クリフはザノバに半ば強引に大学へ連れ戻され
研究室に戻った。
シルフィは目の下にくまができていて何を考えているかわからない顔だった。そして、ルーシーを抱きながら。
ノルン アイシャ リーリャ パウロ ゼニス。
皆がシルフィを支えていた。
それでも穴は埋まらなかった。
そしてその家を一人の女性が訪れた。
「……」
アリエル アスラ王国第二王女。
その隣にはルーク。
「久しぶりです」
アリエルが静かに言った。
「……アリエル王女」
シルフィが扉を開ける。
笑顔を作る。
「どうしたんですか?」
「少し」
アリエルはシルフィを見る。
その瞬間わかった。
以前とは違う。
笑っている立っているルーシーを抱いている。
それでも目の奥に光がない希望がない
「……」
アリエルはルーシーを見る。
「この子が」
「うん」
「ルーデウスの」
「……うん」
シルフィは笑った。
「ルーシー」
「……可愛らしいですね」
「ありがとう」
アリエルはその笑顔を見て胸が痛んだ。
――この状態のシルフィを。
――連れていくことなどできない。
そしてもう一つアリエルは知っていた。
ルーデウスがいない。
それだけでクーデターの難易度は桁違いに上がっている。
本来ならルーデウスに協力を頼めた。
戦力 情報 交渉
そして何よりアリエル自身の心を支える存在。
それがすべて消えている。
「……シルフィ」
「はい?」
「あなたに」
一瞬言葉が止まる。
「……いえ」
「?」
「なんでもありません」
ルークがアリエルを見る。
「アリエル様」
「ええ」
アリエルは笑った。
「今日はただ」
「……」
「顔を見に来ただけです」
シルフィは少し不思議そうにした。
「そうですか」
「はい」
「また来てください」
「……」
アリエルは一瞬目を閉じた。
「もちろんです」
嘘だった。
その夜。
王女の部屋。
アリエルは机に向かっていた。
目の前にはアスラ王国の地図。
そして一枚の紙。
「……」
そこにはクーデターに必要なものが書かれていた。
協力者 証拠 貴族の支持 戦力。
そしてルーデウス・グレイラット。
その名前をアリエルはゆっくりゆっくり消した。
「……いない」
ルークが後ろに立つ。
「ルーデウス様がいない以上」
「……」
「私たちは」
アリエルが地図を見る。
「以前より遥かに不利です」
ルークは何も言わなかった。
「それでも」
アリエルは紙を畳む。
「行きます」
「はい」
「もう後戻りはできません」
「……はい」
アリエルは窓の外を見る。
「シルフィには」
ルークが振り返る。
「お伝えしないのですか?」
「……」
アリエルはしばらく黙った。
「しません」
「アリエル様」
「今のシルフィに」
アリエルは目を伏せる。
「王都へ行くと伝えたら」
「……」
「きっと来ようとするでしょう」
「……」
「でも」
声が小さくなる。
「今の彼女には無理です」
「では」
ルークが尋ねる。
「戻ってくると約束しますか?」
「……」
アリエルは笑った。
「もちろんです」
だがその笑顔はどこか寂しかった。
翌朝。
誰も知らないうちに馬車がラノアを出た。
アリエル ルーク 最後まで王女に付き従う護衛。
「……」
馬車の中。
アリエルは窓の外を見る。
遠ざかる街。
そしてラノア魔法大学。
「シルフィ」
小さく呟く。
「ごめんなさい」
ルークが聞いていた。
「……アリエル様」
「何も言わないで」
「はい」
「私は」
アリエルが目を閉じる。
「帰ってくるから」
その頃シルフィは知らなかった。
「……今日は」
ルーシーを抱いて窓の外を見る。
「静かだね」
ノルンが隣にいる。
「そうですね」
「アリエル王女」
「……?」
「昨日来てたでしょ?」
「うん」
「何の用だったんでしょう」
「わからない」
シルフィは少し笑う。
「でも」
ルーシーを見る。
「また来るって」
「……そうですね!」
数日後。
王都へ向かう旅。
「ダリウス・シルバリルの犯罪について」
「……」
「確実なる証拠がありません」
アリエルは黙った。
「証言だけでは」
ルークが続ける。
「貴族たちを動かすには弱すぎます」
「……わかっています」
「そしてこちら側につく予定だった貴族も」
「……」
「態度を変えています」
アリエルは目を閉じた。
「ルーデウスがいれば」
ルークが言いかける。
「……」
「言わないでください」
「……申し訳ありません」
「わかっています」
アリエルは地図を見る。
