※シルフィ視点
朝になった。
一睡もできなかった。
ルディの遺骨は、リビングに置いてある。
この間までここは私とルディの寝室だった。
今もそうだこれからも....そう思いたい。
「……行ってきます」
誰に言ったのか自分でもわからなかった。
玄関を出る。
今日はルディの友人たちに伝えなければならない。
私が伝える。
私はルディいやルーデウス・グレイラットの妻だから。
⸻
ラノア魔法大学。
何度も来た場所。
ルディと一緒に歩いた場所。
廊下を歩いていると今にも後ろから声を掛けられそうだった。
『シルフィ、どうしたんだ?』
そんな声が聞こえる気がする。
「……」
いない。
わかっている。
最初に向かったのはザノバの研究室だった。
扉を叩く。
「入れ」
中から声。
扉を開ける。
「失礼します」
「む?」
ザノバが顔を上げた。
「シルフィ殿ではありませんか」
ジュリもいる。
「どうされました?」
「……」
言葉が出ない。
「シルフィ殿?」
「ザノバさん」
「はい」
「クリフ先輩と……リニアちゃんとプルセナちゃんも呼んでもらえる?」
ザノバがシルフィを見る。
「……師匠に、何か?」
心臓が痛い。
「お願いします」
ザノバはそれ以上、聞かなかった。
⸻
少しして、全員が集まった。
ザノバ。
クリフ先輩。
リニア。
プルセナ。
ジュリ。
そして。
ナナホシ。
ナナホシは研究室から呼ばれてきた。
「何?」
いつもの少し面倒そうな声。
「ルーデウスが帰ってきたの?」
胸が痛い。
「……」
誰も喋らない。
「シルフィ?」
ナナホシが私を見る。
私は息を吸った。
「みんなに」
声が震える。
「伝えなきゃいけないことがあります」
全員が私を見る。
「ルディは」
言え。
「私の夫、ルーデウス・グレイラットは」
私は妻だ。
「……死にました」
誰も動かなかった。
「……は?」
最初に声を出したのはクリフ先輩だった。
「何を言っている?」
「……」
「ルーデウスが?」
私を見る。
「死んだ?」
「はい」
「馬鹿な」
即答だった。
「ありえない」
「……」
「あいつは強い」
クリフ先輩が言う。
「魔術だけなら、この大学でも並ぶ者はいない」
「はい」
「なら」
「死にました」
もう一度言った。
「転移迷宮で」
「……」
「パウロお義父様を庇って」
喉が痛い。
「死にました」
クリフ先輩が黙った。
「…師匠が?」
ザノバさんだった。
「はい」
「……」
笑った。
「シルフィ殿」
「……」
「冗談にしては」
笑顔が消える。
「少々、質が悪いですぞ」
「……ごめんなさい」
「謝る必要などありません」
ザノバさんが言う。
「師匠は?」
「……」
「師匠本人を呼んでください」
「ザノバさん……」
「拙者は師匠から直接聞きます」
「……」
「死んだなどと」
拳を握る。
「そんな話を」
机が僅かに軋んだ。
「信じられるわけがないでしょう」
ジュリちゃんがザノバさんを見上げている。
「マスター……?」
「……」
「グランドマスターは?」
ザノバさんは答えなかった。
⸻
「嘘だニャ」
リニアちゃんが言った。
「……」
「絶対嘘だニャ」
笑っている。
「ボスが死ぬわけないニャ」
「リニア……」
「だってボスだニャ?」
プルセナちゃんを見る。
「な?」
「……そうなの」
プルセナちゃんが頷く。
「ボスは強いの」
「だニャ!」
リニアちゃんが笑う。
「私と戦って勝ったニャ!」
「魔王だって倒したニャ!」
「リニア」
「だから!」
声が震えた。
「死ぬわけないニャ……」
リニアちゃんが俯いた。
「死ぬわけ……」
プルセナちゃんがリニアちゃんの肩を掴む。
「……ボス」
小さく呟く。
「また肉、食べさせてくれるって……」
「……」
「言ってたの」
誰も何も言えなかった。
⸻
ナナホシさんはずっと黙っていた。
「……いつ?」
「え?」
「いつ死んだの?」
「……迷宮攻略の日です」
「そう」
それだけだった。
「……ナナホシさん?」
「何?」
「……」
顔はいつもと変わらない。
「私は帰る」
ナナホシが扉へ向かう。
「ナナホシ!」
クリフ先輩が呼ぶ。
「今は――」
「じゃあ、どうしろっていうの?」
ナナホシさんが振り返った。
「泣けばいい?」
誰も答えない。
「叫べば?」
「……」
「あいつは死んだんでしょう?」
声は冷たかった。
「だったら」
扉を開く。
「私は研究を続ける」
「ナナホシ……」
「帰らないと...私は帰らないと」
小さく聞こえた。
「……帰る方法を探さないと」
扉が閉まった。
⸻
長い沈黙。
誰も帰ろうとしなかった。
「……シルフィ殿」
ザノバさんが口を開いた。
「師匠は」
「はい」
「最後に、何か?」
私は首を横に振った。
「私は……」
声が震える。
「何も聞けませんでした」
「……」
「行ってらっしゃいって」
あの日。
玄関。
「それだけです」
帰ってくると思っていた。
当然のように。
「お帰りなさいって……」
涙が落ちた。
「言えると思ってました」
誰も何も言わない。
「赤ちゃんも……」
自分のお腹に触れる。
「ルディに抱いてもらえるって……」
もう我慢できなかった。
「思ってたのに……」
膝から力が抜ける。
「シルフィ!」
クリフ先輩が動く。
その前にザノバさんが私を支えた。
「……シルフィ殿」
ザノバさんの声が震えていた。
「師匠は」
そこで言葉が止まった。
ザノバさんが泣いていた。
声を出さず、ただ涙を流していた。
「余は……」
拳を握る。
「まだ何一つ」
「……」
「師匠に恩を返しておりませぬ」
クリフ先輩が顔を背けた。
リニアちゃんは泣いている。
プルセナちゃんも、ジュリちゃんも、
誰も笑っていない。
ルディ......あなたは.....
こんなに......
こんなにたくさんの人に大切に思われていたんだよ。
「……ルディ」
私は小さく呟いた。
返事はなかった。
その日。
ラノア魔法大学から一人の男が消えたことを彼の友人たちは知った。
ルーデウス・グレイラット。
私の夫。
彼らの友人。
師匠。
親友。
ボス。
そして。
同郷。
ルディの死は家族だけのものではなかった。
その日、私は初めて。
それを知った。