「自分」とはなにか。
果たして、自分で「自分」という存在について、十全に説明できる人間などこの世界にいるのだろうか。
本当の自分とは、今ここで冷たい現実を思考し、呼吸し、環境に合わせて都合よく演じている自分なのか。
それとも、その滑稽な芝居に客観的に気づき、冷めた目で見下ろしている、もう一人の自分なのか。
哲学者ヘーゲルは、「自己意識は、他者の承認によって成り立つ」と述べた。
自分以外の誰かから「あなたはあなたとして、確かにそこにいる」と認識され、網膜に焼き付けられて初めて、自分という存在が確かな輪郭を持って世界に立ち上がるのだという。他者の承認こそが自分を定義する境界線であり、実在の証明なのだと。
では、一体「誰」から認識されれば、自分を明確に説明できるというのか。
ヘーゲルの言う「そこにいる」の「そこ」とは、一体どこを指す。自分に極めて近しい、手の届くような幸福な場所なのか。それとも、遠い上層の誰かから聞いた、実体のない噂のような朧気な場所なのか。その場所は、この広大な都市のどこにある。
いや……そもそも、そんな認識をする必要性自体が、最初から存在しないのかもしれない。
なぜなら、自分を本当に語ることができるのは、都合よくラベルを貼りたがる他者でも、ましてや迷走を続ける自分自身でもないからだ。
人は、生まれた瞬間から徹底的に孤独なのだから。
どれだけ祝福された裕福な家庭に生まれ、歪みのない純粋な愛情を注がれようが。どれだけ深く魂を重ね、仲睦まじい関係を誰かと築き上げようとも。母親の胎内から引き剥がされたその瞬間から、俺たちはずっと一人だ。
どれだけ優しい周りの人間が背中を押してくれようが、どれだけの不条理な不幸がその身に降りかかろうと……最後の最後、一歩を踏み出すのは自分たちの足でなければならない。誰も代わりに歩いてはくれないし、誰も代わりに死んではくれない。
つまり、「リベル」とは――。
――――思考の海が、現実の泥と鉄錆の臭いによって急激に引き戻される。
巨大都市アルカディアの最下層、第5セクター『放棄区(スラム)』。
ネオンの届かない、錆びた鉄骨と廃棄された配線が不気味に絡み合う暗暗の路地裏。水たまりに落ちる酸性雨の音に混じり、肉が裂ける鈍い音が響いた。
「ガ、ハっ……バ、バカな……。貴様、能力を持たない、ただの……ッ」
足元で、一人の星脈者が喉を押さえて血の泡を吐いていた。スラムの利権を貪り、自慢の『肉体硬化』の異能に溺れて暴れていた裏社会のゴロツキだ。
だが、どれほど強固な異能の鎧であろうと、発動の瞬間には必ず「胸元の星結晶が輝く」という明確な予備動作がある。その一瞬の輝き、光の明滅を完璧に見切り、発動するより早く間合いを詰め、肉体が硬化する前の無防備な喉笛を、軍用のタクティカルナイフで正確に、そして深く抉り抜いたのだ。
長髪の白髪のサイドテールをわずかに揺らし、何も映さない黒い瞳で、のたうち回る男を見下ろした。その瞳には、憐れみも、悦びも、怒りすらもない。ただ淡々と、作業の進捗を確認するだけの冷徹な光だけがあった。
やがて完全に動かなくなった標体を確認すると、藍色のアウターのポケットから、ガラス製の薬品ボトルを取り出した。裏社会で重宝される、特殊な証拠隠滅用の溶解剤だ。
無造作に液体を振りかけると、死体はジュクジュクと音を立て、やがて星脈者の末路らしく、細かな結晶の塵へと変わりながら、アルカディアの湿った生温かい風に溶けて消えていった。骨の一片すら残らない、完璧な処理だった。
衣服に付着した返り血を、白いパーカーの袖で無造作に拭い、深くアウターのフードを被り直す。
無能力者と蔑まれる存在でありながら、格別な頭脳と、裏社会の地獄で培ってきた経験、そして極限まで磨き上げた身体能力だけで、神の力を得たはずの能力者を確実に「処理」する。
ただ死なないために、何の目的も生きる意味もなく、今日も冷徹な合理性だけで、血に塗れた日常を淡々と処理していく。
衣服を整え、黒い長ズボンの裾についた泥を払い、気配を完全に消して闇へと向かう。
世界から誰の承認も得られず、誰の記憶にも残らない「幽霊」の足跡は、濡れたアスファルトに一瞬だけ刻まれ、次の雨によって静かに、しかし確実に消し去られていった。
初投稿です。拙い点もありますが楽しんでいただければ幸いです。