「今から帰る」
色々と金で買える素材を用意しながら休日を過ごしていた俺に、そんな電話がかかって来たのが約一時間前。
家の駐車場に車が帰ってくる気配を感じたのは、夜の八時を過ぎた頃であった。
いやはや待ちくたびれた。
父の持って帰って来る素材がどんなものか、楽しみで楽しみで仕方が無かったのだ。
今回の錬金で『聖剣』のチャートが進むことはないが、しかし素材は多ければ多いほどいい。
さて、一体どんな素材を持って帰って来てくれたのだろう。
そんな風に心を弾ませながら俺は玄関に向かい、ウキウキとした表情のまま扉を開けて───
「ぐぉぉぉぉおおおおおッ!!?」
直後、そのことを滅茶苦茶に後悔した。
臭 す ぎ る !
鼻が曲がりそう、とはこういう事なのだろう。
もはや鼻が痛覚さえ訴えて来た。
これはヤバい。マジでヤバい。
「……近所迷惑だぞ」
「近所迷惑はどっちだ……! 臭いで近所から苦情が来る……! と、とにかく早く家の中に……!」
「……………………そう言えば、嗅覚が機能しなくなっていたのだった」
鼻をつまみ、鼻声になりながら叫ぶと、父はそんなことを言いながら小走りで家に入る。
完全に失念していた。
この世界はリアルになったのだ。
当然、素材は物質としてこの世界に存在する。
だから、『腐った肉』やら『発酵した脳髄』やらと言った素材も、物質としてこの世界に存在するわけで。
それらが悪臭を放っていないわけがない。
ここに関しては、そのことを考慮していなかった俺も悪いな、うん。
が、それはそれとして。
やはり臭いものは臭い! 臭すぎる!!
こんなものをずっと乗せて運んできたとか、走る公害か?
「クソ、こんな臭いものを放置しておけるか……! さっさと錬金して消費してやる……!」
「……頼む」
部屋に臭いが移る前に速攻で片付ける。
というわけで即座にトイレ掃除用のゴム手袋とマスク、合羽で俺の体と服を防備し、床に敷いたブルーシートの上に素材を並べてゆく。
ええと、持ち帰られた素材は……『腐った肉』と『人骨』、『微霊の残滓』が大量、『頭蓋骨』が一つ、『発酵した脳髄』を始めとした臓器系が一通りと幾らか。『球魂』が少量に……
「へぇ、『屍鬼の指輪』と『屍鬼の首飾り』!」
「ダンジョンマスターだったワイトから落ちた」
「いや素晴らしい……!」
成程、これが一発で落ちてくれたのは僥倖だ。
大量に『聖水』を作った甲斐があったな。
後々の事を考えるとこれらも回収する必要があったし、これで今後が幾分か楽になった。
……なんて喜んでる場合じゃねぇ! 今はとにかくこの臭いをどうにかするのが先決!!
「まずは『腐った肉』から消費するぞ! 『腐った肉』×5で『腐った肉塊』! これを作れるだけ作る! 余ったものはランダム錬金に回して処理! そうしたら『腐った肉塊』を残り一つ残して『微霊の残滓』×4と錬金! 『念玉』!」
完成するのは、9つのどす黒い赤の球体。
呪詛系の道具や装備の制作に欠かせない中間素材だ。
表面は硬質的でつるつる。
臭いがしないのが素晴らしい。
「最後に残った一個は『人骨』×3と『頭蓋骨』と錬金! 『悪趣味な人形』!」
骨と肉をこねくり回して作られたような、ブクブクとした赤い人型が釜の中に誕生する。
こんなもの取り出したくもないので、直接次の錬金だ。
「『悪趣味な人形』、『発酵した脳髄』と『完熟心臓』に『球魂』をリサイクルショップで買って来たぬいぐるみと共に投入して錬金! 『身代わり人形』!」
こうして出来上がるのは、山羊を模した可愛らしい人形。
致命傷となる攻撃や拘束系の攻撃を食らった際、代わりに消費することでその攻撃を無効化できる優れものだ。
これさえあれば、とりあえず不意打ちでの即死は無効化できる。
そして何より臭いがしない。
「次! 『緑色の肺』と『千切れた胃腸』、『香り立つ肝臓』を『球魂』とビンで錬金! 『瓶詰めの人体』!」
完成するのはビンの中で内臓が脈動する、気持ちの悪いオブジェ。
触ってみると、何とも嫌な生暖かさをしている。
これ単体では何の効果も発揮しない、完全なる中間素材だ。
「残りの臓器系は……うん、適当に消費するか! 『念玉』と適当な臓器系で『怨念玉』! これを作れるだけたくさん!」
完成するのは『念玉』よりも禍々しい色を放つ赤黒い球が5つ。
『念玉』よりも一段階上の素材で、これを使うとより強力な呪詛系アイテムが作れる。
「よし悪臭物質の除去、完了! 父さんファ〇リーズ! そこら中に撒いてそこら中に! いや嘘だ先に風呂入れ風呂! 装備は洗面器とかに水張って入れておいて!」
「……わ、わかった」
と、それから約30分ほどかけて、我が家は漸く消臭に成功する。
風呂から上がった父も、つい先程までの悪臭たっぷりだった姿からいつもの爽やかパパに戻っている。
悪臭騒動はこれにて一件落着だ。
