任務があるからついてこいと呼び出され、やって来たはいいものの。
『岩井』と書かれた表札を前にして、ケイコはげんなりとした表情を隠せないでいた。
「ねぇ、リコ。私帰っていいかしら?」
「えぇ? なんでですかあ?」
「何でもクソも無いわよ。アンタ馬鹿なの? 民間人の家よ?」
リコもケイコも、しっかりとユニオンフォース製の鎧で装備を固めている。
ケイコは任務だからと聞いていたし、場合によっては戦闘とも聞いていた。
だからまぁ、鎧で良いかと、鎧を着て行ったのだ。
そうしたら、何故か目の前の馬鹿も普段は着ない鎧をわざわざ着こみ、民間人の家に侵入する気満々と。
正直なところ、ケイコは胃が痛くなって来ていた。
「えぇ、まぁ、確かにね? 好きにしなさいとは言ったわよ。でも流石にこれは違うわ。どこのヤクザよ。……ってか、アンタ任務とか言ったわよね。ちゃんとしたヤツなの?」
「いえ? そうでも言わないと、ケイコさん来てくれないかなあと」
「はぁ?」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
この野郎、任務を偽造しやがった。
「まぁ、安心してくださいよ。ウチのボスからのゴーサインは出ましたから」
「つまり非公式って事じゃない……はぁ。馬鹿なことやってないで、帰るわよ。アンタのことだし、こう言う事をするだけの理由もあるんでしょうけど、にしてもユウジにアポを取るか、さもなければ令状を発行するか……」
「そうですかあ。じゃあ私だけでやっちゃいましょうかねぇ」
踵を返し、帰路を辿ろうとしたケイコの脚が止まる。
「……何を言っているのか分かっているのなら、やめなさい」
「まぁー、ヤバい事やってる自覚はありますよお。ですが、必要に駆られてしまったので」
「必要もクソも無いわ。私は身内から犯罪者を出すつもりは無いの」
ケイコが剣呑な雰囲気を纏う。
抜刀───まではしないにせよ、臨戦態勢に近い空気が、二人の間に立ち込めていた。
「───『錬金』について把握している可能性があります」
「……冗談にしては、面白くないわよ?」
「そりゃあそうでしょう。冗談じゃありませんし」
あっけらかんとそう宣うリコに、ケイコは苦虫を嚙み潰したかの如き表情になる。
それは確かに、色々な理屈を無視して行動するに足るだけの理由ではあったからだ。
少なくとも、『組合』の───彼女たちの属する『派閥』の中では。
そしてそれは、他の『派閥』でも同じようなものだろう。
「それは……疑惑の段階?」
「ほぼ確信ですねえ」
「噓でしょ……? どこが情報を流したとか、分かってるの?」
「分かりません。分かりませんので、今から調べたいと思っているんですよお。裏が何処であれ何であれ、何にせよ───」
と、リコが言いかけたところで。
ガチャリと音が鳴り、扉がゆっくりと開かれる。
咄嗟にリコとケイコは身構える……が、しかし、誰もそこには居ない。
周囲に誰が居るというわけでも無く、無人の玄関が、二人を誘うかのようにその無防備な姿を晒していた。
「……ね?」
「ね、じゃないわよ。……でも、
明らかに、罠。
そのことは、二人には言葉にして確認するまでも無く理解できていた。
「……何やってるのよ、ユウジ……」
「あぁ、岩井ユウジさんなら今は居ませんよ。黒橋タクマさんとダンジョンに向かったので」
「───」
ケイコは一瞬、リコが何を言っているのか、理解できなかった。
脳が理解を拒んだのかも知れない。
しかし、彼女の思考能力は、そんなことが長続きするほど器用では無かった。
「ちょっと待ちなさい! どういうこと!?」
「私も詳しいことは把握できていないんですけどねぇ。一先ず分かっていることを言っておくと、
「……は、ぁ?」
そんな馬鹿な。
今が警戒態勢である事も忘れ、ケイコはリコの顔を見る。
その目は、酷く真剣だった。
「子供の形をした化け物ですよお、アレは。今まで、いっぱい人を見て来たから、分かっちゃうんですけどねえ。子供にしては、
「……つまり、何が言いたいわけ?」
「何らかの存在がリツト君に成り代わっている。何らかの存在がリツト君に憑りついている可能性があるんじゃないか、ってのが、私とボスの見解ですねえ」
「……」
強ち間違いでも無い。
もしもリツトがこの会話を聞いていたのなら、そう言っていたことだろう。
無論、彼女たちがそんなことを知る由も無いが。
「だとすれば、『錬金』について情報を握っている事にも説明が付くんですよお。まぁカスみたいな憶測でしかないですけど……
「……まぁ、ね」
その言葉に、ケイコの脳裏に浮かび上がるのは、一人の人物であった。
確かに、アレが有り得るのなら、もう一例、あっても不思議ではない。
「まぁ何にせよ、今ので方針は決まりました。リツト君を確保します。ケイコさん、陽動はお願いしますね」
と、そう言うや否や、リコの姿が掻き消える。
というより、認識が著しく困難になる。
そこにいるはずなのに、そこにいると認識できない。
この能力があるからこそ、彼女はユニオンフォース足り得るのだった。
「……はぁ、わかったわよ……」
気乗りはしない。
