この世界における『精霊』は、魔力で構成された意思を持つ存在、その中でも特に五大属性と呼ばれる火、水、風、雷、地のいずれかの性質を持つものを指し、それぞれの属性に特化したダンジョンにのみ出現する。
そしてその強さによって名称が変わり、強いものから順に『精霊王』、『大精霊』、『精霊』、『小精霊』に分類される……わけであるが。
ではリツトが指定した『微精霊』とは何かというと、『小精霊』になるよりもさらに一歩手前、生まれた直後で属性さえ持っていない、精霊系モンスターの赤子である。
そんな『微精霊』はそもそも非常に稀少な存在であり、かつ赤子と言うだけあって非常に弱く脆い存在だ。
普段のダンジョン攻略では全く気にならない、というか居ないも同然のモンスターであり、冒険者達は偶に見かけるけど気付いたらどっか行ってるか死んでいる、くらいの認識をしていた。
さて、ではそんな『微精霊』を捕獲しろ、何て言われて冒険者がどう感じるか、と言えば。
「正気じゃねぇぞオラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
要するに、そういう事であった。
タクマの叫びが、ダンジョン中に反響する。
「全ッッッッッッッッ然! 捕まんねェ!!」
「と言うか捕まっても取れん……」
そう言いながら二人が振り回すのは虫取り網だ。
金属製フレームの大人用で、プラスチック製のそれとは比べ物にならない強度を誇る。
しかも『魔晶石』と『錬金』することによって魔化もしてあり、よほどのことが無ければ壊れることはないだろう。
が、壊れないだけで捕まえやすいとかそんなのは無かった。
「あー……マジでヤベェぞこれはァ……!」
現在、二人が居るのは地属性に特化したダンジョン───要するに、洞窟系ダンジョンである。
しかし、一口に洞窟系ダンジョンと言っても、以前『魔晶石』を取りに行った場所ではない。
あの場所には『精霊』は出現しないので、別のダンジョンだ。
さて、そんな洞窟の中で『精霊』を相手取りながら『微精霊』の捕獲を試みる二人であったが、やはりと言うべきか当然と言うべきか、全くうまく行っていなかった。
「どこだァ! どこに居やがるァ!」
まずそもそも見つからない、というのは『微精霊』が稀少な存在であるという事からも十分に想像が付くことであるが、実際に探してみると本当に出ない。
普段は割と結構な頻度で見かけている気がするのに実際に出現を望むと全然出ないあたり、物欲センサーの恐ろしさを感じる。
「ッ、そこだ!」
「マジか……って逃げるなクソがァァァァああああああああッッ!!」
タクマの視界の先で、白い光を放ちながら飛行する小さい人型が奥へ奥へと逃げてゆく。
『微精霊』は赤子である。
故に非常に弱く、脆く、戦闘の手段を持たない。
その自覚を持っているからであるのか、『微精霊』は冒険者の存在を感知すると逃げる。
とにかく一目散に逃げる。
しかしまぁ、別にそれだけならいい。
いくら逃げられるとは言え、ユウジとタクマはそれぞれ軽快な動きを得意とする近接攻撃職。
30と半ばになっても、その脚力は未だ陰りを見せない。
追い詰めようと思えば、追い詰めること自体は容易だ。
だが。
『!!!』
『!!?!??!』
「邪魔すんじゃねェ!!」
行く手を塞ぐのは地属性の『地小精霊』や『地精霊』共。
髭を生やした小人のようなそれらが、岩石や鉱石の塊を射出して攻撃し、地面を緩めて足を取らせ、砂で目くらませて来る。
それらが実に厄介なことこの上ない。
しかも『地小精霊』はともかく『地精霊』は『天使』と同格レベルのモンスターであるため、あまり無視することも出来ない。
数が増え、妨害と攻撃の手数が増えすぎれば、流石の二人と言えど危険である。
特に、たまに飛んでくる鉄の塊が本当に脅威だった。
数kg~十数kgもの質量が結構な速度で直撃すれば、骨くらいは折れるかもしれない。
そのため、道中で遭遇した精霊共は、出来るだけ狩っておきたかった。
「ふッ!」
『!????!!?』
「ナイス!」
ここで早速の活躍を見せたのが、ユウジの持つ『天剣』だ。
軽く、威力の高い『天剣』は、小さくすばしっこい魔法使いタイプの『地精霊』共を狩るのに最適な性能であると言えた。
「ッしゃあ!」
『!??!』
ここで逆に、不適切な性能であると言えたのは、タクマの拳であった。
ただしこれは『地精霊』に対して不適切というわけではない。
『微精霊』を捕獲するにあたって、拳という攻撃方法が不適切であったというだけだ。
と言うのも。
