理論上、『聖剣』は錬金で作れる 作:POTROT
「じゃあ、行って来る」
「はい、行ってらっしゃい。不意打ちとかは気を付けてね」
「善処する」
週末。ユウジは車を出し、息子に指示されたダンジョンへ向かった。
一時間ほど離れた場所にある、小規模な死霊・アンデッド系のダンジョンだ。
久々のダンジョン攻略。
かつてはダンジョンで剣を振り回して生計を立てていたユウジであるが、その心中には不安が渦巻いていた。
あの時とは違い、妻もいなければ若い肉体もない。
強い装備の類も、冒険者を引退すると決めた時に売り払ってしまった。
一応、息子に作ってもらった聖水やら霊衣やらはあるにせよ、それを上手く使いこなせるかどうかはまた別問題というものだ。
勘も鈍っているだろうし、不意打ちにも対応できるかどうか……
などと、内心で結構な不安を抱えていたユウジであったが。
ダンジョンに突入して数分後には、もうそれが完全に杞憂であったことを理解する。
「!!?!!??!?」
聖水を振りかけた剣を霊体に一振り。
特に手応えらしい手応えも感じず、ジュッと明らかにヤバそうな音を立てて蒸発した。
足元に落ちる戦利品だけが、先程までそこに霊体がいたことを示していた。
「ゔぁ……」
聖水を振りかけた剣でゾンビを切りつける。
適切な方法で倒さなければ何度も蘇ることで有名なその怪物は、まさにそれこそが正攻法であると言わんばかりに、たった一刀の下に完全に死んだ。
足元には、やはり戦利品が落ちている。
「「「「……!?」」」」
聖水の中身をスケルトンの群れに投げ込む。
砕け散った瓶から水滴が飛び散り、一瞬で群れの半数以上を消し飛ばした。
残りも、聖水剣で一瞬だ。
……いや、強すぎないか?
ユウジは未だに手元に大量に残されている聖水の効果に戦慄した。
あれだけ簡単に量産されている場面を見ている分、よりいっそう恐ろしかった。
しかしその恐怖もすぐに薄れる。
ある可能性に気が付いたその衝撃が、別の恐怖を呼び起こしたからだ。
───このダンジョンは、『破邪の聖水』の所持を、もっと言えば『破邪の聖水』の錬金を前提に作られているのでは?
このダンジョンに、『破邪の聖水』というアイテムがガッチリと嵌りすぎている。
まるでパズルのピースがぴったりと収まるように、このダンジョンの攻略という観点で見た時、『破邪の聖水』は余りにも効果的過ぎた。
この『破邪の聖水』は、恐らくこのダンジョンにおける『正攻法』なのだ。
そんな風に感じられて、たまらない。
そうなると、気になる事がある。
───何故今まで、俺はこの聖水の存在を知らなかった?
───何故誰も、今までこの聖水を用いた攻略を行わなかった?
───何故、この聖水の『レシピ』は、誰にも発見されなかった?
息子は確か、『錬金の出力は人間の基準を参照している』と言っていた。
だからこそ、既製品も出現するのだ、と。
そしてユウジも、それに納得した。
だが。
だとするなら、この『破邪の聖水』も、既製品として存在しなくてはならない。
もっと言えば、それは『人間に製作できるもの』であるはずなのだ。
にもかかわらず、『破邪の聖水』は一度として市場に出回らず、誰の耳に入らなかった。
それは明らかにおかしい。
何故なら、ダンジョンの攻略と解明は全人類共通の目的であるはずだ。
使える手段は何でも使われるべき。そうやって今までダンジョン攻略は進んで来た。
教会が、『聖水』の製法を門外不出としている可能性は、限りなく低いだろう。
あそこの教義はダンジョンの存在を赦していない。
『聖水』一つでダンジョンを容易く滅ぼせるなら、すぐにでもそうしているはずだ。
「あるな。尋常ならざる『事情』が」
ユウジの視点から見て、『錬金』周りには不自然が多すぎる。
リツトが語った『禁忌』やら『神』やらそう言うのを抜きにした上で、『レシピ』が周知されていなかったり、『破邪の聖水』が普及しなかったり。
36年を生きて来たユウジの常識から見て、健全な発展を遂げているとは、どうしても思えない。
そして恐らくそれは、息子ですら把握していない『何か』だ。
息子は誰かが作りはしたものの、公表しなかったのか、気付かなかったのかと言っていたが。
そう断言してもいい。
人の口に戸は立てられない。
絶対にどこかで気付かれ、広まる。
しかし、そうならなかったのだから、そこには確実に何らかの理由が存在する。
そのはずなのだ。
「……俺に出来ることは少ないが……」
ユウジは己の身の程を弁えている。
体を動かすのは幾分か得意であるが、頭を使うのには向いていないし、他人との会話も苦手だ。
出来ることよりもできない事の方が、圧倒的に多い。
だからこそ、他人を頼るという事を覚えた。
かつての妻も、友も、そうして作ったものだ。
自分には出来ることが少ないから、助けてくれ、手伝ってくれ。
そう頼んで、頼んで、頼み込んだ。
何度も何度も足を運び、何度も何度も頭を下げて、頼んだ。
そうしているうちに、ユウジは人脈と呼ばれるものを手に入れていた。
息子が生まれ、妻が死んで、冒険者を引退してから、殆ど連絡を取っていなかったが。
冒険者を再開し、人生を懸けるに足る目標も出来た。
ならばもう一度、頼れるところを頼ってみよう。
『錬金』や『レシピ』について相談しても、問題ない人物がベストだが……
「……まずは、こっちが先だな」
剣を担ぎ直し、『聖水』を用意して、ユウジはダンジョン内を再び歩き始める。
息子に言われた通り、材料を持ち帰れるだけ持ち帰らねばならない。
とはいえ、手に入るものと言えば、先程から腐った肉とか臓器とか骨とか、物質なのか物質じゃないのか良く分からない代物ばかりであるのだが。
これもリツトなら錬金素材にしてしまうのだろうなぁ、と。
そんなことを半ば諦観気味に思いながら、『聖水』でアンデッドどもを薙ぎ払う。
「……ふむ」
落ちた素材を回収している所に背後から音なく忍び寄って来た死霊を消し飛ばす。
不意打ちに対応できるかは不安であったが、体に染みついた危機察知能力は早々失うものでも無いらしい。
背後に落ちた球状の物体も回収し、さらにダンジョンの奥へ。
そうしていよいよ『聖水』の残りも少なくなって来た、という頃合いで辿り着いたのは、ダンジョンの最奥、ダンジョンマスターの広間だ。
奥に待ち構えるのは、ローブを纏った魔術師然とした骸骨。
屍鬼ワイト。魔法を使うアンデッドとして有名なそのモンスターは、ユウジが広間に足を踏み入れた瞬間に起動し、魔法陣を幾つも起動させ、次の瞬間には頭蓋の頂点から骨盤までの正中線を、真っ二つに割られていた。
肉と皮のないその顔で表情を作ることは出来ないが、大口を開けて倒れるその姿からは、状況を全く理解できていないであろうことが読み取れる。
そうして何をすることも無くこの世から去った迷宮の主が遺したものは、宝石細工の施された指輪と首飾り。
「………………」
これも錬金素材として使うのだろうか。
拾った指輪と首飾りを見ながらそんなことを考えて、ユウジは来た道を引き返すのだった。