翌日の日曜日。
痛む頭を押さえながらケイコさんとリコさんが帰り、父親とタクマさんがダウンしている中、俺は近所にある小規模な教会に『恩寵の聖水』を手に入れるべく自転車で足を運んでいた。
「あ゛ー……頭痛い」
ちなみに死にかけのタクマさんも同行している。
流石に昨日の今日で、俺を一人で外出させるにはいかなかったらしい。
それにしては滅茶苦茶頼りないが。
「タクマさんは日陰とかで休んでて。今から取って来るから」
「おー……」
と、自転車と一緒にタクマさんを置いて、教会の敷地内へ。
しかし『聖水』を貰うとは言っても、特別なことをする必要はない。
無料で配られている『恩寵の聖水』は、教会の前にある蛇口やら噴水やらから幾らでも持ち帰り可能なのだ。
まぁだからと言って、取りに来る人はほぼいないのだが。
というわけで大量に頂いていかせてもらう。
そのためのポリタンク(飲料水用)は用意しておいたのだ。
父親に車を出してもらえばもっと大量に持ち運べたのだろうが、流石にそんなに貰っても使い道があるか怪しいので、10Lだけ貰っていく。
10kgは家まで運ぶには重いが、普段10㎏の米をスーパーから家まで運んでいる俺には朝飯前。
いい運動と思って、さっさと済ませてしまう事とする。
蛇口の下にタンクをセットし、取っ手を捻り、満タンになるまで待機。
その間、ふと教会の方に視線を向けた。
すると、何やら中から話し声が聞こえて来ることに気付いた。
……あぁ、日曜日か。
俺は内心でそんなことをふと思う。
この世界の教会が広めているのは、前世における一神教、つまりキリスト教とほぼ同一のものだ。
だから日曜日は安息日として、教会に集まって説教を聞く習慣があった。
まぁここは日本だから、集まる人間はまずいないのだが。
「おや、そこに居るのは岩井君じゃあないかな?」
と思ったら俺の数少ない友人の一人が居た。
「何やってんだ希月さん。クリスチャンだったのか?」
「いんやぁ? 別にそういうわけでも無い。ただ家じゃなければどこでもいいって感じだったからね」
「あー、まぁー、そうか、うん」
そうだよな。休日だからって家に居ても辛いだけだもんな。
部屋に籠ってる分にはいいけど、トイレとか昼食とかのために部屋の外に出てると、鉢合わせした時に何で家に居るの? みたいな顔されるんだよな。
分かるよ、うん。
「図書館に行こうにも生憎の休館日だし、他所に行こうにもやりたいことなんて無いし、金も無いし、どうするかなと思ってたら、ここが開いていたものだから。興味本位で入ってみたわけだ。それで君は……水泥棒の方かな?」
「違う。この『聖水』が必要になったから回収に来ただけだ」
「ふぅん……あぁ、お父様が怪我でもなさったのかな? 確か『聖水』には回復効果があったね」
「……ま、似たようなモンだ」
『身代わり人形』が消費されてるって事は、つまり一回死んだって事だからな。
治っているとしても、怪我をしたことに変わりはない。
まぁこの『聖水』を回収するのはその怪我と直接的な関係は無いが。
「っと」
そうこうしているうちに、タンクに水が満タンに入った。
よいしょと持ち上げ、自転車の荷台に括り付ける。
「んじゃ、俺はここで失礼させてもらう」
「ああ。私は……まぁ、もう少しこの教会でウロウロさせてもらう事にするよ。……ちょっとだけ、気になる事もあるしね」
「そうか、また明日な」
「あぁ、また明日」
そうして彼女と別れ、自転車の方まで戻る……と、なんだかタクマさんが死人の顔色に意地の悪い笑みを浮かべていた。
……あー、うん。
彼が一体何を言いたいのか、手に取るように理解できてしまう。
「……あらかじめ言っておくけど、そういう関係じゃないからな」