まぁ俺は後で洗濯とか色々大変なんだけれども。
「まぁ取り合えず、ひと段落は出来たかな」
「それは良いんだが。今作ったものは、どんな効果がある」
「ん? あぁ、大丈夫だよ知らなくても。これ全部中間素材だから」
「……そうなのか」
「うん」
父が瓶詰の人体をしげしげと眺める。
見た目的に言えば、理科室のホルマリン漬けが生きているような感じだ。
グロさを抜きにすれば、確かに面白いかも知れない。
「それで、ダンジョンはどうだった? 上手く行けた?」
「ああ。問題ない。『聖水』は、殆ど使ったが」
「それでいいよ。どうせ消耗品だし。安全ならそれに越したことはないんだから」
蘇生アイテムが作れるようになるのは、まだまだ先。
一度死んだら終わりのこの世界では、下手な冒険はさせられない。
「……しかしそれにしても、よく首飾りを回収できたね。運が良かったり?」
ワイトから落ちる『屍鬼の首飾り』は、入手確率が低く設定されている。
指輪の方が30%前後なのに対して、首飾りが落ちる確率は3%。
一発ドロップとなると、大分運が良いようだ。
「……まぁ、運は、良い方だ」
「あ、認めるんだね」
「そうでもなければ、俺は何処かで、死んでいた」
「…………それもそうか」
冒険者は常に死と隣り合わせ。そういう職業だ。
幾ら実力があろうと、死ぬときはあっさり死ぬ。
それが生き残れている、という事は、つまり運が良いと言ってもいいだろう。
「それで、その首飾りも、錬金に使うのか」
「ん? まぁ、そうだね。使うかな。……今は無理なんだけどさ」
『屍鬼の首飾り』はレアドロップだ。
『屍鬼の指輪』と比べ、より強力な装備が錬金できる。
最終的には、ゲーム中盤や終盤でも通用するような装備品を作ることも可能だ。
だが、そこに至るまでの素材がまだ入手できていない以上は、これ以上の錬金は出来ない。
ちなみに、『指輪』の方も現時点では錬金できなかったりする。
「だから今のところはこのまま装備しておいてよ。指輪もね。防御力が上がって即死攻撃に耐性が付くから」
「わかった」
と、そう言って、父は指輪を左手の小指に嵌め、首飾りをポケットにしまう。
「さて、それじゃあ錬金の続き、やってこうか」
「ああ」
というわけで、再び錬金釜の前へ戻る。
「では早速、本日の本命を作ろうか」
「本命」
「そう、本命。コレが作れなかったらもう一回行ってもらおうと思ってた」
「……そうか」
なので一発で揃ってくれて本当に良かった。
流石にあの悪臭騒ぎを繰り返したくはない。
まぁ流石に、密閉性の高い入れ物とかで対策は出来るのだろうが……それにしても面倒だ。
「『瓶詰めの人体』を『空っぽのお守り袋』に『微霊の残滓』×3」
「……その『空っぽのお守り袋』は」
「俺が作った」
何かを察したように父が問いかけて来たので、答える。
父親が帰ってくるまでの間暇だったから、こう、チクチクと。
生地とかを買って作ってみたわけだ。
多少不格好ではあったが、錬金すればどうせ立派になるんだから関係ない。
って言うか実際そうなったし。
「器用だな」
「誰が今まで父親の靴下を修復してきたと思ってる?」
「……そうだったな」
この家の家事は俺が完璧に握っているのだ。
裁縫くらいはお茶の子さいさい、というヤツだった。
「というわけで錬金。『分鬼のタリスマン』」
完成するのは、人間の上半身を模したお守り。
これを装備していると、毒や麻痺などのあらゆる状態異常の効果と継続時間を5%軽減してくれる優れものだ。勿論後々強化もできる。
しかし5%と聞くと、そこまで効果が高くないように聞こえるかもしれないが……重要なのはそこではない。
「これは絶対に、何があっても外さないようにしてよ。コレがあれば、『石化』みたいな状態異常からもギリギリ自分から戻って来れるようになるから」
「……凄まじいな」
そう、5%軽減の効果で重要なのは、そこだ。
この世界では『石化』や『狂気』、『胞子』などのシャレにならない状態異常がいくつか存在し、仲間がいなかったり無対策だったりするとそのまま詰む、なんてこともあり得る。
だが、このタリスマンさえあれば、どんな状態異常を食らっても、取り合えずその時点で詰みとはならなくなるわけだ。
だから、死の価値が重いこの世界では、このタリスマンが重要になるわけである。
「……」
父はタリスマンを幾らか眺めた後、やはりポケットにしまった。
「まぁ、今作れるのはこんなモンかな。一発でタリスマンを作れた時点で僥倖って感じ」
「……で。次、俺はどうすればいい?」
「ん? あー……じゃあ、仕事が終わったら、その時に伝えるから。今は仕事の方に集中しておいてよ。明日はゆっくり休んで」
「わかった」
この後、父には大分苦しい作業をやってもらう事になるからな。
出来る限り体を、それ以上に心を休めてもらいたい。
ゲームの代名詞たる『