迷宮編ifルート   作:宵ノ旅人

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届かなかった言葉 #15

――――――――――

【ラノア魔法大学】

――――――――――

 

『ラノア魔法大学へ行くことになった。』

大学に入るために試験を受けた。

魔法を使ったり、質問に答えたりした。

緊張した。

でも、なんとか試験を終えた。

そして、俺はラノア魔法大学に入学した。

ここから、新しい生活が始まった。

知らない場所だった。知らない人ばかりだった。

でも、少し楽しみでもあった。

今までとは違う人生が始まるような気がしていた。』

 

パウロが小さく笑う。

 

「……ルディにも、普通に楽しみにしてた時期があったんだな」

 

シルフィも少しだけ笑った。

 

「うん……」

 

――――――――――

【ザノバとの再会】

――――――――――

 

『大学に入って、すぐに驚くことがあった。

ザノバと再会したのだ。』

 

ザノバの目が止まる。

 

『ザノバがこの大学にいることを俺は知らなかった。

大学に来る前から知っていた相手だった。

だから、まさかここで会うとは思っていなかった。

最初に見た時は、本当に驚いた。

でも――

少し安心した。知っている人がいる。

それだけで、知らない場所に一人でいるような感じがしなくなった。』

 

ザノバは黙っている。

 

『大学で再会できたことが嬉しかった。』

 

ザノバが俯く。

 

「……私もです」

 

その声は小さかった。

 

 

――――――――――

【クリフ】

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『大学で、クリフと出会った。

最初はもちろん知らない奴だった。』

 

クリフが眉をひそめる。

 

「もちろん、って……」

 

シルフィが少しだけ笑う。

だが――。

 

『そして、エリナリーゼを紹介してくれって言われた。』

 

「…………」

 

クリフの顔が固まる。

 

『俺はクリフにエリナリーゼを紹介した。』

 

クリフが額を押さえる。

 

「……実際、かなり面倒だっただろう」

 

『でも、なんと驚くことに結果的には二人は付き合うことに

なったのだ。

俺が二人を引き合わせたことは、悪いことではなかったと思う。』

 

クリフはしばらく黙っていた。

 

「……そうか」

 

少しだけ笑う。

それでも――その笑顔には、どこか寂しさがあった。

 

 

――――――――――

【リニアとプルセナ】

――――――――――

 

『大学で、リニアとプルセナとも出会った。』

もちろん二人とも初対面だった。

最初から、かなり面倒な二人だった。

 

ノルンが少し笑う。

 

「お兄ちゃんらしい……」

 

『ある時、俺がザノバにたまにはロキシー人形でも見たいなと言ったら、壊れたロキシー人形がてできたのである、

二人がロキシー人形を壊したらしいのである。』

 

その瞬間――。

シルフィの表情が固まる。

 

『俺は怒った。

かなり怒った。

これは神に対する冒涜である。

そして二人にお仕置きをした。』

 

クリフが小さく息を吐く。

 

「……なるほど」

 

『その後、二人は俺のことをボスと呼ぶようになった。』

 

アイシャが首を傾げる。

 

「お兄ちゃんが……ボス?」

 

『二人は問題児だった。』

でも、悪い奴らではなかった。

いや待て、悪い奴らではないのか?悪いのか?

一緒にいるうちに、少しずつ二人のことが分かっていった。』

 

――――――――――

【ザノバとジュリエット】

――――――――――

 

『俺はザノバとシルフィと一緒に奴隷市場へ行った。

そこでジュリエットと出会った。

ザノバはジュリエットを買うことになった。

でも、ジュリエットは俺たちの生活の中に入ってきた。

家族が一人増えたような感じがした。』

 

ザノバは目を閉じる。

 

「……ジュリエット」

 

『あの頃は、毎日色々なことがあった。

大変だった。

でも、楽しかった。

俺は、この時間がずっと続けばいいと思っていた。』

 

その一文で――。

シルフィの表情が曇る。

 

「……ずっと続けばいい」

 

誰も、その言葉に返事をしなかった。

 

 

――――――――――

【バーディガーディ】

――――――――――

 

『ある時期になると、獣族が決闘して「家族」のボスを決めるのだという。

発情期のようなものだ。

獣族の族長筋であるリニアとプルセナは大人気なため、

あとは頼む、と俺に手紙を残して学校を休んでいる。

二人の代わりに引き受けられたということだ。』

 

『二人には何も相談されていない。』

 

