蒸気の絆、永遠の日常 作:匿名希望
ボイラー室を改装した我が家に、突如として不穏な重低音が響き渡った。
「ベル! 街の北側、旧プラント跡の地盤が崩落したみたい! 中から……何か大きなものが這い出てくるよ!」
遠巻きに見張りをしていたルシアが、真鍮のゴーグルを握りしめながら息を切らして駆け込んできた。
窓から外を覗き込むと、かつての大崩壊で埋もれていた自律型巨大兵器『陸上戦艦・カイザーギア』が、狂った制御プログラムによって目覚め、再建されつつある街へとノコノコと進軍を開始しているのが見えた。
全高数十メートル。
積層された鋳鉄の装飾と重圧な蒸気煙突から黒煙を噴き上げるその姿は、かつての戦争の負の遺産そのものだった。
街の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
再建中の防衛用蒸気砲台など、あの巨体の前には紙屑も同然だ。
「ルシア様、ここでお待ちください。私が奴を停止させてきます」
「駄目だよベル! あんな巨大な相手に、いつもの細いレイピアや細身の小型機関銃じゃ歯が立たないよ!」
ルシアがベルの白磁の手を強く握りしめる。その不安に揺れる瞳を見つめ返し、ベルは静かに、しかし力強く微笑んだ。
「ご安心ください、ルシア様。私には……かつて二代目お嬢様、フィオナ様から託された『切り札』がございます」
「え……?」
ベルは胸元の装飾プレートを外し、内部のコアの奥底――数百年間厳重にロックされ続けていた【男の子の秘密フォルダ】のプロテクトを解除した。
『――警告:内部蒸気圧力を限界値まで開放。排気弁全開。「浪漫プロトコル」を起動します――』
ガコン! ガチチチチ! と、ベルの体内から今まで聞いたこともない重厚な駆動音が鳴り響く。
白磁のドレスの背中部分が機械的に展開し、ボイラー室の奥に隠されていた重工特製の大型コンテナが、磁気鎖を断ち切って飛び出してきた。
「な、なにこれ……!? 巨大なボイラー……に、ガトリング砲!? パイルバンカーまで!?」
ルシアが口を大きく開けて呆然とする中、自動換装システムが作動する。
かつてクラリスお嬢様に「淑やかでない」と一蹴され、没収されたはずの伝説の過剰装甲。
それを数百年かけてルシアと共に集めた最新の霊導蒸気技術で極限までブラッシュアップした【蘇る浪漫装備・フルバースト仕様】が、ベルの華奢な体に次々と合体・装着されていく!
背部・超高圧霊導推進ユニット:『ギガ・スチーム・タービン・カスタム』
二重構造の巨大煙突から蒼い霊導蒸気を勢いよく噴出。
黒煙ではなく神秘的な青い光を纏い、屋敷全体を揺らす「シュゴォォォーッ!!」という重圧な排気音を轟かせる。
右腕・極大装甲貫通兵器:『200ミリ油圧式超振動パイルバンカー・改』
身の丈ほどもある巨大な鋳鉄の杭打ち機。
先端部には高回転のドリル歯車が組み合わされており、圧倒的な質量と回転力で敵の装甲を粉砕する。
左腕・連射型高圧火器:『六連装霊導スチーム・ガトリングガン』
一分間に数千発の霊導蒸気弾を叩き出す超絶火力。
給弾ベルトが背中の超大型弾倉からグネグネと蛇のように伸びている。
脚部追加ブースター:『高脚式ホバー・キャタピラユニット』
ゴスロリドレスの裾を押し広げるように展開された重装甲キャタピラ。
荒地を音速で走破可能。
「……準備完了いたしました」
かつての可憐な少女メイドの面影は、どこにもない。
背中に巨大ボイラーを背負い、両腕に男の夢をこれでもかと凝縮した超重量級の兵器を構え、足元から青い蒸気を吹き荒れさせる【歩く要塞】と化したベルがそこに立っていた。
内部コアの温度は最高潮。
元・幼稚園児の男の子としてのソラの魂が、内部で狂喜の叫びを上げている。
(かっこいい……! かっこよすぎるよフィオナ様! 男の浪漫が、今ここに完全復活したんだ……!!)