「私も」
「……」
「何度も考えました」
ルーデウスなら何とかしてくれた。
ルーデウスなら証拠を見つけられた。
ルーデウスなら敵を止められた。
ルーデウスなら。
――。
「……でも」
アリエルは顔を上げる。
「彼はいません」
誰も答えなかった。
そして王都。
「……」
アリエルは城壁を見る。
「帰ってきましたね」
ルークが言う。
「ええ」
だがその表情に余裕はなかった。
計画はすでにほとんど破綻している。
協力者足りない。
証拠足りない。
戦力足りない。
そして最大の問題。
「第一王子派が」
ルークが呟く。
「動きました」
「……」
城下町。
至る所に兵士 貴族の私兵。
そしてその中心。
「北帝」
ルークが顔を強張らせる。
「……」
アリエルも見る。
さらにその隣。
「水神」
「……レイダ」
誰も言葉を失った。
「勝てるのか?」
護衛が呟く。
ルークは答えなかった。
アリエルも答えなかった。
答えは明らかだった。
――勝てない。
それでもアリエルは前へ進んだ。
「私は」
王女として歩く。
「アスラ王国を」
「……」
「変える」
ルークが剣を抜く。
「最後までお供します」
護衛も続く。
最後まで王女の側に残った。
しかし戦いは始まる前から終わっていた。
北帝の剣 水神の技 第一王子派の兵。
そして圧倒的な数。
「ルーク!」
「殿下!」
「下がってください!」
「嫌です!」
アリエルは逃げなかった。
だが一人また一人倒れていく。
「……っ」
ルークが膝をつく。
「ルーク!」
「まだ……」
立とうとする。
「まだです……アリエル様」
アリエルは彼の肩を支える。
「もういいです」
「しかし」
「もう」
アリエルが笑う。
「十分です」
捕らえられた。
アリエル ルーク 最後まで従った護衛。
牢の中。
「……」
ルークが壁にもたれる。
「アリエル様」
「何です?」
「……申し訳ありません」
「謝らないで」
「ですが」
「あなたが謝ることではありません」
アリエルは静かに笑った。
「私が選んだ道です」
「……」
「私が」
目を閉じる。
「負けただけです」
処刑の日。
空は青かった。
あまりにも普通の空だった。
アリエルは処刑台へ向かう。
「……」
民衆の中第一王子派の人々。
その上にダリウスの姿もあった。
「……」
アリエルはそれを見る。
証拠はなかった。
味方もいなかった。
ルーデウスもいなかった。
シルフィもいなかった。
「……シルフィ」
最後に名前が出た。
ルークが隣に立つ。
「アリエル様?」
「何でもありません」
アリエルは微笑む。
「ただ」
「……」
「友達に」
「……」
「さよならを言いたかっただけです」
シルフィは何も知らない。
今もルーシーを抱いて。
ラノアで暮らしている。
だからそれでいい。
「……どうか」
アリエルは空を見る。
「幸せに」
そして目を閉じた。
その日アスラ王国の王位を巡る戦いは
アリエル側の敗北で終わった。
アリエル・アネモイ・アスラ
ルーク・ノートラス
最後まで付き従った護衛。
帰らなかった。
数日後。
ラノア。
「シルフィ姉」
ノルンがリビングへ入ってくる。
「何?」
「……」
ノルンの顔が青い。
「どうしたの?」
「……」
「ノルンちゃん?」
ノルンが新聞を握っていた。
シルフィの胸が嫌な音を立てた。
「読んで」
「……」
「ノルンちゃん」
ノルンは震える手で新聞を開いた。
「……」
「どうしたの?」
「……シルフィ姉」
「うん」
ノルンの目から涙が落ちた。
「アリエル様が」
「……」
「王都で」
「……」
「亡くなりました」
シルフィの笑顔が消えた。
「……え?」
「ルークさんも」
「……」
「もう2人の護衛の人も」
「……」
シルフィは動かなかった。
腕の中ルーシーが眠っている。
「……嘘……嘘よ」
「……」
「アリエル王女は」
シルフィが首を振る。
「帰ってくるって」
「……」
「言ったよ」
ノルンは何も言えなかった。
「……帰ってくるって」
もう一度。
「言ったのに」
シルフィの目から涙が落ちた。
ルーシーの頬に涙が落ちる
そして初めて気づいた。
自分はまた一人大切な人を失った。
「……ルディ」
小さな声。
「また……」
ルーシーを強く抱く。
「またいなくなった……」
その日シルフィは知った。
ルーデウスだけではない。
この世界から少しずつ。
大切な人たちが消えていくことを
そしてシルフィの心に空いた穴はまた一つ深くなった。