昼休み中の教室内。
大体の連中が外か体育館に出て、閑散とした室内には、俺、ケンタ君、希月さんの三人が、クラスも別々だっていうのに集まっていた。
掃除のために後ろに下げられた机の三つを占領してすることと言えば、ケンタ君は数学と格闘、そして俺達は歴史に関するミニ講義だった。
「……ん?」
そんな中、不意に希月さんが何かに気付いたように目を見開き、周囲を見回す。
「どうした? 何か気になる事でも?」
「いや、なんか、どっかで君の噂をされている気が……」
「どういうことだよ」
本当に俺の噂がどこかでされているとして、何故希月さんが気付くのか。
気付くにしたって、それは俺の方だろうに。
まぁ、何でもいいんだけどさ。
「すまないね、出鼻を挫いてしまった。それで……何の話をするんだったかな」
「ダンジョンがいつから存在するのか、だ」
「あぁ、そうそう。そうだったね」
彼女は歴史について造詣が非常に深く、様々なことを知っている。
その中には、歴史の教科書やネットでは早々得ることの出来ず、それでいて俺にとって重要度の高い情報も含まれているので、こうして彼女にはミニ講義をお願いし、話を聞かせて貰っているわけだ。
そして今日は、ダンジョンについての話題。
現実となった世界の中でダンジョンがどのように歴史に作用したか、その辺りを聞いてみたいと思ったわけだ。
『錬金』の真の使い方が広まっていない理由もあるかもしれない、というのもある。
……まぁそう言った打算を抜きにしても彼女の話は興味深く、面白いので、それが楽しみと言うのが一番なのだが。
「ダンジョンの出現時期は、1400年代中盤辺りというのがほぼ確定している。出土物の年代測定が出来ないから、その辺りの時代に作られた資料などからの判断だがね」
ちなみに。
一応言っておくと、この世界の歩んできた歴史は、俺の世界のものとさして変わらない。
少なくとも、中学校で習うような大枠では。
だから1400年代中盤となると、室町時代の中頃、応仁の乱あたりだろうか。
「……で。どんな資料だ?」
「色々、としか言えないかなぁ。例えば、洞窟から化け物や悪魔が飛び出してくる絵だったり、めっちゃ金が取れるけど化け物が出る洞窟を見つけた、っていう記録だったり。素材がその時代の創作物の材料になってたり……」
希月さんは挙げられる例を指を折りながら呟いてゆく。
そうして両手の指が全て折られると、パッと両手を広げ、まぁ今はこんなものかなとこちらに向き直った。
「あとは、その辺りの時代から錬金釜が使われ始めたってのが大きいっぽいね。日本だと、適当なお供え物を突っ込んで、出来たもの次第で神様の機嫌を伺う、みたいな。神事とか占いとして、ごく限られた人だけが使ってたみたいだ」
「あぁ。言われてみれば確かに、神社に謎に錬金釜が置いてあったりするな」
「今の時代でも、子供の命名の時にとか使ったりするみたいだよ。こういう結果が出たからこういう名前にしてみました、みたいな」
「成程ねぇ」
『錬金』がただの占い扱いされていた、か。
まぁ、詳しい仕様を知らない人々があれを使えば、そういう認識にもなるよな。
……というか、そういった扱いが、現代にも糸を引いていたりするのだろうか。
錬金は運ゲーであるという認識が、数百年前から全く変わっていない気がする。
「んで……ダンジョンが政治に関わったりとかは、あったのか?」
「日本では無いよ」
「無いんかい」
「当時は怪しい洞窟と書いて
「そうなのか……」
でもまぁ、それでも錬金釜は獲得できたらしい。
ゲーム世界ではもう最初期から持っている初期装備、みたいな感じで入手経路も特に語られなかったが、こっちの世界では最初から手に入れられるよう、最上層である程度は入手可能に設定されていたのだろう。
向こうの世界の住民の心遣い、というヤツなのだろうか。
「後はアレだね。仏教の関係で、当時は殺生とかアウトだったから。半ば殺生が強要されるようなダンジョンには、入ろうにも入れなかったんだよ」
「そういう所も関係してくるのかね」
