迷宮編ifルート   作:宵ノ旅人

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届かなかった言葉 #3

どれくらい時間が経ったのか。

誰も喋らない。

シルフィはルディの箱を抱いたまま動かない。

ゼニスはソファーに座っていた。

リーリャはその隣にいる。

 

机を挟んで

ロキシー。

エリナリーゼ。

タルハンド。

ギース。

 

全員ここにいる。

ルディだけがいない。

 

その時だった、玄関の扉が開いた。

 

「ただいま戻りました」

 

ノルンの声。

俺の体が固まった。

足音が近づいてくる。

 

「アイシャ?」

 

また。

俺はまた。

伝えなければならない。

 

「シルフィさん?」

 

ノルンがリビングに入ってきた。

 

「……え?」

 

俺を見る。

 

「お父さん?」

 

ノルンの顔が明るくなった。

 

「お父さん!」

 

俺に駆け寄る。

 

「帰ってきたんですね!」

 

抱きつかれる。

 

「ノルン……」

 

「お母さんは!?」

 

「ああ」

 

ゼニスを見る。

ノルンが息を呑む。

 

「お母さん……」

 

ゼニスに駆け寄る。

 

「お母さん!」

 

抱き締める。

泣く。

 

「よかった……!」

 

喜んでいる。

 

「本当に……よかった……!」

 

俺はまたこの笑顔を壊す。

ノルンが顔を上げる。

 

「それで」

 

言うな。

 

「お兄ちゃんは?」

 

やめろ。

 

「まだ帰ってきてないんですか?」

 

誰も答えない。

ノルンが周囲を見る。

 

「……?」

 

シルフィ。

ロキシー。

エリナリーゼ。

俺。

そして、シルフィの腕の中。

小さな箱。

机の上にアクアハーティア。

 

「……なんで」

 

ノルンが呟く。

 

「なんで、お兄ちゃんの杖がここにあるの?」

 

誰も答えない。

 

「……お兄ちゃんは?」

 

俺はノルンの前に立った。

 

「ノルン」

 

「はい」

 

「……話がある」

 

ノルンの顔から少しずつ表情が消えた。

 

「……嫌です」

 

「ノルン」

 

「聞きたくないです」

 

「……」

 

「お兄ちゃんは?」

 

俺を見る。

 

「お兄ちゃんは、どこですか?」

 

「ルディは」

 

喉が痛い。

何度言えばいい。

俺はあと何回。

息子が死んだと言えばいい。

 

「……死んだ」

 

ノルンが止まった。

 

「……」

 

「迷宮で」

 

「……」

 

「俺を庇って」

 

声が震える。

 

「……死んだ」

 

ノルンは動かなかった。

 

「……私」

 

小さな声だった。

 

「私が……」

 

「ノルン?」

 

「私が言った」

 

頭を抱える。

 

「お兄さんに……」

 

「……」

 

「行ってって」

 

俺は何も言えなかった。

 

「私が……」

 

ノルンの呼吸が乱れる。

 

「お父さんと、お母さんを助けてって」

 

「ノルン、それは――」

 

「私が言った!」

 

叫んだ。

 

「私がわがままを言った!」

 

「違う!」

 

「違わない!」

 

泣いていた。

 

「お兄さんは行かないって言ってた!」

 

「……」

 

「子供が生まれるからって!」

 

シルフィの肩が震えた。

 

「行けないって!」

 

「……」

 

「シルフィさんの側にいたいって!」

 

シルフィが箱を抱く腕に力を込めた。

 

「なのに……」

 

ノルンが頭を抱える。

 

「私が……!」

 

「ノルン!」

 

「お父さんたちを見捨てるのって!」

 

「……」

 

「家族じゃないのって!」

 

俺は息ができなかった。

 

「私が言ったから!」

 

泣く。

 

「お兄さんは行った!」

 

「違う!」

 

俺はノルンの肩を掴んだ。

 

「違う! ルディを死なせたのは俺だ!」

 

「……」

 

「俺が油断した!」

 

「……」

 

「俺がヒュドラに気づかなかった!」

 

ノルンの目が大きく開いた。

 

「ルディは……」

 

言葉が詰まる。

 

「俺を庇った」

 

「……」

 

「俺を突き飛ばして」

 

ノルンが俺の手を振り払った。

 

「じゃあ……」

 

「……」

 

「お父さんを助けたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「お兄さんは」

 

ノルンの声が震える。

 

「お父さんを助けて……死んだんでしょ?」

 

