何とも言えない空気が場を支配した。
ユウジとタクマはつい先程までえげつない事をやっていたであろうリツトに何と声をかけるべきか迷い、ケイコはケイコで「これ話し始めていい感じなの?」と困っていた。
そんな中、階上から降りて来たリツト本人は、ただ静かにケイコを見つめている。
その瞳はやはり冷えていて、まるで話さないのなら上に居るアイツと同じ目に遭わせる、と雄弁に語っているようであった。
「えーと、『賢者』についてで、良いのよね?」
「そうだ。知ってることを最初から最後まで話せ」
「とは言われても、私もあまり知らないのよね……何せ、私が生まれるよりも前の話だから……」
そう言って、ケイコは視線を明後日の方向に飛ばす。
どうやら朧げな記憶を必死に漁っているらしい。
「……少なくとも、『組合』の人間でないことは確かで……消息は不明。他の国にも同じようなことを教えに行ったとか、死んだとか……色々なことは言われてる。今のところは他の国にも教えに行った説が有力ね」
そうでも無きゃ、多すぎるモンスター素材の供給に需要が追い付くはずも無いし、と。
溜息と共に吐き出すように、ケイコは言う。
「『神器』と『錬金』について、具体的にはどんなことを教わった?」
「えぇ……? 私が把握してる限りだと、錬金釜に特定の素材を特定の組み合わせで入れると決まったものが作れる、ってこととか、『神器』には様々な種類があって、ほぼ神話通りの働きをするとか……その辺は『賢者』由来だとされていた……はずよ」
困った様子で、絞り出すように語るケイコの様子に、嘘らしきものはない。
どうやら本当に、大まかな部分以外は知らないようだ。
「んで、その肝心の『神器』の『レシピ』は知らない、と……」
「そうね。でもないと、こんなことにはなってないと思うわ」
「ンー……成程、厄介だなァ……死ぬほど厄介なことになったなァ……」
しかしそんな情報の中にも、リツトには読み取れるものがあったらしい。
厄介だ厄介だと、頭を抱えながら唸っている。
そうして暫く部屋の中をうろうろした後、徐に口を開いた。
「結果的にそうなったのか、意図してそうしたのか知らんが、後者なら滅茶苦茶危ないヤツだな、ソイツ。世界でも滅ぼすつもりか?」
「……え!?」
「マジかぁ……そこまで行くかぁ……」
「また、話が大きくなった……」
大人たちがそれぞれの驚愕を口にする。
リツトの表情は、真剣そのものだった。
冗談の雰囲気など、微塵も無い。
「んで、理屈は?」
「『神器』なんて厄ネタの塊みたいな情報を『レシピ』も無しに、その存在だけ教えてるって時点で悪意を感じる。間違いなくロクな目的じゃない」
「悪意……か」
「そう、悪意。作っても、作れなくても、世界は滅茶苦茶になるわけだからな。……ってか、『神器』について知ってる時点で『災厄』と『聖剣』の存在を知らないはずがないのに、それらについての情報が伝わってないのがヤバい」
リツトの顔が苦々し気に歪む。
「俺の同類か、似て非なる存在か……どんな目的があるのか知らんが、ロクでも無いことをしてくれたよ」
吐き捨てるように、リツトは呟く。
しかし口調とは裏腹に、その瞳には何の感情も映していない。
ただ遠くを見つめ、今後の動き方について思案しているようだった。
「ちょっと待って頂戴、『聖剣』がどうしたの? 『災厄』って?」
「世界を滅ぼせるだけの存在とそれを止めるための鍵。今はそれが折れてるから、遅かれ早かれ世界が滅ぶ。だから頑張って作ろうとしてる。以上」
「はぁ!? 何よそれ!? 初耳よ!?」
「そりゃあそうだろうな。意図して情報が絞られてたらしいし。……まぁそんなわけだから、『神器』とか作ってる場合じゃないんだわ」
縛られたまま身を乗り出して叫ぶケイコに、リツトは淡々と答えを返す。
サラッと驚愕の事実を告げられたケイコは項垂れ、噓でしょ、だとか、どうすれば、だとか。
そんなことを、うわ言のように呟いた。
「はぁー……困った。これ絶対バックに国とかついてるパターンだろ。下手に動いたら国家ぐるみで取り込まれる未来しか見えねぇ……実際どうだ?」
「……えぇ、ついてるわよ、国。とは言っても把握しているのは最上層のごく一部だけどね。そっちでも派閥争いとかしてるわ」
リツトの問かけに、ケイコが顔を上げて答える。
その顔色は、酷く悪い。
「また話が複雑になったァ……!」
同様に顔を真っ青にしたタクマが崩れ落ち、胃を押さえる。
元々世界を救うだの何だのと、大きな話であったが、そこに政治問題までくっ付いてくるとなるとマジで面倒なことこの上ないという話であった。
