「……あ?」
家に着き、車から降りた瞬間。
怪訝な声を挙げて、タクマが立ち止まった。
その視線は、二階の部屋の方に向いている。
「どうした?」
「……なぁ、何か、聞こえねぇか?」
「何か……?」
ユウジは口を閉じ、耳を澄ませてみる。
すると確かに、二階から何やら声が聞こえて来た。
くぐもって聞こえるそれは、少なくとも楽し気なものではない。
苦しむような、もがくような、喉の奥から絞り出されるようなそれは───
「……悲鳴?」
二人の全身に鳥肌が立ち、意識が戦闘用のそれに一瞬で切り替わる。
丁度つい先程、リツトの身柄が狙われる、と言う話をしたばかりだ。
何が起きているのか、察しは簡単についた。
「リツ───ぶっ!?」
「ッ、待てユウジ、安直に行動するな、声を上げるな……!」
咄嗟に飛び出そうとしたユウジの口元を塞ぎ、タクマは車の陰に隠れる。
「何をする……!? 悲鳴が聞こえる、ならばまだ中に居る……! まだ間に合う……!」
「違う、そうじゃない……! 悲鳴が中から聞こえる理由を考えろ……! 連れ去らないでいる理由をだ……! 敵はこの家を占領していて、リツト君は囚われているんだぞ……!」
その言葉に、ユウジはハッと冷静さを取り戻す。
タクマの言う通りだった。
リツトの身柄だけが目的ならば、連れ去ればいい。
しかしそこを、わざわざこうして家を占拠しているのだ。
何かしらの意図が介在する、そう思った方が良い。
「しかし、一体どんな目的があってこんなことを……?」
「というか、まずどこの誰が下手人だ? そこが分かんねぇことには……」
「いや、何やってんのそんなとこで」
「「!?」」
突然、上から声が降って来た。
バッと二人が振り向くと、呆れ顔のリツトがベランダからこちらを見下ろしていた。
「り、リツト!?」
「無事だったのか!?」
「無事って……あぁ、もしかして、聞こえてた?」
部屋の中を振り返りながら、リツトが問う。
そんなリツトの様子に、二人は何だか薄ら寒いものを覚えた。
リツトのあの動きは、間違いなく部屋の中にあるであろう音源を見るものだった。
先程聞こえたあの悲鳴は、間違いなく人間のものだった。
と、なると……
「しまったなぁ……防音はしっかりしてるはずだったんだけど」
「り、リツト……?」
「……まぁ、詳しいことは居間に居る人から聞いてよ。俺はちょっと、もう少しやっておきたいことがあるから」
と、そう言って、リツトは部屋の中に戻り、窓とカーテンを閉じ切ってしまう。
何が何だか分からないユウジとタクマは、互いに困惑の表情で顔を見合わせた。
「……あー、えーと。どうする?」
「とりあえず、居間に向かってみるか……」
良く分からないが、リツトがそうしろと言ったのなら、そうするか、と。
恐る恐る玄関の扉を開け、今の方に向かう。
「……あぁ、帰って来たのね」
するとそこには、ロープで拘束された状態で椅子に座らされているケイコの姿が。
しかもユニオンフォースの鎧姿で。
「……いや、すまん。状況が呑み込めない。何故お前が居る?」
「リツト君に返り討ちにされて捕らえられたわ」
「は?」
「ちょっとごめん、もう一回言って貰っていいか?」
とんでもないセリフが飛び出してきた。
流石に荒唐無稽過ぎて、ユウジとタクマは己の耳を疑ってしまう。
「だから、リツト君の身柄を確保しようとしたら、返り討ちにされたのよ」
しかし、どうにも聞き間違えでは無いらしい。
それどころか、更に聞き捨てならない情報までお出しされてしまっては、ユウジもタクマも頭を抱える他なかった。
「……あぁ、成程なぁ、一昨日のアレは、そのためだったってわけだ」
頭を抱えながら、タクマが納得したように呟く。
