大人たちの酒盛りは、リツトが就寝し、日付が変わってからも続いていた。
「……あまり飲み過ぎるな。後日に響くぞ」
「いいのよ今日くらい……どうせこれから死ぬほど忙しくなるんだろうから」
「それは……そうだろうな」
頭を抱えながら酒を呷るケイコの言葉に、ユウジは同意を返す。
可哀想……とは思わない。自業自得だからだ。
しかし、同情はできなくもない。ユウジも元はサラリーマンだった身だ。上司からの断れない無茶振りは辛い、という感覚は理解できた。
「……ねぇ、ユウジ、それとタクマさん」
「んお?」
「何だ」
「あの子は……何なの?」
余りにも直球なケイコの質問に、ユウジとタクマは押し黙る。
あの子、というのは、間違いなくリツトの事だろう。
「……俺の、息子だが」
「ユウジの息子だなぁ」
暫く考えて、ユウジはそう答えた。
どれだけ考えても、それ以外の言葉が見当たらなかったからだった。
タクマもそれに追従する。
しかし、ケイコはその言葉に納得しなかった。
「でも、貴方達にも分かっているでしょう? 彼の中身は、子どもじゃないってこと。多分だけど、私よりも、そして貴方達よりも、長く生きている」
「……だろうな」
「そんな気はするよなァ、明らかに精神年齢が高すぎるもんなァ」
ユウジの脳裏にフラッシュバックするのは、13年間の日々。
その日々の中で、ユウジがリツトに教えたことは、ほぼ無いと言って差し支え無かった。
むしろ、ユウジがリツトから教わったことの方がずっと多い。
当時はそれを、息子が天才で、自分が愚かだからだと思っていたが、今にして思ってみれば、リツトの方が精神的には長く生きていたからだと理解できる。
「私は、あの子が怖い」
「……そうか」
ケイコの言葉に、ユウジは頷く。
「私も怖いですねえ……いや本当に」
続くリコの言葉には、確かな怯えが含まれていることが分かる。
「貴方達は、あの子が怖くないの?」
「そりゃあ怖ぇに決まってんじゃん。だろ、ユウジ?」
「……怖くない、と言えば、嘘になる」
付き合いの短いタクマですら何度も恐怖を覚えさせられているのだ。
ユウジがリツトの事を怖いと思った瞬間など、数えきれないほどあった。
それこそ、リツトが錬金釜に手を出す前、生まれて3年も経たないうちからだ。
嫌がることは何もなく、駄々をこねたりおんぶをせがんだりと、片親である自分を困らせることもなく、教えてもいないことを当然のようにこなし、言葉は自分よりもよっぽど流暢に話す。
そんな幼児を恐ろしいと思ったことは、一度や二度ではない。
保育園や学校の先生に我が子が褒められても、嬉しいとはとても思えなかった。
「リツトになる前、アイツが何だったのか。俺には分からん。分からんから、怖い。それは、確かなことだ」
「……でも、貴方は彼を自分の息子だって、胸を張って言える。それはどうして?」
「リツトが俺を父と呼ぶからだ」
それ以外の理由は無い、とばかりに断言し、ユウジはビールを呷る。
そして文句は受け付けない、と言わんばかりに腕を組んだ。
「……ま、俺も似たようなモンかなァ」
「ユウジはまだ分かるとして……どういうことなの?」
「ンー……言語化がクソムズイんだがなァ……なんつーんだろ。割とちゃんと、父親に甘えてるって感じするんだよな、アイツ」
「……甘えてる、ですかあ?」
あの怪物が? そんな馬鹿な、と。
リコは表情で語る。
まぁそうだよな、と。そんなリコに苦笑いを返しつつ、タクマは言葉を紡いでゆく。
「俺の推理だから冗談半分に聞いて欲しいんだけどさぁ。ユウジの話を聞くに、アイツ多分、最初はユウジの事、あんまり……ってか、ほぼ信用してなかったと思うんだわ」
リコとケイコが目を見開き、ユウジを見る。
当のユウジはただ黙って、ビールを呷るのみだ。
