現在時刻は月曜日の夕方。
学校には休みの連絡を入れ、俺は一人寂しく自宅待機をしていた。
そんな中、不意に固定電話が鳴る。
「はいもしもし」
『あ、岩井クンっスか!?』
「その喋り方はケンタ君だな。どうした」
『いやいやいや、どうしたはこっちの台詞っスよ! 何かあったんスか!?』
どうやら学校をいきなり休んだ俺を心配して連絡してくれたらしい。
何とも良い友人を持ったものである。
「少々込み入った事情があってな。今日は学校に行けんかった。明日以降は分からない。もしかしたら、暫く行けないかも知れないな」
『暫くって……テストは!?』
「分からん。行きたいっちゃ行きたいんだがな。行けないかも知れない」
というか、俺が行ったことで面倒事が起こられても困るしなぁ。
人が多いからこそ向こうも下手な動きが出来なくなるかも知れんが……さて、どうしたものか。
「あとお前に言ってた、冬休みの遠征についてだけどさ」
『あぁ、はい。それがどうしましたか?』
「アレ、中止ね」
『……はい!!?』
大音量がスピーカーから放たれ、俺は思わず耳を離してしまう。
『え、いや、何があったんスか!?』
「いやごめん。こっちで色々起こりすぎてさ。やっぱり俺の身内で行くことにした」
『そ、そうっスか……』
残念な声を出すケンタ君。
申し訳ないが、勘弁して欲しい。
流石にこの状況下で子供だけで遠征は無理だ。
「できれば、このことを希月さんにも言っておいてくれ」
『それは良いんスけど……ってか、そうなんスよ、その希月サンの様子が変だったんスよ』
「え?」
様子が、変……?
希月さんなら昨日会ったばかりだが、特に変わった様子はなかった。
強いて言うなら、図書館が開いてなかったから教会でウロウロするとか何とか……それが原因か?
『なーんか妙に落ち着かないって言うか、ずっとソワソワしてるって言うか……勉強自体は今日も教えて貰ったんスけど、ずっとブツブツなんか言っててめっちゃ怖かったっス』
「理由は分からないか」
『分からないっス』
まぁ、仕方がない、か。
彼女に連絡を取ろうにも、彼女は携帯を持っていないし、家電にかけたらご両親がアレだし。
図書館に行けば多分いるんだろうが……今の俺が単独行動するわけにもいかない。
「仕方ない。希月さんに関してはそっちに任せた。彼女、多分俺とお前以外に話せる人いないし……色々アレだったら俺の家に来てくれてもいい。彼女なら俺の家は知ってるはず」
『ウっス。そうさせてもらいます。それじゃ失礼します、色々、頑張って下さい』
「ん。ありがとな」
と、通話が終わる。
……しかしそれにしても、希月さんが、ねぇ?
それはそれで気になるが……先ずは父とタクマさんだよなぁ。
あの二人が帰ってこない事には何とも───
「ただいまー……」
「あー……帰ったぞ」
噂をすれば影が差す、か。
どうやら帰って来たらしい。
「お帰り。それで、『微精霊』は手に入った?」
「あぁ……これだ」
そう言った父が懐から取り出すのは、白く輝く人型の入った瓶。
うん、間違いなく『微精霊』だ。
「おっ、流石。けど大変だったでしょ。丸一日近くかかったんじゃない?」
「本当にマジで大変だったよもう!!」
俺が労おうとすると、タクマさんが頭を抱えて床に寝転んだ。
その顔には、確かにとんでもない疲労が浮かんでいる。
「ぶっ飛んだ『地精霊』で死ぬし! 虫取り網でも死ぬし! 瓶に詰める最中に握り潰しちゃうし! しかも瓶に詰める途中で『地小精霊』に変異するって何だオラぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「え、何それ───あー、いや、そう言う事か?」
ゲームにおいて、『微精霊』の捕獲は結構面倒だが、そこまで高難易度ではないものだった。
『精霊』の攻撃と妨害が厄介すぎるから先に『精霊』を処理する必要があり、その間に逃げられてデスポーンされるか、『精霊』に対する攻撃に巻き込んで死なれる、或いは『小精霊』に変異されるって感じだったが。
成程、こっちだと、虫取り網にも攻撃判定があるし、捕まえてから瓶詰にするまでにラグがあるから、そこで色々とトラブルが発生する、と。
『微精霊』を見つけるにしても、現実世界だから脱出からのダンジョンリセットとかできなかっただろうし……ってか脱出するためのアイテムもまだ取って来てないし。
うん、そりゃ丸一日もかかるわな。