その発言に記憶を刺激され、ユウジも一昨日の出来事を思い出す。
帰宅するや否やロープで拘束され、リツトに触れた瞬間に体が痺れ、攻撃を防御したら体が凍り……リツト曰く『実験』を、ダンジョン帰りで疲れているにも関わらず付き合わされたのだ。
しかしそれも、このような事態を想定しての事だったと考えると、確かに納得が出来る。
事実、こうして実験の成果が出ているわけだから、凄まじい。
「まぁ、一先ずお前がそうなっている理由については、理解した」
その上で、と。
目を瞑りながら嘆息したユウジが、絶対零度の瞳をケイコに向けた。
「リツトの身柄を確保とは、どういうことだ」
ケイコは体をビクリと震わせる。
ケイコには理解できたからだ。
返答を間違えれば、今のユウジは全くの容赦無しにケイコを殺す、と。
それだけの、『敵意』が、ユウジの視線には溢れていた。
「俺は、俺は今、気分が悪い。先程は失ったものを冒涜された。次は、俺に残ったものまで奪う気か、ケイコ?」
「……」
憤怒。
ユウジの体の中で煮え滾っているその感情を直接ぶつけられ、ケイコは気圧されてしまう。
元カノという立場上、ユウジとも交流があった分、ユウジの怒りの丈が想像できたからだった。
基本的に、ユウジは怒らない。不機嫌さを表に漏らすことも滅多にない。
大体の事を自分の力不足であると考えるのもあるが、他者との交流の中で培った、精神的な忍耐力とでも言うべきものがあるからだ。
しかし、今回はその忍耐力さえ突き抜けてしまった。
まぁ、当然と言えば当然の話だ。
亡き妻の忘れ形見、世界で最も大切な自らの息子を、狙われたのだから。
これは、殺されても仕方ない。
ケイコは心の中で自嘲しながら、重い口を開いた。
「……ごめんなさい。色々と、政治的な事情があったのよ」
「政治的……? 政治的だと? 何だ? 何が裏に居る? 答えろ」
「勿論、全て答えるわ。……というか、リツト君にはもう全部喋っちゃったし」
「リツト君に? っていうか、そうだ。リツト君、上で何やってるんだ?」
タクマが天井を見上げながらケイコに問う。
家の外からも聞こえていた誰かの悲鳴は、家の中に入るとより大きく、鮮明に聞こえた。
そうして理解した事だが、女性の悲鳴であるらしい。
状況的に考えると、ケイコの仲間の誰かなのだろうが……
「あぁ……なんか、実験ですって。情報は私が粗方吐いたし、その他諸々を加味して情状酌量とか言われて、ここに残されたの」
「あー……成程なぁ」
リツトならそういう事をする。
どんな事をしてもいい捕虜が出来たようなものだ。
ユウジやタクマには出来ないような、拷問まがいの実験を、嬉々としてやっている事だろう。
「あれでも訓練を受けた忍者のはずなのだけれど……何が行われているのかしらね?」
「少なくとも、俺達の利にはなる事だろうなぁ。お前らみてぇな外道には、配慮の必要も無いと判断したんだろ」
「……まぁ、そうね」
保護者の居ない時間帯を狙い、中学生の子供一人を完全武装で拉致しようとした連中を外道と言わずに何と表現すればいいだろうか。
しかもそれで返り討ちにされているのだから、虜囚としてどんな目に遭っても文句なんて言えないというものだった。
「んで……と。それじゃあ、詳しく話を聞かせて貰おうか。いい加減ユウジが噴火する」
「あぁ、うん。そうね。まぁ、事の発端は『錬金』よ。『錬金』」
「……やはり、『組合』は……」
「あぁ、『錬金』についての情報を隠し持ってやがったか」
これで『組合』が『錬金』に関する情報を掴んでいることは確定したわけだ。
「しかし……リツト君が『錬金』に関する情報を握ってるなんて、どうやって把握した?」
