シャリーアが見えた。
「……」
エリスは遠くに見える街を見ていた。
魔法都市シャリーア。
ルーデウスが暮らしていた街。
「……あそこに」
エリスが呟く。
「ルーデウスがいるのね」
誰も答えなかった。
ニナがエリスを見る。
ギレーヌも何も言わない。
少し前酒場でパウロから聞いた。
ルーデウスは死んだ。
転移迷宮。
父親を庇った。
死んだ遺体は残らなかった。
何度聞いても意味がわからなかった。
ルーデウスが死ぬ。
そんなことあるはずがない。
「……」
エリスは歩き出した。
「エリス」
ギレーヌが呼ぶ。
「何よ」
「街はまだ遠い」
「知ってるわ」
「走るのか?」
「歩いてるわよ!」
「そうか」
エリスは明らかに走っていた。
ニナが小さく息を吐く。
「……元気になったのかしら」
「違う」
ギレーヌが答える。
「では何?」
「わからん」
「……」
「だが」
ギレーヌはエリスの背中を見る。
「目を離すな」
ニナが黙る。
「ええ」
その後ろ。
パウロはゆっくりと歩いていた。
「……」
シャリーア。
帰ってきた。
また帰ってきてしまった。
少し前この街を逃げるように出た。
ゼニスを連れて帰った。
ルディの遺灰を持って帰った。
家族に伝えた、シルフィに アイシャに ノルンに
ルディが死んだと伝えた。
そして逃げた...酒場へ
「……」
パウロは俯く。
どの面下げて帰ればいい。
「パウロ!」
エリスの声。
顔を上げる。
随分離されていた。
「遅い!」
「……悪い」
パウロは歩く。
シャリーアへ 息子の家へ
◇ ◇ ◇
エリスたちはおよそ2週間近く短縮して到着した。
「……ここだ」
パウロが言った。
一軒の家。
立派な家だった。
エリスは家を見上げる。
「……ここ?」
「ああ」
「ルーデウスの家?」
「ああ」
エリスは黙った。
ルーデウスの家。
あいつが買った家。
暮らしていた家。
「……大きいわね」
ニナが言った。
「そうね」
「ルーデウスって、金持ちなの?」
「知らないわ」
「あなた、何も知らないのね」
「喧嘩売ってる?」
「ニナ」
ギレーヌが言う。
エリスは家を見ていた。
「……」
エリスが扉へ向かう。
その横をパウロは動かなかった。
ギレーヌが気づく。
「パウロ」
「……なんだ」
「行かないのか」
「行く」
「そうか」
「……」
パウロは動かない。
「行かないのか」
「行くっつってんだろ」
「そうか」
「……」
「では行け」
「うるせえな!」
パウロが頭を掻く。
エリスが振り返った。
「何してるの?」
「いや」
「早く来なさいよ」
「……」
パウロは家を見る。
窓。
扉。
少し前。
この扉を開けた。
アイシャが笑った。
シルフィがゼニスを見て笑った
よかったその笑顔を自分が壊した。
「……俺は」
パウロが言う。
「別に戻るつもりはなかったんだがな」
「は?」
エリスが眉をひそめる。
「じゃあ、なんで来たのよ」
「……」
パウロは目を逸らした。
「そろそろだからだ」
「何が?」
「……生まれる」
「何がよ」
「孫」
「……」
エリスが止まった。
ニナも黙った。
パウロが頭を掻く。
「ルディの子供だ」
「……子供」
エリスが呟く。
「ああ」
「ルーデウスの?」
「ああ」
「……」
エリスは家を見る。
「ルディの嫁が妊娠してる」
パウロが続ける。
「もう」
「いつ生まれてもおかしくねえ」
「……嫁」
「……ああ」
「ルーデウス」
エリスがゆっくりとパウロを見る。
「結婚したの?」
「……ああ、言ってなかったか?」
「言ってないわ。誰と」
「シルフィエットって女だ」
「知らない」
「だろうな」
「いつ」
「俺も詳しくは知らねえ」
「なんで知らないのよ!」
「俺に言うな!」
パウロが思わず叫ぶ。
「俺だって!」
言葉が止まった。
「……」
パウロが俯く。
「俺だって」
小さな声。
「知らなかったんだよ...迷宮攻略の時まで」
エリスは何も言わなかった。
「あの子と結婚したことも、家を買ったことも、子供ができることも」
パウロが家を見る。
「俺の知らねえ間に」
笑う。
「大人になってた」
酷い笑顔だった。
「……そう」
エリスが家を見る。
ルーデウスが結婚した。
子供がいる。
知らなかった。
自分も何も知らなかった。
「……言い訳だよ」
エリスがパウロを見る。
「何?」
「家に帰る」
パウロが言った。
「理由が欲しかった」
「……」
「孫が生まれそうだから」
「仕方なく帰る」
「……」
「それなら」
拳を握る。
「許される気がした」
ギレーヌは何も言わない。
「俺は」
パウロが家を見る。
