俺は暫く、呆けた表情でいた。
何故居るのか、だとか。その表情は何だ、だとか。
そんな疑問がぐるぐると頭を駆け巡り、父親が椅子から腰を浮かせたところで意識を思考から引き戻し、俺が対応すると申し出る。
俺がモニターの前に移動する間も、彼女はしきりに周囲を見回していた。
様子がおかしい、というケンタ君の話は、確かだったらしい。
「……希月さん、か?」
『ッ、岩井君かい?』
バッ、と。彼女がカメラの方を向く。
その様子が、何だか痛々しい。
「一体、何があった? 穏やかじゃなさそうだけど」
『いきなりで済まないが、とにかく上げてくれないか?』
「……」
父に目線を送れば、任せる、と言わんばかりに目を閉じた。
……ならば、特に躊躇う必要も無い。
「わかった。ウチで話そう。ちょっと待ってて」
『あぁ』
ピ、と。ボタンを押して通話を打ち切る。
俺はすぐさま父とタクマさんの方へ向き、指示を飛ばす。
「父さん、タクマさん、『錬金』関連の物を隠して欲しい。釜自体は隠さなくていいけど、素材の類は隠して、ついでに何か談笑でもしておいて。この部屋は父とその友人が酒飲んでるって設定にするから」
「ああ」
「あいよ」
椅子から腰を上げ、素材を抱えて隅の方へ押し込み始めたのを尻目に、俺は居間を出て扉を締め切り、玄関へ。
ガチャリ、と。鍵を開けて外に出れば、外ではやはり挙動不審な希月さんが、扉の前で待っていた。
「……! あぁ、岩井君。元気そうで何よりだ。うん。いや本当に」
「そりゃあ元気だが……そっちはマジで顔色が悪そうだ。寒いし、さっさと中入って」
実際、今は12月だ。
まだ序盤ではあるものの、本格的な冬にはもう突入している。
陽が沈んだ今の時間帯は、手が悴み、息が白くなる程には寒い。
「お邪魔します。……うん、変わらないね、この家は」
「そりゃあね……あ、そこの部屋はダメね。父さんと友達がお酒飲んで上機嫌だから」
「あー……成程、積もる話もありそうだ」
いい具合に楽し気な声が漏れる居間を指差し、俺は階段を上れば、彼女は特に疑うわけでも無く、俺に続いて階段を上る。
そうして彼女を通すのは、俺の私室だ。
俺がいつもの勉強椅子に、彼女がベッドに腰かける。
「……はぁ、漸く人心地付けた気分だ」
「俺にはそうは見えないけどな」
希月さんの顔色は未だ悪く、視線は部屋と俺とをしきりに行き来している。
少なくとも、落ち着けてはいないらしかった。
「ケンタ君から幾らか話は聞いてるが……何が起きた?」
「そうだね。それじゃあ、単刀直入に言ってしまおうか」
目を瞑り、深呼吸を一つ。
そうして力強く目を見開くと、彼女はあまりにも衝撃的な告白を俺に叩きつけた。
「つい先日、私は前世を自覚した」
「何……?」
前世。
そう聞いて、俺が嫌でも思い出すのは、あのクソッタレな世界。
恐らくこの世界の上位に位置する、『向こう側』だ。
そして、この世界の元となったであろうゲームが存在する場所でもある。
まさか、希月さんも俺と同類なのか……?
そう考えた俺は警戒心を強め、いつでもゴーレムを展開できるよう、備えた。
「……そんな顔をしないでくれ。荒唐無稽に聞こえるだろうが、大真面目な話なんだ」
どうやら表情から滲み出ていた警戒を、前世と言う単語への不信と読み取ったらしい。
苦笑いのような表情を浮かべた彼女が、繕うように言葉を重ねる。
……言われてみれば、その通りだった。
前世、だなんて。普通に考えれば有り得ない。
にも拘らず前世の有無でなく、出身と経歴を先に考えてしまったのは、確かに不自然と言うものだった。
「まず前提として、極めて限られた場合だが、前世の記憶を保持しているケースは有り得なくない、という事は認識しておいて欲しい」
「『魔法』だな?」
「ご明察。流石は岩井君だ。『魔法』の極意の一つには、人の魂さえ操るものもあると聞く、恐らくはそれによるものだろう」
「……まぁ、そうだな。確かに、聞いたことはある」
まぁ確かに。ゲームにもフレーバーテキスト的にはそんなことも出来そうな『魔法』もある。
と言うか『
魂に干渉する術があるのなら、それを発展させれば転生にも応用は出来るだろう。
……が、そうであるとするなら、彼女の前世は俺と同じ異世界でなく、この世界の中ということになる。
それはそれで良かったと言えばいいのか、もっとヤバい厄ネタが待っていそうだと悲観すればいいのか……さて、どう転ぶだろうか。
「それで……詳しく頼む」
「あぁ。前世の存在を知ったのは、昨日だ。……いや、正確な時間は分からないから、日付的には今日かも知れないんだが」
「どちらにせよ、直近ではある、と。……ふむ、挙動不審だったのはそれが原因か」
「そうなるね。……いや、情報量がちょっと、洒落になってなくてね……」
「前世の記憶を流し込まれた感じか?」
「いや、そういうわけじゃない。感覚的にはちょっとだけ体験したくらいのものだ。感覚のハッキリとした夢……いわゆる、明晰夢、と言う形でね。」
明晰夢、か。
成程、だから正確な時間は分からない、と。
「夢のきっかけは教会にある。それは間違いない。確実に」
「確実に、か。断言するんだな」
「それ以外に考えられないからね」
どうやらそのことに関しては一切の疑いを持っていないらしい。
確かに、普段と違う行動をしてみた結果そうなったというのなら、そうなのだろう。
「私は教会で幾らか説教を聞いている間から、何か良く分からない違和感のようなものを覚えていたんだ。焦燥感と言うか、不安と言うか、そんな感じの何かを、歯に何かが張り付くような不快感と共に覚えていた」
「……それで?」
「違和感を拭えないまま家に帰り、寝た。そうして件の夢を見た。その夢の中で…………あー、私は何度も殺された」
「は?」
何度も……?
