パウロ視点
ルディの死を報告した2日後
俺たちは、ルディの家を発つことになった。
いつまでもここにはいられない。
転移迷宮を攻略した。
ゼニスを救出した。
そして、ルディが死んだ。
転移災害の救助の続きをしなければならない。
また、ある人に報告に行く。
「……」
荷物を持つ。
少ない。
来た時よりもずっと少ないように感じた。
「旦那様」
リーリャだった。
「奥様は、私が」
「ああ」
ゼニスを見る。
椅子に座っている。
昨日からほとんど動いていない。
「……頼む」
「はい」
リーリャが頭を下げる。
俺はリビングを見る。
シルフィはいない...
寝室だ
昨日
友人たちに報告して帰ってきてから、ほとんど部屋を出ていない。
「……シルフィには」
「私から伝えておきます」
「そうか」
顔を合わせる勇気がなかった。
あの子の顔を見るたび思う。
俺があの子の夫を奪った。
腹の子供から父親を奪った。
「パウロ」
ギースが呼ぶ。
「時間だ」
「……ああ」
エリナリーゼ。
タルハンド。
ギース。
ロキシー。
そして俺。
迷宮へ向かった時はここにルディがいた。
「……行くぞ」
誰も返事をしなかった。
その時だった寝室の扉が開く。
「待ってください」
シルフィが出てきた。
目の下には濃い隈がある。
それでも立っていた。
「シルフィ」
「私も行きます」
「……」
「報告するんでしょう?アリエル様に」
俺は言葉を失った。
「でも、お前は――」
「ルディの妻です。話を通せるかも知れません」
静かな声だった。
「……」
「一緒に行かせてください」
断れなかった。
「……わかった」
シルフィは小さく頷いた。
⸻
玄関を出る。
扉を閉めようとした。
「……お父様」
アイシャの声。
振り返る。
アイシャが立っていた。
「アイシャ」
「もう行くんですね」
「ああ」
「……そうですか」
アイシャは俺たちを見る。
ロキシー。
エリナリーゼ。
タルハンド。
ギース。
そして。
シルフィ。
最後に俺。
「お父様」
「なんだ」
「……次に帰ってくる時は」
言葉が止まる。
「……」
「ちゃんと、帰ってきてください」
胸が痛んだ。
「……ああ」
それしか言えなかった。
アイシャが頭を下げる。
「行ってらっしゃいませ」
扉が閉まった。
俺はしばらく動けなかった。
「……パウロ」
「ああ」
歩き出す。
⸻
向かった先はラノア魔法大学の生徒会室だった。
ルディはアリエル王女と関係があったらしい。
詳しいことは知らない。
ただ、シルフィが王女の護衛だったこと。
ルディがその周囲の人間とも関わっていたことは聞いている。
そして転移迷宮の件についても、ルディについても報告は必要だった。
俺たちは部屋の前で待たされた。
期待はしていなかった。
「……」
誰も喋らない。
しばらくして扉が開いた。
「お入りください」
「お前たちはここで待っててくれ」
「あぁ」
中へ入る。
ルーク。
その後ろにはアリエル王女。
そしてもう一人護衛が立っている。
アリエル王女が俺たちを見る。
「お帰りなさいませ」
穏やかな声だった。
「長旅、ご苦労様でした。
フィッツから聞いております」
「……」
「奥様は?」
シルフィが一歩前に出た。
「助かりました」
はっきりした声だった。
「おかげさまで、無事です」
アリエル王女の表情が明るくなる。
「そうですか」
「はい」
シルフィはそこで一度だけ息を吸った。
「でも」
その声が少しだけ震えた。
「ルディは……帰ってきませんでした」
静かになった。
「……」
アリエル王女の表情が止まった。
ルークが俺を見る。
「……」
「転移迷宮で」
ルークの顔から表情が消えた。
「嘘をつくな」
「ルーク」
アリエル王女が言う。
「しかし!」
「……」
ルークが俺を見る。
「ルーデウスだぞ」
「ああ」
「奴が死んだ?」
