迷宮編ifルート   作:宵ノ旅人

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届かなかった言葉 #11

ルーデウスが死んで2ヶ月

そして予定されていた時期(過期産)を大きく過ぎて。

ようやくシルフィはルーシーを産んだ。

エリナリーゼはその出産に立ち会った。

シルフィの手を握り。

何度も。

 

「大丈夫ですわ」

 

そう言った。

けれど本当はエリナリーゼ自身も大丈夫ではなかった。

シルフィたちは色々な人たちとあって少しずつ

復活していったが...

ルーデウスの死 シルフィの悲しみ。

そして父親の顔を見ることなく生まれた。

小さな女の子。

その全てが胸の奥に重く残っていた。

それでも出産が終わった時。

エリナリーゼはシルフィのそばにいた。

 

「……女の子です」

 

リーリャの言葉。

シルフィがルーシーを抱く。

 

「……ルディ」

 

最初にシルフィの口から出た名前。

エリナリーゼは何も言えなかった。

ただシルフィの肩に手を置いた。

そしてその夜シルフィが眠ったあと。

エリナリーゼは一人。

廊下に立っていた。

 

「……」

 

静かな家。

聞こえるのは赤ん坊の小さな寝息だけ。

エリナリーゼはその音を聞きながら。

目を閉じる。

ルーデウス。

あの子はもういない。

けれどあの子の子供はここにいる。

シルフィもここにいる。

 

「……」

 

胸が苦しかった。

自分だけが幸せになることがひどく間違っているように

思えた。

それでもエリナリーゼにはクリフがいた。

自分を愛してくれる男。

一緒に家庭を作ろうとしている男。

本当なら今頃。

結婚式をしているはずだった。

 

『シルフィの出産の手伝いをしなきゃいけないわ』

 

『わかった、シルフィの側にいてくれ』

 

『帰ったら結婚しようと言ってもらったのに、約束を破った

私を許して』

 

『気にしないさ』

 

『...........』

 

「……クリフ」

 

小さく名前を呟く。

その声にはまだ愛情があった。

だからこそ。

エリナリーゼはその夜何も決められなかった。

 

⸻

ルーシーが生まれてから一週間が経った頃。

クリフの家の扉を開ける。

 

「ただいま帰りましたわ」

 

「エリナリーゼ!」

 

クリフが顔を上げる。

テーブルの上には大量の紙 家具の注文書 家の契約書

そして結婚式について書かれた何枚もの紙。

 

「ちょうどよかった」

 

クリフは一枚の紙を持ち上げた。

 

「式のことなんだが」

 

「……」

 

「料理の人数を少し減らせば、こっちに回せる」

 

「……」

 

「それから家具も――」

 

「クリフ」

 

エリナリーゼが遮った。

 

「なんだ?」

 

「少し」

 

「……」

 

「話がありますの」

 

クリフが紙を置いた。

 

「なんだ?」

 

エリナリーゼは黙っていた。

何度も言おうとして言えなかった。

けれど口にする。

 

「……別れましょう」

 

「……」

 

クリフが止まった。

 

「……何?」

 

「私たち」

 

エリナリーゼはクリフを見る。

 

「別れましょう」

 

「……冗談か?」

 

「いいえ」

 

「笑えないぞ」

 

「冗談ではありません」

 

クリフはしばらく。

エリナリーゼを見つめていた。

 

「……疲れているんだろう」

 

「……」

 

「ルーデウスのこともあった」

 

「……」

 

「少し休めばいい」

 

「クリフ」

 

「結婚式だって急がなくていい」

 

クリフが立ち上がる。

 

「一年でも待つ」

 

「……」

 

「二年でも」

 

「……」

 

「君が落ち着くまで」

 

「やめてくださいまし」

 

エリナリーゼの声が震えた。

 

「私は」

 

「……」

 

「あなたとは結婚できません」

 

「なぜだ」

 

「……」

 

「理由を言ってくれ」

 

エリナリーゼは俯いた。

脳裏にシルフィの姿が浮かぶ。

ルーシーを抱いて泣いていた。

 

