蒸気の絆、永遠の日常 作:匿名希望
半世紀の時が流れ、真鍮の街はさらに高く広大な蒸気都市へと変貌を遂げていた。
かつてソラを拾ったクラリスお嬢様は、白髪の似合う穏やかな老婦人となり、今は邸宅の奥で静かに日差しを浴びている。
そして、ベル――ソラが今仕えているのは、クラリスの愛娘であり、面影を色濃く残す少女「フィオナ」だった。
「ベル! 待ちなさいってば! 今日の実験は絶対に成功するんだから!」
「フィオナ様、廊下で高圧蒸気ランチャーを振り回すのはおやめください。先代……クラリス様が驚かれてしまいます」
ガタガタと機械音を立てながら走るフィオナの後ろを、ベルは100年前と変わらぬ完璧な立ち振る舞いで追う。
ベルの外見は、あの路地裏で拾われた日の「小さな少女型自動人形」のままだ。
内部の歯車はソラ自身の手によって何度も磨き直され、補強され、最新の蒸気回路へと換装されているが、その姿だけは決して変えていない。
「もうっ、ベルは頑固なんだから! お母様から聞いてたわ。『ベルは昔から手がかからなくて完璧だけど、変なところで頑固なのよ』って!」
「……クラリス様がそのようなことを?」
ベルが足を止めると、フィオナはふふんと鼻を鳴らし、真鍮のゴーグルを頭に押し上げた。
その天真爛漫な笑顔は、100年前、自分に手を差し伸べてくれたクラリスの幼少期そのものだった。
午後の紅茶の時間。庭園の東屋でフィオナに紅茶を淹れるベルの動作には、一筋の狂いもない。
「うーん、美味しい! やっぱりベルの淹れる紅茶は世界一ね」
「恐縮です、フィオナ様」
満足そうにスコーンを頬張るフィオナを眺めながら、ベルはふと、車椅子で庭園に出てきた老クラリスへと視線を向けた。
クラリスは優しく目を細め、孫を見るような、あるいは昔の友を見るような愛おしげな眼差しでベルを見つめている。
ベルの内部時計(精神)は、すでに人間で言えば老境に達するほどの時間を生きている。かつて幼稚園児だった男の子は、今やこの屋敷の歴史そのものを知る最も古き守護者だ。
(クラリス様が遺してくれた大切な宝ものを、今度は僕が守る番だ)
「ベル、聞いてる? 次は空飛ぶ蒸気機関を作るの! ベルも一緒に乗ってくれるでしょ?」
「ええ、フィオナ様。どこへでも、お供いたします」
カチリ、と小さなギアがひとつ心地よい音を立てる。
世代を超えて紡がれる蒸気の絆に胸を熱くしながら、少女の姿をした少年のコアは、今日も変わらぬテンポで優しい時を刻み続けるのだった。