シャリーアが見えた。
帰ってきた。
長い旅だった。
本当に長かった。
俺は何度も、この場所に帰ることを考えていた。
ゼニスを連れて、ルディと一緒に。
家族全員で帰ってくるそのはずだった。
「……」
俺は荷物を見る。
小さな箱。
ルディの遺灰が入っている。
そして
アクアハーティア。
ルディが使っていた杖。
あいつの装備。
荷物。
俺たちが持ち帰った。
ルーデウス・グレイラットの全てだった。
「パウロ」
エリナリーゼが俺を見る。
「……行きますわよ」
「ああ」
足が動かない。
「パウロ」
「わかってる」
帰らなければならない。
俺が伝える。
俺が。
ルディの父親である俺が伝えなければならない。
歩く。
一歩。
また一歩。
やがてルディの家が見えた。
「……」
立派な家だ。
初めて見た。
俺の知らない。
ルディの家。
あいつはこんな家を買ったのか。
結婚して。
仕事をして。
家庭を作って。
俺の知らない間にちゃんと大人になっていた。
俺はそんな息子を死なせた。
「……くそ」
扉の前に立つ。
手を上げる。
叩けない。
俺がこの扉を叩けば全部が終わる。
この家の中では、まだルディは生きている。
帰ってくる。
皆がそう思っている。
俺がそれを壊す。
「……」
ギースが俯いている。
タルハンドも何も言わない。
ロキシーはアクアハーティアを抱えていた。
エリナリーゼが、扉を叩いた。
「はい!」
中から声が聞こえた。
足音。
扉が開く。
「お帰りなさ――」
緑色の髪シルフィだった。
俺を見る。
そしてリーリャにおぶられている
後ろのゼニスを見る。
目を見開いた。
「ゼニスお義母様……!」
シルフィが笑った。
「よかった……!」
その声を聞いて。
家の奥からアイシャが走ってきた。
「ゼニス様!?」
アイシャがゼニスを見る。
「ゼニス様!」
駆け寄る。
「よかった……本当に……!」
泣いている。
二人とも
喜んでいる。
当たり前だ。
ゼニスを助けた。
俺たちは成功した。
「お父様も!」
アイシャが俺を見る。
「無事だったんですね!」
「ああ……」
「よかった……」
アイシャは笑った。
「本当に……よかったです」
やめてくれ...そんな顔をするな。
「……」
誰も次の言葉を出せなかった。
「とりあえず……中に入りましょう」
シルフィが言った。
俺たちは家に入った。
◇ ◇ ◇
リビング。
ゼニスはソファーに座っている。
その隣にはリーリャ。
机を挟んで、俺の目の前に
シルフィ。
アイシャ。
少し離れた場所に。
ロキシー。
エリナリーゼ。
タルハンド。
ギース。
誰も喋らない。
「……」
シルフィが俺を見る。
アイシャも。
俺が話さなければならない。
「……全員、揃ったな」
「話をしよう」
シルフィの顔から少しだけ笑顔が消えた。
その時。
アイシャが口を開いた。
「……お父様」
「なんだ」
「お兄ちゃんは?」
心臓を掴まれたような気がした。
「お兄ちゃんだけ、まだ帰ってきていません」
アイシャは俺たちを見る。
「もしかして、魔法大学に何か報告をしに行ったんですか?」
違う。
「それとも……」
アイシャが笑う。
「お母様救出成功パーティの為に先に何か買いに行ったとか?」
違う。
「お兄ちゃんなら、やりそうですね」
やめてくれ。
「アイシャ」
「はい」
俺は。
「……ルディは」
声が震える。
「ルーデウス・グレイラットは」
言え。
俺が言うんだ。
「……死亡した」
「……」
静かになった。
「これが……遺品だ」
ロキシーから。
アクアハーティアを受け取る。
机に置く。
ルディの装備も。
一つ。
また一つ。
机に並べた。
「そして……これが」
小さな箱を机に置く。
「ルディだ」
「……え?」
アイシャだった。
誰も動かなかった。
「何を……」
シルフィが笑った。
「何を言ってるんですか?」
「……」
「ルディは?」
俺は答えられない。
「ルディはどこですか?」
「シルフィ……」
「これがルディって」
箱を見る。
「そんなわけないじゃないですか」
笑っている。
「だって」
自分の腹に手を置く。
「もうすぐ……」
声が震えた。
「もうすぐ、子供が生まれるんですよ?」
「……」
「ルディ、楽しみにしてたんです」
「名前も……考えようって……」
シルフィの目から涙が落ちた。
本人は気づいていないようだった。
「帰ってきたら……」
「一緒に……」
「……」
シルフィが箱を見る。
「嘘ですよね?」
俺は首を横に振った。
「……すまない」
シルフィの膝から力が抜けた。
「シルフィ!」
エリナリーゼが支える。
「いや……」
小さな声。
「いやです」
「シルフィ……」
「嫌です」
箱に手を伸ばす。
シルフィが箱を抱き締める。
「ルディ……?」
返事はない。
箱に話しかける。
「お帰りなさい」
笑おうとしていた。
「ルディ」
涙が止まらない。
「お帰りなさい……」
何度も。
何度も。
「お帰りなさい……」
俺は見ていられなかった。
だが、目を逸らす資格もない。
俺がこうした。
「……嘘」
アイシャの声。
「嘘です」
杖を見る。
「だって……」
立ち上がる。
「お兄ちゃんは強いんですよ?」
俺を見る。
「お父様も知っているでしょう?」
一歩後ろに下がる。
「水聖級の魔術師で」
また。
「龍神とも戦って」
「アイシャ……」
「お兄ちゃんが死ぬわけないじゃないですか!」
叫んだ。
「アイシャ!」
「嘘です!」
シルフィが抱いている箱を見る。
杖を見る。
そして俺を見る。
「……俺を庇った」
俺は言った。
言わなければならない。
「俺が油断した」
「……」
「ヒュドラに気づかなかった」
「……」
「ルディが俺を突き飛ばして」
「やめてください」
「それで」
「やめて!」
アイシャが叫んだ。
俺は黙った。
「……」
アイシャはゆっくりと杖へ近づいた。
震える手で杖に触れる。
「……お兄ちゃん」
両手で持つ。
「重い……」
小さく呟いた。
そして抱き締めた。
「お兄様……」
ロキシーが俯く。
「申し訳……ありません」
「……」
「私が……」
「やめてください」
アイシャが言った。
ロキシーが顔を上げる。
「今……それを言われたら……」
アイシャの顔が歪む。
「誰を恨めばいいのか……わからなくなります」
ロキシーは何も言えなかった。
俺も何も言えなかった。
「……失礼します」
アイシャが突然言った。
「アイシャ?」
リーリャが娘を見る。
「少し……一人にしてください」
「……」
「お願いします」
杖を机に戻す。
そしてアイシャはリビングを出ていった。
扉が静かに閉じた。