手甲、或いは脚甲を主武器とした肉弾戦メインの戦闘スタイルの場合、武器に刃物やその他特殊な武器が付加されていない限り、物理属性の打撃系ダメージがメインとなるわけだが。
ゲーム的な仕様として、或いは当然の物理として、打撃系ダメージには
そして『地精霊』はその見た目からも分かる通り、極めて軽く、非常によく飛ぶ。
つまり。
『!』
「…………あっ」
「え?」
ホールインワン、あるいはブレイクエース。
ピタゴラスなスイッチと言っても差し支えは無い。
タクマの蹴り飛ばした『地小精霊』は壁に叩きつけられたものの、角度が悪かったのかそのまま潰れずに跳弾。
視界の先で幾らかの『地小精霊』と玉突き事故を起こした後、『微精霊』を上から押し潰した。
『地小精霊』の死骸が消えゆく下で、『微精霊』の白い輝きが失われる。
死んだのだ。
「やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!?」
「何をやっているぅぅッ!!?」
これには流石のユウジも叫ばずにはいられない。
奇跡的な確率をよりによってこんな時に起こすんじゃない、という話であった。
「済まねぇ! 済まねぇユウジ! またやった!」
そしてタクマが『微精霊』を殺してしまったのはこれで1度目ではない。
タクマは既に2匹ほど、『微精霊』をそれぞれ別の方法で殺していた。
1度目は虫取り網のフレームの部分を強かに打ち付けて殺し、2度目は虫取り網に入れるまでは成功したものの、網から瓶に移し替える時に『地精霊』の奇襲を食らい、うっかり握り潰してしまったのだ。
「クソッ、何故だァ! 何故上手く行かねェ! どうして『微精霊』すぐ死ぬッ!?」
「『微精霊』が赤子だからだろう」
「うぐぐぐぐ……! 次だ! 次こそ成功させるゥ……!」
ダンジョンに潜ってから既に半日以上経過している。
『
成功する直前で2度も失敗しているのも、またその負担を加速させた。
流石に次は成功させたい。
そして早く帰りたい。
その一心で、大人たちは歩き続け、さらに一時間。
「ッ、居たァ!!」
「シャあゴラぁぁぁああああああああ!!!」
『??!!?!?』
漸く見つけた『微精霊』に、虫網を掲げて全力で突貫する。
その叫び声でタクマの存在に気付いた『微精霊』は、怯えた顔を浮かべて死に物狂いで逃走を始める、が。
「待ァてぇぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!」
鬼の形相をしたタクマは、行く手を塞ぐ『地精霊』や『地小精霊』を無視しながら、グングンと距離を近づける。
「おい……! ……いやまぁ、あれでもいいか」
タクマの単独特攻のおかげで、後ろから追従するユウジが全ての『地精霊』や『地小精霊』の相手をする羽目になっていたが、しかし『微精霊』を捕えられるならば良いかと、攻撃を回避しながら『地精霊』共を処理してゆく。
「うおおおおおおゲットぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
そうしてユウジが『地精霊』共を対処する中で、タクマが『微精霊』に虫取り網を被せ、地面に押し付ける。
網の中では白い光を放つ人型が暴れていた。
「いよぉし!」
タクマは失敗を繰り返す人間ではない。
真っ先に『微精霊』を瓶詰めしようとするのではなく、虫取り網を置いたまま周囲の『地精霊』共を先に殺してゆく。
「どうだ、捕らえたか」
そうして周囲の『地精霊』を粗方処理したところでユウジが追い付く。
「捕まえた! 周囲の警戒頼む!」
「了解した!」
ユウジにそれだけ告げて、タクマは虫取り網へ。
逃げられてはいないか、とほんの一瞬不安になるが、中では未だ『微精霊』が暴れている。
「もう失敗しねぇぞ……!!」
その言葉を体現するように、タクマの手つきは極めて慎重だ。
決して握りつぶさないよう、細心の注意を払って、虫取り網の中で『微精霊』を瓶に入れ、そして蓋を閉める。
キュッと音を立てて、瓶は中に『微精霊』を閉じ込めたまま、完全に密封された。
「よぉし!」
と、思いきや。
「……って、あ?」
タクマが改めて瓶の中を見るが、そこに居たのは『微精霊』ではなく……
「『地小精霊』だとォ!? ンな馬鹿な! 俺は確かに、『微精霊』を……!」
「いや、恐らくだが……属性を獲得したのだ、この一瞬で……」
タクマが膝から崩れ落ちる。
属性を獲得してしまえば、『微精霊』は『微精霊』ではない。
つまり、失敗である。
その後、ダンジョンからはドラゴンの鳴き声の如き慟哭が聞こえて来たとか来なかったとか。