「ユウジの言葉と素材をそのまま家に持って帰っている所じゃないかしら?」
「……まぁ、うん。何も言い返せねぇや」
そりゃあそう、と言う話だった。
基本的に、冒険者は冒険が終わればすぐに直近の『組合』の支部で換金する。
持ち帰るにはあまりにも手間がかかり過ぎるし、心臓やらその他の臓器やらみたいな悪臭素材もあるし、他に使い道も無いしで、素材系は早めに手放すのが普通だ。
にも拘わらず、素材を大量に家に持ち帰っている、となると、怪しまれても仕方ない。
「それで、その『錬金』なのだけれど。その扱いについて、『組合』内部でも差があるの。特に、『神器』を巡ってね」
「!」
「『神器』、だと……?」
その単語には二人も聞き覚えがあった。
確かリツトが語っていたことには、『錬金』における最終到達点、だったはず。
とんでもなく強力な武器とも言っていた。
「その様子だと、『神器』についてはやっぱり把握しているようね。その『神器』を作りたくないのが『榊派』で、逆に作りたいのが私たち『倉本派』ともう一つ、『獅童派』って言われてるところよ」
「……使い道に差がある感じか」
「えぇ。『アメノヌボコ』を作りたいのが私たち、『アメノムラクモ』を作りたいのが『獅童派』よ。神話を齧っているのなら、少しくらいは聞いたことがあるかしら?」
「「……」」
さも当然かのようにケイコは聞くが、残念ながら、教養のない大人二人にはそんな神話など分からない。
二人の頭上には疑問符が浮かんでいた。
「……とりあえず、『地形を作り出せる槍』と『とんでもなく強い剣』で覚えなさい。その槍を使って日本をより強固な国にしたいのが私たち、剣による圧倒的な暴力で世界を黙らせたいのが『獅童派』よ」
「成程、完全に理解した」
「あぁ」
本当か?
本当に理解してるか?
ケイコは訝しんだが、今はそこを突っ込んでいる場合でも無い。
「それで……まぁ、その『神器』を作るために今は試行錯誤をしている最中なのだけれどね。素材も、『錬金』について知っている人間も限られるから、今はそこの取り合いと足の引っ張り合いをしている状態なのよ。多分、上はリツト君を錬金術師として迎えたかったのでしょうね。或いは他勢力の錬金術師を減らしたかったのか」
「それならば『錬金』について、隠す必要はあるのか? 公開した方が、手っ取り早いだろう」
「そうもいかないのよ。色々な所で、とんでもない混乱と騒乱を生み出しかねないから」
「……まぁ、それもそうか」
中学生でもユニオンフォースに勝てるアイテムを作れる。
一回死んでも生き返れるアイテムを無限に作れる。
強力無比な装備を簡単に作れる。
本当に頑張れば世界を左右できる道具さえ作れてしまう。
こんな情報が世に出回れば、世は一瞬で大錬金時代に突入すること間違いなし。
様々な所が割れに割れ、戦国時代が再来してもおかしくは無いわけだ。
「ならやっぱ、公開も出来ねぇか……リツト君もそんなこと言ってたしなァ」
「……しかし、試行錯誤をしている、とか言っていたな。まさかとは思うが、目標だけ定まっているだけで、過程については何も分かっていないのか」
「えぇ、その通りよ。何十年前かに、私たちが勝手に『賢者』って呼んでる人が現れて、『錬金』と『神器』の情報だけを置いて消えたの。それ以降、私たちはその『神器』を作るために『錬金』を繰り返しているけど、成果が出ていない、それが現状よ」
と、そうケイコは語り終えて───
「──────へぇ、その話は、初耳かも」
ギシリ、ギシリと。
木の軋む音と共に、その声は降って来た。
「続きをお願い。結構、興味がある」
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