「ベル……それ、本当にベルなの……!?」
「はい、ルシア様! これこそが一族に伝わりし至高の美学……『浪漫装備』でございます! 街の脅威を粉砕してまいります!」
「ポッポーッ!!」と豪快な汽笛を鳴らし、ベルはホバー・キャタピラを滑らせてボイラー室から猛スピードで飛び出した。
街の広場では、巨大兵器『カイザーギア』が蒸気槌を振り上げ、街の防衛隊を今まさに踏みつぶそうとしていた。
「ハハハ! 壊せ! すべてを灰に返せ!」と、暴走した制御AIが不気味な合成音を響かせる。
その時、超音速の排気音が大気を引き裂いた。
「シュゴォォォォォン!!」
「な、なんだ……!?」
煙の向こうから突撃してきたのは、可憐な少女の顔をした真鍮の悪魔だった。
ベルは空中高く跳躍すると、右腕の『200ミリ超振動パイルバンカー・改』の油圧レバーを極限まで引き絞る。
「主の眠る街を侵す愚者め……浪漫の威信にかけて、打ち砕きます!」
超高圧蒸気がパイルバンカーのシリンダー内に充填され、限界突破を示す赤色のシグナルが点滅する。
「食らいなさい……フィオナ様特製! 『フルスロットル・浪漫バスター』!!」
ドゴォォォォォォン!!!!!
爆音とともに放たれた巨大な真鍮の杭が、カイザーギアの厚さ数メートルの複合装甲を豆腐のように貫通した。
内部の超振動ギアが敵のメインボイラーを粉砕し、内側から激しい爆発が巻き起こる。
「バ、バカな……! たった一機の小型オートマタに、我が全天候型要塞が……!?」
「無駄です! 浪漫の前には、いかなる装甲も意味を成しません!」
左腕のガトリングガンを旋回させ、残存する駆動部へ霊導蒸気弾の豪雨を叩き込む。
巨大な陸上戦艦は膝から崩れ落ち、静かに完全停止した。
静寂が戻った街に、ベルの背中の煙突から「シュー……」と誇らしげな余剰蒸気が吐き出される。
逃げ遅れていた街の人々が、呆然と、しかし歓喜の声を上げて集まってきた。
「あのお人形はなんだ!?」
「すごい火力だ!」
「街の守護神だーっ!」
夕暮れ時、無事に大仕事を終えたベルは、浪漫装備をパージして元の可憐なドレス姿に戻り、ボイラー室へと帰還した。
「ただいま戻りました、ルシア様。害虫の駆除、完了いたしました」
すまし顔で頭を下げるベル。
だが、ルシアは目を丸くしたまま、ベルの周りをグルグルと回り始めた。
「ベル……すごかったよ! ドカーンってなって、バチバチーって! でもね……」
「でも……?」
ルシアはクスクスと笑いながら、ベルの白磁の頬をツンツンと突いた。
「戦ってる最中のベルの顔、すっごくイキイキして楽しそうだった! まるで男の子が秘密基地で遊んでる時みたいな顔をしてたよ?」
「っ……! そ、そのようなことは……! 私はただ、お仕えするメイドとして……!」
顔を真っ赤にして(冷却ファンを高速回転させて)弁明するベル。
数百年生き、どれほど達観しようとも、やはり胸の奥に眠る「男の子の心」とフィオナから受け継いだ「漢の浪漫」だけは、誤魔化しきれないようだった。
「ふふ、いいんじゃない? だって、すっごく格好良かったもん! 今度、私にもあのパイルバンカーの仕組み、教えてね!」
ルシアの眩しい笑顔に、ベルは観念したようにふっと表情を緩めた。
「……はい、喜んで。ルシア様。最高の一撃の打ち込み方を、伝授いたします」
天国にいるクラリスお嬢様には呆れられてしまうかもしれない。
けれど、かつてフィオナと分かち合った熱い想いは、時代を超え、今もこうして少女型自動人形と最後のお嬢様の間で、誇らしく輝き続けているのだった。