図書館カード期限すぎてたから親呼んで更新するまで借りれないって言われた
(´;ω;`)ウゥゥ
仕事を終え、証拠をすべて闇に溶かし、巨大企業『ヘリオス・ダイナミクス』からの急な呼び出しに応じるため、上層区へと向かう高速移動列車に身を潜めていた。
車窓の向こうには、人類の生存戦略そのものである巨大要塞都市『アルカディア』の不条理な階層構造が広がっている。
数十年前、宇宙から飛来した未知の隕石群『星蝕』。
それによってもたらされた異質なエネルギーは、既存の物理法則を嘲笑うように地球の生態系を悉く崩壊させた。人類を捕食し、同化する超常生物『蝕獣』が世界を埋め尽くしたあの日、人類は防壁の内側という狭い檻に引きこもるしかなかったのだ。
生存の鍵となったのは、星蝕のエネルギーに適応し、身体のどこかに美しい結晶を宿して異能を発現させた「星脈者」たちの力だ。大半の人間は、成長の過程で過度なストレスやエネルギーに曝されることで、後天的に星結晶を発症する。出力や精度は平均的だが、彼らが防衛隊や企業の尖兵となり、この広大な都市を維持していた。
列車が中層区(一般居住エリア)のステーションに滑り込む。窓の向こうには、生きるスラムの煤けた闇とは違う、人工の光に満ちた眩しい街並みが広がっていた。
──だが、それはどこまでも不自然で、歪な光景だ。
天井を埋め尽くす巨大なホログラム広告が、過剰な原色で都市を塗り潰している。企業のプロパガンダを繰り返す無機質な電子音声が、雨のように絶え間なく街へ降り注いでいた。
建築物は幾何学的な冷たさで整然と並び、まるで行儀よく並べられた墓標のようだ。行き交う人々は皆、管理された幸福を貪るように、視線を落として足早に歩き去っていく。
ここは、清潔に殺菌されたもう一つの檻だ。
街の至る所に設置された監視カメラの明滅は、まるで巨大な防壁『アルカディア』そのものが、内部の人間を値踏みし、監視しているかのように冷徹だった。
ふと、ホームのベンチに目を向け、動きが止まる。
そこには、仲睦まじい一組の家族連れがいた。
父親が幼い娘の頭を優しく撫で、母親がそれを見て温和に微笑んでいる。女の子の胸元には、最近発症したばかりとおぼしき、小さく瑞々しい星結晶が誇らしげに輝いていた。後天的な、どこにでもあるありふれた能力の兆し。それでも両親は、まるで世界で一番の宝物を得たかのように、少女を抱きしめてその未来を祝福していた。
「…………」
血の通った親の顔も知らず、記憶の始まりから泥と欲望が渦巻く貧民街に打ち捨てられていた。人間として扱われたことなど一度もない。大人たちの卑小な利益を満たすための使い捨ての道具として、暗ぐらとした裏道を這いずり回るのが自分のすべてだった。
街の眩しさは、自分がどれほど歪んだ存在かを突きつける残酷な刃だ。胸の奥で燻りかけた小さな憧憬を、己の浅ましさを呪う強烈な自己嫌悪で容赦なく踏み荒らし、消し去っていく。
とっくの昔に諦めたはずだ。毎日鼻を突くドブ臭さと、腐敗した食物の混ざり合った混濁した空気を吸いながら誰かがこの地獄から自分を救ってくれると。そんな可能性など万に一つもないのに心のどこかで期待していた。
だがそんな期待を嘲笑うかのように下卑た笑みを浮かべる大人たちの冷酷な嘲笑によって容易く踏みにじられた。希望を抱くこと自体が、大人たちに新たな搾取の隙を与える最大の隙となっていた。助けを待つ哀れな眼差しすら、彼らにとっては格好の餌食でしかなかったのだ。
人間扱いすらされず、品物として値踏みされたあのねっとりとした視線。口端を歪めた下卑た笑い声。忘れたいのに、目を瞑ればいつでも網膜の裏側にあの顔が張り付いている。息をするだけで、あの貧民街のドブ臭さと彼らの視線が喉を絞め上げてくる