何度も、って言ったか?
「大体は、刺殺だった。下手人は良く見えなかったが、胸や首にこう、ね」
「いやお前、明晰夢って事は……」
「……ご明察だよ、本当に。文字通り、死ぬほど痛かった」
嘘だろ、と。俺は戦慄する。
刺殺された痛みを、命の失われる感覚を、何度も?
死因こそ違えど、俺は1回だけでさえ気が狂いそうだったのに?
「お前……大丈夫なのか?」
「私がそう見えるかい?」
「……見えない。満身創痍って感じだ」
改めて彼女の顔を見れば、髪はボサボサだし、肌は艶が無く、顔色は死人のよう。
あの挙動不審な様子と合わせて、少なくとも、とんでもない精神的負担はあるらしい。
……逆に言えば、その程度で済んでいる、という事なのだが。
「いや、うん。気が狂うかと思ったよ、本当に。深夜に目が覚めたんだと思うが、存在しない致命傷の激痛に悶え苦しみ、数時間以上もシーツを噛んでじっとしていた。ショック死しなかったのは不幸中の幸い、とでも言えるだろうが、気絶も出来なかったのは大変だった」
「…………そうか…………」
俺の額に脂汗が浮かぶ。
彼女の苦痛は、俺も理解の及ぶところだ。
生まれて間もない頃は、俺だって何度も死の幻影に苦しめられたのだから。
「……やはり、この話を君に持ってきたのは正解だった」
「何……?」
「今の反応で確信した。君も、私の同類だな?」
……あぁ、うん。そうなるか。
今の彼女の話に、同情でも憐憫でも無く、理解と共感を示せば。
「……その通りだよ、希月さん。尤も、俺はこれが2度目だけどな」
「だが、記憶は鮮明らしい。少なくとも、前世の両親を思い出せる程度には」
「そこがヒントになっていたか……」
成程、確かに。
少なくとも今世の俺の父は、あれらのようなクズとは違う。
にも拘らず、彼女の今世の両親のような人間の下で暮らす苦労に、理解と共感を示すなど、やはり不自然極まりない、か。
「はぁー……今度こそ漸く人心地付けた。君が友人で良かったよ、いや本当に」
「それはどうも」
そう言ってベッドに寝転ぶ希月さんは、どうやら本当に安心しているらしい。
ぐったりと、全身から力が抜けているのが分かる。
「で。単に俺が同様に前世を持っているっぽいから、と言う理由だけで尋ねたわけでも無いだろ?」
「んあぁ……その通りだ」
ぐぐっと、彼女が上体を起こす。
「私は記憶こそ継承していないが、三つ子の魂百まで、とあるように、大体の私は恐らくオリジナルであろう私の性格やら何やらを踏襲しているらしい」
「まぁ、だろうな」
でも無きゃ中学生でこんな精神の成熟した人間にはならないだろう。
「好奇心旺盛で知識欲に溢れ、魔法の知識に貪欲。性別やら何やら差異はあるが、そこは一致していた。で、そんな私の所に刺客がやって来て、私は殺されるわけだが……中盤辺りだったかな、その辺りから、死の間際の私が次の私へとメッセージを残し始めた」
「……まぁ、死の間際の記憶が継承されると理解していたからだろうな」
「あぁ。とは言え残し始めるのは死に始めてからだし、言語もバラバラだし、正直なところ痛みとか苦しみとかに耐えるのに精いっぱいで、それどころじゃなかったんだが……終盤近くになって、漸く近代的な英語のメッセージがあってね」
「ふむ」
「日本語に翻訳すると、『メーティスは殺された』とのことだった」
彼女がそう言った瞬間、俺は椅子から立ち上がっていた。
「マズいな、オイ……」
俺の予想の斜め上どころか別次元に話が飛んで行った気分だ。
前世云々とか、もうどうでもいい。
「やはり、心当たりが……」
「いいか、希月さん。その話は俺以外に絶対するな。その名前は二度と出しちゃいけない。誰かに言われても、聞かれても、惚けろ。知らない振りをしろ。反応するな」
マジでヤバい、どころじゃない。
メーティスは、殺された……?
彼女はこの言葉の意味を理解できなかったようだが、俺には分かる。
そして恐らく、前世の希月さん達も、理解しているからこそこのメッセージを送ったのだろう。
知っている奴がいる。
知っちゃいけない事を知っている奴が居て、やってはならない事をやった奴が居る。
「だったら『聖剣』のあのザマにも納得がいく。折れたんじゃなくて、折ったのか」
「……岩井君……?」
希月さんが心配そうにこちらを見る。
しかし申し訳ないがそれどころではない。
正直なところ、今の情報は爆弾どころではない。
核爆弾さえ生温く感じる。地球破壊爆弾でトントンだ。
今の情報が、前世の希月さんが言っている事が正しいとするのなら。
『禁忌』は、既に解き放たれている。