翌日。
一日の休みを置き、二日酔いを完全に抜け出したタクマとユウジは車を走らせ、県を一つ跨いだところに存在する、『大天使』をダンジョンマスターとして有するらしい遺跡系ダンジョンに向かっていた。
「『天使』か。嫌いだな」
「俺も」
『天使』の出現するダンジョンは、心の弱い冒険者ならば絶対に手を出してはならない、と言われている。
理由は単純、天使系モンスターは主に精神攻撃を仕掛けてくることが多いからだ。
それは主に人間の根源的欲求に訴えるものであったり、救済を謳うものであったり、死に別れた者との逢瀬の誘いであったりする。
また、単純に見た目が人に近く、それも包容力のある女性的なものや、無垢な赤子~幼児であることが多いという点も、冒険者に心的負担を強いた。
心が弱ければダメ。心が弱くなくても心的負担が凄い。
そんなわけで、『天使』の出現するダンジョンは不人気なのが世の常であった。
「うーん、やっぱりというか見事に過疎りまくってるな」
タクマが車を降りながら呟く。
本来なら有用なアイテムが多数手に入る遺跡系ダンジョンは冒険者たちに人気のはずなのであるが、天使が出るというだけでこのように敬遠されまくる。
それだけ天使は不人気なのだ。
まぁ、一部、天使の登場するダンジョンが大好きな人達も居ないことはないが。
大体そう言うのは危ない人であるとされる。
「ところでユウジ、お前ってダンジョンで周りに人が居ない事をポジティブに捉えるタイプか? ネガティブに捉えるタイプか?」
「どちらかと言えば、ネガティブだろう。人が多い方が、助け合える」
「あー、まぁ、お前はそういうヤツだよな、うん。ちなみに俺もネガティブだ。一時期、明らかに初心者ですって連中を見かけては助けて、冒険終わりに飯奢るのが趣味だった」
「何やってんだ」
「金の使い道がなかったからな。ちなみに苦情が来てやめた」
「マジで何やってんだ」
今時の若者にそんなことやっても迷惑なだけだろうに。
……と、ついつい心の中でそう思ってしまった自分に、またしても老いを感じるユウジ。
「んじゃま、何にせよ、さっさと連中の羽を毟って泣かせに行こうかね」
「あぁ、そうしよう」
と、『組合』の会員証を取り出す二人。
ダンジョンの入り口は基本的に無人ゲートで封鎖されており、会員証を認証させることで入場する、というシステムが取られていた。
有名なダンジョンや人気のダンジョンであれば、栄えた駅のように商業複合施設のようになっていることもあるが、二人が今から挑むのは過疎も過疎なダンジョン。
余分なものは一切ない。
在るものといえば無機質な建物とゲート、地下に続く階段くらいだ。
この下に潜れば、モンスターの出る層域になる。
「っと、早速か」
人が居ないが故に、溜まっていたのか。
階段を下るや否や襲ってくるのは『天使』───ではなく、『迷い仔羊』と呼ばれる、小汚い羊のようなモンスターだ。
「そういえばコイツら、物理攻撃が効き難いんだったか」
『迷い仔羊』を見事にぶっ飛ばしたタクマが、自らの拳を見ながら呟く。
どうやら思ったような手応えがなかったらしい。
にも拘らず、一撃で『迷い仔羊』を絶命させているのは、流石と言ったところか。
「この綿毛はどうする?」
「回収だろう。何かに使えるはずだ」
と、そんな具合に『迷い仔羊』を殺しては綿毛を回収してゆくユウジとタクマ。
そんな二人の目の前に、不意に宝箱が現れる。
「あぁ、出た」
遺跡系ダンジョンはこのように、探索を進めていると宝箱が出現することがある。
これの中身が、何か特別なアイテムであったり、強力な装備であったりするわけだ。
