蒸気の絆、永遠の日常 作:匿名希望
長きにわたる各地の遺構巡りと旅の果て、ベルとルシアがたどり着いたのは、かつて「灰の都」と呼ばれていた場所だった。
数年前、二人がひっそりと暮らしていたあのボイラー室がある街。
しかし、その景色はすっかり変わっていた。
黒鉛と錆に覆われていた廃墟には、旅の途中で出会った技術者たちや、新しい未来を求める人々の手によって、クリーンな霊導蒸気のプラントと緑豊かな街並みが再建され始めていたのだ。
――カチ、カチ、カチ。
軽やかなギアの音を響かせながら、ベルは真鍮製の鍵で、かつてのボイラー室の扉を開けた。
中に入ると、1年前と変わらない懐かしい温もりが二人を迎え入れる。
ルシアが手作りした小さなテーブル、窓辺に飾られた名もなき野の花、そして二人が共に過ごした日々の気配が、そこにはしっかりと息づいていた。
「ただいま、ベル」
「はい、ルシア様。……お帰りなさいませ、私たちの家へ」
ルシアは大きなトランクを床に下ろすと、どっとベッドの上に倒れ込んだ。
旅の疲れはあるはずなのに、その表情は充実感と安心感に満ちあふれている。
ベルは手際よくお湯を沸かし、旅先で手に入れた上質な茶葉を使って二人のためのティーポットを火にかけた。
かつてはカップを握りつぶしていた不器用な手は、今やどんな職人よりも滑らかに、完璧な温度の紅茶をカップへと注ぎ出す。
「はい、ルシア様。どうぞ」
「ありがとう、ベル。やっぱり、このお家の紅茶が世界で一番美味しいや」
マグカップを両手で包み込み、ふうふうと息を吹きかけながらルシアが微笑む。
窓の外では、夕暮れの空が黄金色から深い群青色へと移り変わり、新しく生まれ変わった街の灯りが星のようにポツリ、ポツリとともり始めていた。
ベルはカップをテーブルに置き、ルシアの隣に静かに腰掛けた。
数百年を生き、数え切れないほどの別れと出会いを繰り返してきたベルの胸のコア。
その最深部には、初代クラリスから受け継いだ温もりから、フィオナ、エレノア、シェリー、そして今のルシアに至るまでのすべての記憶が、宝石のように美しく収められている。
かつては「守られるだけの小さな男の子」だった。
けれど今は、何代ものお嬢様たちの歴史を見送り、そしてこの新しい世界で、最愛の少女と共に生きる「永遠の自動人形」となった。
「ねえ、ベル」
「はい、ルシア様」
「明日からもずっと、こうして一緒にいようね。私たちが大人になって、おばあちゃんになっても、ずっと」
ルシアの真っ直ぐな瞳が見つめる先で、ベルの青いコアが優しく、力強く光を放つ。
「ええ、誓います。あなたが眠るその時も、新しい朝を迎えるその時も……私が滅びる最後の瞬間まで、ずっとあなたのお傍におります」
外から聞こえてくる街の喧騒と、胸の奥で心地よく響く歯車の音。
失われた都市の片隅で始まった小さな奇跡は、世代を超え、時代を超え、今夜もふたりのための温かな家で、静かに、そして永遠に優しく時を刻み続けていくのだった。