暗闇の中で救いを待っていた自分が馬鹿だった。手を差し伸べてきた大人たちが求めていたのは命ではなく、そこから絞り出せる金銭だけ。自分をただの商品として検分する冷たい瞳と、欲望を隠そうともしない醜い笑みが、今も網膜にへばりついて拭い去れない。
その助けを呼ぶ声は、濁った空気に呑まれて消える。期待を抱くだけ無駄だと教え込むように、大人たちはただ冷淡に自分たちの都合で命をすり減らしていく。
絶望の果てに、何かが弾けた音がした。
期待を捨て、感情を殺し、思考のすべてを『生存』のためだけに切り替えたあの夜。胸の奥で、誰かの助けを待っていた無力な子供が死んだ。俺は、足元に転がるその過去の
奪われ続ける家畜のままで死ぬか、すべてを貪り尽くす捕食者になるか。
迷わず
網膜に張り付いたあの下卑た笑みは、今や恐怖の対象ではない。俺がこれから築き上げる、冷徹な支配の始まりを告げる合図だった。
とっくの昔に線引きしたはずだ。
周りに頼らず、誰も信じない。そうやって自己完結していなければ、とっくにスラムのドブ川で死体になっていた。自分はこれでいいのだと、乾いた合理性で心を厳重に閉ざす。
やがて列車は、一般市民の立ち入りが制限された最上層『聖層』へと到達する。
そこは、アルカディアの富と権力が集中する神聖なエリア。目指すヘリオス・ダイナミクスの本社ビルが、冷徹な巨人のように全てを見下ろしていた。
衣服を整え、黒い長ズボンの裾についた泥を払うと、感情を極限まで削り取り、ただ与えられた役割をこなすためだけに生まれたかのような精巧な人形としての気配を完全に纏い直し、自動ドアの先へと歩み出す。
世界から誰の承認も得られず、誰の記憶にも残らない「幽霊」の足跡が、上層を彩る美しい大理石の上に滑らかに刻まれていく。誰にも気づかれぬまま伸びるその軌跡は、ヘリオス・ダイナミクス代表取締役社長、ラグロワールの潜む社長室へと吸い寄せられるように続いていった。
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巨大都市アルカディアの最上層『聖層』。
下層の澱んだ空気とは一線を画す、清浄な風が吹くそのエリアの中心に、超巨大企業『ヘリオス・ダイナミクス』の本社ビルはそびえ立っていた。天を衝くようなその建造物の最上階、最高度の生体認証を経て、社長室の重厚な自動ドアが開く。
部屋の床は鏡面のように磨き抜かれた大理石で満たされ、壁面には最高級の結晶ガラスが嵌め込まれていた。そこから見下ろすアルカディアのパノラマは、まるで世界を支配しているかのような錯覚を抱かせる。
その部屋の中心、豪奢なマホガニーのデスクに深く腰掛けていた男が、静かに書類から目を上げた。
代表取締役社長、ラグロワール。
グレージュの髪を非の打ち所がないオールバックに固め、寸分の乱れもない黒いスーツを着こなすその男は、刻まれた目元の
俺はフードを被ったままその男を冷徹に見据える。しばしの間、二人の間には針の落ちる音すら聞こえそうな沈黙が支配した。
やがてラグロワールはデスクの上で細い指を組み、氷のように冷ややかな、しかしどこか愉しげな笑みを唇の端に浮かべる。
「君が
ラグロワールの無機質な声が、広い社長室の静寂を揺らす。右側で無造作に束ねられた白髪のサイドテールと、どこか浮世離れした中性的な美貌。それらを品定めするように見つめていた視線は、やがてリベルの僅かな指先の動き、そして一切の隙を排した立ち姿へと滑っていく。
「もっとも、その可憐な面立ちの奥底で研ぎ澄まされた『牙』まで、初対面で見抜ける者など……この私をおいて他にはいないだろうがね」
噂はかねがね聞いている、とラグロワールの目が語っていた。星結晶を持たない無能力者でありながら、裏社会の知略と泥臭い体術だけで、神の力を得たはずの能力者を何人も『処理』してきたスラムの幽霊。その本質を、ラグロワールは正確に見抜いていた。