「えーと、お疲れ。じゃあ、是非ゆっくり休んでもらって」
「勿論そーする。でも先ずは『錬金』が見てぇ。俺のこの血と汗と涙の結晶がどーなるのか、見てみたい」
「ん、それじゃあ早速、要望に応えて『錬金』しちまうか」
と言うわけで、早速やっていく……前に。
ホームセンターで買って来た魔力式発電機───魔力を注入することで電気エネルギーに変換できる優れモノ───を、分解して『魔導管』を取り出す。
ゲームなら特定の店の店員とのイベントを一通り消化した後、終盤手前に解放される特定ミッションをクリアして、ようやく購入できる代物だが。
こっちの世界だとこうもお手軽に手に入るとは。
事前の『魔法』に関する勉強が活きたところだ。
勉強していなければ、見過ごしていたかもしれない。
「はぁーん……真面目だねぇ」
「世界の命運がかかってるからね」
と言うわけで次。
「『魔晶石』×5で『一段階圧縮魔素』。更に×5で『二段階圧縮魔素』」
できるなら五段階くらいまでに上げておきたかったところだが、今は『魔晶石』が無いのでここで妥協する。
それから適当な『
これを二つ。
そして───
「『二段階圧縮魔素』、『魔導管』、『竜鉄』×2、『竜の心臓』で、『竜心核』」
正式名称はLv2が付くけど、そこは省略。
「それは……何だ?」
「見た感じは、ただの箱みてぇだが……そんなわけねェよな」
「大正解。まぁ、車で言う所のエンジン兼ガソリンタンクってとこかな」
「ふむ……では、それを使って、何かしら動くものを作る、と」
「当たり」
では早速答え合わせといこう。
「『泥』×2と『木人形』×1、『魔晶石』×2で、『ゴーレムの型(人型)』」
完成するのは、ただの粘土の塊……っぽく見えるモノ。
その用途は、名前からも大体察せるだろう。
「『ゴーレム』ぅ? 『ゴーレム』っつうと、遺跡系ダンジョンとかによく出るアレか?」
「そう。それの型。これを捏ねて自分だけのゴーレムを作れる。で、あらかじめ作っておいたものがこちら」
「うわなんか出て来た」
ゲームだとゴーレム造りはある種の遊びだった。
色々な制限こそあるが、その範囲で別ゲーとかアニメのキャラを再現したり、『ぼくのかんがえたさいきょうのロボ』を作ったり、色々と出来た。
ただまぁオンラインで使うとデフォルトの見た目に戻されるんだけどネ。
部屋主が設定弄れば話は別だけど。
閑話休題。
で、この『ゴーレムの型』を素材にして別の素材と『錬金』すれば、その見た目と同じゴーレムが作れるわけだ。
そして今回の俺が作ったゴーレムの型は、忍者っぽいデザインに仕立ててある。
ちゃんと色塗りまでバッチリだ。
「で、これに『竜心核』と『微精霊』。残りの枠に『泥』を突っ込んで、『ドラゴン・マッド・ゴーレム』……ッと」
釜に魔力を通した瞬間、バチン、と俺の体に電流に似た衝撃が走り、釜の中の物体との繋がりを感知できるようになる。
うん、成功だな。
「出てこい」
俺がそう命令すれば、泥で構成された人形が、独りでに釜の中から這い出して来た。
人型のドラゴンが忍者装束に身を包んでいるような姿のそれは、身長200㎝ほどもあり、頭は天井スレスレだ。
「マジか……こんなモンまで作れるのか……」
「苦労した甲斐は、ありそうだな」
「それはマジでよかった」
大人たちが感動している中、俺が頭の中で命令すれば、人形は即座にその体を崩し、俺の服の下に潜り込む。
「うおッ、消えた!?」
「消えたわけじゃない。俺の体に張り付く形で、休眠状態に入っているだけだよ。俺が命令すれば───」
ぞるっ、と。
瞬時に形を為したゴーレムが俺の目の前に現れる。
「とまぁ、こんな感じ。『微精霊』はコイツの人格……というかメインOSみたいな立ち位置に使われてる。今後はコイツを俺の護衛に据えたいと思う」
「そりゃいいんだがよ……強いのか?」
「いや? 弱いよ?」
何だか『ガーン』という思念が伝わってくるが、弱いものは弱いんだから仕方がない。
『竜心核』の補正込みとは言え、圧縮は二段階だし、主素材は泥だし。
Lvで換算すれば、30の前半、と言ったところだ。
『天剣』を装備した父や、万全のタクマさんには余裕で負けるだろう。
俺がサポートすれば二人がかりでも間違いなく圧勝できるが、そこはまた別の話。
……っていうかお前、自意識あったんかい。
無理矢理捕獲して来たけど、裏切ったりしねェよなお前?
