『冒険者組合』は全国各地に分布するが、その中でも特に重要なものは三つ。
東京の東日本統括部兼本部、京都の西日本統括部、福岡の九州統括部。
これら三つの統括部が『冒険者組合』において大きな力を持ち、舵取りを行っている。
そして、それら三つの統括部を、それぞれの『派閥』が牛耳っているのであった。
西日本統括部が『獅童派』、九州統括部が『榊派』、そして今リコの居る東日本統括部兼本部が、『倉本派』の総本山だ。
「──────と、いうわけで、逃げられちゃいましたあ。あの子供、やっぱり中身がありますねえ、間違いなく」
現在時刻は日曜日の昼10時。あの酒盛りから数時間も経っていない。
にも拘らずリコが平然としているのは彼女が忍者だからだ。
「成程、君の見立て通りだった、というわけだ。厄介だな」
重厚な執務机に座り、リコの言葉に頷くその人物こそ、『倉本派』のトップ、
『倉本派』のトップであるにも関わらず苗字が倉本で無いのは、先代の倉本ソウジから代替わりした2代目であるからに他ならない。
そんな彼に対面するのは、リコ一人。
「しかし……まさか戦闘行為に発展した挙句、逃げられるとは。神薙の忍者ともあろうものが、随分とヘマをしたものだな? もし仮に岩井リツトが『賢者』と同等とするなら、今後の我々の進退にも差し障る問題だが」
「そのことを承知でゴーサインを出したのは貴方のはずなのですがねえ。しかし失敗は失敗。処罰は何なりと」
「フン……沙汰は、追々伝える」
まぁ、そう言うしかないでしょうねえ、と。
リコは内心で嘲笑う。
■
「ケイコさん」
数時間前、岩井家から東日本統括部へ向かう神薙家の……もっと言えば、神薙家の中でもケイコのシンパである運転手が操る車の中で、リコはケイコに向けて話しかける。
「……何よ」
ケイコもケイコで、未だ酒が入って数時間であるにも拘わらず平然としているのは、解毒薬を飲んだためである。
酒は百薬の長とか言ってる人間もいるが、アルコールは間違いなく人体には有害な毒であるため、解毒薬を飲めばその影響は解消できる。
尤も、そんな贅沢な解毒薬の使い方が出来る人間は限られるが。
「アレから、ちゃんと考えたんですよお、色々と。『神薙派』について」
「それで?」
「それでその、気付いたんですがねえ……多分、罰ゲームどころか、滅茶苦茶美味い話じゃないですかあ? これ」
「…………そうなのよね」
ケイコは頷く。
『神薙派』の設立は、確かにとんでもないギャンブルだ。
やる事は多すぎるし、気を付けねばならない事は星の数ほどあるし、下手をすれば容易に神薙家ごと潰されるだろう。
そしてそうなれば、その責任は全てケイコに圧し掛かる。
物理的に首が飛ぶだけで済めば御の字だろう。
が。
それらを差し引いても、『神薙派』トップ────或いは、『賢者のバックアップを受けた派閥』のトップと言う立場は、魅力的かつ旨味に溢れていた。
「そもそも、『倉本派』自体に魅力はありませんでしたし──────」
前提として。
『倉本派』という派閥は、元々は『神器』作成に対して消極的に賛成している人物が
『アメノムラクモ』による圧倒的な暴力は流石に極端すぎるが、他国に対抗するための『神器』は欲しい。そう考えた『倉本派』初代トップ、倉本ソウジが『アメノヌボコ』を目標に掲げ、それに賛同した者達や、『獅童派』のトップにして君主制の復活を望む獅童マサユキに力を持たせるわけにはいかないと思った人物が集まったのが、『倉本派』のルーツだ。
集まった理由は、どれもこれも消極的。
それ故に、『神器』を作った先を見据えている『獅童派』や、何が何でも『神器』を作成させたくないというだけの『榊派』と比べて、思想に対する忠誠心が希薄だ。
