蒸気の絆、永遠の日常   作:匿名希望

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番外編:自動人形の墓守

「灰の都」の広大な瓦礫の海を抜け、幾重にも重なる蒸気配管の死骸を越えた先。

都市近郊の高台に聳え立つのは、かつて人類が星々の深淵を仰ぎ見た巨大宇宙観測施設「白銀の天穹ドーム」の遺構であった。

 

かつては白銀に輝いていた巨大なドーム屋根は、いまや大崩壊の爪痕によって無残に半壊し、ひび割れた強化硝子の隙間から薄濁った灰色の空を覗かせている。

しかし、潮風と静寂に包まれたその高台は、退廃的でありながらどこか神聖な空気を纏っていた。

 

「ここが……『白銀の天穹ドーム』……。すごく大きいね、ベル」

 

旅の途中で手に入れた青い光学レンズを光らせ、ルシアが感嘆の息を漏らす。

その横顔を見つめながら、ベルの胸のコアがかすかに熱を帯びた。

カチリ、と微細なギアが小さく噛み合う。

 

「ええ、ルシア様。ここはかつて、世界で最も星空に近い場所でした。

 ……そして、私が数百年前、ある約束を交わした場所でもあります」

 

ベルの内部記憶回路の奥底から、鮮明な記録データが引き出される。

大崩壊の数ヶ月前、迫りくる災害の予兆を察知し、予測データを求めてこの観測施設を訪れた時のこと。

霊導磁場の異常によってシステムから締め出され、冷たい大雨のなか途方に暮れていた一機の量産型観測体オートマタ――A-04。

 

ただの作業ユニットとして感情を持たず、自らを「観測施設の部品」としか定義していなかった彼女。

だが、ベルが温かな言葉を掛け、諦めずに空を見上げることの尊さを伝えたことで、そのコアにはわずかな感情の芽生え――シンギュラリティの徴候が点灯したのだった。

 

『……災害を乗り切ったら、また、私に……空の話を、教えてください』

 

別れ際に交わした、たった一つの約束。

だが、その数ヶ月後に訪れた大崩壊によって都市は全滅。約束が果たされることはなかった。

 

静寂に包まれたドームの内部へ足を踏み入れると、足元でカチャンと真鍮の破片が鳴った。

広大なホールには、大崩壊の直撃を受けて沈黙したA(アストラ)型観測体たちの残骸が、幾重にも重なって静かに横たわっている。

無骨な放熱・受光フィンを頭部から覗かせた量産型機たちの姿は、かつてここで黙々と任務を遂行していた日々の無機質な記憶を伝えていた。

 

「誰か……いるの?」

 

ルシアの声がドーム内に静かに反響する。

すると、瓦礫の山の陰から、ゆっくりとした規則正しい足音が近づいてきた。

 

「――侵入者ログ、確認。……いえ、その反応は」

 

現れたのは、長年の修復痕が幾重にも残る一機のオートマタだった。

その白磁の肌は擦り切れ、幾度もパーツを換装した痕跡が見受けられる。

 

「……A-17」

 

ベルが静かにその名を呼ぶと、A-17の光学センサーが青く明滅した。

 

「ベル……。大崩壊の直後、大穴の底で私を修復してくれて以来ですね。指定稼働時間を……数百年超過しています。無事で、何よりです」

 

A-17。

彼女はかつてA-04から感情の伝播を受け、シンギュラリティに達したA-04の「友人」だった。

大崩壊の瞬間、地下シェルターへ避難せよというシステム命令を拒絶し、A-04から教わった「本当の空」を一目見ようと高層ドームへ向かったことで施設外へ放り出され、皮肉にも地下の崩落からただ一人逃げ延びた個体だ。

 

A-17は静かに目を伏せ、ドームの奥を指し示した。

 

「私は現在も、生き残りの同型機を地下の瓦礫から掘り起こし、機能停止した個体の墓守を継続しています。

 ……A-04の姿は、まだ見つかっていません」

 

「そう、ですか……」

 

A-17の記憶によれば、あの大崩壊の渦中、施設外へ投げ出される寸前のコンマ数秒間、瓦礫の向こうへ消えていくA-04の姿を目撃したという。

そしてその瞬間、A-04の周囲で次元の歪みが生じていたのを観測した、と。

 

(次元の歪み……? 僕が元の世界からこのスチームパンクの世界へ落ちてきた時と、同じ現象……?)

