蒸気の絆、永遠の日常 作:匿名希望
番外編:自動人形と浪漫装備・開発編
それは、かつて二代目お嬢様であるフィオナが10代半ばに差し掛かり、工房の油臭さと大馬力ボイラーの圧力計に何よりも魅了されていた頃の、とある日の出来事である。
「いい、ベル? 技術の進歩っていうのはね、『可憐さ』を維持することじゃないの。『出力』を高めることなのよ!」
巨大な真鍮製のゴーグルを頭に押し上げ、煤で顔を汚したフィオナが、興奮気味に工房の黒板をバンバンと叩いた。
そこには、とても少女型自動人形の骨格とは思えない、重武装・超高圧の設計図がこれでもかと描き殴られていた。
「フィオナ様……。私の本来の設計は、クラリス様が望まれた『優雅でお淑やかなお仕え人形』でございます。
このような背面巨大増設ボイラーや、右腕の連装式霊導ガトリングガンは……」
「問答無用! 浪漫よ、ベル! 鉄と煙と圧倒的な火力! これこそが機械に与えられた至高の美学なの!」
ベルの静止も虚しく、フィオナの瞳に宿る怪しい情熱の炎を消すことはできなかった。
こうして数日間にわたる不眠不休の密室改造手術を経て、少女型自動人形「ベル」は、フィオナの狂気的な情熱が結実した【対要塞級・蒸気過剰装甲仕様】へと姿を変えることとなったのだった。
「さあ、見なさい! 完璧よ……完璧な機能美だわ……っ!」
フィオナが感極まった声を上げる。
全身鏡の前に立たされたベルは、静かに自分の姿を見つめた。
可憐な白磁の顔立ちと、レースが施されたゴシックドレスはそのままだった。
……ただし、それ以外のすべてが重厚な真鍮と鋳鉄の塊で覆われていることを除けば。
背部増設ユニット:『ギガ・スチーム・タービン』
黒煙と白い高圧蒸気をモリモリと噴出させる超小型高出力ボイラー。
稼働するたびに「シュゴー! カチカチカチ!」と、屋敷全体を振動させるほどの駆動音を轟かせる。
右腕換装武装:『45ミリ四連装蒸気機関砲(ガトリング)』
手首の白磁義手が旋回して格納され、代わりに真鍮製の超巨大砲身が露出。
給弾ベルトが背中のマガジンタワーから無骨に伸びている。
左腕換装武装:『油圧式超振動パイルバンカー』
「突貫して敵の装甲を貫く」というフィオナの完全な趣味で取り付けられた巨大な杭打ち機。
撃ち出すたびに「ドゴォン!」と猛烈な衝撃波を周囲に撒き散らす。
脚部追加装備:『履帯式(キャタピラ)高速度移動用ハイヒール』
スカートの裾から覗く可愛らしい靴には、高回転歯車で駆動する超小型キャタピラが仕込まれており、廊下を摩擦ゼロで爆走可能。
「……フィオナ様。この仕様では、お茶を淹れるための繊細な握力が一切発揮できません。
ティーカップがパイルバンカーの振動で粉々になります」
ベルは至って真面目な顔で、しかし右腕のガトリング砲身を「シャキン!」と虚しく回転させながら訴えた。
ボイスボックスの音調こそ平静だったが、内部コアの温度は困惑によって普段の1.5倍に跳ね上がっている。
「大丈夫! 紅茶は私が自分で注ぐから! それより見てよこの排気弁! レバーを引くとね、蒸気の圧力でポッポー!って汽笛が鳴るの!」
「必要性が理解できかねます……」
その時だった。
「――フィオナ、ベル。何をしているのですか?」
工房の重厚な扉がゆっくりと開き、現れたのは屋敷の主人であり、フィオナの母である初代お嬢様・クラリスだった。
クラリスは優雅に日傘を畳むと、目の前に佇む「背中にボイラーを背負い、両腕に重兵器を注ぎ込まれ、黒煙を吹き上げている可憐な少女人形」を目撃した。
一瞬の静寂。
カチ……カチ……と、ベルの背中のタービンだけが虚しく過剰な圧力を逃がす音を立てる。
「フィオナ」
「ひっ……お、お母様……」
「ベルは私の大切なお友達であり、我が家のかわいいメイドです。歩く足音すら淑やかであるべき人形に……一体何を背負わせているのですか?」
クラリスの笑みを浮かべたままの目が、氷のように冷たく光る。
「だ、だって! 浪漫じゃない! 男の子なら……ううん、機械なら誰だって一度は巨大な大砲やキャタピラに憧れるじゃない!
ベルだって本当は男の子の心を持ってるんだから、こういうの絶対大好きなはずだもん!!」
フィオナが思わず叫んだその言葉に、ベルはピクッと白磁の眉を動かした。
(……あ、男の子の心……。たしかに、元の世界でロボットアニメの合体メカとか好きだった気もする……。
この連装ガトリングの重厚感と、パイルバンカーの無骨な機構……実はちょっとだけカッコいいと思ってしまったかもしれない……)
元・幼稚園児の男の子としての本能が、フィオナの「漢の浪漫」にわずかな拒絶と、それ以上の密かなときめきを覚えてしまったのだ。
しかし、クラリスの静かな圧迫感はそれを許さなかった。
「ベル。今すぐその過剰な機械を取り外しなさい。そしてフィオナ、貴女は反省室でギアの油磨き100箱の罰です」
「そんなぁぁぁーっ! 浪漫を理解してよお母様ーっ!」
フィオナの絶叫が屋敷に響き渡る中、ベルは静かに頭を下げた。
「かしこまりました、クラリス様。直ちに『浪漫仕様』を解除し、通常のお給仕モードへと移行いたします」
その後、過剰装甲はすべて撤去され、ベルはいつもの可憐で優雅な少女メイドへと戻った。
だが、フィオナが没収されたはずのあの「パイルバンカー」と「連装ガトリング」の設計図は……なぜかベルの内部記憶回路の最深部、厳重にロックされた「男の子の秘密フォルダ」の中に、大切にバックアップとして保存されているのだった。
(いつか……万が一、お嬢様を命懸けでお守りする日が来たら……その時は、あの浪漫を使わせてもらおう)
胸の奥で真鍮のコアをカチリと鳴らし、少女の姿をした少年は、誰にも知られず密かに不敵な笑みを浮かべるのだった。