「別にそうとは思っちゃいねーよ。精神年齢が違い過ぎるだろ、流石に」
茶化してくるかと思ったが、どうにも違ったらしい。
まぁ言われてみれば確かに、彼女と俺との精神年齢は、全く違くて然るべきなのだろう。
正直なところそれを指摘されるまで、全然同じくらいの年の友達としか見ていなかったが。
……彼女本当に13歳か? それにしては色々と大人び過ぎているような……あぁいや、当時の俺も似たような感じだったのかなァ……分かんねぇや。
「で、んじゃあ何の顔なんだ、それ」
「いや、リツト君にもお友達がいたとは思わなかったモンでよ。てっきり学校じゃあクソガキ共と絡んでられるかっつって、一人で黙々と本とか読んでるものかと」
「半分正解。彼女ともう一人以外とは全くつるんでなくてね、授業の合間の休み時間とかはずっと本読んでるよ」
「ありゃ」
まぁ、うん。発展途上だから仕方がないのだ、クソガキなのは。
誰だって初めはそうで、これから成長するのだから。
でも正直、今の俺と楽しく話せるかと問われれば、そうではない。
特に今は時間が惜しいのだから、友達付き合いのために時間を割くより、ちょっとでも実利のある事をした方が良いかなと思ってしまうのだ。
「……ってかそう言えば、学校じゃん。学校どうするのよ、リツト君。守ってくれる人、いないけど」
「あぁ……そういえば護衛を付けるって話だったな」
「おう。だがよぉ……」
「言わんとしていることは分かる」
普通に考えて、学校にボディガードとか非常識である。
辛うじて有り得てセレブのお坊ちゃまか、そうでなきゃ高貴な生まれかだが、俺はそうではない。
となると、色々と面倒なことになる。
だからこそ、普段は目に付かない形で俺の傍に居る、と言うのがベストだ。
例えばリコさんの職業である『忍者』や、その手前である『暗殺者』、また別では『隠者』などが最適な職業であるが……そんな人物は今の俺の周りには居ない。
が、実に都合のいい素材が、この世界には溢れていた。
ちょっとだけ足りない素材もあるから、そっちはそっちで集めて貰うとして……
「タクマさん、この『聖水』置いたら、ちょっとホームセンターにもついて来てよ」
「おう、いいぜー」
と、快く返事するその顔は蝋のように真っ白だった。
まぁ、ヤバくなったら解毒薬でも飲ませるとしよう。
この『恩寵の聖水』を飲ませてもいいしな。
……いや、今ここで検証してもいいなぁ……
「タクマさん、ちょっとだけ『聖水』飲んでもいいよ」
「お、マジ? んじゃあちょっとだけ失礼して……」
タクマさんがタンクから手に『聖水』を注ぎ、啜る。
「……おー、ちょっと楽になった」
「あ、本当?」
「いや分かんねえ。プラクタル効果かも知れん」
「多分それプラシーボ効果だね」
「…………よし、帰ろう!」
あ、タクマさんの顔に血色が戻った。
もしかしたら本当に効果があったのかも知れない。
■
とまぁそんな具合で『聖水』を家まで運び、いつの間にか起きていた父親も引き連れてホームセンターに行き、ついでにフードコートで昼飯を食って来た後。
「『錬金』をします」
「よっ、待ってました!」
「今日はいよいよ『魔剣』をパワーアップさせていくぞ」
と言うわけで、まずはそのための中間素材を作る。
「まずは『魔晶石』×5で『一段階圧縮魔素』」
完成するのは虹色に輝く謎の物質。
素手で触っていいか分からないので、ついでにホームセンターで買って来た作業用手袋で取り出し、これと同じものをもう一つ作る。
「これが俺達の2時間くらいの結晶か」
「売れば幾らくらいになるんだろうな」
知らん。
だがまぁ『錬金』でしか作れない代物だし、ウン十万とかするんじゃね?