稀にミミックとかのようなモンスターが出現することもあるが、それはそれ。
旨味の大きい要素として、冒険者たちには人気なのである。
「これが遺跡系ダンジョンの醍醐味だよなぁ。けど、この階層で取れるモンっつうと……」
「錬金釜だな」
そう言いながら宝箱を開ければ、中身はユウジの言葉通りの錬金釜。
遺跡系ダンジョンの浅い層域では基本的に錬金釜ばかり出る、というのは、有名な話であった。
「よし、無視だ」
「そうしよう」
と、開けたままの宝箱をスルーし、より奥へ奥へと進んでゆく二人。
羊如きがまともな障害になるわけもなく、二人は足を止めることも無い。
そうして、一時間ほど歩き続けた頃。
「うげ、出た」
うふふふふ、あはははは、と。
ダンジョンの雰囲気に似つかわしくない、無垢で楽し気な笑い声が聞こえる。
直後、姿を現すのは、金髪の幼児が白い衣を纏ったような姿に翼を生やしたモンスター。
『天使』だった。
「うーわ、子供タイプだよ」
「……はぁ」
『天使』たちが浮かべるのは無邪気な笑顔。
目の前の大人たちが自らを殺そうとしているなどと微塵も思っておらず、遊びをせがもうとしているような、そんな表情だ。
だが、ユウジとタクマは知っている。
その仮面の下には、他のモンスターと変わらない、悍ましい殺意が渦巻いている事を。
『一緒に行こう?』
『一緒に遊ぼう?』
その証明だと言わんばかりに、挨拶代わりの『魅了』が飛ぶ。
心の弱い冒険者だったなら、この時点で死ぬことになる。
が、二人はそうではない。
「やっぱ天使系……じゃなかった、偽天使嫌い」
『あぶあッ!?』
そう言いながら、タクマは容赦なく『天使』を殴り飛ばす。
『あひっ、あはひっ!』
しかし、『迷い仔羊』と同じく物理耐性を持ち、更に『迷い仔羊』よりも高位のモンスターである天使は、タクマが一発や二発殴った程度では死なない。
顔半分が潰れ、目があらぬ方向に飛び出し、鼻からは垂らしてはならない何かを垂らしながらも笑いを絶やさない『天使』が、タクマを殺すべく飛来する。
『
「うごッ……!」
壊れかけの『天使』がその目を見開き、光の波動を放つ。
至近距離で放たれたそれをタクマは防げず、もろに食らってしまう。
脳をシェイクされるような激痛と共に、甘い何かがタクマの思考の中に垂れ流される。
「死ね!」
が、流石は熟練の冒険者。
この程度の精神系攻撃は、気合でなんとかなる。
そうして元に戻ると、即『天使』の崩れかけの顔面に拳を叩き込み、その頭部を破裂させた。
「あーキモいキモいキモい! ユウジ! その剣で何とかならんのか!」
「今のところは、なっている……が」
傍らでは、ユウジが『禍々しい剣』で別の『天使』に応戦している。
斬った断面から黒い何かが侵食してゆき、明らかに『天使』に特別なダメージを与えているであろうことが読み取れた。だが。
『主よ、主よ、よ、よよ、あぎ、あ』
黒い侵食を受けた『天使』は、明らかに尋常な様子では無かった。
グロテスクに体を震わせ、口角から泡を飛ばし、両の目を忙しなくグリグリと動かしながら、乱雑に飛行を続けている。
『さぁわたしに、わたしにわたしにわたしにわたしににににににににに』
「うわ、ヤバ」
その光景は、流石に気持ち悪いが過ぎた。
モンスターらしいと言えばモンスターらしい姿になったが、元が美しい人間のような姿形だっただけに、精神的に来るものがあった。
「チッ、こんな連中の相手なんかしてられるかよクソ! ユウジ! とっとと羽毟るぞ!」
「そのつもりだ!」
大人二人の容赦のない暴力の嵐が、『天使』達を襲う。