だが、その賞賛めいた言葉にも眉一つ動かさない。ただ無感情に、地を這うような低音で短く告げる。
「御託はいい。無駄話をしに来たわけじゃない。依頼内容を言え」
茶番に付き合うつもりはないと、張りつめた空気を刃のように断ち切る冷淡な告白だった。
大企業のトップが相手だろうが、リベルの現実に即した態度が変わることはない。彼にとって大人とは、自分を搾取し、都合よく利用する生き物でしかなかった。長居をするつもりも、愛想を振りまくつもりも毛頭ない。
その無礼とも取れる態度に対しても、ラグロワールは取り乱すことなく、ただ冷静に一枚の写真をデスクに滑らせた。
「我が社の最高広告塔であり、私の最愛の娘……聖女リサだ」
切り取られた一枚の影絵の中、可憐な少女から一人の女性へと差し掛かる過渡期の面影がそこにあった。ラグロワールと同じグレージュの髪を美しくなびかせ、凛とした修道服風の装いを纏う彼女。すべてを許し受け入れるような穏やかな笑みは、周囲の時間すら止めてしまったかのように静謐だった。
「最近、彼女の身辺を嗅ぎ回るライバル企業やテロ組織の
ラグロワールが語る「最愛の娘」という言葉の響きには、血の通った父親の温かみは一切なかった。それはまるで、
「……了解した。報酬はこっちが指定する口座に振り込め」
俺は写真を指先で拾い上げ、ポケットに突っ込んだ。
どれだけらグロワールの目的が狂っていようが、聖女リサをどう扱っていようが、自分には関係のないことだ。この依頼は日銭を稼ぎ、今日を生き延びるための単なる合理的な契約に過ぎなかった。
こちらの冷淡な返答を聞き、ラグロワールは腹の底から満足そうな笑みを浮かべた。全てが思い通りに運んだことを疑わない男は、デスクの通信機を軽く叩いて側近を呼び出すと、俺を案内するよう短く命じた。潔白なスーツの主から放たれる静かな狂気から解放され、社員の先導で長く冷徹な廊下を進んでいく。
幾重もの生体認証を潜り抜け、第1セクターの最奥に位置する聖女リサの私室の前に辿り着いた。社員が重厚な隔離隔壁のロックを解除すると、白を基調とした、目も眩むほどに洗練された美しい空間が広がっていた。
部屋の中央で、グレージュの長髪をなびかせた少女が静かに俺を待っていた。
背丈は百六十の少し手前といったところだろうか。露出を極限まで排除したグレーと白の修道服風のアウター。胸元から肩を覆うケープとハイネックの襟元が、彼女を冒しがたい神聖な存在へと仕立て上げている。俺が足を踏み入れると、彼女は世界中のあらゆる不条理を許容するかのような、痛々しいほど純粋で慈悲深い笑みを浮かべた。
「あら……あなたがお父様がおっしゃっていた新しい護衛の方ですね。初めまして、私はリサと申します。よろしくお願いしますね」
鈴を転がすような心優しい声だった。あまりにも清らかな響き。さらに、彼女の手の平に埋め込まれた『治癒』の星結晶がかすかに明滅し、その清廉さをこれ以上ないほどに際立たせている。
(なるほど。これがアルカディアの聖女か……)
スラムという泥と血の底で生きてきた俺にとって、その佇まいは眩しすぎるほどの光だった。大人たちの意地汚い真実が渦巻くこの巨大企業の中で、これほどまでに無垢で、他者への慈愛に満ちた存在が保たれていることに、俺は内心で静かに感心していた。
案内役の社員は、俺の内心の動揺など気にも留めず、これ以上用はないと言うかのように淡々と告げた。
「では私はこれで。それでは、これより先はお二人の水入らずの時間とさせていただきます。警護の配置につきましては万全を期しておりますので、どうぞご安心の上、ご歓談くださいませ。何かあればすぐに連絡してください」
そう事務的に、一切の感情を排した声で言い残し、社員は部屋を去っていった。