「すごいぜ? 13歳になってあの錬金釜を買うまで、おねだり何て一つもしなかったし、駄々も一つもこねなかったし、家事は全部やるし、成績は優秀。中身があるにしたってやりすぎだろって思ったね」
けどさ、と。
目を伏せがちに、タクマは言葉を続ける。
「多分それはさ、ユウジに楽をして欲しいからじゃないんだわ。アイツは、ユウジの顔色をずっと窺ってたんだと思う。僕はこんなに優秀な子ですよ、お父さんに迷惑かけませんよ、だから僕を養ってください、捨てないでください、って。この料理も、きっとそうして覚えたんだろ」
タクマが唐揚げを一つ、自らの口へ放る。
パリッと、いい音を立てて皮が割れた。
「それは……」
「中身があるからこそ、だろーなァ。お前なんか俺の息子じゃないって、追い出されるのが怖かったんだろ」
「……」
確かに言われてみれば、その通りかもしれない。
別の人生を生きた誰かが、自分の子供の中にある。
それを知った親がどんな反応をするかなど、考えただけでも恐ろしい。
特にリツトの……岩井リツトの場合、死んだ岩井ミコトの忘れ形見という立場だ。
そんな忘れ形見の中に、異物が紛れ込んでいる。
自分が親の立場に立ったなら、それを知った時どうするだろうか。
そう考えて、ケイコは背筋が寒くなった。
捨てるまではいかなくても、きっと大きく距離は取ることになっていただろうと、想像がついてしまったから。
「だから、リツト君はずっとユウジに遠慮してた。そしてその遠慮を感じ取って、ユウジもリツト君に遠慮してた。親子の間には、間違いなく溝があったんだと思うぜ。『聖剣』の話も、ユウジにするつもりはなかったっぽいしな」
もはやケイコもリコも手を止めて、酔いさえ忘れてタクマの話に聞き入っていた。
「だけど、リツト君はユウジに自らの秘密を打ち明けて、ユウジはそんなリツト君を受け入れた。リツト君にとって、ユウジはようやく甘えてもいい存在になった。だからユウジにとんでもない要求するし、俺にもとんでもない要求するし、爆弾みたいな情報をポンポンぶん投げて来るし、自分に出来ることを精一杯やろうって拷問までやっちゃうわけだ」
「あ、はい。そうですね」
いきなり水を向けられて、リコは慌てて居住まいを正した。
「何にせよ、そんな感じでさ。今のアイツって、父親に甘えて、頼ってるのよ。んで、その延長線で俺達にも頼ってる。そして俺はユウジとリツト君の力になりたいし、世界を滅ぼされてたまるかとも思ってる。モチベーションが上がって上がって仕方がねェ」
それはそれとして、リツト君は怖いし、無茶振りはマジでふざけんなとは思うけどな、と。
冗談めかしてタクマは言った。
「……はぁ、成程ねぇ……思ったより人間らしいのね、リツト君も」
「まぁ、私たちは信頼されてる感じしないですけどねえ」
「そりゃあそうだろ。お前らに関しては多分、不都合なことが生じたら一瞬で切り捨てるぞリツト君は。そうされたくなかったら死ぬ気で働け外道共」
「「アッハイ」」
結構ガチなトーンで告げるタクマに、彼女たちはそう返事することしかできなかった。
しんみりした空気は一瞬で消し飛んだ。
「ってかそういえばそうじゃん。お前ら落とし前つけてないじゃん」
「……言われてみれば、そうか」
「え!? 『神薙派』をやることがそうじゃないの!?」
「リツト君の全面バックアップを受けて傀儡派閥作るだけだろそんなモン。なぁユウジ、ちゃんと嫌なことやらせようぜ嫌なこと」
「そうだな。流石に俺も、このまま解放は腹の虫の居所が悪い」
「……い、いやーな予感がしますねえ……?」
目を光らせてニヤニヤする男二人に、女二人は震えることしかできない。
「あぁ、そうだ──────いいことを思いついた」
「「ひっ!」」
本日二度目の『いいこと』が、二人のユニオンフォースに牙を剥いた。
その結果、少し先の未来の神薙家屋敷で悪臭騒動が起きたりするが、それはまた別の話である。