クリフが呆れる。

 

「本当に勝手だな……」

 

『俺はその時図書室で本を読んでいたのだが、

外に出てみると、全員なぎ倒されている。

そこにいるのは魔族、しかも魔王のバーディガーディだったのだ。

決闘の順番待ちを抜かすためにやった、と理由を語り、貴様に決闘を申し込むと言われたのだ。

キシリカ・キシリスが凄いと評していただけのことはあるとバーディガーディが声をかける。

そしてその結果、俺がバーディガーディと戦うことになった。

一発だけ奥義を放ち、傷が付けばお前の勝ちでよい、とは決闘の条件を変えたのだ。

怖かった。

だから戦った。

終わった時は、ものすごく疲れていた。』

 

パウロが目を伏せる。

 

「……また自分のことを後回しにしてる」

 

誰も反論できなかった。

 

 

――――――――――

【ナナホシ】

――――――――――

 

『大学で、ナナホシと再会した。

最初に会った時、昔のことが蘇った。

正直、怖かった。

あの時のことを思い出した。』

 

シルフィが息を呑む。

 

『でも、話をしているうちに、ナナホシが転移者だと知った。

俺は驚いた。

そして、ナナホシを手伝うことになった。

最初は複雑だった。

でも、ナナホシも一人だった。

だから、できることはやろうと思った。』

 

クリフが静かに呟く。

 

「……自分も苦しかったはずなのにな」

 

パウロが答える。

 

「それでも、誰かを助けようとするんだ」

 

シルフィは黙っていた。

 

その横顔が――。

 

少しずつ泣きそうな顔になっていく。

 

 

――――――――――

【フィッツ】

――――――――――

 

『ある日俺はフィッツ先輩(シルフィ)と洞窟へ行ったのだ。

そこで、フィッツ先輩(シルフィ)がシルフィだと分かった。』

 

シルフィの目が潤む。

 

『その時、俺は驚いた。

嬉しかった。

ずっと探していた。

でも、まさかこんなに近くにいるとは思っていなかった。

少しの不甲斐なさが残っていた。

俺はシルフィと結婚することを約束した。

今はめちゃくちゃ楽しいがな!』

 

「……ルディ」

 

シルフィは涙を拭う。

 

『俺は、この人を今度こそ大切にしようと思った。

捨てられたくなかった。

失いたくなかった。

今度こそ、帰る場所を守りたかった。

 

エリスが俯く。

その言葉が――。

自分との過去にも繋がっていることを、誰よりも理解していた。

 

 

――――――――――

【家】

――――――――――

 

『結婚することになって、家を探した。

クリフとザノバに結婚とは何なのか聞いた。

 

クリフが苦笑する。

 

「……そんなことを聞かれたな」

 

『俺は結婚というものがよく分からなかった。』

だから、二人に聞いた。』

 

『物件を見たがいい感じのものが見つからない。

その後、事故物件の話を聞いた。

クリフとザノバと一緒に見に行った。

そこで、自動人形を見つけた。

色々あったけど、そこを家にすることにした。

俺とシルフィの家になった。

俺には、帰る場所ができた。

ようやく、帰る場所ができた。』

 

パウロが目を閉じる。

 

「……帰る場所、か」

 

その言葉が、部屋に重く落ちる。

 

 

――――――――――

【結婚】

――――――――――

 

『シルフィと結婚した。

結婚パーティーをした。

みんなが祝ってくれた。

嬉しかった。本当に嬉しかった。

長い放浪の末に、ようやく手に入れた幸せだった。』

俺は、これを守りたいと思った。』

シルフィを守りたい。』

家族を守りたい。』

今度こそ、失いたくない。』

 

シルフィは涙を流す。

 

『そして、結婚パーティーの時、エリナリーゼがシルフィの おばあちゃんだと分かった。』

 

クリフが苦笑する。

 

「……あれは驚いたな。」

そして――。

 

『俺は、幸せだった。』

 

この一文で誰もが、少しだけ笑った。

 

――――――――――

【大学での生活】

――――――――――

 

『大学では、色々なことがあった。』

授業を受けた。研究もした。友達も増えた。

家に帰ればシルフィがいた。

俺には帰る場所があった。

それが嬉しかった。

昔の俺には、こんな生活が来るなんて思っていなかった。

俺は幸せだった。』

 

シルフィの目に涙が浮かぶ。

 

「……よかった」

 

その一言だけだった。

 

 