『一番見せたかったのに』

 

その言葉が何度も頭の中に響く。

 

「……私は」

 

エリナリーゼが言った。

 

「間違っていますわ」

 

「何がだ」

 

「私だけ」

 

「……」

 

「幸せになろうとしていることが」

 

クリフが眉を寄せる。

 

「何を言っている?」

 

「ルーデウスが死んだのですわ」

 

「……」

 

「シルフィエットは」

 

声が震える。

 

「愛する人を失った」

 

「……」

 

「その子供は」

 

「……」

 

「父親の顔すら知らない」

 

クリフは黙っている。

 

「なのに私は」

 

エリナリーゼの目に涙が浮かぶ。

 

「あなたと結婚して」

 

「……」

 

「家庭を作って」

 

「……」

 

「幸せになりますの?」

 

首を横に振る。

 

「そんなこと」

 

「……」

 

「できるわけがありませんわ」

 

「なぜだ!」

 

クリフが声を荒げた。

 

「なぜ君が責任を感じる!」

 

「わかっていますわ!」

 

エリナリーゼも叫んだ。

 

「わかっています!」

 

「なら!」

 

「でも!」

 

エリナリーゼの声が途切れる。

 

「……シルフィエットに」

 

唇を噛む。

 

「顔向けできませんの」

 

クリフが黙った。

 

「私は」

 

涙を拭う。

 

「あの子の祖母ですわ」

 

「……」

 

「親友ですわ」

 

「……」

 

「ルーデウスが死んで」

 

「……」

 

「シルフィが一人で」

 

「……」

 

「ルーシーを抱いているのに」

 

自分の胸を押さえる。

 

「私は何をしていますの?」

 

「……」

 

「愛する男と結婚して」

 

「……」

 

「幸せになろうとしている」

 

「……」

 

「そんな自分を」

 

涙が落ちる。

 

「私は許せませんわ」

 

クリフは震えていた。

 

「僕は」

 

「……」

 

「僕はどうなる」

 

エリナリーゼが顔を上げる。

 

「……」

 

「家を買った」

 

クリフがテーブルを見る。

 

「君と住むために」

 

「……」

 

「家具も買った」

 

「……」

 

「式の準備もした」

 

「……」

 

「全部」

 

声が震える。

 

「君と生きるためだった」

 

エリナリーゼは何も言わなかった。

 

「ルーデウスが死んだ」

 

クリフの目から涙が落ちる。

 

「僕の親友が死んだんだ」

 

「……」

 

「それでも」

 

拳を握る。

 

「君がいたから」

 

「……」

 

「僕は前を向けた」

 

声が詰まる。

 

「僕はまだ……」

 

エリナリーゼはクリフを見る。

 

「……クリフ」

 

「なんだ」

 

「愛していますわ」

 

「……」

 

「今でも」

 

「だったら!」

 

「だからです」

 

エリナリーゼはクリフの手をそっと外した。

 

「あなたと一緒にいたら」

 

「……」

 

「私はきっと幸せになりますわ」

 

クリフが息を呑む。

 

「それが」

 

エリナリーゼは涙を流しながら。

 

「今の私には」

 

「……」

 

「許せないのです」

 

「……」

 

「さようなら」

 

「待て」

 

「……」

 

「エリナリーゼ」

 

「……」

 

「待ってくれ」

 

エリナリーゼは振り返らない。

扉を開く。

 

「エリナリーゼ!」

 

「……」

 

扉が閉じた。

 

⸻

 

その日エリナリーゼはラノアを出た。

シルフィには何も言わなかった。

クリフとのことも何も説明しなかった。

ただ消えた。

 

⸻

 

数日後。

エリナリーゼが帰ってこない。

 

「……」

 

シルフィはリビングにいた。

腕の中にはルーシー。

 

「リーリャさん」

 

「はい」

 

「お婆ちゃん」

 

「……」

 

「どこに行ったか知ってる?」

 

リーリャは首を横に振った。

 

「いいえ」

 