「……ああ」

 

その瞬間ノルンの顔が歪んだ。

 

「だったら……」

 

ノルンが俺の前に来る

拳を握る。

 

「だったら、なんで……!」

 

俺の胸を叩いた。

 

「なんでお父さんが帰ってきたの!」

 

誰も動かなかった。

 

「ノルン……」

 

「なんで!」

 

もう一度。

 

「なんでお兄ちゃんじゃないの!」

 

胸を叩かれる。

 

「お兄ちゃんには!」

 

また。

 

「シルフィさんがいて!」

 

「子供がいて!」

 

「これからだったのに!」

 

俺はまた何も言えない。

 

「お父さんなんか……!」

 

ノルンが言葉を止めた。

だが、もう遅かった。

 

「お父さんなんか……帰ってこなければよかった!」

 

静かになった。

ノルンが自分の言った言葉を理解した。

 

「……あ」

 

俺を見る。

 

「お父……」

 

「……そうだな」

 

俺は言った。

不思議とすんなり言えた。

 

「俺もそう思う」

 

「違……」

 

「俺が死ねばよかった」

 

本心だった。

 

「ルディじゃなくて」

 

俺が。

 

「俺が死ぬべきだった」

 

「違う……」

 

ノルンの顔がさらに歪んだ。

 

「違うの……」

 

俺の服を掴む。

 

「そんなこと……言いたかったんじゃ……」

 

「わかってる」

 

「ごめんなさい……」

 

「……ああ」

 

「ごめんなさい……!」

 

ノルンを抱き締める。

娘が泣いている。

俺も泣いていた。

 

「私が……」

 

俺の胸の中でノルンが呟く。

 

「私が行けって言わなければ……」

 

「ノルン」

 

「お兄さんは……ここにいたのに……」

 

「……」

 

「シルフィさんの側に……」

 

その時だった。

 

「……は?」

 

声がした。

低い。聞いたことのない声だった。

俺は顔を上げた。リビングの扉。

そこにいたのは、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイシャが立っていた。

 

「……アイシャ?」

 

ノルンは俺から離れる。

アイシャはノルンを見ていた。

 

「今……」

 

声が震えている。

 

「なんて言いました?」

 

「……」

 

「アイシャ」

 

リーリャが立ち上がる。

 

「お兄様が」

 

一歩。

 

「ここにいた?」

 

一歩。

 

「シルフィお義姉様の側にいた?」

 

「……」

 

「あなたが言わなければ?」

 

ノルンの顔青ざめる。

 

「それ……」

 

アイシャがノルンの前で止まる。

 

「どういう意味ですか?」

 

「アイシャ……」

 

「答えてください」

 

「……」

 

「ノルン」

 

初めてだったアイシャがノルンを呼び捨てにした。

 

「答えて」

 

「……私が」

 

ノルンが震える。

 

「お兄さんに……」

 

「……」

 

「助けに行ってって……言った」

 

「……」

 

「お父さんと、お母さんを……」

 

「……」

 

「見捨てるのかって……」

 

「……」

 

アイシャは何も言わなかった。

 

「家族じゃないのって……」

 

「……」

 

「私が……言ったの」

 

静かだった、不気味なほど静かだった。

 

「……そう」

 

アイシャが小さく呟いた。

 

「そうなんだ」

 

「アイシャ……」

 

「お兄様は」

 

机の上にあるアクアハーティアを見る。

 

「行かないって言ったんですよね?」

 

「……うん」

 

「子供が生まれるから?」

 

「……うん」

 

「シルフィお義姉様の側にいるって?」

 

「……うん」

 

アイシャが顔を上げた。

 

「それを」

 

ノルンを見る。

 

「あなたが行かせた?」

 

「……ごめ」

 

「やめて!」

 

家中に声が響いた。

俺は息を呑んだ。

アイシャが怒鳴った。

あのいつも笑っている。

いつも頭が回る。

どんな時でも冷静なアイシャが。

 

「……あ」

 

「今!」

 

アイシャがノルンへ歩み寄る。

 

「今、謝らないで!」

 

「アイシャ!」

 

リーリャが娘へ近づく。

 

「謝って何になるんですか!?」

 

「……」

 

「謝れば!」

 

アイシャがシルフィを指差した。

その腕の中ルディの遺灰。

 

「お兄様が帰ってくるんですか!?」

 

ノルンが後ろに下がる。

 

「私……」

 

「お兄様は!」

 

一歩。

 

「私に留守を頼むって言った!」

 