――――――――――

【結婚生活】

――――――――――

 

『結婚してから、シルフィとの生活が始まった。

嫁さんが三日に一度しか帰ってこない。』

 

シルフィが固まる。

 

『けど、外でイチャイチャしようとすると悲しい顔をされる。』

 

「…………」

 

『でも仕方ない。

シルフィは社会人で立場がある。

貯金はあるけど、俺はヒモみたいなもんだから。』

 

クリフが頭を抱える。

 

「また自分を責めている……」

 

『だから、俺が我慢すればいい。

シルフィは悪くない。

俺が合わせればいい。

シルフィから捨てられたくない。

シルフィに傷ついてほしくない。

俺は、この幸せを壊したくない。』

 

シルフィの涙が止まらなくなる。

 

「……ルディ……」

 

パウロは俯く。

リーリャも泣いている。

ノルンもアイシャも、もう顔を上げられない。

ザノバは拳を握っている。

クリフは目を閉じる。

エリスは――。

声を出さずに泣いている。

そして、全員が気づいてしまう。

ルーデウスは幸せだった。

本当に幸せだった。

だからこそ――。

その幸せを失うことを、誰よりも怖がっていた。

――――――――――

【ここから現在】

――――――――――

 

そして――文章が変わる。

ここからは、ルーデウスが過去を振り返っている文章ではない。

その時のルーデウスが書いていた文章だ。

 

――――――――――

【手紙】

――――――――――

 

『パウロから手紙が届いた。

ノルンとアイシャが家に来る。

久しぶりに家族が増える。

嬉しい。

でも、少し不安でもある。

俺はちゃんと兄としてやれるだろうか。』

 

ノルンが俯く。 

 

――――――――――

【到着】

――――――――――

 

『ノルンとアイシャが到着した。

ルイジェルドさんとも再会した。

昔の旅を思い出す。

あの頃とは、何もかも変わっている。

でも、再会できたことは嬉しい。』

 

――――――――――

【試験】

――――――――――

 

『ノルンとアイシャがラノア魔法大学の試験を受けた。

アイシャは満点に近い点数。

ノルンはお世辞にもいいとは言えなかった。』

 

――――――――――

【寮】 

――――――――――

 

『ノルンは寮に入りたいと言った。

アイシャから少し言われたが寮に入ることを許可した。

これで大丈夫だと思っている。

きっと、うまくいく。』

 

――――――――――

【ノルン】

――――――――――

 

『ノルンが引きこもってしまった。

俺は何もできない。

ノルンが何を考えているのか分からない。

兄なのに。

何もできない。』

 

ノルンの顔が青ざめる。

 

「……」

 

『俺はノルンのクラスに乗り込む。

イジメかと思ったが違った。

何とかしようと思う。』

 

ノルンが涙を流す。

 

「お兄ちゃん……」

 

 

――――――――――

【女子寮】

――――――――――

 

『アリエル王女、リニア、プルセナ、シルフィの力を借りる。

女子寮に忍び込む。

ノルンの部屋へ行く。

ノルンの前に立つ。

でも――何も言えない。』

 

「…………」

 

『何を言えばいいのか分からない。

どうすればいいのか分からない。

ただ、ノルンの前にいる。

俺は、何もできない。』

 

ノルンは泣きながら日記を見る。

 

『でも、ノルンは一人で立ち直った。

俺が立ち直らせたわけじゃない。

ノルン自身が立ち直った。

俺は、それが嬉しい。』

 

ノルンが顔を覆う。

 

「……違う……」

 

「……お兄ちゃんが来てくれたから……」

 

シルフィがノルンを抱きしめる。

 

「うん……」

 

 

――――――――――

【シルフィ】

――――――――――

 

『シルフィが妊娠した。

シルフィは俺の隣にいる。

それだけで、俺は救われている。

家族がいる。

帰る場所がある。

だから、この生活を守りたい。

シルフィを守りたい。

ノルンもアイシャも守りたい。

これから生まれてくる子供も守りたい。』

 

――――――――――

【ギースからの手紙】

――――――――――

 

『ギースから手紙が届いた。』

 

『ゼニス救出困難、救援を求む』

 

パウロが息を呑む。

 

「……ゼニス」

 

『俺は迷っている。

助けに行きたい。

でも、家族を置いていくのが怖い。

帰ってこられないかもしれない。

それでも、ゼニスを見捨てることもできない。』

 

『俺は、家族を置いていきたくない。』

 

