「ごふッ……!」
剣がユウジの胸を貫通する。
胸骨を砕き、心臓を破り、肺を切りつけて、切っ先がユウジの背中から飛び出した。
「……ッ!」
明らかに、致命傷。
しかし、ショック死には至らなかった。
そのことを理解したユウジは、後退ではなく、前進を選んだ。
『大天使』の腕を左手で掴み、『禍々しい剣』を振り上げる。
『
「させるかボケがァ!」
最後の一撃、その脅威を正しく認識した『大天使』は、『天使』の放った光の波動と同様のものを放とうとする。
しかし、それよりも先にタクマの『
「───ッ!」
また、衝撃は『大天使』の体勢を崩し、巨大な隙を作り出した。
そこへ、ユウジは喉から声の代わりに血を吐き出しながら、剣を振り下ろす。
『ぐぉおおおおおッ!!?』
胴を袈裟切りにしたその一撃は深く、心臓にも届きそうなほどであった。
しかしそれでも、致命には届かなかったらしい。
『死ねッ!』
『大天使』がユウジの体を蹴り飛ばす。
元より限界近かったユウジの肉体は、容易く吹き飛ばされ、床を転がった。
胸から噴き出す血が、一瞬で床を血の海に変える。
「……あぁ、クソがッ!」
死にやがった。
そう理解したタクマの行動は、素早かった。
倒れ伏したユウジの体から『禍々しい剣』を剥ぎ取り、『大天使』に切りかかる。
『ああ、穢らわしきかな、穢らわしきかな!! 死ね! 死して浄化を受け入れよッ!!』
「うるせぇゴミが!」
『禍々しい剣』を装備して戦闘に戻るタクマだが、残念ながら彼に剣の心得はない。
故にその攻撃は拳撃と特に変わらず、決め手に欠けた。
だが、それでよかった。
『大天使』は胸元を大きく切り裂かれ、呪詛はじわじわとその体を侵食している。
あの妙な術さえかけられなければ、このまま削り殺せる。
この場で重要なことは、とどめを刺すことではなく、相手に回復の隙を与えない事。
手に持った『禍々しい剣』はあくまで、その牽制用だった。
『穢らわしきかな、穢らわしきかな、穢らわしきかな穢らわし穢らわ穢れ穢穢主よ主よよよよよよ赦しを救いをどうかどうかどうかどうかどうか──』
「あークソ、殺す! 先ずはテメェを殺す! 色々考えるのはその後だ!」
タクマが叫ぶと共に、攻撃の手がより激しく、苛烈になる。
圧倒的暴力を前にして、行動に精彩を欠いた『大天使』は太刀打ちできない。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
『大天使』の体が次第に黒く染まり、行動は鈍重になってゆく。
「とっとと、死ねよオラァ!」
「そうだ、死ね」
「『!?』」
『大天使』の脇腹が爆発する。
直後、呪詛の浸食が一瞬で進み、『大天使』は飛行さえままならない状態に追い込まれ、地に堕ち、倒れ伏す。
爆破地点の周囲に漂う金色の欠片を見るに、恐らくは『スカラベ』だろう。
しかし、それを持っているのは、ユウジのはず。
思わずタクマが背後を振り向けば、そこには怒りを全身に滲ませたユウジが立っていた。
「おま、生きて……?」
「そういうのは後だ。先ずは、殺す」
ズカズカと足音を立てながらユウジは『大天使』に歩み寄り、その顔面を蹴り飛ばす。
何度も、何度も、何度も、何度も。
顔が変形し、崩れてもなお、何度も。
『おゆ゛、る、じを゛……』
その高い物理耐性故に未だに絶命しない『大天使』が赦しを求めるのは恐らく主とか言っている野郎なのであろうが、状況が状況的にユウジに対して言っているようにしか見えない。
が、ユウジは攻撃の手を一切緩めようとしなかった。
「……お、おい、ユウジ……」
その尋常ならざる様子には、先程まで怒り心頭だったタクマもドン引き。
ユウジの見せられたであろう幻影にも予想が付く分、そうなるのも仕方ない話ではあるが。
しかしそれにしても目がマジ過ぎた。
「ふぅ」
しかしそんなユウジの暴虐も、一分も続けば落ち着いたらしい。
額に浮いた汗を拭い、息を一つ吐くと、まるで手術中の外科医が助手に道具を取らせるかの如く、虫の息の『大天使』を踏みつけながら手を横に置く。
タクマはその手の上に、そっと『禍々しい剣』を添えた。
「では、死ね」
『───』
それをしっかりと握ったユウジが、その切っ先を脳天に突き刺す。
断末魔を挙げることさえ赦されず、『大天使』は絶命した。
肉体が灰となって消えた後には、数枚の羽と光を失った輪、雫状の結晶が残った。
おそらく、雫状の結晶が『大天使の涙』であろう。
「はぁー……よし、帰るか」
「いやいやいやいや待て待て待て待て説明をだなァ」
素材を回収し、帰路に就こうとしたユウジをタクマが掴む。
「おまっ、傷はどうした!? ってか死んでなかったのか!?」
「……あぁ、そういえば、言っていなかったか」
ユウジが懐をまさぐる。
すると、出てくるのは山羊を模した小さな人形。
その胸は大きく抉れており、赤い綿が飛び出している。
タクマには、そのアイテムに見覚えがあった。
「これ、まさか『身代わり人形』か!?」
致命的なダメージを肩代わりする効果を持つその人形は、タクマも知るところだった。
成程、これがあるのなら、剣に刺されながらも攻撃を行うという選択肢が取れたことにも納得できるが。
しかし、それ以上に。
「持ってたのか!? ……いや、まさか」
タクマの知る『身代わり人形』は、滅茶苦茶な高級品だ。
手に入れるとすれば遺跡系ダンジョンだが、遺跡系ダンジョンの仕様上滅多に手に入らないが、消耗品と言うその特性上、需要量が半端ではない程に高い。
故に、金ならいくらでも積む、と言える人間でも無ければ買えないのが、『身代わり人形』という代物なのだ。
が。彼らのすぐ近くには、それらを全て無視できる怪物が居た。
「あぁ、リツトが『錬金』した」
「……無茶苦茶が過ぎるなァ、オイ。この時点で、十分に世界ひっくり返せるレベルだぞ?」
「そんなにか」
ユウジはかつて冒険者であったが、『身代わり人形』の事は知らなかった。
それは手に取る機会が無かったというのもそうであるが、こういった激ヤバアイテムの類は、情報が絞られているというのも理由として挙げられた。
「そんなにだよ……オイお前、この情報、絶対外に漏らすなよ。リツト君の身柄が世界各国から狙われることになるぞ」
「……善処しよう」
「頼むぜ、マジで……」
自分の置かれている立場がどんどん重くなる。
その事実に、タクマは胃が痛くなるような気分を覚えた。
「……まぁいい。何にせよ、目当てのブツは手に入った。こんなところに長居する理由もねぇ。さっさと帰るぞ」
「あぁ、そうしよう」
ユウジは寂しくなってしまった懐をさすりながら、タクマはキリキリと痛みだす腹を押さえながら、帰路に就くのであった。
勿論、これから胃がもっと痛くなる事態に発展するなど、そんなことをこの時点で予想できるわけも無かった。
まーた☆1が増えた(気落ち)