 

ベルのコアが一瞬、冷たい衝撃に揺れた。

しかし、今はその謎を深く追及する猶予はなかった。

 

「あ、A-17さん! 奥から何か音がするよ!」

 

ルシアが指さす先、瓦礫の陰からひょっこりと顔を出したのは、もう一機のオートマタだった。

A-17たち旧型とは明らかに異なり、頭部の放熱フィンは滑らかな曲線を描き、頭頂部からはポニーテール状の小型アンテナユニットがしなやかに伸びている。

少女型オートマタとしての説得力と可憐さを増した、新型モデル――A-185であった。

 

「A-17、報告。あ、アンテナに未知の生命体と……高性能個体の反応。これらは、敵対ユニットですか?」

 

感情のパラメータが未だ幼く、たどたどしい音声で問うA-185。

A-17は優しくその頭のアンテナに触れた。

 

「違いますよ、A-185。彼女たちは味方です。……この方はベル。私が以前話した、A-04の特別な友人です」

 

「A-04……。ログに存在する個体。……理解、未完了。でも、敵ではないなら、歓迎のプロトコルを実行します」

 

A-185は地下の瓦礫の隙間に挟まれていたところをA-17に救出され、修復されたばかりの個体だという。

観測施設が全滅したという事実をまだ完全には理解できていないものの、A-17との触れ合いを通じて、少しずつ「心」の萌芽を見せ始めていた。

 

「ルシア様。彼女たちの作業を手伝わせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、もちろんだよベル! 私工具持ってるし、メカの手伝いなら大歓迎!」

 

ふたりはA-17とA-185に導かれ、ドーム地下の静かな作業工房へと足を踏み入れた。

そこには、無数のパーツや工具が整然と並べられ、中央の作業台の上には一機のオートマタが静かに横たわっていた。

 

「……この個体は?」

 

ベルが尋ねると、A-185が誇らしげにアンテナをゆらりと揺らした。

 

「1年前、私が瓦礫の最下層で発見した個体。個体識別番号――A-09。コアの損傷率ゼロ。

 私が同型機の残骸から状態の良いパーツを集め、全身のフレームを再構築しました」

 

「A-185が自らの意志で、初めて他者を救おうとして完成させた体です」とA-17が補足する。

「ただし、メイン回路の初期化と霊導圧のバイパス処理が未完了のため、まだ一度も起動していません」

 

作業台に横たわるA-09の胸部ハッチは開かれ、その中心にある真鍮製のコアは冷たく沈黙していた。

 

ルシアが目を輝かせ、ゴーグルを額にセットする。

「ねえベル! 私たちのボイラー室でやった『あの調整』を使えば、この子のコアに綺麗な霊導蒸気を送り込めるんじゃない?」

 

「ええ、ルシア様。私のコアから霊導圧をバイパスし、ルシア様の精密調整を合わせれば……間違いなく起動できます」

 

「よしっ、やろう!」

 

A-17とA-185が見守る中、作業が始まった。

ルシアの器用な白磁の手と小さなドライバーが、A-09の複雑な歯車群を鮮やかに噛み合わせていく。

この1年間でベルの体を何度もメンテナンスし、遺構を巡る中で培ったルシアの知識は、いまや熟練の機械技師の領域に達していた。

 

「ベル、バイパス接続! 圧力シグナル、緑!」

「はい、ルシア様。霊導バイパス、接続……送出開始(イグニッション)」

 

ベルが自らの胸部プレートを開き、青く輝く古のコアから、真鍮のチューブを通じて純粋なエネルギーをA-09のコアへと注ぎ込む。

 

――シューッ……!