シルフィが目を閉じる。

 

「……だったら……」

 

声が震える。

 

「どうして……」

 

その先は言えなかった。

パウロは顔を伏せる。

 

「……ルディ」

 

誰にも聞こえないほど小さな声だった。

 

 

――――――――――

【ヒトガミ】

――――――――――

 『ヒトガミ』

 

「……ヒトガミ?」

 

ノルンが首を傾げる。

 

「なんだ、それ?」

 

パウロも眉を寄せる。

 

「人の神……という意味でしょうか?」

 

リーリャも不思議そうに呟く。

ザノバとクリフも顔を見合わせた。

 

「私は聞いたことがありませんね」

 

「俺もだ」

 

シルフィもページを見つめた。

 

「ルディが……そんな人のことを書いてたの?」

 

誰も、その名前に心当たりがなかった。

ただ一人を除いて。

 

「…………」

 

エリスだけが、固まっていた。

その瞬間頭の奥に、ずっと忘れられない光景が蘇る。

オルステッド。

あの男と戦った時。

その戦いの中で交わされた、いくつかの言葉。

エリスの顔から、血の気が引いていく。

 

「……待って」

 

小さな声だった。

全員がエリスを見る。

 

「エリス?」

 

シルフィが声をかける。

エリスは答えない。

ただ、日記の文字を見つめていた。

 

「……ヒトガミって……」

 

震える指で、その名前を指す。

 

「私……聞いたことがある」

 

「え?」

 

ノルンが目を見開く。

エリスはゆっくり顔を上げた。

 

「オルステッドとの戦いの時……」

 

部屋の空気が変わった。

 

「ルディは……その言葉を知っていた」

 

パウロが黙り込む。

 

「オルステッド……?」

 

ザノバが呟く。

エリスは頷いた。

 

「そう。あの時……ルディは何かを知っているみたいだった」

 

「でも……ヒトガミって名前までしか……」

 

そこまで言って、エリスは口を閉じた。

記憶を必死に辿る。

あの時のルーデウスの言葉。

ヒトガミという言葉を発した時のオルステッドの表情。

 

『ヒトガミがまた夢に出てきた。

『ベガリット大陸には行くな。

行ったら、あなたは後悔する。』

 

エリスの声が震える。

 

「ルディは……ずっと、この『ヒトガミ』ってやつに……何かを言われてたの?」

 

その一文だけで部屋にいた全員が息を呑んだ。

 

「……出てきた?」

 

クリフが眉をひそめる。

 

「まるで、以前から知っている存在のような書き方ですね」

 

ザノバも黙って日記を見る。

エリスは何も言わなかった。

ただ、日記から目を離せない。

――知らなかった。

自分たちは、ルーデウスが何を恐れていたのか。

何と戦っていたのかその一部すら知らなかった。

それなのにルーデウスは、日記の中には残していた。

誰にも話せなかったことを誰にも見せなかった弱さを。

そして今その名前だけが、残された家族の前に現れていた。

 

『ヒトガミ。』

 

エリスは拳を握った。

 

「……ルディ」

 

小さく呟く。

 

「あなた……一人で、何と戦ってたのよ……」

 

『俺は、その言葉を聞いて迷っている。

行くべきなのか。

行かないべきなのか。

分からない。

家族を置いていくのが怖い。

でも、ゼニスを見捨てるのも怖い。』

 

エリスが日記を見つめる。

 

「……」

 

『俺は、ずっと考えている。

どうすればいい。

何を選べばいい。

俺には分からない。』

 

誰も言葉を発しない。

 

 

――――――――――

【ノルンの言葉】

――――――――――

 

『そして、ノルンに言われる。』

 

『兄さんが行かないなら私がいきます。』

 

ノルンの手が止まる。

 

「…………」

 

『お父さんやお母さんが大変なんですよ。』

 

パウロの表情が変わった。

 

「……ノルン」

 

ノルンは俯いた。

 

まだ続きがある。

 

『なんで兄さんは助けに行かないんですか!』

 

「…………っ」

 

ノルンの唇が震える。

自分が言った言葉だった。

覚えている。

あの時は、ただ必死だった。

父が、母が大変な状況にいる。

兄なら助けられる。

そう思っていた。

だから、言った。

 

『とっても強いのに旅だってできるのに!』

 

部屋が静まり返る。

誰も口を挟まない。

ノルンは日記から目を逸らせなかった。

そして、その下に続いていたルーデウスの言葉。

 