「……そう」

 

シルフィには何かがおかしいと感じていた。

 

「……クリフ先輩のところかな」

 

シルフィが呟く。

結婚式 新しい家 二人の未来。

ルーデウスも楽しみにしていた。

 

「……」

 

胸が痛む。

 

「アイシャ」

 

「はい」

 

「少しだけ」

 

ルーシーを見る。

 

「この子をお願いしてもいい?」

 

「もちろんです」

 

アイシャがルーシーを受け取る。

 

「どちらへ?」

 

「クリフ先輩のところ」

 

「……わかりました」

 

⸻

ラノア

クリフの家。

シルフィは扉を叩いた。

 

「クリフ先輩?」

 

返事はない。

もう一度。

 

「クリフ先輩」

 

しばらくして中から物音がした。

ゆっくり扉が開く。

 

「……」

 

シルフィは言葉を失った。

 

「クリフ……先輩?」

 

髪は乱れ。

目の下には濃い隈。

以前の自信に満ちた姿とはまるで違っていた。

 

「……シルフィか」

 

「どうしたんですか……?」

 

「何がだ」

 

「何がって……」

 

クリフは目を逸らした。

 

「……入れ」

 

「はい」

 

⸻

 

家の中 新しい家具 二人分の食器 大きなテーブル

そしてその上に大量の紙。

シルフィは一枚を手に取った。

 

「……これ」

 

結婚式の予定。

会場 料理 招待客。

その中に見覚えのある名前があった。

ルーデウス・グレイラット

シルフィエット・グレイラット

アイシャ・グレイラット

ノルン・グレイラット

リーリャ・グレイラット

ゼニス・グレイラット

 

「……ルディ」

 

指が止まる。

 

「それは」

 

クリフが言った。

 

「もう必要ない」

 

「……え?」

 

「式はしない」

 

「どうして?」

 

クリフは答えなかった。

 

「お婆ちゃんは?」

 

「……」

 

「クリフ先輩」

 

「知らない」

 

「……え?」

 

「僕も知らない」

 

シルフィは立ち尽くした。

 

「どういう……」

 

クリフが笑った。

笑ったというより。

苦しそうに口元を歪めただけだった。

 

「振られた」

 

「……」

 

「三日前だ」

 

「……」

 

「エリナリーゼに」

 

シルフィは息を呑んだ。

 

「……なんで」

 

クリフは答えない。

 

「クリフ先輩」

 

「……」

 

「お婆ちゃんは」

 

「……」

 

「僕に何も言わずにいなくなった理由」

 

クリフは目を閉じた。

 

「幸せになれないと言った」

 

「……」

 

「自分だけ」

 

「……」

 

「好きな男と結婚して」

 

「……」

 

「家庭を作って」

 

「……」

 

「幸せになるなんて」

 

シルフィの顔から表情が消える。

 

「間違っていると」

 

「……」

 

「そう言った」

 

「……誰が」

 

クリフはシルフィを見る。

答えを口にする必要はなかった。

 

「……僕?」

 

「シルフィ」

 

「僕を見たから?」

 

「……」

 

「ルーシーを見たから?」

 

「……」

 

「ルディが死んだから?」

 

クリフが拳を握る。

 

「そうだ」

 

「……」

 

「僕も言った」

 

クリフが低い声で続ける。

 

「君のせいじゃない」

 

「……」

 

「ルーデウスの死は」

 

「……」

 

「エリナリーゼのせいでもない」

 

「……」

 

「なのに」

 

机を強く叩く。

 

「なんでだ!」

 

シルフィの肩が震えた。

 

「……すまない」

 

クリフは俯く。

 

「君に怒っているわけじゃない」

 

「……」

 

「わかっている」

 

「……」

 

「わかっているんだ」

 

声が震える。

 

「君は何も悪くない」

 

「……」

 

「ルーデウスも」

 

「……」

 

「エリナリーゼも」

 

「……」

 

「誰も悪くない」

 

クリフは頭を抱えた。

 

「なのに」

 

「……」

 

