケイコさん。俺たちゃ、まだまだ潜ってる予定なんでな」
「あぁ、そう……それじゃあユウジ。聞いておくけど、ここ10年近く何をしてたのかしら? 結婚して、子供が産まれたって辺りから、何も音沙汰が無かったわよね?」
ジロ、と。
もの言いたげな視線がユウジに向く。
それを受けて、ユウジは非常にばつが悪そうに口を開いた。
「……ミコトが、妻が死んだ」
「え」
「息子がいた。だから、サラリーマンをしていた」
「は? え? ちょっとごめんなさい。もうちょっと詳しく説明してくれないかしら?」
「……あー……」
タクマは天を仰いだ。
絶望的に説明が下手過ぎる。
この場合、言葉が足りなさすぎると言えばいいのだろうか。
「えーとな。まずコイツの子供が生まれた後な、妻のミコトちゃんが事故で死んだんだわ」
「事故って言うのは……」
「交通事故だ。……車が、歩道に突っ込んで来たらしい。飲酒運転、だそうだ」
「……あの子が」
信じられない。
ケイコは言外にそう語った。
「死ぬときは死ぬ。冒険者なんて職業をやってる以上、当たり前の感覚だけれど……まさか、ダンジョンの外で死ぬなんて」
「だよなぁ……俺も報告された時は頭真っ白になったわ」
「俺も、似たようなことを思った。それで、それから……死を、身近に感じるようになった」
ユウジの表情に影が落ちる。
無理もない。身近だった妻の死だ。
それも安全地帯と思っていたダンジョンの外で。
その時の衝撃たるや、凄まじいものがあったであろうことは、想像に難くない。
「俺が死んだら、息子が独りになる。だから、冒険者を辞めた。冒険者とも、縁を切った。それから、サラリーマンをやっていた」
「……成程、そういう経緯ね」
納得したようにケイコは頷く。
「だとしたら……どうして今更、再び冒険者に? まさかとは思うけど……」
「リツト君……息子君が死んだわけじゃないぞ」
「あらそう? だとしたらもっと不思議なのだけれど」
それは当然の疑問であった。
息子を独りにしたくないのならば、冒険者に復帰する理由など無い。
サラリーマンとしてきちんとした給料を得ていたのならば、猶更だ。
「どーしても、冒険者をやらねばならん理由が出来たんだと。ちなみに俺もそれに協力中。息子君も承知済みだぜ」
「……ふぅん、そう……良ければだけど、その理由、教えてくれないかしら?」
「いや、話す事でもない」
流石に、向こうの事情をさほど把握できていないのに秘密を『組合』に明かすのは、不味い。
話すにしても、もう少し向こう側の情報が欲しいというものだ。
「息子を独りにする危険性を理解してまでやる事なんでしょう? 生半可な事じゃないわよね。私の強さは理解していると思うけど、役に立つかも知れないわよ? ユニオンフォースとして、やれることは色々あるし」
「……ふむ」
成程、言っていることは尤もだ。
反論のしようがない。
ユウジは彼女の強さを良く知っていたし、ユニオンフォースが『組合』ある程度の融通を利かせられるであろうことは、まぁ間違いなく事実であろう。
普通に考えれば、喋らない理由はほぼ皆無と言っていい。
が、今回ばかりは喋れそうもない。
『錬金』について話したとして、もし彼女が『錬金』について知った人物は殺す、という極端な思考を持っている人物なのであれば、二人には殆ど抵抗できないだろう。
『組合』が『錬金』を知っていて、それを秘匿しているのであれば、そうなってもおかしくは無いのだ。
しかしここで喋らなかったとしても、何か後ろ暗い事を隠しているのではないか、と。
そう警戒されてしまう可能性も十分にある。
「すまない。息子のためにも、喋れない」
だから、喋れない理由をでっちあげる必要があった。
そういう点で、ユウジは非常に優れた能力を有していると言えた。
「息子のため、ね」
「そうだ。喋れない」
「…………そう。それじゃあ、仕方ないわね」
一つ溜息を吐き、あっさりと彼女は引き下がる。
ユウジは嘘を吐かない。それを理解しているからこそなのだろう。
「すまないな」
「いいのよ。でも、何か困ったことがあれば、相談してくれていいわ。電話番号とかは分かるでしょう?」
「変えていないのか」
「まぁね」
「…………そうか。もしかしたら、世話になるかも知れん」
「えぇ。待ってるわね」
と。そう言って、ケイコは去って行く。
ユウジとタクマは揃って息を吐き、無言で胸を撫で下ろした。
「そんじゃ、素材を回収したら、また作業に戻るか」
と、目の前に散らばった角や心臓、鱗などの素材を回収してゆく。
リツトの事だ。
このような一見何に使うかわからない心臓も、何かの道具の素材にしてしまうのだろう。
「……そう言えば、タリスマンを」
「んあぁ、そうだったそうだった。ほらよ」
タクマがユウジに『分鬼のタリスマン』を投げ返す。
ユイから返却される際、わざわざタクマが受け取ったのは、復帰したてのユウジがこのようなレアアイテムを持っているのは不自然だとタクマが咄嗟に判断したからだ。
そしてそれは、ユウジもすぐに理解していた。
「いやはや、おっかねぇねーちゃんだったな。ってか、実際どんな関係だったんだ?」
「この表現に当てはまるかは、謎だが。……元カノ、というヤツ、なのだろうか」
「…………ウッソだろお前」
■
「いやぁ、久々の再会ってやつですかねえ?」
二人と別れたケイコに、暫く離れた場所で天井から声が降って来た。
「アレが噂のユウジ君ですか? 確かにお父さんって感じするわあ」
「そうね。……昔は、もうちょっと子供っぽかったのだけれど」
「子供が出来たら変わるモンですよお」
顔を隠し、全身を真っ黒なスパイか忍者のような装備で統一した糸目の女性が、天井に逆さ吊りになるように立っている。
重力が逆さになったような、珍妙極まりないその光景に対し、しかしケイコは目もくれず、真正面を向いたまま歩き続ける。
「でもまあ、ちょ~っと、調べてみる価値はあるんじゃないかと思いましたねえ」
「……どの辺りを?」
「モチロン、息子君ですよお。今の会話で、
「……そう、かしら」
「気乗り、しないです?」
にゅ、っと。
進行方向の天井から、顔が降って来た。
思わずケイコは足を止めてしまう。
「好きだった男の人が、他の女の人との間に作った子、見たくないですかあ?」
「……そういうわけじゃないわよ。ただ、プライバシーってモンがあるじゃない」
「そーゆーことも言ってられない状況ですよ」
シズルの声のトーンが、一段下がる。
「人手は少しでも多い方が良い。売れる恩があるなら売るべき。そう思いません?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取りますよお?」
「……好きにして頂戴」
「はぁい。それじゃあ住所諸々、調べておきますねぇ」
そう言って、彼女は再び天井の闇に溶ける。
はぁ、と。ケイコは大きく溜息を吐いた。