一歩。

 

「シルフィお義姉様を頼むって!」

 

「……」

 

「だから私は!」

 

涙が落ちた。

 

「毎日、この家を守った!」

 

「アイシャ……」

 

「お義姉様を支えた!」

 

机からアクアハーティアを掴む。

 

「お兄様が帰ってきた時!」

 

杖を抱き締める。

 

「何も心配しなくていいように!」

 

「……ごめんなさい」

 

ノルンが泣きながら呟いた。

 

「だから謝らないでって言ってるでしょ!」

 

アイシャが叫んだ。

 

「あなたが!」

 

杖を置き、ノルンの服に掴み掛かり拳を握る

 

「アイシャ!」

 

リーリャがアイシャの腕を掴んだ。

 

「離してください!お母さん」

 

「やめなさい!」

 

「離してよ!アイシャ!」

 

「ノルン姉が...いやお前が言わなければぁァァァァ」

甲高い叫び声が家中に響く

 

「私が何をすればいいというの?」

 

ノルンが反論する。

その時

リーリャがアイシャを引き剥がし、服に掴み掛かる

 

「どうして止めるんですか!お母さんはお兄ちゃんが死んでも良かったの?」

 

「今のあなたは冷静ではありません!」

 

「冷静!?」

 

アイシャが笑った。

泣きながら笑った。

 

「冷静になってどうするんですか?」

 

「……」

 

「お兄様が死んだんですよ?」

 

「アイシャ……」

 

「私のお兄ちゃんが!」

 

「……」

 

「私を助けてくれた!」

 

涙が次々と落ちる。

 

「私をこの家に置いてくれた!」

 

「……」

 

「私に居場所をくれた!」

 

アクアハーティアを強く抱き締める。

 

「私の自慢のお兄様が!」

 

アイシャがノルンを見る。

 

「あなたの一言で――!」

 

「............!!」

 

「アイシャ!」

 

リーリャの声が響いた。

アイシャが止まった。

 

「それ以上は」

 

リーリャが娘を見る。

 

「言ってはいけません」

 

「……どうして」

 

「言えば」

 

リーリャの声も震えていた。

 

「あなたは一生、後悔します」

 

「……」

 

「ノルン様は」

 

リーリャがノルンを見る。

 

「ルーデウス様が亡くなると知っていて、送り出したのではありません」

 

「でも!」

 

「アイシャ!」

 

リーリャが娘を抱き締めた。

杖が落ちる。

 

「もういいのです」

 

「よくない!」

 

アイシャが暴れる。

 

「よくないです!」

 

「アイシャ」

 

「お兄様が!」

 

リーリャの服を掴む。

 

「お兄様が死んだんですよ!」

 

「……はい」

 

「もう帰ってこないんですよ!」

 

「はい」

 

「私……!」

 

アイシャの声が崩れた。

 

「私……待ってたのに……!」

 

リーリャが強く抱き締める。

 

「毎日……」

 

「はい」

 

「今日かなって……」

 

「……はい」

 

「明日かなって……!」

 

「はい」

 

「帰ってきたら……!」

 

アイシャは泣いていた、子供のように。

 

「お帰りなさいって……!」

 

「……」

 

「言おうと思ってたのに……!」

 

リーリャの肩に顔を埋める。

 

「言えないじゃないですか……!」

 

「……」

 

「もう……!」

 

「お兄ちゃんに……」

 

泣く。

 

「お帰りなさいって……」

 

「……」

 

「言えないじゃないですか……」

 

誰も...何も言えなかった。

冷静になったノルンはその場に立っていた。

顔を上げることもできず。

ただアイシャを見ていた。

 

「……ごめんなさい」

 

小さな声。

アイシャの肩が動いた。

 

「ごめんなさい……」

 

ノルンが何度も。

 

「ごめんなさい……」

 

繰り返す。

アイシャは答えなかった。

リーリャに抱かれたまま。

俺はそんな娘たちを見ることしかできなかった。

ルディは二人の妹をいつも気に掛けていた。

ノルンを心配し、アイシャを頼り。

二人が自分のいない場所でも幸せであることを願っていた はずだ。

 

ルディがいなくなった日。

 

二人の妹は初めて互いを憎み合った。

ゼニスは帰ってきた、俺も帰ってきた。

 

なのに、家族の誰一人喜んでいない。

 

リビングにはルディの遺灰、アクアハーティア。

俺たちが迷宮から持ち帰ったもの。

それが、俺たちの六年間の旅の結末だった。

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