「ああ」
「迷宮で?」
「ああ」
「……」
ルークは俺とシルフィを見る。
「生きているじゃないか」
誰も答えない。
「お前たちは」
ルークの声が震えた。
「全員、生きて帰ってきた」
「……」
「なのに」
俺を見る。
「なぜルーデウスだけが死んでいる?」
その言葉が胸に刺さった。
「……俺を庇った」
俺は答えた。
「俺が油断した」
「……」
「魔物に気づかなかった」
拳を握る。
「ルディが俺を突き飛ばした」
「……」
「俺の代わりに」
声が出ない、それでも言う。
「死んだ」
ルークが俺の胸倉を掴んだ。
「ルーク!」
アリエル王女の声。
その前にシルフィが動いた。
「ルーク、やめて」
シルフィがルークの腕を掴む。
「離して」
静かな声だった。
「パウロさんを責めないで」
ルークが息を呑む。
「責めるなら、私も一緒に責めて」
「……」
「でも今は、手を離して」
ルークはしばらく俺を睨んでいたが。
やがてゆっくりと手を離した。
「……失礼しました」
俺は服を直さなかった。
ルークの言った通りだ。
父親だ俺はルディの父親だった。
なのに守られた。
「……パウロ様」
アリエル王女が俺を見る。
「ルーデウス様は」
一度言葉を止めた。
「最後に、何か?」
「……」
思い出す。
迷宮。
倒れたルディ。
俺を見た。
そして。
『よかった』
「……よかった」
「え?」
「そう言いました」
俺は拳を握る。
「俺を見て」
「……」
「『よかった』って」
アリエル王女が目を閉じた。
「……そうですか」
それだけだった。
長い沈黙。
窓の外を見る。
「ルーデウス様には」
静かに話し始めた。
「大きな恩があります」
「……」
「フィッツいやシルフィを救っていただきました」
ルークが俯く。
「そして」
アリエル王女は続ける。
「私にとっても」
「……」
「いずれ、必要になる方でした」
俺にはその意味はわからなかった。
「強い魔術師だからか?」
「それだけではありません」
アリエル王女が俺を見る。
「ルーデウス様の周囲には、人が集まります」
ロキシー。
エリナリーゼ。
エリス。
ルイジェルド。
そして。
シルフィ。
「本人は」
アリエル王女がほんの少しだけ笑った。
「お気づきではなかったでしょうが」
すぐに笑顔が消える。
「……惜しい方を亡くしました」
「……」
俺は何も言えなかった。
惜しい...そうだ。
ルディには未来があった。
俺なんかよりずっと。
「パウロ様」
「なんだ」
「一つだけ」
アリエル王女が言った。
「シルフィの前で」
俺を見る。
「ご自分が死ねばよかったとは、決して言わないでください」
「……」
「……」
心臓が止まりそうになった。
「なぜ……」
「お顔を見ればわかります」
「……」
「あなたは今」
アリエル王女の声は静かだった。
「そう思っている」
俺は否定しなかった。
「ですが」
アリエル王女が続ける。
「シルフィにとって」
「……」
「ルーデウス様が命を懸けて助けた人間が」
俺を見る。
「自分は死ぬべきだったなどと言うことは」
「……」
「ルーデウス様の最後の選択まで、否定する言葉になります」
「ん……」
シルフィの言葉が詰まる
何も言えなかった。
『よかった』
ルディの最後の言葉。
俺が生きていた。
俺を見てあいつはそう言った。
「……くそ」
俺は顔を覆った。
「なんでだよ……」
誰も何も言わなかった。
「なんでお前は……」
最後まで俺の息子は俺より。
ずっと父親みたいなことをしやがる。
「……ルディ」
王女への報告はそれで終わった。
転移迷宮攻略 ゼニス・グレイラット救出
成功
死亡者一名 ルーデウス・グレイラット
文字にすればたったそれだけ。
だがその一名がいなくなったことでどれほど多くの人間の未来が変わったのか。
この時の俺はまだ何も知らなかった。