であれば何が『倉本派』を結束させているかと言えば、『神器』によって生じる利益と損失である。
『アメノヌボコ』を先に完成させた時に生じるであろう莫大な利益と、『獅童派』や他国が先に『神器』を完成させた時に生じるであろう甚大な損失の回避。
それが『倉本派』結束のモチベーションであり、活動の理由だった。
そして、ケイコとリコも、その例に漏れない。
『組合』の重役にして『倉本派』の重鎮である当主と交渉し、ケイコが見合いを断る事と引き換えに戦力として『倉本派』に合流したものの、特段『アメノヌボコ』に興味はなかった。
しかし、『獅童派』などに先を越されれば、敵対派閥に所属していた神薙家の人間である二人は間違いなく酷い目に遭うため、動くしかない、というのが二人の実情だった。
「────リツト君の恩恵をほぼ独占できる、という状態は、極めて都合が良い」
「……その通りね」
そして、極めつけはリツトだ。
『身代わり人形』を量産できるという事実のみでも意味が分からないレベルで価値のあるリツトが、盾、或いは隠れ蓑としてであっても、神薙を……ケイコを
となれば、それが自らの利益につながるのなら、ケイコにも相応の恩恵を与えてくれるだろう。
ケイコが神薙家を掌握するための手立てでさえ、自身の利益につながるのなら、リツトは間違いなくやってのけるだろう。
「リツト君におんぶにだっこの状態にはなりますが……ハッキリ言って、好機ですよ、これは」
「平穏無事な生活は思いっきり遠のくけれどね……」
仮にこのまま『倉本派』に味方して、リツトを売り渡したところで、ケイコの現状はそこまで変化しない。……どころか、悪化するまであるかも知れない。リツトからの報復に怯えながら素材収集など御免被る。
「……全力を尽くすわよ」
どっちを選んでも結局は酷い目に遭う可能性が高い。
であるなら、もういっそのことリターンのデカい方を腹を括ってやるしかない。
『倉本派』を捨て、『神薙派』を……リツトの傀儡をやる。
それが、ケイコとリコの出した結論だった。
「…………」
そうして決意を固める端で。
あわよくば、なんて、そんな言葉がケイコの脳裏に浮かんでくるが、ケイコはそれを努めて無視することにした。
■
と、そうして数時間後。
報告が終了し、統括部から出て来たリコを、ケイコが迎える。
「お帰り、で、どうだったの?」
「いやぁ、楽勝でした。結局、失敗したからと言って出来る罰も限られてますしねえ」
具体的には、最終的に『倉本派』が勝利した際の利益の取り分を減らす、同じ『倉本派』に属する人間にチクって嫌がらせする、『錬金』によって作り出される恩恵を受け難くするなど。
『倉本派』に所属する人間ならば確かに嫌だったかもしれない事ばかりだが、生憎と二人にはもはやノーダメージである。
逆に、リコの方は要求を全部押し通してきたのだから、勝敗は明らかと言うものだった。
「私の方は暫く時間稼ぎ出来そうですがあ……ケイコさんはどうです?」
「……まぁ、上手く行ったとは思うわ」
リコがヨウスケへの報告を行っている最中、ケイコもケイコでリツトの要求を満たすべく、派閥内の取り込めそうな人物に目星を付けていた。
いくら年中無休の『冒険者組合』とはいえ、流石に日曜日だと人数も少なかったが、しかし彼女の本命である人物には接触できた。
成功と言って差し支えないだろう。
「そこに関しては取り敢えず後で報告しておくとして……早速ダンジョン行くわよ、リコ」
「素材集め、ですねえ……有能アピールは、欠かしちゃいけませんし……行きますかあ」
何せ命とか諸々が懸かっているのだ。
文字通り命懸けで、事に当たる他はあるまい。
FANBOXに『フレーバーテキスト集①』を投稿しました。
無料で公開してるので興味があったら是非どうぞ。