……魔力的に依存してるからどう足掻いても逆らえない?
まぁそれもそうか……
しかし自意識があるにせよ、弱いは弱い。
まぁあった方が強いのは確かだが。
「えぇ……それは、大丈夫なのか?」
「鉄とか使った方が、強いのを作れたんだろ?」
「大丈夫大丈夫。泥にしたのには、ちゃんと意味があるんだから」
待ってろよゴーレム君。
すぐに君を魔改造して、バリバリ働ける泥戦士にしてやるからな。
……おい、何故怯える。喜べよ。
「まぁ、それはいいんだが……学校はどうするんだ、結局」
っと、本題はそこだよな。
「今日は休んだ。明日からは……どうするかって考え中。護衛も無事に作れたことだし、行っておきたいっちゃあ行っておきたいけど、怖いと言えば怖い。確率は低いとはいえ、どうしても賭けの要素は排除できない」
大丈夫だろう、という思考は、危険だ。
前世では免許も取ったことのある俺なら、わかる。
「そりゃあなぁ……ゴーレムが付いたからって言っても、リツト君の口ぶりじゃあ、ユニオンフォースまでは止められなさそうって感じ?」
「家の外ってことを前提にすれば、魔法使い・弓使いタイプがゼロかつ相手が三人以下で逃走可能。それ以外だと厳しいかな」
「ユニオンフォースにそれだけ持つなら上等だろ」
「あくまで予想だよ。他のユニオンフォースを見てないから、比較できない」
あの二人……上位職のLv50前後がユニオンフォースの標準として考えれば、俺の見積もり通りの結果になるだろう。
だがあの二人よりも強いのが来られた場合、分が悪い。
「俺が『魔法』を十分に使えれば話も変わったんだろうがなァ……」
現在の俺が使えるのは小中学生用の本に載っているものが一通り、その応用も一通り。
攻撃系や補助系などの有用な『魔法』は、まぁほんのり気持ち程度できるかな、くらいだ。
『魔法使い』の職業レベルに換算すれば、0.5と言ったところだろう。
「……そーいや、リツト君って魔力量はどれくらいなんだ?」
「7.2だ」
「ミコトちゃんと同じくらい?」
「全く一緒だ」
「……血の繋がりだねぇ」
7.2というのは出生時の魔力量測定結果だ。
体重とかと同じくらいの感覚でサクッと測定されるらしい。
で、それがどんな意味を持つのかと言えば。
Lvや職業によって魔力量……つまりMPなんてコロコロ変わっていたゲームとは違い、こっちの世界だと生まれた瞬間にある程度の素質が決定するのだそうだ。
そして、その素質に応じて魔力量の伸びも変わる。
勿論、個人差は多少あるので、それが絶対、と言うわけでは無いが。
しかし指標として適当であることは、統計が十全に証明しているらしい。
そしてそんな俺も、統計に沿うが如き結果を叩き出しているのだった。
ただまぁ、それよりもちょっとだけ、上昇幅は高いらしいが。
「うーむ……俺としては、別に行かないで構わないが」
「親父としちゃあそうだよなァ。息子、どうだ?」
「行っておきたい気分と、行かない方が良いのではないかという理性的な考えがある。特にテストは行っておきたい」
「テスト、なぁ?」
補習だの何だの、そうなれば諸々、面倒だ。
向こうは俺が身柄を狙われている、なんて事情、知ったこっちゃないだろうし。
「……そのテスト期間だけ、俺達が残るか?」
「残ったところで、という気もする」
「そもそもこの家自体が安全ってワケでもねぇしなァ……何かもう一つ、状況を決定付ける要素があれば───」
ピン、ポーン。
チャイムが鳴る。
俺は瞬時にゴーレムを収納した。
そうして、外部カメラの映像が映っているモニターに視線を移すと───
「…………希月さん、か?」
妙に焦った希月さんが、死にそうな顔でカメラを覗いていた。