『そう、ノルンに言われた。

俺が行かないなら、自分が行くと。

……参った。』

 

そこまでは、いつものルーデウスらしい文章だった。

けれどその次の一文を読んだ瞬間シルフィの顔が曇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ノルンにあんな顔をさせたくなかった。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノルンが息を呑む。

 

『俺が兄だから、ちゃんとしなきゃいけないと思った。』

 

『俺は、その言葉を聞いている。』

 

『ノルンは、もう一人で立てる。』

 

『シルフィもいる。』

 

『アイシャもいる。』

 

『家族がいる。』

 

『だから――』

 

『俺は行く。』

 

『怖い。』

 

『帰ってこられるか分からない。』

 

『それでも行く。』

 

『俺が行かなきゃいけない。』

 

パウロが目を閉じた。

 

「……ルディ」

 

拳を握る。

ルーデウスは、いつも強く見せていた。

家族の前では仲間の前では誰かを守る時には。

けれど日記の中では――

その強さの裏側に隠していたものを、吐き出していた。

 

『ノルンが言ってくれたから、俺は行く。

ありがとう、ノルン。』

 

ノルンの涙が一滴、紙の上に落ちそうになる。

 

「……違う」

 

小さな声。

 

「私は……」

 

言葉が続かない。

 

「私は、兄さんを行かせたかっただけで……」

 

シルフィがそっとノルンを見る。

けれど、何も言えなかった。

ノルン自身も分かっていた。

あの時の自分は、兄の恐怖を知らなかった。

ルーデウスが何を抱えていたのかも。

それでもノルンの言葉が、ルーデウスを動かした。

 

シルフィは、もう顔を上げられない。

 

『ありがとう、ノルン。』

 

その一言だけが何度も、何度もノルンの胸に突き刺さっていた。

 

 

――――――――――

【最後】

――――――――――

「…………」

 

シルフィの目から涙が落ちる。

 

『本当は、もっと言いたいことがある。

怖いって言いたい。

行きたくないって言いたい。

置いていきたくないって言いたい。

帰ってきたいって言いたい。

子供が生まれるところを見たいって言いたい。

ノルンが笑っているところも見たい。

アイシャの成長も見たい。

みんなとまた話したい。

本当は――ずっとここにいたい。』

 

シルフィが口元を押さえる。

 

「……ルディ……」

 

『でも、俺は行く。帰ってくる。ゼニスを助けに

帰ればならない。

帰ってこなきゃいけない。

子供が生まれるまでには帰ってこよう。』

 

そして――最後のページ。

その先は――白紙だった。

 

 

「…………」

 

誰も喋らない。

シルフィは日記を抱きしめる。

パウロは俯いている。

リーリャは涙を流している。

ノルンは泣きながら顔を伏せている。

アイシャも声を殺して泣いている。

ザノバは、最後のページを見つめたまま動かない。

クリフも何も言えない。

エリスは涙を拭うことすら忘れていた。

長い沈黙。

そして――シルフィが震える声で呟く。

 

「……言ってくれればよかったのに……」

 

誰も答えない。

 

「怖いって……」

 

「帰ってきたいって……」

 

「ずっとここにいたいって……」

 

シルフィの声が途切れる。

 

「……私、聞きたかったよ……」

 

日記には書かれていた

ルーデウスが言えなかったこと

怖かったこと。寂しかったこと。帰りたかったこと。

家族を愛していたこと。

 

私たちには見せてくれなかった一面

 

でも――。

それを書いた日記は、ルーデウス本人には届かない。

そして、ルーデウスが最後に書いた言葉も――。

誰かに直接伝えることはできなかった。

本当は、

 

「ありがとう」

 

と言いたかった。

 

「怖い」

 

と言いたかった。

 

「帰りたい」

 

と言いたかった。

 

「ずっと一緒にいたい」

 

と言いたかった。

 

「子供が生まれるところを見たい」

 

と言いたかった。

そして――。

 

「ただいま」

 

と、言いたかった。

 

でも、その言葉は――。

 

最後まで、誰にも届かなかった。

 

そしてシルフィやノルン、アイシャ、パウロ、リーリャ、エリス、クリフ、ザノバ、リニア、プルセナ、エリナリーゼ、ロキシーが帰ってこなかったルーデウスに伝えたかった言葉は.....

 

「お帰りなさい、お疲れ様」

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

         『届かなかった言葉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

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