理論上、『聖剣』は錬金で作れる 作:POTROT
「止まれ。そのままだ。動くな。力を抜くな」
息子が、危険なことをしている。
状況を理解したユウジは、何をするよりも先にリツトへそう声をかけた。
ユウジがリツトの手の上から剣を握ると、大人の力で引き揚げられた剣はするりと釜から持ち上がる。
そのまま、ユウジはリツトから鉄の剣を取り上げた。
リツトは抵抗せずに手を放し、鉄剣の重みが完璧にユウジの手に伝わる。
「……ッ」
元々冒険者として剣を振り回していたユウジであるからこそ、その一瞬で分かった。
この剣は、間違いなく本物。それもよほどの上物である、と。
そう理解したユウジは剣を即座にその場にあったタオル───リツトが石の剣の緩衝材に使っていたもの──を巻き付けた。
「俺が良いというまで、動くな」
「分かった」
リツトにその場から動かないよう指示し、ユウジは急いで自身の部屋のクローゼットを開けた。
かつて冒険者をしていた時代の装備が、保管されている場所だ。
かつての栄光の記録が、未だに錆び付くことなく鈍い輝きを放っている。
ユウジは剣の数を検めた。
一本でも少なくなっていてくれ。
心の中でそう思いながら、一本一本、かつての思い出をなぞるように取り出し、いよいよ一本の欠けも無い事を認めた。
「……お前、何をした?」
リツトの元まで帰ったユウジは、変わらぬ様子で待っていた息子にそう問うた。
自分が思うより何倍も硬い声が出て、しかしそれにも気付けない程に、ユウジは緊張していた。
「錬金だよ。錬金でしかない」
リツトは極めて落ち着いていた。
そこには緊張も無ければ、焦燥も無い。
ただ少しだけ、罪悪感だけが感じられた。
「……普通にやるだけで、こんなものは作れない。消えている砂鉄を使ったのなら、猶更だ。砂鉄は剣ではない。お前は何をやった? 何を知っている?」
剣は剣でしか作れない。
そういうものだとされている。少なくとも、錬金という手段では。
砂鉄を錬金すれば鉄が作れる?
そんなわけがない。砂鉄を錬金したところで、作られるのは粉状の何かだ。そのはずなのだ。
だが、空になった容器が転がっている今の状況に、確信めいた何かを覚えずにはいられない。
「大体のことは、知ってるよ」
諦めたように、リツトは声を吐く。
「詳しく言え」
体の内側が冷たくなる。
しかし声は震えない。
それどころか、全身の感覚が鋭敏になり、思考は加速する。
この感覚に覚えはあった。
かつて潜ったダンジョン、その中で、仲間の死を認識した時によく似ているのだ。
「『歴史』」
「歴史……?」
「『業』『設計図』『真実』『禁忌』『災厄』『神』…………それから、『向こう側』」
単語が俯いた息子の口から飛び出す度、拳を握る力が強くなる。
口調は非常に穏やかで、普段と変わらない。
だからこそ、恐ろしい。
「どれから聞きたい?」
息子の瞳が、父を見る。
何も変わらない。
昨日の夕飯を食べた時とも、今日の朝に見送られた時とも、何も。
極めていつも通り、いっそ気味が悪いほどに、息子は息子のままだった。
「……いつから、知っていた」
まるで無意識に、自分でそう聞こうと思ったわけでもなく、自然に口が動いた。
やはり変な確信が、ユウジの中にはあった。
「生まれた時から。……いや、生まれる前からかな」
「………………そうか」
ユウジはソファに座り込む。
全身から力が抜け、立とうとする気になれなかった。
「………………」
「………………」
沈黙の時間が続く。
カチ、カチ、カチ、と。
時計が秒針を刻む音だけが妙に響く部屋の中で、一分が経ち、二分が経ち、三分が経った。
「……何も、言わないのか?」
沈黙に耐えかねたように、リツトが聞く。
「言うことが無い」
「いや、あってよ。親として」
「……もっと早く言え」
「それでいいのか親……」
どっかとその場にリツトは座り込む。
多少疲れが滲んでいるようだったが、やはり表情は変わらない。
「……納得した」
「何に」
「俺が、子育てに成功した理由にだ」
「そりゃあまぁ、ねぇ?」
子供が子供では無かった。
それだけの話だ。
だからまぁ、何だという話ではあるのだが。
「……ところで」
「ん?」
「結局、どうやってこれは作った」
「あー……『レシピ』通りに作った」
「『レシピ』」
聞き慣れない単語に、ユウジは目を瞬かせる。
いや、単語を聞いたこと自体はある。
その言葉の意味自体は、ユウジも理解しているつもりだ。
何せ一時期……妻に先立たれて暫くは、自炊のために料理の勉強もしていたのだから、レシピ本も幾つか買ってあったりする。
だがしかし、錬金という分野における『レシピ』とは、聞いたことが無い。
「要するに、決められた結果を確実に出力できる組み合わせだよ。例えば今回のだと、石の剣と鉄を三つ組み合わせたらそれが出来るって決まってるの」
「そうなのか。砂鉄だったが」
「そこが俺にも良く分からなくてさ、出来るだけ多く集めたらそうなった」
まぁ確かに。
言われてみれば妙にデカくはある。
「ちなみに俺の最終目標は『聖剣』を作る事なんだけど。あと数年か十数年以内に作らないと世界が滅ぶからよろしくね」
「そうか……………………………………………………………………………………ん?」
タオル越しにしげしげと剣を眺めていたユウジの思考が、はたと止まる。
何か今、とんでもない事を言われた気がする。
いや、絶対に言われた。
「『聖剣』で……世界が、何だと?」
「あれ、聞いてなかった? でもまぁ大事なことだから何回でも言うね。あと数年か十数年以内に『聖剣』を作らないと、世界終わるから。それも結構高めの確率で」
「何を根拠に……」
ユウジはそれを言いかけて、止めた。
ついさっきそれをカミングアウトされたばかりだったのを思い出したからだ。
「マジか」
「割とマジ。まぁ近いうちに来なくても、いつか来るのに『聖剣』が折れたままだと確実に詰むからね。知ってる俺がやらないと」
「……誰かに任せることは、出来ないのか」
「やってもいいけど……情報が広まってどこかで『錬金』を悪用する奴が出たり、思い付きで『禁忌』を破るような輩が出たら、こっちが『垣間見える世界』みたいになるよ」
「…………あの惨状は、『錬金』が原因なのか」
「薬も過ぎれば毒となる。そういう末路を辿ったんだよ」
言っていることは、荒唐無稽であるが。
しかし何でも無さげに、淡々と事実を述べる息子の姿は、どうにも嘘を吐いているようには見えない。
ユウジの背中を冷たい汗が伝う。
「……お前、それ、俺に伝えて、どうしろと?」
「あー………………仕事辞めて、冒険者に戻って♡」
「…………………………………………………………………………………………マジか」
岩井ユウジ。一児の片親。
三十台も後半に入ったところで、またも人生に転機が訪れたようであった。
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