だが、必要性は認める。
そう思ったから、ケイコは家の中へと侵入する。
警戒は……正直、あまり出来ていなかった。
していれば、きっと玄関からは入っていない。
間取りは、極めて一般的なモノであるようだった。
左側に二階へ繋がる階段、右に居間があり、トイレや脱衣所などの扉が見える。
一先ず、居間から見てみるか。
そう思った直後、階段上から黄金色の何かが飛来する。
「虫……じゃない、アイテム!?」
虫を象ったそれを攻撃であると看破したケイコは半ば反射的に回避を選択する。
しかし、黄金色のそれらはまるで意思を持つかのようにケイコへと向き直り、再び突っ込んで来た。
「ッ……!」
不可避。そう理解したケイコは自らのマントを外し、それらに向けて叩きつける。
直後、それらは小爆発を起こし、ケイコのマントを黒く染め上げた。
「呪詛!?」
「当たり」
「ッ!」
声が響いたのは、階上からだった。
見れば、階段の踊り場に、ユウジそっくりの子供が立っている。
間違いなく、彼が岩井リツトだ。
そして───
「リコの話は、マジっぽいわね」
その目は、子供のそれとは思えない程に冷徹だった。
目の前にいるケイコの事を、ただの獲物としか認識していない。
そんな目だった。
「……話に応じてくれるつもりはあるかしら?」
「確保だどうだって堂々と言ってた連中の話を聞いてやるほど、暇じゃないかなぁ」
「それもそうね……」
ド正論だった。
何も言い返せない。
「んで、と」
突然、リツトが階段から飛び降りる。
頭から床に激突するような形で、だ。
「ちょっ!?」
当然、それを見逃せるケイコでもない。
落下するリツトを受け止めるべく、その落下地点に先回りして───
「はい一人目確保」
「!?」
突然、自らを縛る縄が出現し、ケイコは床に転がされる。
目線を持ち上げれば、何事も無かったかのようにリツトは直立し、ケイコを見下ろしていた。
一瞬、ケイコの思考が停止する。
今この場で起きたことを理解する必要があったからだ。
そうして半秒遅れ、自らが拘束されていることを認識すると、ケイコはそれを脱出しようとして、不可能である事を悟る。
「理不尽だよなぁ、それ。こういう使い方も出来ちゃうんだから。アンタもそう思わないか?」
「ッ、マジ、です、かあ……!?」
よく見れば、リコがリツトの首に腕を回した状態で硬直している。
その手は震えていて、声も途切れ途切れだ。
「いやぁ、実験しておいてよかったよ。まさか設置罠が
設置罠を、服に設置。
何を馬鹿な、と思うが、しかし状況を考えるにその通りなのだろう。
リツトを捉えるためにリツトに密接した結果、服に仕掛けられていた罠に引っ掛かった、そういう事だ。
「これで2人目確保」
そうして、ケイコと同じく、リコにも縄が縛り付き、転がされる。
「ふぅ……いやぁ、うん。楽勝だったわ。初見殺しにかければユニオンフォースもこんなモンか」
ガチャリ。
リツトが扉を閉め、少し散らかった玄関近くを片付ける。
当然、その目線は二人から完全に外れていた。
リコはその隙に、動けるようになった体で縄抜けを試みる。
しかし、一向に抜ける気配がない。
「……ッ、いやいや、なんですかあ、これは……ッ!」
「ああそれ? 『鎮静用ロープ』」
「鎮静……って」
「元々は味方用に使うアイテムでね。『魅了』や『狂気』みたいな状態異常にかかった時、それを使うと味方の動きを抑制できて、時間経過で回復するのさ」
「……」
なんだ、それは。
そんなアイテム、見たことも聞いたこともない。
「でさあ……まぁ、原作だと味方専用の回復アイテムって分類だから、失敗判定とかそういうのが存在しないんだけど……こっちの世界で敵味方ってどう分けんのかなって調べてみたのよ」
その結果、どうなったと思う? と。
しゃがんで、二人の顔を覗き込みながらリツトが問う。
「結果は、無差別」
彼の唇の端が、大きく吊り上がった。
「人間相手には確実に成功し、かつ自力では抜け出せない。そっちのアンタは『忍者』っぽいけど、『縄抜け』は『鎮静用ロープ』には効かないんだよねぇ。だってそう言う仕様にしちゃうと、拘束対策系のスキルを持ってる奴は皆抜けちゃうからねぇ。流石にゲーム体験的に、それはよろしくないって判断されたんだろうなぁ」
ああ、やらかした。
リツトの話を聞きながら、ケイコは心の中でそう思う。
我々は多分、踏んではならない虎の尾を踏んだのだ。
それはきっと、あの『組合』に巣食う二派閥よりもよっぽどヤバい、何かを。
「まぁ、多分こうすれば抜けれるよなってのもあるけど……アンタら、そう言うの持ち合わせてないだろ? 『狂気』にも『魅了』にもかかっていないわけだから、時間経過で回復することも無いし、ロープが役割を果たすことも無い。俺が外そうと思わなきゃ、外れない」
だからさぁ、と。
リツトの目が、リコを覗き込む。
「アンタたちがそうしようと思ってたみたいに、俺もそっちの情報を抜き取れるだけ抜き取るけど、それでいいよなァ? 文句なんて、当然あるわけないもんなァ?」
やっぱり無理矢理にでも帰っておけばよかった。
そう思っても、後の祭りなのだが。