もはや一切の躊躇を捨て、効率的に敵を殺すことを念頭に置いた二人の熟練者の動きに、『天使』達は為すすべなく蹂躙されてゆく。
そうして『天使』共を片っ端から殺していけば、地面には幾枚かの羽が散らばっていた。
「よし! 回収! さっさと『大天使』殺しに行くぞ!」
地面に散らばったそれらを拾い集め、ダンジョン内を一目散に駆ける。
途中途中で出て来る『天使』共もすべて無視し、一直線にダンジョンマスターの下へ。
そうして走っていれば、30分もしないうちにダンジョンマスターの部屋に到達する。
ドーム状に作られたその部屋の奥には『天使』と同じく2枚の翼を持つ人型のモンスター。
しかし『天使』と異なり男性的で、その手には殺意に溢れた剣を握るその存在こそ、『大天使』と呼ばれるモンスターであった。
『罪深き者どもよ、主の威光の前に───』
「よし! 殺す!」
「お前、冷静さを失い過ぎていないか……?」
『大天使』が口上を言い終わる前に、タクマが『大天使』へと殴り掛かる。
が、あまり効いた様子は見られない。
それも当然と言えば当然の話、何故なら『大天使』の持つ物理耐性は『天使』の持つそれよりも上位のものだ。
いくらタクマでも、大したダメージを与えることは叶わない。
「ユウジぃ!」
そのことはタクマも分かっているのか、タクマの動きはあくまで補助的。
ユウジが攻撃を当てやすいよう、敵の狙いを引き付けながら動きをコントロールしていることが読み取れる。
これならば、攻撃も通し易い。
『ぬぅ……!?』
『大天使』は遅れてやって来たユウジの攻撃もその剣で以て対応して見せたが、流石に1対2では分が悪すぎた。
防御を破ったユウジの『禍々しい剣』が、その翼を切りつける。
根元近くを切りつけたそれは、両断こそすることが出来なかったが、しかし決して浅くない傷を与え、更にはそこから黒い呪詛が侵食してゆく。
『……穢らわしきかな。しかし、主はそれさえ御赦しになる』
たまらず『大天使』は距離を取る。
そうして何かしらの術らしきものをかけると、呪詛の浸食は停止し、回復を始めた。
「畳みかけりゃ楽に行けそうだな」
「そうらしい」
あの術は回復の手段だが、あれをかけるには隙が生じる。
であれば、回復の隙を与えてやらなければ、磨り潰せる。
彼らの冒険者としての勘がそう告げた。
そしてそれは、正解だった。
『……くッ……!』
二人の猛攻に、『大天使』の防御は全く間に合わない。
元より、実力的にはユウジとタクマの方が上なのだから、当然と言えば当然だが。
しかし、『大天使』は高位のモンスターだ。
それも、『天使』の上位種族だ。
恐ろしい部分は、肉体的な強さではない。
例えば、リツトの言っていた『死の宣告』がその一つだ。
即死の属性を持つその攻撃は、
それと、もう一つ。
『こっちだよ、ユー君』
ユウジは思わず、硬直する。してしまう。
それが幻影であると分かっているのに、理解しているのに。
どうしても、一手、行動が止まった。
攻撃の手を止めて、防御を緩めて、声の聞こえた方向に目線が向いてしまう。
だって、だって、この声は。
「馬鹿野郎!! それは違う!!」
あ、ヤバい。
タクマの叫びに、ユウジが心の中でそう思っても、もう遅かった。
タクマの『
その時には既に『大天使』の攻撃は、完了していたのだから。
■
「……何だ?」
父とタクマさんがダンジョンに向かった土曜日、その日の昼。
部屋で課題ドリルを消化していた俺は、ふと違和感を覚えて窓の外を見る。
「あ?」
そこでは、ユニオンフォースの鎧を着た女2人が、俺の家を見上げていた。
「……よろしい、ならば戦争だ」