「ルディを死なせた」
「……」
「その俺が」
「何事もなかったみてえに」
「ただいまって」
「帰れるわけねえだろ」
静かだった。
「だから」
パウロが笑う。
「孫が生まれそうだから戻ってきた」
「……」
「それでいい」
エリスはパウロを見る。
酒場
酒に潰れ。
虚ろな目でここにいれば息子が帰ってくるそう呟いていた男
「……馬鹿ね」
「なんだと」
「帰ればいいじゃない」
「……」
「自分の家に」
「俺の家じゃねえ」
「家族がいるんでしょ」
「……」
「なら」
エリスが言う。
「帰ればいいわ」
パウロが黙る。
「ルーデウスが助けた命なんでしょ」
「……」
「だったら」
エリスが拳を握る。
「勝手に捨てるんじゃないわよ」
パウロはエリスを見る。
「……お前」
「何よ」
「意外と優しいな」
「斬るわよ」
「やっぱ怖え」
ギレーヌが僅かに笑った。
「パウロ」
「なんだ」
「いい言い訳だ」
「……」
「孫が生まれる」
ギレーヌが言う。
「十分だ」
パウロは何も言わなかった。
「……そうかよ」
そして歩き出す家へ扉の前。
パウロが手を上げる。
一度止まった。
「……」
エリスが横から扉を叩いた。
一度二度
「おい!」
「遅いのよ!」
「心の準備ってもんがあるだろ!」
「知らないわ!」
足音。
パウロの体が固まる。
「はい」
扉が開いた。
緑色の髪。
白い肌。
大きくなった腹。
「……」
エリスがシルフィを見る。
腹を見る。
シルフィもエリスを見る。
「どちら様でしょうか……?」
エリスは答えない。
シルフィの腹を見ていた。
「……」
ルーデウスの子供。
パウロが横から少しだけ顔を出した。
「……よお」
シルフィが目を見開く。
「パウロお義父様……?」
「……」
「お義父様」
シルフィの顔が歪む。
「どこに行ってたんですか」
「……ちょっとな」
「ちょっとって」
「悪かった」
「みんな心配して……」
「悪かった」
パウロが俯く。
「……本当に」
シルフィは何も言えなかった。
パウロがシルフィの腹を見る。
「その」
頭を掻く。
「そろそろだろ」
「……はい?」
「生まれるの」
「……はい」
「だから」
「……」
「戻ってきた」
シルフィがパウロを見る。
「何かあった時」
「男手が必要かもしれねえし」
「……」
「俺も一応」
「祖父だからな」
「……」
シルフィの目から涙が落ちた。
パウロが慌てる。
「お、おい」
「泣くなよ」
「俺、何か変なこと言ったか?」
「……いいえ」
シルフィが涙を拭く。
そして笑った。
「お帰りなさい」
「……」
パウロが止まる。
酒場ここにいれば息子が帰ってくる。
そう思っていた。
だが家に帰ってきたのは自分だった。
「……ああ」
パウロが俯く。
「ただいま」
シルフィが笑う。
泣きながら。
「はい」
その時シルフィの視線がパウロの後ろへ向いた。
赤い髪。
剣士。
「……」
エリス。
シルフィの目が僅かに見開かれる。
ルディから聞いたことがある。
赤い髪。
剣士。
フィットア領。
一緒に。
魔大陸を旅した少女。
エリス・ボレアス・グレイラット。
「……エリス?」
エリスの眉が動く。
「何よ」
「あなたが……」
シルフィは言葉を止めた。
ルディが一度だけ酷く辛そうな顔で話した少女。
突然いなくなった大切だった人。
「……」
エリスがシルフィを見る。
「あなたが」
「ルーデウスの妻?」
「……うん」
「シルフィエット?」
「うん」
「……」
エリスはシルフィの腹を見る。
「その子」
「……」
「ルーデウスの?」
シルフィが自分の腹に手を置く。
「うん」
エリスは黙った。
「……そう」
それだけだった。
「エリス……」
ギレーヌが呼ぶ。
「何よ」
「大丈夫か」
「何が?」
「……」
「私は」
エリスがシルフィを見る。
「ルーデウスに会いに来たの」
シルフィの顔が歪んだ。
「……」
「記事を見たわ」
「……うん」
「パウロからも聞いた」
「……うん」
「でも」
エリスが一歩。
前へ出る。
「信じてない」
「……」
「ルーデウスは?」
シルフィが俯く。
「……中に」
エリスの目が開く。
「いるの?」
シルフィは答えない。
「いるのね?」
エリスが家へ入ろうとする。
ギレーヌが腕を掴んだ。
「離して」
「エリス」
「中にいるって言ったわ!」
「……」
「ルーデウスがいるのよ!」
シルフィの目から涙が落ちた。
「……会ってあげて」
エリスが止まった。
その顔 その涙
わかってしまった。
それでもエリスは家へ入った。
◇ ◇ ◇
「シルフィ様?」
奥から声がした。