「なんで僕だけ」

 

言葉が止まる。

シルフィは何も言えなかった。

しばらくしてクリフが小さく言った。

 

「……僕は」

 

「……」

 

「君を恨みそうになった」

 

シルフィが止まる。

 

「……」

 

「一瞬だけだ」

 

「……」

 

「君がいなければ」

 

「……」

 

「ルーデウスが死ななければ」

 

拳が震える。

 

「そんなことを考えた」

 

「……」

 

「最低だろう」

 

「クリフ先輩」

 

「親友の妻を」

 

「……」

 

「親友を失った女を」

 

「……」

 

「僕は」

 

涙が落ちる。

 

「恨みそうになった」

 

シルフィは何も言わなかった。

ただクリフの言葉を受け止めていた。

やがてクリフが顔を伏せる。

 

「帰ってくれ」

 

「……」

 

「シルフィ」

 

「……」

 

「やっぱり今は」

 

声が震える。

 

「君の顔を見たくない」

 

「……わかりました」

 

シルフィはゆっくり立ち上がった。

扉へ向かう。

そして一度だけ振り返る。

 

「クリフ先輩」

 

「……」

 

「僕は」

 

「……」

 

「お婆ちゃんに」

 

シルフィは静かに言った。

 

「不幸になってほしくないです」

 

クリフが顔を上げる。

 

「……」

 

「クリフ先輩にも」

 

「……やめろ」

 

「幸せになってほしい」

 

「やめろ!」

 

クリフが叫ぶ。

 

「そんなことを言うな!」

 

シルフィは黙った。

 

「君に!」

 

声が崩れる。

 

「君にそんなことを言われたら!」

 

クリフは顔を覆った。

 

「僕は……誰を恨めばいいんだ」

 

「……」

 

シルフィには何も言えなかった。

 

「……帰ってくれ」

 

「……はい」

 

扉が閉じる。

 

⸻

 

帰り道

シルフィは一人だった。

 

「……」

 

お婆ちゃん クリフ先輩 ルディ。

頭の中で何度も名前が巡る。

 

「僕のせいじゃない」

 

そう言われた。

何度もわかっている。

でも。

 

「……ルディ」

 

シルフィは空を見上げた。

 

「どうすればいいの……?」

 

返事はない。

昔ならルーデウスに聞いた。

くだらない相談でも真剣な相談でも。

ルーデウスなら考えて。

悩んで。

時々妙なことを言って。

それでも。

最後には何か答えを出してくれた。

 

「……」

 

シルフィの目から。

 

涙が落ちる。

 

「僕……」

 

言葉が止まる。

 

家にはルーシーがいる。

ノルンもアイシャもリーリャもゼニスもパウロもいる。

一人ではない。

それでも。

 

「……ルディに会いたい」

 

それだけはどうしても変わらなかった。

 

「おばあちゃん おばあちゃん....」

⸻

 

その夜。

シルフィはルーシーを抱いていた。

小さな寝息。

 

「……ルーシー」

 

頭を優しく撫でる。

 

「お婆ちゃんね」

 

「……」

 

「いなくなっちゃった」

 

ルーシーは眠っている。

 

「僕のせいだって」

 

「……」

 

「思ってるみたい」

 

小さく笑う。

 

「違うのにね」

 

少し間を置く。

 

「僕」

 

「……」

 

「お婆ちゃんが幸せでも」

 

涙が頬を伝う。

 

「怒らないのに」

 

「……」

 

「ルディだって」

 

「怒らないよね」

 

返事はない。

それでもシルフィは少しだけ笑った。

 

「むしろルディなら」

 

『クリフ先輩、やりましたね』

 

そんなことを言いそうだった。

 

「……ふふ」

 

ほんの一瞬。

笑う。

けれどすぐに涙が落ちる。

 

「……馬鹿」

 

誰に言ったのか。

自分でもわからなかった。

ルディかお婆ちゃんかクリフか

それとも自分自身か。

 

シルフィの心身は元に戻ってしまった。

 

 

 

 

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