重厚な電子ロックがカチリと閉まる音が、室内に冷たく響いた。その瞬間──。
「あ゙ぁー……疲れた。……本当、反吐が出るわね。いつまでこんなしょーもない猿芝居続けなきゃいけないのかしら。……我ながら、よくもまあ毎日毎日、あんな吐き気のするおままごとを完璧に演じ切れるものだわ」
リサの口から、先ほどまでの鈴を転がすような響きを完璧に削ぎ落とした、低く苛烈いため息が漏れた。
彼女は胸元のケープのホックを乱暴に緩めると、大衆の前で見せるお上品な歩き方をかなぐり捨てて、備え付けの椅子へと大股で歩み寄った。そしてドサリと深く体重を預け、流れるような動作で足を組む。
感情を極限まで削ぎ落とし、精巧な人形として振る舞っていたはずの自意識が、目の前の光景を処理しきれずにきしみ声を上げる。
組み替えられた足、見下ろすような怠惰な視線。つい数秒前に見た慈愛に満ちた眩しい光景は、己が見た都合の良い白昼夢だったのか。フードの下で黒い瞳をわずかに見開き、ただ開いた口が塞がらないまま、目の前の『聖女』の変貌を注視することしかできなかった。
「で? あんたは? 立ち尽くしてないで、さっさと名乗りなさいよ。」
不敵な笑みを浮かべ、傲岸不遜な強気な態度を隠しようともせずにリサが言い放つ。目の前の白髪の護衛を挑発するように、冷ややかなグレーの瞳がリベルを射抜く。
「なに? 私の本性でも暴露して『偽物の聖女』だって叫び回りたいわけ? やれるもんならやってみなさいよ。……まあ、見たところ何の後ろ楯もないあんたが何を叫んだところで、誰も信じやしないでしょうけどね。みんなが求めてるのは『真実』じゃないの。この私が演じてあげる『聖女の偶像』なのよ」
部屋の中に、重苦しい沈黙が落ちた。
これまで裏社会の泥の中で、いくらでも人間性の裏表を見てきた。裏切りも、偽善も、笑顔の裏に刃を隠した者たちも知り尽くしていたはずだった。
だが──まさか『聖女』と呼ばれる存在までが、これほどまでに平然と二面性を使い分けてみせるとは。
水槽の底に沈んだかのような静寂。やがて、永遠にも感じる時の終わりを告げるかのように、リベルが静かにその口を開いた。
「……俺はリベル。ラグロワールからお前の護衛を依頼された。お前の本性を言いふらすつもりもお前の仮面の奥に何があるかも興味はない。お前がどんな奴だろうが、ラグロワールとの契約期間までお前を護衛するだけだ。それ以上もそれ以下もない」
その言葉を聞いた瞬間、今度はリサがそのグレーの瞳を大きく見開いた。驚きに打たれたように俺を凝視し、それから信じられないものを見るような目を向けた。
「……あんた、男だったのね。そのお人形みたいな顔から出たとは思えないくらい低い声…ギャップの域を超えて不気味なんですけど。詐欺でしょ、それ」
リサは足を組んだまま、呆れと困惑の混じった視線で俺の顔を睨みつける。
女性と見間違うほど完璧に整った中性的な美貌。そこにあまりにも似つかわしくない、地を這う重低音。人造物のようなその圧倒的な歪さに、清廉さを演出するはずの彼女の瞳が、気味の悪い珍獣でも見るかのように怪しく輝いていた。
「お前の方がある意味よっぽど詐欺していると思うぞ、『聖女』サマ」
微動だにせずリサを見下ろす。数分前まで都市の何百万もの人間を騙していた大嘘つきに、容姿のギャップを詐欺呼ばわりされる筋合いはなかった。
「はっ……儚げなお顔に騙されるところだったわ。私の正体を知って動じないどころか、口まで減らないなんて。――いいじゃない、思ったより骨があって使えそうだわ。」
リサは不敵な笑みを深くし、ふんと鼻を鳴らした。大人たちの醜悪な欲望や、自分を崇めるだけの無能な信者ばかりを見てきた彼女にとって、自分の本性を前にしても揺らがず、それどころか容赦なく毒を返してくるこの無能力者の男は、あまりにも異質だった。