「人間の心の在り方も歴史には重要だよ。まぁ、いい修行場所だって突っ込んでく『ぼっけもん』もいたらしいけど」
やっぱり現実になると、色々な所が複雑に絡み合ったりするのだな。
……実に面倒なことだ。
「で。日本ではって話だったが、海外ではどうなんだ?」
「まぁ、政治の本筋には然程関わらなかったというのは、どこでも似たようなものだけれど……スタンスとしては、ヨーロッパ勢がダンジョンぶっ潰す派で、インド中国が収穫物重視の積極攻略派。それ以外がノータッチ派って感じかな」
「ダンジョンぶっ潰す派」
なんかすごい強い発言が飛んできた。
ぶっ潰す、何て言うんだな、希月さん。
「今の教会のスタンスがそのまま適応される感じかな。お前らの存在は神の定めた摂理に反するんだよこの野郎、的な。『錬金』とかも、何を神でも無いのに物質の創造とかしてるんだ? 的な」
「あっそう……」
「今ではエコだからって、誰も彼も錬金しているけどね」
「エコ……? エコか……? まぁ、エコかぁ……」
ゴミを燃やすのが問題なら、ゴミを別の物質に変えてしまえばいいじゃない、みたいな発想なのだろうか。
「まぁとにかくそのような具合に、素材とか戦利品とかではなくて、ダンジョンの入り口は即破壊して封鎖がヨーロッパの常識だったようだよ。産業革命以降のどこかしらのタイミングでダンジョンから大量の鉄金銀銅が大量に出るって分かってから全力で掘り返し、今に至る、と」
「ふむ……随分と複雑な話もあるモンだな」
ダンジョン探索一つとっても、色々と思想とか時代背景が絡んで来るのか……大変な話だ。
この分だと、多くの人々が『錬金』に触れだしたのも結構近い年代からの話だろうし、『レシピ』が見つかっていない理由にも……ある程度は説明が付く、のだろうか。
「まぁ、うん。私はこの辺の話、大体嘘だと思っているけどね」
「……は?」
ぺらり、と。
歴史本のページをめくりながら、あっけらかんと希月さんは言う。
「ちなみに、その理由は?」
「あくまで私の感覚だから、眉唾物くらいの感覚で聞いて欲しいのだがね……どうにも、資料が気持ち悪く感じられるのだよねぇ」
「……って言うと?」
「ピンポイント過ぎると言うべきか、何て言うべきか。予め決まっている答えに辿り着くために必要な最小限の資料だけがピンポイントで残ってる、ような印象を受ける」
彼女の手が止まる。
「なんだか、引き算を感じるんだよ。普通、歴史は足し算のはずなのだけれどね」
要するに。
元々沢山あったはずの歴史的資料が削られに削られ、今の結論に落ち着くように操作されている、と。
……『組合』の話を聞いた後だと、十分に有り得そうな話だな。
「しかし、起こり得るものなのか? そんなことが?」
「そうは思えないから感想としか言えない。どれだけのことがあっても、何かしらの資料が残りそうなものなのだが……それさえ無いとなるとね」
「流石にかぁ」
まぁ正直、今の話で俺の中で『組合』が真っ黒になったがな。
さぁて、これは本格的に対策を立てるべきか……?
「すみません、岩井クン……助けて欲しいっス……」
と、俺が思考を巡らせていると、隣から死にそうな声がする。
見れば、ケンタ君が頭から湯気を出して突っ伏していた。
どうやら数学にノックアウトされたらしい。
「あー……うん。そろそろ、助け舟を出してやるか。希月さん、今日の講義はここまでって事で。楽しかったよ、有難う」
「それは何よりだ。それじゃあ、ケンタ君を助けてあげよう」
と、そうして。
残りの昼休みの時間を、ケンタ君のために使う俺たちなのであった。
「───さて」
時間は移り、放課後。
学校から家に帰った俺は、荷物を置いて制服を着替えると、財布を掴んでホームセンターに向かう。
今回の一件で、『組合』が限りなく黒に近くなった。
仮に『組合』が本当に黒であったとして、その時に相手にするのは人間という事になる。
「杞憂で済んでくれればいいが……ま、備えるだけ備えておいて損は無いだろ」
ちゃんと作れるかどうかもそうだが……正しく作用するのかも調べなければな。
帰ってきたら、父親とタクマさんには実験台になってもらうとしよう。