理論上、『聖剣』は錬金で作れる 作:POTROT
色々とぶっちゃけた翌日。
俺が家に帰ると、そこには既に父の姿があった。
非常に珍しい事にジャージを着用しており、手には万に一つも無いようにと、鞘がガチガチに固定された剣を握っている。
「ただいま。その様子だと、仕事は辞めれた?」
「いや、流石にすぐには無理だ。今月いっぱい。そうなった。それ以降は、有休だ」
カレンダーを見る。
今日は11月21日。今月いっぱいとなると、あと九日程度だ。
すぐには無理、と父は言ったが、九日は普通にすぐの範疇では?
休日も含めれば、もっと少ないだろうし……
「最後の仕事とか、色々あるんじゃないの?」
「……仕事は、同僚に任せた。それより、鍛え直そうと思った。時間は、そう無いのだろう」
「そりゃあそうだし、有り難いけど……」
「お前の事情に比べれば、些事だ」
そう言うと、父は庭に出て、剣を振り始める。
ビッと、空気が裂ける音がした。
……本当に、良い父親だよ。
クソみたいな親を持っていたことがあるから、良く分かる。
────と、いうわけで。マイファーザーの脱サラ冒険者再デビューが決定したわけであるが。
しかし若い肉体とパートナーであったマイマザーを失い、長いブランクを経た今の父が、たった十日間の錆落としをした程度で単身で迷宮に突っ込ませるのも、少々酷であろう。
「なので今から錬金でダンジョン攻略を滅茶苦茶楽にしてやりたいと思います。そのための材料を、そこの商店街で買い揃えました」
錆落としを切り上げた父親に、買い物袋を見せつける。
「……何を、作る気だ?」
「聖水だよ」
「教会のか」
「あれは『恩寵の聖水』って言って、ちょっと違うヤツ。俺が今から作るのは『破邪の聖水』」
もっと正確に言えばLv1とか付くけど、そこは省略。
「……違うのか」
「『恩寵の聖水』の効果が色々な弱い効果を兼ね備えるのに対して、こっちは対死霊・アンデッドに特化させたって感じかな」
『恩寵の聖水』は、浄化のみならず、回復や儀式に使用出来たり、対アンデッドにも使えたり、所持していると取り敢えず便利な感じの効果があるが、どの効果も最低ランク。
教会に行けば無料で貰えるだけあり、正直言って最序盤でしか使い道がない。
父のレベルがどんなものか、現実世界になったこの世界では判断しかねるが、しかしあの雀の涙よりも小さい回復量では、回復薬としての役割は期待できまい。
かと言って他の役割に使おうにもやはり弱すぎる。
ので、作る。
「というわけで、まずは聖書を切り刻みます」
「どういうことだ」
「『破り取られた聖書のページ』が材料の一部だから」
「えぇ……」
『破り取られた聖書のページ』は、ゲームでは『ゴーストシスター』や『ゾンビプリースト』、『迷う者』のようなモンスターが落とす素材だ。
フレーバーテキスト曰く、『破り取られた本の1ページ。ひどく読み難いが、辛うじて元が聖書であったことが読み取れる』とのこと。
本来であれば、対死霊・アンデッド系の対策が出来た後にそいつらを倒し、それから初めて手に入る素材であるが。
俺は思った。この現実となった世界なのであれば、もしかして、聖書を切り刻めば行けるんじゃね? と。
そうと決まれば即行動。俺は購入したばかりの新品の聖書のページをハサミで根元から切り取ってゆく。
「まぁまずは1ページ分だけで十分だろう。これと水とビン、塩と月桂樹の葉を突っ込んで、錬金!」
「……いいのか、これで……?」
聖書はその辺の書店から。水は水道水。ビンは百均。塩と
値段にして約5000円、聖書の値段を総ページ数で割れば300円くらいの、超お手軽激安レシピである。
さて、結果の程はどうだろう。
「良し、出来てるな!」
錬金釜を開ければ、中にはしっかりと、瓶詰めされた液体が入っていた。
この瓶に施された装飾を俺が見間違えるはずもない。
ゲーム序盤で死ぬほど世話になることになる初心者救済アイテム、『破邪の聖水』である。