「取引とかは、出来ないのか。『聖剣』や『神器』の情報と引き換えに、とか」
「目的のためなら
「……ひ、否定できないわね……」
人の悪意とは底知れないものだ。
そしてそれを理解している人間が大勢いるが故に疑心暗鬼に陥り、更にその悪意に磨きをかけていった。その果てにあるのが今の世界だ。特に政界なんてその煮凝りみたいなものだ。
利益のために事実を捻じ曲げて無理を押し通し、人道を無視するくらいは平気でする。
その点で言えば、今回の件はその確信を深める結果になった。
そして人の欲望も底知れないものだ。
世界が滅ぶだとか、仮にそんな情報が手に入ったとしても、それを世界中に共有して一緒に対策しようねと協調の流れが作られるより、俺達は世界が滅ぶ経緯とその対策方法知ってるけどどうする? とかの交渉カードに使われかねない。
というか、『神器』でさえ政治の道具にされようとしているのだから、『聖剣』も『災厄』も政治の道具にされないわけが無いというものだった。
仮に『聖剣』を作成して、『災厄』を退ける用意が出来ても、不都合な国を消すために世界の半分が滅ぶまで放置、みたいなこともされかねない。
それは流石に避けたい、というのがリツトの考えだった。
「さて、どうするかな。神を獲るには時期尚早。『派閥』とやらに真正面から対抗するにも戦力不足、かァ……でも、この二人がいつまでも帰らなかったら、明らかに怪しいよなァ……ってなると、早急になにか分かり易く有効な手を打たないと……」
再びうろうろと、そこらを歩き回るリツト。
どうやら本気で悩んでいるらしい。
「……あ、いいこと思いついた」
「え」
「うわ」
「……ぬぅ」
不意に、リツトの足が止まり、ケイコの方を向いた。
顔いっぱいに浮かべられたのは、酷く明るい、花が咲くような笑顔。
ただし、その花は彼岸花とかトリカブトとかそんな感じの花だったが。
「なァ、ケイコさんさぁ……」
「な、何かしら……?」
「ケイコさんの苗字って、神薙、なんだっけ?」
「え、えぇ、そうだけど……」
「そっかそっか、良い苗字だね、うん、カッコいい。良いと思うよ」
ニコニコと、リツトは笑顔を絶やさない。
ケイコはその笑顔の中に、あまりにも不吉な何かを感じ取っていた。
絶対にヤバいのが来る。
ここから先の言葉を聞いてはならない。
彼女の中で鍛え上げられた、冒険者の勘とでも言うべき何かが全力で警鐘を鳴らしていたが、しかし今の彼女には逃げることも耳を塞ぐことも叶わない。
ただ脂汗を垂らし、乾く口内の感覚を覚えながら、ただ発された言葉を受け入れる他なかった。
「それじゃあ……作ろうか」
「……つ、作るって、な、何を、かしら……?」
声が震える。
もう駄目だ。
これ以上は本当に駄目だ。
助けて。誰でもいいから助けて。
そう思って視線を横に逸らすが、見えたのは養豚所の豚を見る目なユウジと、酷く遠くを見ているタクマだけだった。
助けなんてない。そう理解したケイコに、リツトは容赦なく言葉を浴びせた。
「そりゃあ決まってるでしょ、『神薙派』だよ、『神薙派』」
「──────ヒュッ」
息が詰まる。
「『倉本派』を裏切って、『神薙派』を、俺達と一緒に立ち上げようね! 大丈夫大丈夫、旧武家の後ろ盾がある組織って事にしちゃえば、政府も他派閥も、『錬金』に関する情報の漏洩を恐れて簡単には手出しできなくなるから!」
旧武家は身分制度の廃止によってその力を失った───わけではない。
その蓄えられた戦闘に関する経験と鍛錬のノウハウ、受け継がれる装備などは、ダンジョン攻略において大きく役に立ち、むしろ力が増しているくらいだ。
また特殊な職業に就くための方法も独占しているため、人材も豊富である。
リコとて神薙家に連なる人間で、その他にも複数の人間がケイコに従っていた。
特にケイコの場合、実に分かり易い実力を備えていた分、結婚しないで親や兄弟などから嫌われている事を差し引いても、彼女の味方をする人間は兄弟姉妹の中でも多い方だ。ただ、これに関してリツトは考慮していなかったが。
更にはそこから、血縁やら何やらと言った関係で連なることになる、力を持った人間の数は増える。
それらの全て、或いは一部が組していたとして、流石に政府や『組合』の他派閥も、それら全てを一気に鎮圧できない。
何にせよ。
旧武家の後ろ盾、という張りぼては、『錬金』の情報という爆弾を
「昨日の敵は今日の友、一緒に世界を救うために頑張ろう! 他派閥との折衝とかは任せるね!」
───勿論、断るなんて選択肢は無いよな?
ケイコは、震える首を縦に振る事しかできなかった。