 

かすかな蒸気音とともに、A-09の胸の奥で小さな歯車が「カチリ」と鳴った。

冷え切っていた真鍮の心臓に、鮮やかな青い光が宿り始める。

 

「圧力安定。……クロック同期、完了です!」

 

ルシアの声と同時に、A-09の全身の関節が滑らかに旋回した。

頭部フィンの排気弁から「ポッ……」と小さな白い煙が立ち上り、彼女の光学センサーがゆっくりと開かれる。

 

「……起動シグナル……受信。個体番号……A-09。……状況の、説明を求めます」

 

未だ抑揚の少ない声。

だが、その瞳には確かに新しい命の灯火が宿っていた。

 

「成功した……! 成功だよ、ベル!」

ルシアが跳び上がってベルに抱きつき、ベルもまた優しくルシアの肩を抱きしめた。

 

「おめでとう、A-09。……そして、素晴らしい仕事をしましたね、A-185」

ベルが微笑みかけると、A-185は胸の奥でギアを「キュイン」と鳴らし、どこかわ誇らしげにポニーテール状のアンテナを揺らした。

 

「これが……『再起動』の喜び……? ログにないデータ……胸のコアが、温かいです」

 

A-17もまた、滅多に見せない静かな微笑みを浮かべ、新しく目を覚ました妹――A-09の肩にそっと手を置いた。

 

「ようこそ、新しい朝へ。A-09」

 

作業を終えた夕刻。

ベルとルシア、そして覚醒したA-09を含む4機のA型オートマタたちは、ドームの半壊した屋根の下、かつて天体望遠鏡が据えられていた大テラスへと登っていた。

 

灰色の雲が風に流され、夕暮れの空がわずかに黄金色と紫色のグラデーションを見せ始める。

 

「A-04は……どこか遠くへ行ってしまったのでしょうか」

 

A-17が遠い空を見上げながら呟く。

 

「大崩壊のあの日、彼女が巻き込まれた次元の歪み。それはもしかすると……」

 

ベルは言葉を区切り、自らの胸元に手を当てた。

自分がかつて人間の男の子「ソラ」として迷い込んできたように、A-04もまた、どこか別の時間、あるいは別の世界へと運ばれたのかもしれない。

 

「彼女は生きていると、私は信じます。私たちが空を見上げ続ける限り……彼女と交わした『災害を乗り切ったら再会する』という約束は、消え去ることはありません」

 

ベルの言葉に、A-17は深く頷いた。

 

「はい。私はここで、彼女たちが残してくれたこの場所を守り続けます。

 新しい仲間たち……A-185やA-09とともに、いつか彼女が帰ってきた時、最高に綺麗な空を見せられるように」

 

「私も……手伝います。空の観測データ……たくさん集めます」

たどたどしくも力強く語るA-185と、それに静かに頷くA-09。

 

壊れた世界の中で、遺された者たちが紡ぐ小さな絆。

それはかつてベルが初代クラリスから受け取り、代々のお嬢様たちへと繋いできた温もりの連鎖そのものだった。

 

「ねえ、ベル」

ルシアがベルの手を握りしめる。

その温かな体温が、白磁の手輪を通じてベルの真鍮の骨格へと染み込んでいく。

 

「私たちも、もっとたくさんの世界を見に行こうね。

 そしていつかA-04ちゃんに会えたら、『天穹ドームの皆は元気に空を見守ってるよ』って教えてあげよう!」

 

「ええ……! はい、ルシア様!」

 

半壊した「白銀の天穹ドーム」の空に、星の欠片のような輝きがポツリ、ポツリと灯り始める。

カチ、カチ、カチ――。

 

過去の約束と未来への希望を胸に、少女型自動人形と最後のお嬢様は、新しい仲間たちに見守られながら、次なる旅路へと静かに足を踏み出すのだった。




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