「いいのか、こんなので…………?」
「いいんだよ、こんなので。『錬金』なんて元々人類が人類に都合のいいように作ったシステムなんだから」
「そうなのか?」
「だって、考えてもみてよ。明らかな既製品が出て来るんだぜ? どっからどう考えても人間の基準を参照して出力してるだろ」
「…………そう言われれば、そうだな」
ペンを入力すればペンが出力される。
剣を入力すれば剣が出力される。
そして『ペン』や『剣』は自然物ではなく、人間が作り出したもので、人間がそう定義づけるものの総称だ。
それはつまり『ペン』や『剣』という人間が作り出した概念を、『錬金』の方が認識しているという事で、その事実は人間が『錬金』を作り出したという証拠になる。
「まぁ、だからこそ『禁忌』があるんだが」
「……そういえば、そんなこと、言っていたな」
「詳しく聞きたい?」
「……やめておく」
「それがいいよ」
まぁ、今ではきちんと対策されているから、やろうと思わなければできないけど。
その気になれば、一瞬で世界を終わらせられる、とんでもない行為だ。
「さて、それじゃあ次のブツを作るか」
「……まだ、作るのか」
「一応ね。まぁないよりはあった方が良いヤツ」
用意するものは先程の錬金でも使った『破り取られた聖書のページ』に塩と
「……作ったばかりの物も、入れるのか」
「まぁね。どうせ中間素材だから」
どうせ300円ちょっとで作れるし、この後にも何個も作るから問題は全くない。
しかもこの場合、中身だけ突っ込んでビンまで突っ込む必要はないので、約100円分が浮く。
有り難い事だ。
で、今言った素材を錬金釜に突っ込むと出来るのが。
「はい、『ボロの霊衣』完成」
「……霊衣」
「アンデッドとか死霊とかから食らう攻撃を軽減してくれる優れモノだよ。それ以外にはタダのシャツだけど」
「こんなに、簡単に作れるのか」
「クソ弱いからね」
「………………」
ゲームだと序盤でアンデッド系ダンジョン攻略のために一、二回着るかなってくらいで、すぐに錬金して上位互換の装備に変えられるタイプの代物だ。
何ならすぐに装備屋の店頭に格安で並ぶ。
まぁ、この世界だとどうなるかは分からないが。
「…………しかし、錬金がこれくらい簡単なら、今までに誰かが作っていそうなものだが。……聖書を切り刻み、入れるのは、置いておいて。他にも色々、あるんだろ?」
「どうなんだろうね。流石に誰も作ってないはありえないと思うけど、公表してないのか、気付かなかったのか……他の何かがあるのか」
ゲームとは違って現実世界だからな、ここは。
技術の独占、みたいなことが起こっていても、不思議ではないと思うが。
「ま、兎にも角にも、取り敢えず作るのはこんなところかな。あとは『破邪の聖水』を作れるだけ作るとして……なぁ父さん、早速だけど、今週末とかに遠征を頼んでいい?」
「……何処だ?」
「どこでもいいから弱めの死霊・アンデッド系ダンジョン。そこで素材を出来るだけ一杯取って来て。雑魚ダンジョンの死霊系モンスターは『破邪の聖水』一発で溶けるから。剣に振りかけて使ってもいいよ。あ、『ボロの霊衣』は着ておいてね」
「………………………………わかった」
死霊系は攻撃を通す手段が無いと太刀打ちできないってだけで、HPはカス以外の何物でもない。
しかしそういった手段を入手してからの挑戦が前提なので、弱さの割に経験値と報酬がおいしかったりするわけだ。
だから最序盤はダンジョンで魔法攻撃系の使い捨てアイテムを集めて『ゴーストシスター』を狩り、『破り取られた聖書のページ』を集め、『破邪の聖水』を作って、その『破邪の聖水』で『ゴーストシスター』を狩り、『破り取られた聖書のページ』を集め……を繰り返すのが鉄板だが。この世界であれば、幾らでも『破邪の聖水』が作れる。
となれば、やることはもう一つしかないというものだろう。
俺は自らの口角が吊り上がることを、こらえることが出来なかった。