「お客様ですか?」
リーリャだった。
廊下へ出る。
そして止まる。
「……」
パウロを見る。
「よぉ...」
「旦那様..!」
「ルディの大切な友人達だ」
リーリャはすぐに理解した。
記事 噂
「……ルーデウス様に」
リーリャの声が震える。
「会いに来られたのですね」
「そうよ」
即答だった。
「ルーデウスは?」
「……」
リーリャが目を伏せる。
エリスの顔から少しずつ。
表情が消えた。
「……何よ」
誰も答えない。
「その顔、そんな顔で私を見ないで」
◇ ◇ ◇
リビング。
エリス ギレーヌ ニナ シルフィ アイシャ リーリャ ノルン ゼニス そしてパウロ
誰も喋らない。
テーブルの上小さな箱。
そしてアクアハーティア。
「……」
エリスの目が杖に向く。
見間違えるはずがない。
十歳の誕生日。
自分がルーデウスに贈った杖。
「……なんで」
エリスが近づく。
「なんでここにあるの?」
誰も答えない。
「ルーデウスは?」
シルフィが小さな箱を両手で持った。
「……ここにいるよ」
「……」
エリスが箱を見る。
「何それ」
「ルディの……」
シルフィの声が震える。
「遺灰」
「……」
エリスは動かなかった。
「転移迷宮で」
「聞いたわ」
「パウロお義父様を庇って」
「聞いた!」
エリスが叫んだ。
シルフィが黙る。
「そんな説明を聞きに来たんじゃない!」
「……」
「私は!」
エリスが箱を見る。
「ルーデウスに会いに来たの!」
誰も答えない。
「会わせなさいよ……」
声が震えた。
「ねえ……」
シルフィが箱を差し出す。
エリスは見ている。
「……これ?」
「うん」
「これが?」
「……うん」
「ルーデウス?」
シルフィの唇が震えた。
「……うん」
エリスが箱を受け取った。
「……軽い」
小さな声。
「ルーデウス」
箱を見る。
「私」
「……」
「強くなったわ」
誰も動かない。
「剣王よ」
笑った。
「すごいでしょ?」
返事はない。
「ギレーヌにも勝てる時がある」
「……ああ」
ギレーヌが答えた。
「ニナにも勝ったわ」
「……ええ」
ニナが俯く。
「だから」
箱を抱き締める。
「もう大丈夫よ」
涙が落ちた。
「今度は」
また。
「私が守るから」
箱に額を当てる。
「だから……」
声が震える。
「起きなさいよ」
静かだった。
「ルーデウス」
返事はない。
「ねえ」
ない。
「……起きて」
ない。
「私……」
声が壊れた。
「間に合わなかった……?」
ギレーヌが目を閉じる。
「私」
エリスは箱を抱いた。
「ずっと」
「……」
「ずっとルーデウスのために」
涙が止まらない。
「強くなったのに……」
「……遅かった」
エリスが呟く。
「全部」
「……」
「遅かった」
「エリス」
静かになったその時玄関の扉が叩かれた。
一度。
誰も動かなかった。
もう一度。
「……私が出ます」
リーリャが立つ。
玄関へ向かう。
しばらくして。
「……あなたは」
リーリャの声。
そして低い男の声。
「ルーデウスの家族に会いに来た」
エリスが顔を上げる。
ギレーヌの耳が動いた。
「この声……」
足音。
ゆっくりと近づいてくるリビングの扉が開いた。
緑色の髪。
額の宝石。
槍。
「……」
男が立っていた。
エリスの目が大きく見開かれる。
「……ルイジェルド」
ルイジェルドがエリスを見る。
止まった。
「エリス」
「……」
「そうか」
ルイジェルドの視線がエリスの腕へ。
抱かれている小さな箱。
「お前も」
低い声。
「知ったのだな」
エリスは箱を抱いたまま。
ルイジェルドを見る。
「ルイジェルド」
「なんだ」
「ルーデウスが」
声が震える。
「死んだって」
「ああ」
「……本当だった」
「ああ」
「本当に」
「ああ」
ルイジェルドがエリスの前に立つ。
「……死んじゃった」
「ああ」
エリスは俯いた。
「ルイジェルド……」
「俺はここにいる」
その言葉でエリスは崩れた。
初めてだった剣の聖地でも、道中でも、酒場でも泣いた。
だがどこかでまだ耐えていた。
ルイジェルドを見た。
デッドエンド三人。
魔大陸。
あの頃を知っている男。
「ルーデウス……!」
エリスは遺骨を抱き締めた。
「ルーデウス!」
何度も名前を呼ぶ。
ルイジェルドは何も言わない。
ただエリスの肩に手を置いた。
シルフィも泣いていた。
ノルンもアイシャもギレーヌもニナも。
パウロは顔を伏せていた。
ルイジェルドは小さな箱を見る。
「……ルーデウス」
デッドエンドは再び三人になった。
エリス ルイジェルド そして小さな箱
誰もそんな再会を望んでいなかった。