まぁこれも『錬金』に使っちゃうんですけどね。
「『大天使の涙』に『恩寵の聖水』と『破り取られた聖書のページ』、『一段階圧縮魔素』×2で『洗礼の雫』」
完成するのは、空色の光を発する雫状の結晶。
清浄な雰囲気を発するそれは、一瞬で部屋の内部の空気を厳かに変えた。
「……うわ、明らかにスゲェ」
「それで……それを、『魔剣』と一緒に錬金するのか」
「その通り。よーく見て置いてよ、すごいのが出来るから」
錬金釜に『魔剣』『恩寵の聖水』『破り取られた聖書のページ』『天使の羽』『洗礼の雫』をそれぞれ投入し、蓋を閉め、魔力を流し込む。
そうして釜の中で完成するのは──────
「『天剣マルアハ』」
「……おぉ」
空色の刀身を持つそれは、驚くほどに軽く、そして清浄であった。
父に手渡せば、その余りの軽さに目を見開く。
「成程、これが……」
「どう、握ってみた感じ」
「強い力を感じる……が、軽すぎる。これはまた、調整が必要そうだな……」
あー……それもそうか。
ゲームだとただ単純に攻撃スピードが上昇するだけだったが、普通に考えればいきなり武器が軽くなるわけだし、使い勝手にも問題が出る、か。
「ま、そこは気を付けてやってね。軽いけど、威力は『魔剣』よりもずっと上だから」
家でやらせるわけにもいかないし、適当な低レベルダンジョンにでも行ってもらうかな、うん。
「軽い、ってより、重さが打ち消されてるって感じするなァ。こりゃとんでもねぇ代物だ。……で、リツト君。俺にはなんかあったりしねェの?」
「じゃあ……アレ作るか。ちょっと待ってて」
「おぉ……?」
と言うわけで一時的に錬金から離れ、工作に入り、手作業で作り上げるのは──────
「……ミサンガ?」
「うん」
細い紐を束ねて作っただけの簡易的な物だが、ミサンガはミサンガ。
色によって意味合いが変わるとか言われているが、その辺りは全く考慮していない。
「これを『鉄』と一緒に錬金して、『鉄の腕輪』」
それをさらに『大天使の光輪』に『魔晶石』、『天使の羽』に『破邪の聖水』を加えて錬金することで完成するのは、『聖光の腕輪』。
「……ナニコレ」
「腕輪だけど」
「腕輪にしてはデカすぎねぇ?」
事実、それは腕輪と言うには大きすぎた。
リング状ではあるものの、その半径は腕の倍近くあり、普通に付けていれば……容易くすっぽ抜けてしまう事だろう。
特にタクマさんのような拳で戦う人なら、一回相手を殴っただけでぶっ飛んでいくことだろう。
常識的に考えれば。
「確かねぇ……こうすれば……お、いけた」
俺がその光輪を腕に通すと、光輪は俺の腕を中心に据えるように中空に静止する。
腕を動かせば、光輪もそれに追従した。
拳を突き出しても、飛んでいくことはない。
「よし、問題なく装備できるね。着けてみてよ」
「いや、そりゃいいんだがよ……いや、ヤベェの作りやがったなァ……」
「ちなみに魔力を籠めれば『
敵単体に神聖属性の中ダメージ+精神状態異常耐性低下の効果を与える技だ。
クールタイムと魔力消費はあるがそれ以外は無制限に撃てるぞ。
「本当にヤベェの作りやがったなァ! 有難うだけど!」
「街中で着けると目立つし、普段は隠しておいた方が良いかな」
「そうするわ。うん」
と、そう言いながら、タクマさんは腕輪の着脱を繰り返す。
余程不思議であるらしい。
まぁ取り敢えず、タクマさんの分はこんなもんか。
「さて、そんな感じで新しい装備を作ったわけだけど、二人には早速新しい素材を取ってきて欲しい。出来るだけ早く」
事は急を要するのだ。
具体的にはテストが始まる二日後までに何とかしなければならない。
そうでないと俺の成績が死ぬ。
いやまぁ別個で受けることも出来るけども。
「そりゃあいいが……」
「何が必要なんだ?」
「えっとね、『微精霊』」
「ウッソだろお前」
『微精霊』は文字通り微かな精霊のことだ。
これを瓶詰にして持って帰って来てもらうわけであるが……
まぁ、うん。
ちょっとだけ難易度は高いかも知れないけど、頑張って欲しい。
可愛い息子の身の安全のためにも。